| 張養浩『三事忠告』/安岡正篤『為政三部書』

爲政三部書 〈三事忠告〉 全文

張養浩 撰/安岡正篤 講述 — 廟堂忠告・風憲忠告・牧民忠告 原文・訓読・現代語訳

この読本について

本読本は、元代の名臣張養浩(号は雲荘、諡は文忠)が県令・御史・参議それぞれの職で著した『三事忠告』(廟堂忠告・風憲忠告・牧民忠告)——安岡正篤講述『為政三部書』の系統に連なる——の全文を、「原文(漢文)・訓読文(ふりがな付き)・現代語訳」の三段構成で収めたものです。構成は、宰相・執政の道を説く廟堂忠告、監察官の道を説く風憲忠告、地方長官(県令)の道を説く牧民忠告の三部からなります。

収録状況:廟堂忠告(序+全十章)・風憲忠告(序+全十章)は原文・訓読文・現代語訳をすべて収録。牧民忠告は、序を三段で、各章は原文・訓読文(逐条・ふりがな付き)・現代語訳(章の大意)で収録します。

凡例・ご留意:原文はOCR翻刻の白文で要校正箇所を含みます。訓読文・現代語訳は白文から独自に起こしたもので、安岡正篤の訓読・講義・訳注は不使用です。ふりがなは自動生成+補正辞書によるため誤読が残る場合があります。「縦書き表示」で各段が原文・訓読文・現代語訳の三列カードになります。文字サイズは全カードで統一され、その大きさで入りきらない長い段は自動的に次のカードへ送られます(枚数は内容量に応じて増減。画面サイズに自動追従)。

『大学』との関係と、本書の構造(解説)

1.『大学』と『為政三部書』の関係

『大学』は、儒学の説く「修己治人(己を修めて人を治める)」の全体像を、三綱領(明明徳・親民〈新民〉・止於至善)と八条目(格物・致知・誠意・正心・修身・斉家・治国・平天下)として示した綱領の書です。とりわけ「修身」を一切の根本に置き(「壹是皆以修身為本」)、内なる自己陶冶が家・国・天下へと同心円状にひろがると説きます。

これに対して『為政三部書』(張養浩『三事忠告』)は、その八条目の後半――「治国・平天下」――を、実際に官職に就いた者がどう行うかへ落とし込んだ、いわば現場の実践手引きです。『大学』が「何を・なぜ」を説く原理()であるとすれば、『三事忠告』は「どう行うか」を説く運用()にあたり、両者は体用の関係で結ばれています。

さらに三部それぞれが官の階層に対応します。宰相・執政の座(廟堂忠告)は「平天下」に最も近く、監察官の職(風憲忠告)は不正を正して秩序を保つはたらき、地方長官=県令の職(牧民忠告)は民に最も近い「治国」の現場です。そして三部はいずれも、まず自らを修める章――廟堂忠告「修身」、風憲忠告「自律」、牧民忠告「拝命」(任命の日にわが身を省みる)――から始まります。これは『大学』が修身を本とする構図を、そのまま官の実務へ写したものといえます。

『大学』八条目 為政三部書(三事忠告) 修己(明明徳) 格物・致知・誠意・正心 治人(親民):斉家 治国 平天下 風憲忠告 監察官の道 牧民忠告 地方長官(県令)の道 廟堂忠告 宰相・執政の道 共通の根 ― 修身(自律・拝命):三部はいずれも「自らを修める章」から始まる 統治レベルの対応 監察(風憲)が糾す範囲
図1:『大学』八条目と『為政三部書』三部の対応(実線=統治レベルの対応、破線=監察の及ぶ範囲、下帯=共通の根「修身」)

2.『為政三部書』の構造

『為政三部書』(張養浩『三事忠告』)は、著者が就いた三つの官職に対応する三部からなり、各部は序+各章で構成されます。牧民忠告のみ巻上・巻下に分かれます。

為政三部書(張養浩『三事忠告』) 廟堂忠告宰相・執政の道 序+全10章:修身・用賢・重民・遠慮・調燮・任怨・分謗・応変・献納・退休 風憲忠告監察官の道 序+全10章:自律・示教・詢訪・按行・審録・薦挙・糾弾・奏対・臨難・全節 牧民忠告地方長官(県令)の道 序(貢師泰) 巻上五章:拝命・上任・聴訟・御下・宣化 巻下五章:慎獄・救荒・事長・受代・居閑
図2:『為政三部書』の三部構成と各章(本文は各部=原文・訓読文・現代語訳で以下に収録)

廟堂忠告(びょうどうちゅうこく)

宰相・執政たる者の道を説く。序+全十章(修身・用賢・重民・遠慮・調燮・任怨・分謗・応変・献納・退休)。原文・訓読文・現代語訳を収録。

廟堂忠告 序

士君子之生斯世也。力學以行其道。立言以明其道。故雖没猶不没也。吾郷雲荘張先生希孟。元之名臣也。道徳文章。著聞當時。顕生也晩。不獲親奔先生之門。嘗侍先君子聞先生有牧民忠告。風憲忠告。廟堂忠告等書。而不一見。又聞先生爲西臺中丞時。憫民饑死。作詩白於朝廷。有曰西風疋馬過長安。餓殍盈途不忍看。十里路埋千百家。一家人哭兩三般。犬銜枯骨筋猶在。鴉啄新屍血未乾。寄語廟堂賢宰相。鉄人聞此也心酸。即發粟賑貸。民頼以活者。不可勝數。先生之奇功碩徳。類蓋如此。今年予以公務過高州。謁先聖廟。儒學教授高某知予齊人。因出先生所著廟堂忠告諸編。予得盡讀之。則昔之不慷於心者釋然矣。嗟夫公之用心仁矣哉。不惟有以善諸己。又欲有以淑諸人。所以陰相天常。扶助世教。維持紀綱。匡弼治道者。舎是書何以哉。且道無古今前後之殊。但聖人先得我心之所同然爾。苟得其所同然。雖越千百載。猶一日也。嗟夫事一君之要。爲政之方。具在此書。豈敢獨私。是用命工鑑梓。傳諸四方。與同志共之洪武二十三年庚午六月朔廣東等處承宣布政使司左參議新顕序一断断同
士君子しくんし世によに生まうまるるや、力めりきめ学びまなび以てもて其のそのみち行ひおこなひ言をいを立てたて以てもて其のそのみち明らかあきらかにす。故にゆえに没すぼっすいえどゆう没せぼっせざるなり。われさとくもそうちょう先生せんせいまれもうは、元のもとの名臣めいしんなり。道徳どうとく文章ぶんしょう当時とうじ著聞ちょぶんす。けん生まうまるるやばんく、親しくしたしく先生せんせいもん奔るはしるかくず。嘗てかつてさき君子くんし侍しじして、先生せんせい牧民ぼくみん忠告ちゅうこく風憲ふうけん忠告ちゅうこく廟堂びょうどう忠告ちゅうこくなどかき有るある聞くきくも、しかれども一見いっけんせず。又聞くまたぎく先生せんせい西台にしだい中丞ちゅうじょう爲りすりときたみ死すしするをびんれみ、作りつくり朝廷ちょうてい白すじろす、と。曰くいわく西風にしかぜひきうま 長安ちょうあん過ぐすぐひょう えいちてかんるに忍びしのびず、じゅうさと みち埋むうむせん百家ひゃっか一家いっか こく両三りょうさんはんいぬ枯骨ここつふくへてすじゆう在りありからすしんしかばねついばみて未だいまだ乾かかわかず、寄すよす廟堂びょうどうさとし宰相さいしょう鉄人てつじんこれれを聞かきかなりこころさんまん、と。即ちすなわちあわ発しはっししんたいし、たみ頼りたより以てもて活くいくものかちげてかず可かべからず。先生せんせい奇功きこうせきとくるいけだこれくの如しごとし今年こんねん 公務こうむ以てもてたかしゅう過ぎすぎ先聖せんせいびょうえつす。儒学じゅがく教授きょうじゅたかぼう せいにんなるを知りしり因りより先生せんせい著すしるすところ廟堂びょうどう忠告ちゅうこくこれへん出だいだす。 尽くことごとくこれ読むよむ得てえてすなわむかしこころこうせざりしもの 釈然しゃくぜんたり。ああそれこうこころようふるやひとしなるかな。ただ以てもてこれおのれ善くよくする有るあるのみならず、また以てもてこれにんくせんと欲すほっすいんかに天常てんつねそうけ、世教せいきょうたすじょし、紀綱きこう維持しいじし治道はるみちただたすする所以ゆえんものこれかききて何をなにを以てもてせんや。且つかつみち古今ここん前後ぜんごしゅ無しなしただ聖人せいじん 先づまづ我がわがこころ同じおなじ然るしかるところ得るえるのみ。いやしくも其のその同じおなじ然るしかるところば、せんひゃくさいゆといえども、ゆう一日ついたちのごときなり。ああそれいちくんことふるのようまつりごと為すなすほう具につぶさに此のこのかき在りありあにかんへて独りひとりわたしせんや。これようこう命じめいじせしめ、これ四方しほう伝へつたへ同志どうしこれ共にともにす。洪武こうぶ二十にじゅう三年さんねん庚午かのえうま六月ろくがつさく広東かんとんなどところしょう宣布せんぷまつりごと使司ししひだり参議さんぎ しんけん じょす。
この書を刊行した官人・新顕による序である。——士君子しくんしがこの世に生まれるのは、努めて学んで自らの道を行い、言葉を立ててその道を明らかにするためだ。だから身は死んでも、その働きは死なない。わが郷里の雲荘・張希孟ちょうきもう先生は元代の名臣で、その道徳と文章は当時よく知られていた。私は生まれるのが遅く、直接その門下に入ることはできなかった。かつて亡父に侍して、先生に牧民・風憲・廟堂の三忠告さんちゅうこくの書があると聞いたが、見る機会がなかった。また、先生が西台せいだい中丞ちゅうじょうであったとき、民が飢え死にするのを憐れみ、詩を作って朝廷に上申したと聞く。その詩に言う——「西風のなか痩せ馬で長安ちょうあんを過ぎれば、餓死者がししゃが道に満ちて見るに忍びない。十里の道に千百の家が埋もれ、一つの家で二人三人が泣き叫ぶ。犬は枯骨をくわえてまだ筋が残り、烏は新しい屍をついばんで血もまだ乾かぬ。廟堂の賢き宰相さいしょうたちに一言申し上げる、鉄の人でもこれを聞けば胸が痛むだろう」と。そして倉の粟を放出して救済し、これによって生き延びた民は数え切れなかった。先生の並外れた功績と大きな徳は、おおむねこの通りである。今年、私は公務で高州こうしゅうを通り、孔子こうしの廟に参拝した。儒学教授じゅがくきょうじゅの高某が私を同郷の斉の人と知り、先生の著した廟堂忠告びょうどうちゅうこくの諸編を出してくれた。私はそれを読み尽くし、かねて心にわだかまっていたものが晴れた。ああ、先生の心づかいはなんと仁であることか。ただ自分ひとりを善くするだけでなく、それを人にも及ぼそうとされた。ひそかに天の常道を助け、世の教化を扶け、綱紀を維持し、治世の道を正す——それにはこの書を措いて何によろう。そもそも道に古今前後の別はない。ただ聖人が、人の心の等しく肯くところを先につかんだにすぎない。もしその「等しく肯くところ」をつかめば、千年百年を隔てても、一日のように通じる。ああ、一人の君に仕える要も、政を行う方法も、ことごとくこの書にある。どうして独り占めできようか。そこで工人に命じて版木に刻ませ、これを四方に伝えて同志と共有する。洪武こうぶ二十三年(一三九〇)六月一日、広東かんとん等処承宣布政使司左参議・新顕が序す。

修身 第一

前輩謂仕官而至將相。爲人情之所榮。是不知榮也者辱之基也。惟善自修者。則能保其榮。不善自修者。適足速其辱。所謂善自修者何。廉以律身。忠以事上。正以處事。恭慎以率百僚。如是則令名随焉。輿論歸焉。鬼神福焉。雖欲辭其榮。不可得也。所謂不善自修者何。狗私忘公。貪無紀極。不戒覆車。靡思報國。如是則惡名随焉。衆毀歸焉。鬼神禍焉。雖欲避其辱。亦不可得也。於戯。身爲宰相。何善不可行。何功不可立。顧乃爲區區之利。巖惑而妄行。豈不深可惜哉。且自古居相位者未聞死於凍餓。而死於財。於酒。於色。於逸樂者。無代無之。昔諸葛孔明爲丞相二十年。無尺寸之増。於家。未嘗憂其貧。竟以勞於王事而卒。至今其名之榮。常若世享萬鍾而不絶者。唐元載爲相。惟利是嗜。及其敗也。籍没其家。胡椒八百斛。至其名之穢。常若蒙不潔而播臭無窮者。嗚呼夫人以百年之身。天假以年。不過八十九十。姑以八十爲率。計其得志。不過三四十年而已。豈有三四十年之間。能食胡椒八百斛之理。古人謂利令人智昏。姑明驗矣。嗚呼凡爲相者。能以諸葛孔明爲法。唐之元載爲戒。雖台鼎終身。又何悔吝之有
前輩せんぱいへらく、仕官しかんして将相しょうしょう至るいたるは、人情にんじょうさかえとするところなりと。これさかえなるものじょく基なもとなるを知らしらざるなり。ただ善くよく自らみずから修むおさむものは、すなわのう其のそのさかえ保つたもつ善くよく自らみずから修めおさめざるものは、てき其のそのじょく速くはやく足るたる所謂いわゆる善くよく自らみずから修むおさむものとはなにぞや。れん以てもて身をみをりつし、忠以たださね上にうえにことへ、せい以てもてこと処ししょしやすしん以てもてひゃくりょうりつゆ。これくの如くごとくなればすなわ令名れいめい 随ひしたがひ輿論よろん 帰しかえし鬼神きじん ふくひす。其のそのさかえ辞せじせんと欲すほっすいえども、可かべからざるなり。所謂いわゆる善くよく自らみずから修めおさめざるものとはなにぞや。わたしに狥てこう忘れわすれ貪りむさぼりきょく無くなくふくくるまほろぼめず、報国ほうこく思ふおもふことし。これくの如くごとくなればすなわ悪名あくめい 随ひしたがひしゅう 帰しかえし鬼神きじん ひす。其のそのじょく避けさけんと欲すほっすいえども、また可かべからざるなり。於戯ああ 宰相さいしょう為りすりては、何のなんの善かよか行ふおこなふ可かべからざる、何のなんのこう立つたつ可かべからざらん。つてすなわ為にためにがんわくしてもうりに行ふおこなふは、あに深くふかく惜しおし可かべからずや。且つかつより相位そうい居るいるものとう死すしするを聞かきかず。しかれどもざいに、さけに、いろに、逸楽いつらく死すしすものは、だいとしてこれ無きなき無しなしむかし 諸葛しょかつ孔明こうめい 丞相じょうしょう為るすること二十年にじゅうねん尺寸しゃくすんぞういえ無くなく未だいまだ嘗てかつて其のそのびんゆうへず、きょう王事おうじ労すらうするを以てもてそつす。いま至るいたるまで其のそのめいさかえなること、常につねに世々せぜまんしょうきょうけてえざるもの若しもしとう元載げんさい そう為りすりただのみこれたしなむ。其のその敗るやぶるるに及ぶおよぶや、其のそのいえせき没すぼっするに、胡椒こしょう八百はっぴゃくこくあり。其のそのめいあいなるに至りいたりては、常につねに不潔ふけつ蒙りこうむりしゅうひをくこと窮まきはま無きなきもの若しもし嗚呼ああそれにん百年ひゃくねん身をみを以てもてす。てんねんかりすも、八十はちじゅう九十きゅうじゅう過ぎすぎず。しばら八十はちじゅう以てもてりつ為さなさん。其のそのこころざし得るえる計るはかるも、三四十さんよんじゅうねん過ぎすぎざるのみ。あに三四十さんよんじゅうねん間にまにのう胡椒こしょう八百はっぴゃくこく食ふくふ有らあらんや。古人こじん にんさとる昏かぐらからしむとふは、しばら明らかあきらかけんさるるかな。嗚呼ああおよそうたるもののう諸葛しょかつ孔明こうめい以てもてほう為しなしとう元載げんさい以てもてほろぼ為さなさば、台鼎たいてい身をみをおわりふといえども、また何のなんの悔吝かいりんこれ有らあらん。
先輩たちは「官に仕えて将軍・宰相さいしょうにまで至るのは、人情として名誉なことだ」と言う。だがこれは、栄誉こそ屈辱の土台だと知らぬ言葉だ。よく自らを修める者だけが、その栄誉を保てる。よく修めない者は、かえって屈辱を早く招くだけだ。「よく自らを修める」とは何か。清廉に身を律し、忠をもって上に仕え、正しく事を処理し、恭しく慎んで属官を率いる。そうすれば良い評判が伴い、世論が味方し、鬼神も福を与える。栄誉を辞退しようとしても、できはしない。「よく修めない」とは何か。私情に従って公を忘れ、際限なく貪り、前車の轍を戒めず、報国の念もない。そうすれば悪評が伴い、そしりが集まり、鬼神も禍を下す。屈辱を避けようとしても、避けられはしない。ああ、宰相さいしょうの身となれば、どんな善が行えないことがあろう、どんな功が立てられないことがあろう。それをつまらぬ利のために惑い、みだりに振る舞うのは、なんとも惜しいことではないか。そもそも昔から宰相さいしょうの位にありながら凍え飢えて死んだ者は聞かない。だが財に、酒に、色に、遊興に溺れて身を滅ぼした者は、どの時代にもいた。かつて諸葛孔明しょかつこうめいは丞相となること二十年、家には寸分の財産も増やさず、貧しさを憂えることもなく、ついに国事に尽くして没した。今なおその名の栄えることは、代々万鍾ばんしょうの禄を受け続けるかのようだ。唐の元載は宰相さいしょうとなり、ひたすら利を貪った。失脚して家財を没収すると、胡椒こしょう八百斛はっぴゃっこくも出てきた。その名の穢れることは、いつまでも不潔にまみれて臭いを放ち続けるかのようだ。ああ、人は百年の身をもつというが、天が与える寿命は八十九十を超えない。仮に八十としても、志を得て働けるのはせいぜい三、四十年にすぎない。どうして三、四十年の間に胡椒こしょう八百斛はっぴゃっこくを食べ尽くせる道理があろう。「利は人の知恵をくらます」という古人の言葉は、まさにここに明らかに証される。ああ、宰相さいしょうたる者、諸葛孔明しょかつこうめいを手本とし、唐の元載を戒めとするなら、最高位に身を終えても、何の悔いがあろうか。

用賢 第二

天子之職。莫重擇相。宰相之職。莫重用賢。然則何以知其賢。詢諸人則知之。察其行則知之。觀所畢則知之。夫爲室而不衆工之資。梓人雖巧。室不能成矣。爲國家而不衆賢之集。相臣雖才。國不治矣。彼爲相者。誠能開誠布公。廓焉無我。己有不能。果能者而用之。己有不知。擧知者而用之。己有不敢言。擧敢言者而用之。如是則彼之所能。皆我有矣。必欲一身而兼衆人之事。雖大聖大賢。有所不能。夫粋白之狐。擧世所無有也。然而有粋白之裘者。善取於衆而已矣。況大臣初不貴平事無不知。第公正其心。無所媚疾。則智者效謀。勇者效力。姑姑以爲才。捷捷以爲辯。自衒自伐。則賢者必不樂爲之用。大抵人君自伐。則臣職有所不行。相臣自伐。則百執事之職。有所不行。爲人上者。操約以馭繋。居静以制動。以無心而應天下之心。則所令者從所庸者勸。苟知其賢而任之。既任而疑之。而務勝之。顧與不知不用自任其才也奚異。若然。則體統失。而諂佞之小人至矣。與小人處。則天下之事。不論可知。吁民重
天子てんししょくは、そうたくぶより重きおもき莫しなし宰相さいしょうしょくは、さとしようふるより重きおもき莫しなし然らばさらばすなわ何をなにを以てもて其のそのさとし知らしらん。これにんじゅんへばすなわこれ知りしり其のその行をおこなを察すれさっすれすなわこれ知りしり挙ぐあぐところ観れみれすなわこれ知るしるそれしつ為るするしゅうこうかんばざれば、梓人しじん こうなりといえども、しつ 成るなるのうはず。国家こっかためむるにしゅうさとししゅうかんばざれば、そうしん さいありといえども、くに 治まおさまらず。彼のかのそうたるもの誠にまことにのうまこと開きひらきこうぬのき、かくえんとしてわれ無くなくおのれのうはざる有れあれば、のうくするもの果たはたしてこれようひ、おのれ知らしらざる有れあれば、知るしるもの挙げあげこれようひ、おのれかんへてげんはざる有れあれば、かんへてげんもの挙げあげこれようふ。これくの如くごとくなればすなわ彼のかののうくするところみな われ有るあるなり。必ずかならず一身いっしんにして衆人しゅうじんこと兼ねかねんと欲すほっすれば、大聖たいせい大賢たいけんいえども、のうはざる所有しょゆうり。それすいしろきつねは、挙世きょせい 有るあるところ無きなきなり。然りしかりしかしてすいしろきゅう有るあるものは、善くよくしゅう取るとるのみ。きょうんや大臣だいじん初めはじめよりこととして知らしらざる無きなき貴ばたっとばず。だい其のそのこころ公正こうせいにし、ぼう疾すやますところ無けなければ、すなわ智者ちしゃぼうこうし、勇者ゆうしゃちからこうす。しばらしばらとして以てもてさい為しなししょうしょうとして以てもてべん為しなし自らみずからてら自らみずからほこれば、すなわ賢者けんじゃ必ずかならず楽したのしんでこれようひられず。大抵たいてい 人君じんくん 自らみずからほこれば、すなわしんしょく 行はぎょうれざる所有しょゆうり。そうしん 自らみずからほこれば、すなわひゃく執事しつじしょく行はぎょうれざる所有しょゆうり。にん上たあがたものは、やく操りあやつり以てもてはんぎょし、せい居りいり以てもてどうせいし、無心むしん以てもて天下てんかこころ応ずおうずれば、すなわれいするところもの 従ひしたがひもちふるところもの 勧むすすむいやしくも其のそのさとし知りしりこれにんじ、既にすでににんじてこれひ、しかしてこれ勝たかたんことを務むつとむれば、つて知らずしらずようひずして自らみずから其のそのさいにんずるものなん異なことならん。若しもし然らばさらばすなわからだとう しつはれて、諂佞てんねい小人しょうじん 至るいたる小人しょうじんところれば、すなわ天下てんかこと論ぜろんぜずして知るしる可しべし
天子の職務で、宰相さいしょうを選ぶことより重いものはない。宰相さいしょうの職務で、賢者を用いることより重いものはない。ではどうやってその賢を見抜くか。人に問えば分かり、その行いを観察すれば分かり、その人が誰を推挙するかを見れば分かる。家を建てるのに多くの職人の材を選ばなければ、名工でも家は建たない。国を治めるのに多くの賢者を集めなければ、宰相さいしょうに才があっても国は治まらない。宰相さいしょうたる者が、誠を開き公を布き、我を空しくして(廓焉無我)、自分にできぬことがあればできる者を挙げて用い、知らぬことがあれば知る者を挙げて用い、言えぬことがあれば言える者を挙げて用いる。そうすれば、彼らのできることは皆わがものとなる。一身で万人の仕事を兼ねようとすれば、大聖大賢でもできぬことがある。真っ白な狐は世に存在しないが、真っ白な狐裘があるのは、多くの狐から善く集めるからだ。まして大臣は、はじめから万事に通じていることを尊ぶわけではない。ただ心を公正にし、人を妬まなければ、知者は計略を尽くし、勇者は力を尽くす。小賢しさを才とし、弁舌の早さを能とし、自らをてらい自らを誇れば、賢者は決して喜んで用いられようとはしない。おおむね君主が自らを誇れば臣下の職は行われず、宰相さいしょうが自らを誇れば百官の職が行われない。人の上に立つ者は、簡約な要をもって煩雑を御し、静をもって動を制し、無心をもって天下の心に応じれば、命令は従われ、用いる者は励む。もしその賢を知って任じながら、任じたのちに疑い、しかもその者に勝とうとするなら、賢を知らず用いず自分の才だけに頼る者と何ら変わらない。そうなれば統率の体は失われ、へつらう小人が寄ってくる。小人と共にいれば、天下の事は論ずるまでもなく察しがつく。

重民 第三

蓋聞古之王者。授版則拝。竊意萬乘之尊。爲其民貶抑若是。嘗疑焉而不取。既而思之。民民國之所以昌。四夷之所以靖。朝廷之所以隆。宗廟社稷所以血食悠久者。微長不能爾民也。夫天以億兆之命託之君。君以億兆之命託之相。是知相也者。爲君保良者也。君也民者。爲天爲祖宗保巨者也。天以是託我祖祭。祖宗以是託我。敢不敬與。敢不慎與。苟受其託而不能使之遂生安業。乃從而擾之虐之。犬麁之草菅之。則是逆天而違民祖宗之命。以自戒其國也。而可乎。彼爲巨祖宗之命。以自我其國也。而可乎。彼爲弖者。固不敢與校。然於天之心。於祖宗之心。民其能無所戚歟。嘗謂愛巨者無過於天。無過於祖宗。天生之難。祖宗得之爲尤難。王者知其如是。凛凛焉。未嘗不以民生爲重。聞其害而除之。覩其利則擧之。牧守非其人則易置之。今夫鷹師国人所掌者。不過人主服御之一物。而人尚以内侍重之。剌史縣令。乃爲祖宗。爲國家。牧養斯民者。反視爲不切而慢卑之。是愛民不如鷹犬。受祖宗國家一方生靈之寄者。反不如内侍。豈不顛倒失體哉。大抵下之所爲。惟上是視。在上者。誠有重民之心。而天下不治者。古今無有也一
けだ聞くきく王者おうじゃは、はん授くさずくればすなわはいすと。せつかにふに、万乗ばんじょう尊きとーときも、其のそのたみ為にためにへんよくすることこれくの若しもし嘗てかつてえんひて取らとらざりしも、既にすでにしてこれ思ふおもふに、たみくにまさんなる所以ゆえん四夷しいやすしまる所以ゆえん朝廷ちょうていたかしんなる所以ゆえん宗廟そうびょう社稷しゃしょく食ししょくし悠久ゆうきゅうなる所以ゆえんなり。これ以てもててん億兆おくちょういのちこれくん託したくしくん億兆おくちょういのちこれそう託すたくすこれそうなるものは、くん為にためにたみんずるものなるを知るしるくんたみ於けおけるや、てんため祖宗そそう為にためにたみんずるものなり。てん これ以てもて我がわが祖宗そそう託したくし祖宗そそう これ以てもてわれ託すたくすかんへてたかしまざらんや、かんへて慎まつつしまざらんや。いやしくも其のそのたく受けうけこれをして遂についに生じしょうじぎょうあんんぜしむるのうはず、すなわ従つしたがつこれみだこれしいたげ、これいぬていこれくさかんせば、すなわこれてん逆らさからたみ違ひたがひ祖宗そそういのち違ふたがふ以てもて自らみずから其のそのくにを戕なり。しかしてならんや。彼のかのたみ為にためにこうふるをかんへてせざるものは、よりてんこころに、祖宗そそうこころに、たみ そののういたところ無かなからんや。嘗てかつてへらく、たみ愛すあいするはてんより過ぎすぎたるは無くなく祖宗そそうより過ぎすぎたるは無しなしてんこれ生ずしょうずるは難くがたく祖宗そそうこれ得るえる尤ももっとも難しむずかし為すなすと。王者おうじゃ 其のそのこれくの如きごとき知れしれば、りんりんえんとして、未だいまだ嘗てかつて民生みんせい以てもて重しおもし為さなさずんばあらず。其のそのがい聞きききこれ除きのぞき其のそのればすなわこれ挙げあげ牧守ぼくしゅ 其のそのにん非ざあらざればすなわこれえきす。いまそれ鷹犬ようけん掌るつかさどるところものは、にん主のおもの服御ふくぎょ一物いちもつ過ぎすぎず。しかれどもにん たかし内侍ないじ以てもてこれ重んおもんず。刺史しし県令けんれいは、すなわ祖宗そそうため国家こっか為にためにたみまきようするものなるに、はんつて視てみて切なせつならずと為しなしこれまん卑すいやすこれたみ愛すあいすること鷹犬ようけん如かずしかず祖宗そそう国家こっか一方いっぽう生霊せいれいより受くうくものはんつて内侍ないじ如かずしかずあにてん倒したおしからだしつはざらんや。大抵たいてい 下のしたの為すなすところは、ただうえこれ視るみる上にうえに在るあるもの誠にまことにたみ重んおもんずるのこころ有りありて、天下てんか治まおさまらざるものは、古今ここん 有るあること無きなきなり。
こう聞く——古の王者は、戸籍の版を授けられると拝礼した、と。万乗の君の尊さでありながら、民のためにここまで身を低くしたのだ。私はかつてこれを疑って信じなかったが、よく考えてみると——民こそ、国が栄える根、四方の異民族が鎮まる根、朝廷が盛んになる根、宗廟社稷そうびょうしゃしょくが末永く祭られる根である。だから天は万民の命を君に託し、君はその命を宰相さいしょうに託す。つまり宰相さいしょうとは、君に代わって民を安んずる者だと分かる。君が民に対するのは、天のため祖宗のために民を安んずるからだ。天はこれをわが祖宗に託し、祖宗はこれをわが身に託した。どうして敬わずにいられよう、慎まずにいられよう。もしその託を受けながら民を安んじて生業に就かせることができず、かえって乱し虐げ、犬や豚のように扱い、雑草のように踏みにじれば、それは天に逆らい民に背き祖宗の命に背き、自ら国を損なうことだ。それでよいはずがない。あえて民のために弁護しようとしない者は、天の心・祖宗の心に照らして、民が心を痛めずにいられようか。かつてこう言われた——民を愛することは天に過ぎるものはなく、祖宗に過ぎるものはない。天が民を生むのは難く、祖宗が民を得るのはとりわけ難い、と。王者はこのことを知れば、おそれ慎んで、常に民の生活を重んじずにはいられない。害を聞けば除き、利を見れば挙げ、地方長官が適任でなければ更迭する。ところが今、鷹や犬の係は君主の道具の一つにすぎないのに、人々はそれを側近として重んじる。刺史・県令は、祖宗のため国家のために民を養い治める者なのに、かえって切実でないと見なして軽んじる。これでは民を愛することが鷹や犬にも及ばず、一方の民草を託された者が側近にも及ばない。倒錯して体をなさぬではないか。おおむね下の者のすることは、ただ上を見て決まる。上に立つ者に本気で民を重んじる心があって、それで天下が治まらなかったためしは、古今ないのである。

遠慮 第四

天下之事。知其已然。不知其將然者衆人也。因其已然。而將然未然。逆而知之。非深識遠慮者不能。室已焚而徙薪。舟已溺而市壺。疾已成而求艾。雖殫力爲之無及矣。今夫隆然之堤。有容蟻之穴。宜若無所損。然周於識者。必塞而賞之。慮其久而必底於訌潰故也。天下之事。皆能如是虚之。尚何後患之有哉。大抵自古國家之所以不治。臣子之所以不軌。固非一朝一夕之積。良由今日以某事爲小過而不諫。明日以某人爲小罪而不懲。日引月深。不自知其禍亂之成也。故臣之於君。獻可替否。而不敢萌一毫姑息之心。始以爲無傷。卒至大可傷。始以爲不足慮。卒至深可慮。惟君子爲能見微知著思患而預防之。於飲冥則防流連。於田獵則防荒縦。於営繕則防踰制。於貨財則防損民。於爵賞則防僣及。於刑法則防濫殺。於君子則防疎遠。於小人則防玩狎。於聴覽則防容好。於征伐則防涜武。夫君之於臣。亦有所當遠慮者。雖愛而不錫以過分之賞。雖舊而不授以非據之官。雖親而不交以発涜之談。蓋尊卑之分嚴。則上下之體定。上下之體定。則禍亂無自而生。天下之事。可次第而治矣調
天下てんかこと其のその然るしかる知りしりて、其のそのしょう然らしからんとするを知らしらざるもの衆人しゅうじんなり。其のその然るしかる因りよりて、しょうぜん未然みぜんを、ぎゃくへてこれ知るしるは、しんしき遠慮えんりょもの非ざあらざればのうはず。しつ 焚けたけたきぎし、ふね 溺れおぼれつぼひ、しつ 成りなりがい求むもとむるは、ちからたんくしてこれ為すなすいえど及ぶおよぶこと無しなしいまそれたかしぜんたるのていに、あり容るいるるのあな有れあれば、宜しくよろしくそんするところ無きなき若きわかきも、然れしかれどもしきしゅうものは、必ずかならず塞ぎふさぎこれしょうす。其のその久しくひさしくして必ずかならずかいそこるを慮れおもんばかればなり。天下てんかことみな のうこれくの如くごとくこれれば、たかしなに後患こうかんこれ有らあらんや。大抵たいてい より国家こっか治まおさまらざる所以ゆえん臣子しんこらざる所以ゆえんは、より一朝一夕いっちょういっせき積につに非ずあらずりょう今日きょう ぼうこと以てもて小過しょうか為しなしいさめず、明日あした ぼうにん以てもてしょうつみ為しなしこらさざるにる。にち引きひきがつ深くふかくして、自らみずから其のそのらん成るなる知らしらざるなり。故にゆえにしんくん於けおけるや、献じけんじ替へかへて、かんへて一毫いちごうしばらいきこころをもきざさず。始めはじめ以てもてきず無しなし為すなすも、そつには大いおおい傷むいたむ可きべき至りいたり始めはじめ以てもて慮るおもんばかる足らたらずと為すなすも、そつには深くふかく慮るおもんばかる可きべき至るいたるただ君子くんしのみのう見てみてちょ知りしりかん思ひおもひこれぼうするを為すなすいんめい於いおいてはすなわ流連りゅうれん防ぎふせぎりょう於いおいてはすなわこうほしいまま防ぎふせぎ営繕えいぜん於いおいてはすなわせい防ぎふせぎ貨財かざい於いおいてはすなわたみそんするを防ぎふせぎ爵賞しゃくしょう於いおいてはすなわせんきゅう防ぎふせぎ刑法けいほう於いおいてはすなわらんさつ防ぎふせぎ君子くんし於いおいてはすなわ疎遠そえん防ぎふせぎ小人しょうじん於いおいてはすなわがんなれ防ぎふせぎちょうらん於いおいてはすなわようこう防ぎふせぎせいほこ於いおいてはすなわとくたけし防ぐふせぐそれくんしん於けおけるも、またとう遠慮えんりょすべきところもの有りあり愛すあいすいえど過分かぶんしょうすずはず、きゅうしといえどきょかん授けさずけず、親ししたしいえども䙝とくだん交へかへず。けだ尊卑そんぴふん げんなれば、すなわ上下じょうげからだ 定まさだまる。上下じょうげからだ 定まさだまれば、すなわらん 自りみずかり生ずしょうず無しなし天下てんかこと次第しだいして治むおさむ可しべし
天下の事について、すでに起きたことは分かっても、これから起きようとすることが分からないのが凡人だ。すでに起きたことに基づいて、これから起きること・まだ起きぬことを予見できるのは、深い見識と遠い慮りのある者でなければできない。家が焼けてから薪を移し、船が沈んでから浮きを買い、病が篤くなってから薬草を求めるのは、力を尽くしてももう間に合わない。今、堅固に見える堤に蟻の穴が一つあっても、一見なんの害もなさそうだが、見識ある者は必ずふさいで賞する。長い目で見れば必ず決壊すると慮るからだ。天下の事をすべてこのように用心すれば、後の禍など起ころうはずがない。おおむね昔から国家が治まらず臣子が道を外れるのは、一朝一夕の積み重ねではない。まことに、今日ある事を小さな過ちとして諫めず、明日ある人を小さな罪として懲らさぬことから始まる。日々ひかれ月々深まって、自分でも禍乱の完成に気づかないのだ。だから臣が君に仕えるには、可を進め否を退け、わずかも姑息な迎合の心を芽生えさせてはならない。はじめは害がないと思えても、やがて大いに傷むに至り、はじめは慮るに足らぬと思えても、やがて深く慮るべきに至る。ただ君子だけが、微かな兆しを見て明白な結果を知り、禍を思ってこれを予防できる。飲宴では放蕩を防ぎ、狩猟では度を越すのを防ぎ、造営では制を越えるのを防ぎ、財貨では民を損なうのを防ぎ、恩賞では不相応な及ぼしを防ぎ、刑罰では濫殺を防ぎ、君子に対しては疎遠を防ぎ、小人に対しては馴れ合いを防ぎ、聴聞では好みに流れるのを防ぎ、征伐では武を汚すのを防ぐ。君が臣に対しても、遠く慮るべきことがある。愛していても過分の賞を与えず、旧い間柄でも不相応の官を授けず、親しくても下品な戯れ言を交わさない。尊卑の分が厳格なら上下の体が定まり、上下の体が定まれば禍乱はおのずと生じない。天下の事は、順序を追って治めていける。

調燮 第五

人皆曰。變理陰陽。爲宰相事。然擧世第能道其辭。迄不知陰陽何術可以變理。按書周官。三公論道経邦。變理陰陽。蓋周之三公。卽今宰輔。而漢丞相平亦曰。宰相上佐天子。理陰陽。順四時。厥後又有災異免三公之制。世俗所云。蓋本諸此。竊嘗即是以思率相所以調變者。非能旱焉而使之雨。雨焉而使之陽。要不越盡人事以來天地之和而已矣。夫天之與人若判然。而實相表裏。蓋政事順則民心順。民心順則天地之氣順。天地之氣一順則陰陽從而序矣。若乃恃勢立威。挾權縦欲。惡人異已。諂佞是親。於所言者不言。於所救者不救。上下相蒙。惟務從命。如此欲望民心順。陰陽之気和難矣。大抵天道之災祥。視民心之苦樂。民心之苦樂。視政事之失得。政事之失得。視宰相之賢與不賢。昔丙吉舎死人間牛喘。自以爲得體。殊不知天道逆順。當於政事觀之。固不在區區一牛之喘與否也。晉恵冰爲相。或謂天文錯度。宜盡消禦之道冰曰。元象豈無所測。正當勤盡人事冰之此言可謂簡明切要。深得宰相之體者矣。苟政事修整。雖陰陽之和不応。乃天道之變也。又何慊焉。苟政事庸焉参焉。而不理。雖禎祥集而風雨時若顧敢以爲治乎。嗚呼。凡爲相者。誠能以是求之。則天人之理瞭然矣一
にん みな 曰くいわく陰陽いんよう燮理しょうりするは、宰相さいしょうことたりと。然れしかれども挙世きょせい だいのう其のそのみちふのみにて、まで陰陽いんよう 何のなんのじゅつ以てもて燮理しょうり可きべき知らずしらずかきしゅうかんあんずるに、三公さんこうみち論じろんじくにけいめ、陰陽いんよう燮理しょうりすと。けだしゅう三公さんこうは、即ちすなわちいま宰輔さいほなり。しかしてかん丞相じょうしょう陳平ちんぺいまた曰くいわく宰相さいしょううえ天子てんしけ、陰陽いんようめ、四時よじ順ふしたがふと。のち また 災異さいい 三公さんこう免ずめんずるのせい有りあり世俗せぞくうんところけだこれ此にこにほんづく。せつかに嘗てかつてこれそくきて以てもて思ふおもふに、宰相さいしょう調燮ちょうしょうする所以ゆえんものは、のうかんしてこれをしてあめあらしめ、あめしてこれをしてようあらしむるに非ずあらず要はようは人事じんじ尽くしつくし以てもて天地てんち来すきすえざるのみ。それてんにんかるや判然はんぜんたるが若きわかきも、実はじつはそう表裏おもてうらす。けだ政事せいじ 順なじゅんなればすなわ民心みんしん 順にじゅんに民心みんしん 順なじゅんなればすなわ天地てんち 順にじゅんに天地てんち 一たひとた順なじゅんなればすなわ陰陽いんよう 従つしたがつじょづく。若しもしすなわせい恃みたのみ立てたてけん挟みはさみよくほしいままにし、にんおのれ異なることなるあくみ、諂佞てんねいこれ親しみしたしみげんところもの於いおいげんはず、救ふすくふところもの於いおい救はすくはず、上下じょうげそうもうひて、ただいのち従ふしたがふ務むつとむれば、これくの如くごとくにして民心みんしんじゅん陰陽いんよう気のきの望まのぞまんと欲すほっするは難しむずかし大抵たいてい 天道てんどう災祥さいしょうは、民心みんしん苦楽くらく民心みんしん苦楽くらくは、政事せいじしつ政事せいじしつは、宰相さいしょうさとしさとしとを視るみるむかし 丙吉へいきつ死人しにんきてうし喘ぐあえぐ問ひとひ自らみずから以てもてからだ得たえたりと為すなす殊にことに知らずしらず天道てんどう逆順ぎゃくじゅんは、とう政事せいじ於いおいこれ観るみるべく、よりたるいちうしぜんとに在らあらざるを。すすむめぐみこおり そう為りすりあるひと天文てんもんさくするをひ、宜しくよろしくしょうぎょみち尽くすつくすべしと。こおり曰くいわくもとぞう あに測るはかるところ無かなからんや、正にまさにとう勤めつとめ人事じんじ尽くすつくすべしのみ、と。こおり此のこのげん簡明かんめい切要せつようにして、深くふかく宰相さいしょうからだ得たえたもの可しべしいやしくも政事せいじ 修整しゅうせいせば、陰陽いんよう 応ぜおうぜずといえども、すなわ天道てんどう変なへんなり。また なにこころよとせんや。いやしくも政事せいじ もちえんさんえんとしてまらざれば、ていしょう 集まりあつまり風雨ふうう 時にときにじゃくふといえども、つてかんへて以てもて治となおと為さなさんや。嗚呼ああおよそうたるもの誠にまことにのうこれ以てもてこれ求めもとめば、すなわ天人てんじん りょうぜんたり。
人は皆「陰陽を調え和すのは宰相さいしょうの仕事だ」と言う。だが世をあげてただその言葉を口にするだけで、陰陽をどんな術で調え和せるのかを知らない。『書経しょきょう周官篇しゅうかんぺんを見ると、三公は道を論じ国を治め、陰陽を調え和すとある。周の三公とは今の宰相さいしょうのことだ。漢の丞相・陳平もこう言った——宰相さいしょうは上は天子を助け、陰陽を治め、四季に順わせる、と。その後また、天変地異があると三公を免ずる制度もできた。世間の言い伝えは、おおむねここに由来する。ひそかにこれについて考えてみるに、宰相さいしょうが陰陽を調える方法とは、旱天を雨に、長雨を晴れに変えることではない。要するに人事を尽くして天地の和を招く、それに尽きる。天が人に関わることは判然と別のようでいて、実は表裏一体だ。政事が順調なら民心が順になり、民心が順なら天地の気も順になり、天地の気がひとたび順になれば陰陽もそれに従って整う。もし勢いを頼んで威を立て、権を握って欲をほしいままにし、自分と異なる者を憎み、へつらう者ばかりを親しみ、言うべきことを言わず、救うべきを救わず、上下互いに欺き合ってただ命令に従うことだけを事とすれば、こんなことで民心の順や陰陽の和を望むのは難しい。おおむね天の災いや瑞祥は民心の苦楽に現れ、民心の苦楽は政事の得失に現れ、政事の得失は宰相さいしょうの賢・不賢に現れる。かつて丙吉は道端の死人を捨て置いて牛が喘ぐのを気づかい、自ら宰相さいしょうの体を得たとした。だが天道の順逆はまさに政事に現れると知らず、ちっぽけな一頭の牛の喘ぎにあるのではないことを知らなかったのだ。晋の恵冰が宰相さいしょうのとき、ある人が天文の乱れを告げ、消し防ぐ道を尽くすべきだと言った。冰は答えた——天象がどうして測れぬものであろう、ただまさに勤めて人事を尽くすのみだ、と。冰のこの言葉は簡明で要を得ており、深く宰相さいしょうの本体をつかんだ者と言える。もし政事さえ正しく整えば、陰陽の和が応じなくても、それは天道の変であって、何を恥じることがあろう。もし政事がいい加減で治まらなければ、瑞祥が集まり風雨が時に順っても、あえて治まったと言えようか。ああ、宰相さいしょうたる者、まことにこうして求めれば、天と人の理は明らかである。

任怨 第六

夫爲人臣惟欲収名。而不敢任怨。此不忠之尤者也。居廟堂之上凡有所爲惟當揆之以義。義苟不失。悠悠之言奚恤哉。今夫兩軍之交。兵刃叢前。而心誠報國者。尚冐之而不顧。夫臨政之與臨敵。其安危利害。相距宵壤。此猶顧惜。抑不知於萬死一生之際爲何如。昔范文正公患諸路監司非人。視選簿有不可者輒筆勾之或謂一筆退一人則是一家哭矣。公曰。一家哭。其如一路何。嗚呼。如是處處心。斯不負宰相之職矣。大抵天下之事。有易有難。有利有害。難而有害者。人多辭避。利而易行者。人多忻然以爲。殊不知官有長佐之分體有勞逸之殊長者逸而佐者勞。此天地之大義也。以朝廷。言之。君上逸而臣下勞。以一家言之。父母逸而子弟勞。以一身言之。頭目逸而手足勞。嗚呼。人而知此者。必不遺君父以憂。措其長於衆衆怨之地矣。近代爲執政者。往往姑息好名。一疾言属色。不敢加於人事或犯衆激使居己之右者發之。嗚呼。夫治家而使父母任其勞爲國家而使君長任其怨尚得爲忠孝乎哉。况有罪不責。有善不旌。雖三代不能爲治。故刑罰不患於用直患乎用之而不公。昔桓公奪伯氏駢邑三百没歯而無怨言諸葛孔明廃廖立而立聞亮死輒泣下。爲宰相誠能公其心如是。則天下蔑有不服者矣
それ人臣じんしんたる、ただめい収めおさめんと欲しほっして、かんへてえんにんぜざるは、これ不忠ふちゅうゆうなるものなり。廟堂びょうどう上にうえに居りいりおよ為すなす所有しょゆうれば、ただとうこれるに以てもてすべし。 いやしくもしつはざれば、悠悠ゆうゆうげん なんじゅつへんや。いまそれ両軍りょうぐん交はかはり、兵刃へいじん まえ叢がむらがるも、こころ 誠にまことにくに報ずほうずものは、たかしこれ冒しおかし顧みかえりみず。それまつりごと臨むのぞむてき臨むのぞむと、其のその安危あんき利害りがいそうきょつることしょうじょうなり。これゆう惜せおせば、よく知らずしらず万死ばんし一生いっしょう際にさいに於いおい何如いかとか為さなさん。むかし 范文正はんぶんせいこう これみち監司かんし にん非ざあらざるをかんふ。せん簿視てみて不可ふかなるもの有れあれちょうこれふでこうす。あるひとふ、一筆いっぴつ一人ひとり退くしりぞくればすなわこれ一家いっか こくせんと。こう曰くいわく一家いっかこくその一路いちろ如何いかせんと。嗚呼ああこれくの如くごとくところこころせば、宰相さいしょうしょく負かまかざるなり。大抵たいてい 天下てんかことえき有りありなん有りあり利有りゆうがい有りあり難くがたくしてがい有るあるものは、にん 多くおおくし、にして行ひおこなひ易きやすきものは、にん 多くおおくきんぜんとして以てもて為すなす殊にことに知らずしらずかんちょう分有ぶんゆうり、からだ労逸ろういつしゅ有りありちょうなるもの逸しいっしなるもの労すらうするは、これ天地てんち大義たいぎなることを。朝廷ちょうてい以てもてこれげんへば、くんうえ逸しいっし臣下しんか労しらうし一家いっか以てもてこれげんへば、父母ふぼ逸しいっし子弟してい労しらうし一身いっしん以てもてこれげんへば、頭目とうもく逸しいっし手足てあし労すらうす嗚呼ああにんにしてこれ知るしるものは、必ずかならず君父くんぷ遺すのこすゆうひを以てもてせず、其のそのちょう衆怨しゅうえんかざるなり。近代きんだい 執政しっせいたるものおうおうにしてしばらいき めい好みこのみ一たひとた言をいを疾くはやくいろぞくくるも、かんへてにん加へくはへず、こと あるひはしゅう犯すおかすも、おのれみぎ居るいるものをしてこれ発せはっせしむ。嗚呼ああそれいえ治めおさめ父母ふぼをして其のそのろうにんぜしめ、国家こっかためめて君長くんちょうをして其のそのえんにんぜしむ、たかし忠孝ちゅうこうたるを得んえんや。きょうんやつみ有るある責めせめず、ぜん有るあるあらわさざれば、三代さんだいいえどおさむ為すなすのうはず。故にゆえに刑罰けいばつようふるをかんへず、ちょくこれようひてこうならざるをかんふ。むかし かんこう伯氏はくしへんゆう三百さんびゃくだつひしも、歯をはを没すぼっするまで怨言えんげん無しなし諸葛しょかつ孔明こうめい廖立りょうりゅう廃せはいせしも、りつあきら聞きききちょうきゅう下すくだす宰相さいしょう為りすり誠にまことにのう其のそのこころこうにすることこれくの如くごとくなれば、すなわ天下てんか 服せふくせざるもの べつし。
臣たる者が、ただ名声を得ようとして、あえて恨みを引き受けようとしないのは、これこそ最大の不忠だ。廟堂の上にあって何事かをなすなら、ただそれを義に照らして測るべきだ。義さえ失わなければ、世間の悠長な陰口などなぜ気にかけよう。今、両軍が交戦し、刃が目前に群がっても、真に国に報いる心の者は、それを冒して顧みない。政に臨むのと敵に臨むのとでは、その安危利害は天と地ほど隔たる。それでもなお身を惜しむなら、いったい万死一生の場でどうするというのか。かつて范仲淹はんちゅうえん(文正公)は、諸道の監察官かんさつかんが適任でないのを憂え、名簿を見て不適格な者があるとその筆で消した。ある人が「一筆で一人を退ければ、一家が泣くことになる」と言うと、公は答えた——「一家の泣きが、一路(一地方全体)の民の苦しみに比べて何ほどか」と。ああ、このように心を用いてこそ、宰相さいしょうの職に背かないのだ。おおむね天下の事には、易しいものと難しいもの、利あるものと害あるものがある。難しくて害あるものは人が多く避け、利があって行いやすいものは人が喜んでする。だが官には長と補佐の分があり、身には労と逸の別があり、長たる者が逸して補佐が労するのは天地の大義だと知らないのだ。朝廷でいえば君上は逸して臣下が労し、一家でいえば父母は逸して子弟が労し、一身でいえば頭や目は逸して手足が労する。ああ、これを知る者は、必ず君や父に憂いを残さず、その長を人々の恨みの矢面に立たせない。近ごろの執政者しっせいしゃは、とかく姑息に名を惜しみ、ひとたび語気を強め顔色を険しくしても、あえて自分では人に加えず、時に人々の反感を買うことがあれば、自分より上位の者にそれを言わせる。ああ、家を治めるのに父母に労を負わせ、国を治めるのに君主に恨みを負わせて、それで忠孝といえようか。まして罪があっても責めず、善があっても顕彰しなければ、三代の聖王でも治めることはできない。だから刑罰は用いること自体を憂えるのでなく、ただ公平でないことを憂えよ。かつて斉の桓公は伯氏の駢邑三百戸を奪ったが、伯氏は死ぬまで恨み言を言わなかった。諸葛孔明しょかつこうめいは廖立を廃したが、廖立は孔明の死を聞くと涙を流した。宰相さいしょうとなって、まことにこのように心を公平にできれば、天下に服さぬ者はなくなる。

分謗 第七

夫共署聯事。一人努力而前。則餘者皆當補相以成其志苟彼前我却。彼行我止。動焉而不相随語焉而不相応則事功之成者能幾。此古人所以有推車同舟之喩也。其或共舟以濟。而一人溺焉。則凡在舟者。無論成所宜并力以救之。此賢不肖之所共知也。况。况同爲臣子同受天下國家之寄者。可坐視一人被禍而不恤哉。使其爲一己之私自貽伊戚。固無足恤。其或知無不言。言無不盡。公家之務。一以大公至正處之。彼非爲己爲家而得罪。則凡同官者。安得不擬身而前。與之共難也哉。大抵一人不幸而得罪。爲長者若曰此我之罪。爲貳者亦曰此我之罪。使闔堂之人皆爭引爲己罪則彼獲罪者。雖不能釋。亦必不至於重論矣。古之敢於諫爭者。其遇不見聴納至謂與其殺此人不若殺臣。尚爲如此求解。其肯坐視同官寃抑而不省哉。嗚呼。使分謗引咎之事。爲宰相者。誠能力行於今。將見士大夫之名節愈属。民間之薄俗可致。而國家他日。亦不患其無仗義死節之士矣。一事之行。所繋如此。孰謂任怨分謗爲宰相細行哉
それしょ共にともにことれんぬるに、一人ひとり 努力どりょくしてまえめば、すなわものみな とうそうして以てもて其のそのこころざし成すなすべし。いやしくもかれ まえめばわれ きゃくき、かれ 行けいけわれ 止まりどまり動きうごきそう随はしたがはず、語りかたりそう応ぜおうぜざれば、すなわことこう成るなるもの のうばくぞ。これ古人こじんすいくるま同舟どうしゅうさと有るある所以ゆえんなり。そのあるひはふね共にともにして以てもてすみり、しかして一人ひとり 溺るおぼるれば、すなわおよふね在るあるものは、せい宜しくよろしくちからへいせて以てもてこれ救ふすくふべきを論ずろんず無しなしこれさとし不肖ふしょう共にともに知るしるところなり。きょうんや同じおなじ臣子しんこ為りすり同じおなじ天下てんか国家こっかより受くうくもの一人ひとり 被るこうむる坐視ざししてじゅつへざる可けべけんや。そのれをして一己いっこわたし為にために自らみずからいたさしむれば、よりじゅつふるに足るたる無しなしそのあるひは知りしりげんはざる無くなくげんひて尽くさつくさざる無くなく公家くげ務めつとめいち大公たいこう至正しせい以てもてこれ処ししょしかれ おのれためいえ為にためにしてつみ得るえる非ざあらざれば、すなわおよかん同じおなじくするもの安くやすくんぞ身をみを擬しぎしまえみ、これなん共にともにせざるを得んえんや。大抵たいてい 一人ひとり 不幸ふこうにしてつみ得れえれば、ちょうたるものは「これ我がわがつみ」といわくひ、たるものまたた「これ我がわがつみ」といわくひ、こうどうにんをしてみな そうひて引きひきおのれつみ為さなさしむれば、すなわ彼のかのつみかくものしゃくのうはずといえども、また必ずかならずじゅうろん至らいたらず。かんへていさそうせしものは、其のそのぐう 聴納ちょうのうせられざれば、その此のこのにん殺さころさんよりしん殺すころす若かずしかずふに至るいたるたかしこれくの如くごとくかい求むもとむそのこうへてどうかんえんよく坐視ざしして省みかえりみざらんや。嗚呼ああ分謗ぶんぼうひきとがことをして、宰相さいしょうたるもの 誠にまことにのういま力行りっこうせしめば、しょう士大夫したいふ名節めいせつ いよ励むはげむけん民間みんかんはくぞく 致すいたす可くべくしかして国家こっか他日たじつまた其のそのじょう死節しにぶしさむらい無きなきかんへざるを見んみんとす。一事いちじぎょうけいところ これくの如しごとしじゅく任怨にんえん分謗ぶんぼう宰相さいしょうさい行といっとはんや。
そもそも役所を共にし仕事を連ねる以上、一人が努力して前に進み出たなら、他の者は皆それを補佐してその志を遂げさせるべきだ。もし彼が進めば自分は退き、彼が行けば自分は止まり、動いても足並みをそろえず、語っても応じないなら、成し遂げられる功業などいくらもない。これが古人に「車を推し舟を同じくする」喩えがある理由だ。同じ舟に乗って渡り、一人が溺れれば、舟にいる者は皆、力を合わせて救うべきなのは論を俟たない。これは賢者も愚者も共に知ることだ。まして同じく臣子となり、同じく天下国家を託された者が、一人が禍を被るのを傍観して憐れまずにいられようか。もしその者が自分の私利のために自ら苦しみを招いたのなら、憐れむには及ばない。だが、知って言わぬことなく、言って尽くさぬことなく、公務をひたすら大公至正しせいで処理し、彼が自分や家のために罪を得たのでなければ、同僚たる者、どうして身をなげうって前に進み、共に難に当たらずにいられよう。おおむね一人が不幸にして罪を得たとき、長たる者が「これは自分の罪だ」と言い、次席の者も「これは自分の罪だ」と言い、役所じゅうの者が皆争って自分の罪として引き受ければ、罪を得た当人は、放免はされずとも、必ず重い処罰には至らない。古の、あえて命がけで諫争した者は、自分の意見が容れられなければ「この人を殺すより、私を殺したほうがよい」とまで言った。これほど身を挺して弁護を求めたのだ。どうして同僚の無実の抑圧を傍観して省みずにいられよう。ああ、そしりを分かち咎を引き受けることを、宰相さいしょうたる者がまことに今力めて行えば、士大夫したいふの名節はいよいよ励まれ、民間の薄い風俗も厚くでき、国家は将来、義に殉じ節に死ぬ人材に事欠かなくなるだろう。一つの行いにかかるものはこれほど大きい。誰が任怨・分謗を宰相さいしょうの些細な行いだと言えようか。

應變 第八

事機之發。有常有變。常者中人處之而有餘。變者雖上智亦有所不足。樽俎之下。卒然而報兵遽然而聞憲。輒當詳其虚賁度其逆順。殆不可一聞其言輒倉皇上變。徴發百出。未見敵而先自撓也。且事固有聲虚以釣實。乘間以拘利傳黴爲巨。以無形。為有形。疑似之間。不可不察。若夫國有大奸境有大敵。彼既非常。而吾則以非常之計備之。若乃泥文守經。終見動輒有礙。而事亦無所濟矣。故古人遇此權以濟才。随宜制變。如丸轉於盤而不出於盤。如水委曲赴海。而不悖於淹。王商開大水之言。君臣皆驚。而商獨必其無事。桓温將移晉祚聲誅王謝。而謝安雍容談笑。以折其鋒。囘絶吐蕃合兵深陽郭子儀單騎以往喩。蓋宰相者。非常之任也。居非常之任獨不能爲非常之事可乎。故前輩謂鎮定大事非至公至誠不能。或死或生。擧置度外。嗚呼。世常以大臣國家柱石者。其謂茲與大臣之下當有爲字一献
こと機のきの発すはっするや、常有じょううへん有りあり常なつねなもの中人ちゅうにん これ処ししょし余りあまり有りあり変なへんなもの上智じょうちいえどまた足らたらざる所有しょゆうり。そんしたそつぜんとしてへい報じほうじにわかぜんとして急変きゅうへん聞かきかば、ちょうとう其のその虚実きょじつ詳らかつまびらかにし、其のその逆順ぎゃくじゅんるべし。殆どほとんど一たひとた其のその言をいを聞きききちょう倉皇そうこうとして変をかを上しのぼしちょうはつ 百出ひゃくしゅつ未だいまだ敵をかなを見ずみずして先づまづ自らみずからたわ可かべからざるなり。且つかつことよりこえ虚しむなしくして以てもてり、間にまに乗じじょうじ以てもてとらへ、伝へつたへきょ為しなし無形むけい以てもて有形ゆうけい為すなすもの有りあり疑似ぎじかん察せさせざる可かべからず。若しもしそれくにだいかん有りありさかい大敵たいてき有らあらば、かれ 既にすでに非常なひじょうなれば、しかしてわれ すなわ非常のひじょうのけい以てもてこれ備ふそなふ若しもしすなわぶん泥みなずみけい守れまもれば、終についにどうもすればがいぐる有るある見てみてことまたすみところ無しなし故にゆえに古人こじん 此にこにぐうへばけん以てもてさいすみし、随ひしたがひ変をかをせいす。まるばん転じてんじばん出でいでざるが如くごとくみず委曲いきょくしてうみ赴きおもむきえん悖らもとらざるが如しごとし王商おうしょう大水おおみず言をいを開きひらき君臣くんしん みな 驚くおどろくも、しょう独りひとり其のその事無ことなしきをひつす。桓温かんおん しょうすすむ移さうつさんとしこえおうしゃちゅうせんとするも、謝安しゃあん ようようとして談笑だんしょうし、以てもて其のそのほうおりく。回紇かいこつ 吐蕃とばんへい合はあは深くふかく入らいらんとせしも、郭子儀かくしぎ 単騎たんきして以てもて往きゆきさとす。けだ宰相さいしょうなるものは、非常のひじょうのにんなり。非常のひじょうのにん居りいり独りひとり非常のひじょうのこと為すなすのうはずしてならんや。故にゆえに前輩せんぱい ふ、大事だいじ鎮定ちんていするは至公しこう至誠しせい非ざあらざればのうはず、あるひは死しししあるひは生きいき挙げあげ度外どがい置くおくと。嗚呼ああ 常につねに大臣だいじん以てもて国家こっか柱石ちゅうせきふは、そのこれふか。
事態の発生には、常態と変事がある。常態は凡庸な人でも余裕をもって処理できる。変事は最高の知者でも手に余ることがある。宴席の下でにわかに戦が報じられ、突然の急変を聞いたら、まずその虚実を詳らかにし、その順逆を測るべきだ。一報を聞くやいなや慌てて変事を上奏し、動員を次々にかけて、まだ敵も見ぬうちに自ら崩れてはならない。そもそも事には、虚報で実を釣り、隙に乗じて利を得ようとし、微かなことを大きく見せ、無形を有形に装うものがある。真偽紛らわしい間を、見きわめねばならない。もし国に大悪人があり境に大敵があれば、相手が非常なのだから、こちらも非常の計で備える。もし型(文・経)にこだわり定石を守るだけなら、結局どこかで行き詰まり、事は成就しない。だから古人はこの局面で、臨機の判断(権)で才を補い、時宜に応じて変に対処した。玉が盤上を転がっても盤を出ないように、水が曲がりくねっても必ず海へ至るように、原則を失わずに変化するのだ。王商は大水が来るという流言に君臣皆が驚くなか、独りその事の無いことを見抜いた。桓温が晋の帝位を奪おうとして王坦之おうたんし・謝安を誅すると称したとき、謝安はゆったりと談笑してその鋒先を折った。回紇が吐蕃と兵を合わせて深く侵入しようとしたとき、郭子儀かくしぎは単騎で赴いて説得した。そもそも宰相さいしょうとは非常の任である。非常の任にありながら非常の事をなせないでよいはずがない。だから先輩はこう言う——大事を鎮定するのは至公至誠でなければできない、あるいは死にあるいは生き、すべて度外に置くのだ、と。ああ、世が常に大臣を国家の柱石というのは、まさにこのことを言うのだろう。

獻納 第九

人臣之納言於君也。事未然而言之。則十従八九。無事則游政般樂。日相親比。一旦有所不可。乃左遽右挽。極其力以救之。殆未見其濟者。政使或允亦必出於勉強而非其本心。若夫善於納言者則不然。或因進見或因講讀或自燕居先事陳説。如是一則國安。如是則國危。如是則爲聖君如是則爲暴主或引古昔或援祖宗必使之心悟神會。表裏洞然乃可陳善而無扞格之患。昔孟子三見齊王而不言事。曰我先攻其一同一一廟堂忠吉邪心。大臣事君。職當如此。古人甚至有難於自言者。往往旁召耆年宿徳。置諸左右。使人君有所畏憚而不敢恣。則其爲虚亦深遠矣。雖然臣之於君也。入則懇懇以盡忠。出則謙謙以自悔。凡所白於上者。不可洩於外而代諸人。善則歸君。過則歸己。其若是者。非欲遠嫌避禍。大臣之體。所當然也。坤之六二。含章可貞。蓋亦此意。嘗見近代執政有所建白呶呶焉。惟恐人之不知。卒至讒譫乗之。中途見棄。易大繋所謂君不密則失臣。臣不密則失身。諒哉六二六三之誤一
人臣じんしん言をいをくんのうるるや、こと 未だいまだ然らしからざるにしてこれげんへば、すなわじゅう八九はっく従はしたがはる。事無ことなしければすなわまつりごと游びあそびらくはんしみ、にちそうおや比しひし一旦いったん 不可ふかなる所有しょゆうれば、すなわひだりにわかみぎ挽きひき其のそのちから極めきわめ以てもてこれ救ふすくふも、殆どほとんど其のそのすみすを見ざみざるなり。まつりごと使ひつかひあるひはいんさるるも、また必ずかならず勉強べんきょう出でいで其のその本心ほんしん非ずあらず若しもしそれ善くよく言をいをのうるるものすなわ然らしからず。あるひは進見しんけん因りよりあるひは講読こうどく因りよりあるひはつばめきょより、こと先んさきんじてちん説すさとすこれくの如くごとくすればすなわくに 安くやすくこれくの如くごとくすればすなわくに 危くあぶなくこれくの如くごとくすればすなわひじりくん為りすりこれくの如くごとくすればすなわぼう主としゅと為るすると。あるひは古昔こせき引きひきあるひは祖宗そそうえんき、必ずかならずこれをしてこころ悟りさとりかみ会しかいし表裏おもてうら 洞然どうぜんたらしめて、すなわぜん陳べのべかんかくかん無かなか可しべしむかし 孟子もうし 三たみた斉王せいおう見えみえことげんはず、曰くいわくわれ 先づまづ其のその邪心じゃしん攻むせむと。大臣だいじんくんことふる、しょくとしてとうこれくの如くごとくなるべし。古人こじん じん自らみずからげんふをなんんずるもの有りありおうおうにしてぼうねん宿徳しゅくとく召しめしこれ左右さゆう置きおき人君じんくんをして畏憚いたんする所有しょゆうりてかんへてにせざらしむ。すなわ其のその慮るおもんばかることまた深遠しんえんなり。然りしかりいえどしんくん於けおけるや、入りいりてはすなわこんこんとして以てもてただし尽くしつくし出でいでてはすなわけんけんとして以てもて自らみずからかいす。およ上にうえに白すじろすところものは、そとらしてこれにん誇るほこる可かべからず。ぜんすなわくん帰しかえしすなわおのれ帰すかえす其のそのこれくの若きわかきものは、嫌をきらを遠ざとおざ避けさけんと欲すほっするに非ずあらず大臣だいじんからだとう然るしかるべきところなり。こんろくしょう含みふくみていなる可しべしけだまた此のこのなり。嘗てかつて近代きんだい執政しっせい見るみるに、建白けんぱくする所有しょゆうれば呶呶どどえんとして、ただにん知らしらざるを恐るおそるそつ讒譫ざんせんこれ乗ずじょうずるに至りいたり中途ちゅうとにしててらる。えき繋辞けいじところの、くん 密なみつならざればすなわしんしつひ、しん 密なみつならざればすなわ身をみをしつふとは、りょうなるかな、ろくろくさん誡めいましめなり。
臣が君に意見を進めるには、事がまだ起きぬうちに言えば、十のうち八、九は聞き入れられる。事がなければ遊興を共にし楽しみ、日々親しみ、いざ不都合が起きてから、あちこち慌てて力を尽くして救おうとしても、成功はほとんど見られない。たとえ容れられても、必ず無理からの容認で本心ではない。上手に意見を進める者はそうではない。謁見の折、進講の折、くつろぎの折を捉え、事に先んじて説く——「こうすれば国は安く、こうすれば国は危うい、こうすれば聖君となり、こうすれば暴君となる」と。あるいは古の事例を引き、あるいは祖宗の教えを援き、必ず君主が心底から悟り、表裏くまなく納得するようにさせて、はじめて善を陳べても抵抗される憂いがなくなる。かつて孟子は斉の宣王に三度会って政事を語らず、こう言った——「私はまず王の邪心を正すのだ」と。大臣が君に仕えるには、まさにこうあるべきだ。古人には、自分で直言するのを難しいとみて、しばしば徳望ある老人を招いて君主の傍らに置き、君主に畏れ憚る者を持たせて恣にさせぬようにした者がいる。その慮りもまた深遠だ。とはいえ臣が君に対しては、内に入ってはねんごろに忠を尽くし、外に出てはへりくだって自らを目立たせない。上に申し上げたことは、外に漏らして人に誇ってはならない。善は君に帰し、過ちは己に引き受ける。こうするのは、嫌疑を避け禍を避けようとするためではない。大臣の本体として、当然そうあるべきだからだ。『易』坤卦六二こんかりくじの「章を含みて貞なるべし(内なる美をたたえて正しくあれ)」も、この意である。かつて近ごろの執政を見るに、建白すると得々として、ただ人に知られぬのを恐れる。ついには讒言につけ込まれ、中途で棄てられた。『易』繋辞伝けいじでんにいう「君が慎密でなければ臣を失い、臣が慎密でなければ身を失う」とは、まことに坤卦六二こんかりくじ・六三の戒めである。

退休 第十

博施兼善。士君子通願也。然有志而無才。則不能。有才而無位。則不能。有位而不見知於上則不能。見知矣而小人間之。則不能。嗚呼此士大夫所以出而用世之難也。上焉。恥其君不及堯舜下焉。思一夫不被其澤若己推而納諸溝中。世俗所樂。若聲色。若宮室。若珍異車服之奉。一皆無有。其所有者。自頂至踵。天下國家之憂而已。爲君上者。誠能亮其如是之懐凡有所言。優容歸納。猶或庶幾。其或疑其奪權違己。売直售名。將見擧動皆癒。而身死無所矣。所以自古忠直爲國者少。阿容佞詐。惟己之爲者多此無他。蓋由爲己則有福而無禍。爲國則有禍而無福故也。嗚呼。人君能以是思之。則凡盡忠於我者。萬不至於譴責矣。雖然聖人謂道合則服從。不可則去。爲人臣者。亦當燭幾先見。退身於未辱之前庶幾君臣之間。兩無所慊。甞見前代爲臣不免者大率皆由知進而不知退。戀慕榮寵以致之。殆不宜獨咎國家也。或謂不可則去。無乃於君臣之間太薄。竊謂君臣以義合者也。其所以合者。非華其爵也。非利其祿也。不過欲行其道而已矣。道行。則從而留。道不行。則從而去。不使久而至於厭鄙誅竄之地。乃所以厚君臣之分也。奚薄焉
博くひろく施しほどこし兼ねかね善くよくするは、士君子しくんしとおりがんなり。然れしかれどもこころざし有りありさい無けなければすなわのうはず、さい有りありくらい無けなければすなわのうはず、くらい有りあり上にうえに知らしられざればすなわのうはず、知らしられて小人しょうじん これかんつればすなわのうはず。嗚呼ああこれ士大夫したいふ出でいでようふるの難きがたき所以ゆえんなり。上にうえに其のそのくんぎょうしゅん及ばおよばざるを恥ぢはぢ下にしたにいちそれ其のそのさわ被らこうむらざるを、おのれ 推しおしこれこう中になかにのうるるが若しもし思ふおもふ世俗せぞく楽したのしところ声色こわいろ若きわかき宮室きゅうしつ若きわかきちんくるまふくほう若きわかきいちみな 有るあること無くなく其のその有すゆうすところものは、いただきよりかかと至るいたるまで、天下てんか国家こっかゆうひのみ。くん上たあがたもの誠にまことにのう其のそのこれくの如きごときふところあきらとし、およげん所有しょゆうればゆうよう帰納きのうせば、ゆうあるひはしょからん。そのあるひは其のそのけんだつおのれ違ひたがひちょく売りうりめいしゅうるとへば、しょう挙動きょどう みな に、死しししところ無きなき見んみんとす。所以ゆえんより忠直ただなおにしてくにためむるもの少くすくなくようねいにしてただおのれこれ為すなすもの多しおおしこれほか無しなしけだおのれ為にためにすればすなわふく有りあり無くなくくに為にためにすればすなわ有りありふく無きなきるが故なゆえなり。嗚呼ああ人君じんくん のうこれ以てもてこれ思へおもへば、すなわおよわれただし尽くすつくすものまん譴責けんせき至らいたらざらん。然りしかりいえども、聖人せいじん ふ、みち 合へあへすなわ服従ふくじゅうし、ならざればすなわ去るさると。人臣じんしんたるものまたとうしょくらしさき見てみて身をみをひつじじょくまえ退くしりぞくべし。しょはくは君臣くんしんかんりょうながらこころよとするところ無かなからん。嘗てかつて前代ぜんだい見るみるしんたりて免れまぬかれざるものは、だいりつ みな 進むすすむ知りしり退くしりぞく知らずしらず栄寵えいちょうれんしたするにりて以てもてこれ致すいたす殆どほとんど独りひとり国家こっか咎むとがむべからざるなり。あるひとふ、ならざればすなわ去るさるは、すなわ君臣くんしん間にまに於いおい薄かうすからずやと。せつかにふ、君臣くんしん以てもて合ふあふものなり。其のその合ふあふ所以ゆえんものは、其のそのしゃくはなとするに非ずあらず其のそのろくとするに非ずあらず其のそのみち行はぎょうんと欲すほっするに過ぎすぎざるのみ。みち 行はぎょうるればすなわ従つしたがつ留まりとまりみち 行はぎょうれざればすなわ従つしたがつ去りさり久しくひさしくしていとちゅうざん至らいたらしめず、すなわ君臣くんしんふん厚くあつくする所以ゆえんなり。なん薄かうすからんや。
広く恵みを施しあまねく善くするのは、士君子しくんし共通の願いだ。だが志があっても才がなければできず、才があっても位がなければできず、位があっても上に認められなければできず、認められても小人に妨げられればできない。ああ、これが士大夫したいふが世に出て用いられるのが難しい理由だ。真の宰相さいしょうは、上は君が堯舜に及ばぬことを恥じ、下は一人の民が恩恵を受けられぬのを、自分がその者を溝の中に突き落としたかのように思う。世間の楽しむもの——美声美色、豪壮な邸宅、珍奇な車馬衣服の贅——を一切持たず、頭のてっぺんから足の先まで、抱えているのはただ天下国家への憂いだけだ。君上たる者が、まことにこうした心を諒として受け容れ、何か進言があれば寛やかに聞き入れるなら、まだ望みはある。だがもし、権を奪われ自分に背いたと疑い、正しさを売り名を売っていると疑えば、その挙動はすべて禍となり、身を滅ぼしても行き場がなくなる。だから昔から忠直に国のために尽くす者は少なく、へつらい欺いてただ自分のために立ち回る者が多い。他でもない、自分のためにすれば福があって禍がなく、国のためにすれば禍があって福がないからだ。ああ、君主がこれを思えば、自分に忠を尽くす者を、まず譴責することはなくなる。とはいえ聖人は言う——道が合えば従い、合わなければ去る、と。臣たる者もまた、兆しを見抜き先を見て、辱めを受ける前に身を退くべきだ。そうすれば君臣の間、双方に不満が残らない。かつて前代を見るに、臣として禍を免れなかった者は、おおむね進むことを知って退くことを知らず、栄華と寵愛に恋々としてそれを招いた。国家ばかりを責めることはできない。ある人は言う——「合わなければ去る」とは、君臣の間であまりに薄情ではないか、と。ひそかに思うに、君臣は義によって結ばれる。結ばれる理由は、その爵位を華とするのでも、その俸禄を利とするのでもなく、ただその道を行おうとするにすぎない。道が行われれば従って留まり、行われなければ従って去り、長く留まって嫌われ辱められ誅殺・流罪の地に至らせない——これこそ君臣の分を厚くする道だ。どうして薄情であろうか。

風憲忠告(ふうけんちゅうこく)

監察官(御史・廉訪)たる者の道を説く。序+全十章(自律・示教・詢訪・按行・審録・薦挙・糾弾・奏対・臨難・全節)。原文・訓読文・現代語訳を収録。

風憲忠告 序

曩聞崇安令郷從吉甫。能以忠信使民。民亦樂其治。予過崇安會從吉問所治何先。即出書一卷曰。某不敏。粗效一官者。此書之力也。予閲其書則演國張文忠公爲縣令時所著。采比古人嘉言善行。自正心修身以至事上恵下。撞姦決疑。郎隱治賦。凡可爲郡縣楷式者。無不曲盡其宜且簡而易行。約而易守。名之曰牧民忠告。及余客京師甞於臺臣之家。見所謂風意忠告者。言風紀要務凡十章。亦公爲御史時所著也。今年余謁闔海監憲莊公。出風意忠告將鑑梓以廣其傳俾余序之。余得重観是書。則歎曰。文忠眞仁人也。仁者恥獨善於己。己爲令長。得牧民之道欲使天下牧民之吏。人人盡其道。己爲憲臣。能振紀綱。愼擧刺。言人所難言。欲使天下爲憲臣者。人人皆然。公其心於天下。而不私其身。雖令尹子文之忠不及此也。傳曰。仁人之言。其利博哉。是書可謂仁人之言矣。時文忠公之子引來僉閨憲。克濟世徳云。至正乙未秋林林生序
のう聞くきく崇安すうあんれい さとじゅうきちすけのう忠信ちゅうしん以てもてたみ使ひつかひたみまた其のそのおさむ楽したのしむと。 崇安すうあんり、かいじゅうきち治むおさむところ 何をなにを先にさきにすと問ふとふ即ちすなわちかき一巻いっかん出だいだして曰くいわくぼう 不敏ふびんなるも、いちかんこうあるは、此のこのかきちからなり、と。 其のそのかき閲すけみするに、すなわえんくにちょう文忠ふみただこう県令けんれい為りすり時にときに著すしるすところなり。古人こじん嘉言かげん善行ぜんこうさい比しひし正心せいしん修身しゅうしんより以てもて上にうえにことした恵むめぐむ至りいたりかんさい疑をうたがを決しけっしいんそく治むおさむおよぐんけんかいしき為るする可きべきもの其のその宜しきよろしききょく尽せつくせざる無くなく且つかつかんにして行ひおこなひ易くやすくやくにして守りまもり易しやさしこれ名づなづけて牧民ぼくみん忠告ちゅうこくいわくふ。 京師けいしきゃくたりし及びおよび嘗てかつてだいしんいえ於いおいて、所謂いわゆる風憲ふうけん忠告ちゅうこくなるもの見るみる風紀ふうき要務ようむげんふことおよじゅうしょうまたこう御史ぎょし為りすり時にときに著すしるすところなり。今年こんねん こううみかんのり荘公しょうこうえつす。風憲ふうけん忠告ちゅうこく出だいだしょうに鋟て以てもて其のその伝をつたを広めひろめんとし、をしてこれじょせしむ。 重ねおもねこれかき観るみる得てえてすなわたんじて曰くいわく文忠ふみただまこと仁人じんじんなり、と。仁者じんしゃ独りひとりおのれ善くよくするを恥づはづおのれ れいちょう為りすりては、牧民ぼくみんみち得てえて天下てんか牧民ぼくみんをして、人人ひとびと 其のそのみち尽くさつくさしめんと欲しほっしおのれ のりしん為りすりては、のう紀綱きこう振るふるひ、慎みつつしみきょ刺しさしにんげん難きがたきところげんひ、天下てんかのりしん為るするものをして、人人ひとびと みな 然らしめしからしめんと欲すほっすこう 其のそのこころ天下てんかこうにして、其のその身をみをわたしせず。れい尹子いんしぶんただしいえど此にこに及ばおよばざるなり。でん曰くいわく仁人じんじんげん其のその 博きひろきかな、と。これかき仁人じんじん言といっと可しべし
この書に付された編者の序である。——かつて崇安すうあん県令の郷從吉甫が、忠信をもって民を使い、民もその治世を楽しんだと聞いた。私が崇安すうあんを通ったとき、たまたま從吉に「治めるのに何を第一とするか」と問うと、すぐに一巻の書を出してこう言った——「私は不才ですが、まがりなりにも一官を全うできたのは、この書の力です」と。私がその書を見ると、演国・張文忠公ちょうぶんちゅうこう張養浩ちょうようこう)が県令であったときの著述だった。古人の善き言葉・善き行いを集め、心を正し身を修めることから上に仕え下を恵むこと、悪を挫き疑いを裁き、隠れた事を明らかにし賦税を治めることまで、およそ郡県の模範となるべきことをことごとく尽くし、しかも簡潔で行いやすく、要を得て守りやすい。これを『牧民忠告ぼくみんちゅうこく』と名づける。私が都に滞在したとき、ある台臣の家で『風憲忠告ふうけんちゅうこく』というものを見た。監察の要務を説くこと十章、これも公が御史ぎょしであったときの著述である。今年、私は闔海の監憲・荘公に謁した。荘公は『風憲忠告ふうけんちゅうこく』を出して版木に刻み広めようとし、私に序を書かせた。私は重ねてこの書を読んで、感嘆して言った——「文忠公ぶんちゅうこうはまことに仁の人だ」と。仁者は自分ひとりが善であることを恥じる。自らが県令となっては牧民の道を体得し、天下の牧民官ぼくみんかんが皆その道を尽くすことを願い、自らが監察官かんさつかんとなっては綱紀を振るい、慎んで人を挙げ弾劾し、人の言いにくいことを言い、天下の監察官かんさつかんが皆そうあることを願った。公はその心を天下に公にして、わが身を私しなかった。あの「令尹子文れいいんしぶんの忠」でさえ、これには及ばない。伝に「仁人の言葉は、その利益が広い」という。この書こそ仁人の言葉と言うべきである。

自律 第一

士而律身。固不可以不嚴也。然有官守者。則當嚴於士焉。有言責者。又當嚴於有官守者焉。蓋執法之臣。將以糾姦縄惡。以肅中外以正紀綱。自律不嚴。何以服衆。夫所謂嚴如處子之居室。一行一止。一語一黙。必遵禮法厥徳乃全。鞋歩有違。則人人人而譬之矣。苟挾權勢惟殖己私或巧規子錢或盗行撫鐵或荒耽物藥或私用親屬或田獵不時。或宴遊無度。或潜托有司之事或妄興不急之工或曠官第而都而弗居。或縦家人而不檢。斯於數者而有一焉。皆足爲風意之累近年南北富民。多起宅以居勢要因濟己私既有官舎則不必居於彼矣。夫國家以中臺爲肅政以御史爲監察以憲司爲廉訪者。欲以糾奸貪戦紛擾開誡布公。俾所屬知所法也。今而若是。牧民之吏。將焉法哉。且他人有犯。輕則吾得而言之。又重吾得聞於上而戮之。己之所犯。其孰得而發哉。恃人不敢發日甚一日將如臺察何。將如天理何。故余備載其然俾爲憲司者有則改之。無則盆知所以自重
さむらいにして身をみをりつするは、より以てもてげんならざる可かべからざるなり。然れしかれどもかんしゅ有るあるものは、すなわとうさむらいよりげんなるべし。言責げんせき有るあるものは、また とうかんしゅ有るあるものよりげんなるべし。けだほう執るとるしんは、しょう以てもてかんきゅうあくなわし、以てもて中外ちゅうがいしゅく以てもて紀綱きこう正さたださんとす。自律じりつ げんならずんば、何をなにを以てもてしゅう服せふくせん。それ所謂いわゆるげんとは、ところしつ居るいる如くごとく一行いちぎょういち一語いちごいちもく必ずかならず礼法れいほうじゅんひてとく すなわ全しまったし。跬 違ふたがふ有れあれば、すなわ人人ひとびと 得てえてこれす。いやしくも権勢けんせい挟みはさみただおのれわたししょくし、あるひは巧みたくみせんり、あるひは盗みぬすみぼく買をかを行ひおこなひあるひは荒れあれものらく耽りふけりあるひはわたし親属しんぞくようひ、あるひはりょう 時なときならず、あるひは宴遊えんゆう 無くなくあるひはせんかに有司ゆうしことたくし、あるひはもうりに不急ふきゅうこうきょうし、あるひはかんだい曠しくむなしくして居らいらず、あるひは家人かじんほしいままにしてけんせず。かずもの於いおいいち 有らあらば、みな 風憲ふうけんるい為るする足るたるそれ国家こっか 中台ちゅうたい以てもてしゅくまつりごと為しなし御史ぎょし以てもて監察かんさつ為しなし憲司けんじ以てもて廉訪れんぽう為すなす所以ゆえんものは、かんどんきゅうふんみだを戢、まこと開きひらきこうぬのし、所属しょぞくをしてほうところ知らしらしめんと欲すほっすればなり。いまにしてこれくの若くわかくんば、牧民ぼくみんしょうえんくにかほうらんや。且つかつ他人たにん 犯すおかす有れあれば、軽きかるきすなわわれ 得てえてこれげんひ、重きおもきわれ 得てえて上にうえにぶんしてこれりくす。おのれ犯すおかすところは、そのじゅく得てえてこれ発せはっせんや。にんかんへて発せはっせざるを恃みたのみて、にち一日ついたちより甚だしくはなはだしくば、しょうだいさつ如何いかせん、しょう天理てんり如何いかせん。故にゆえに さに其のその然るしかるさいせて、憲司けんじ為るするものをしてすなわ有らあらこれ改めあらため無くなくんば益々ますます自らみずから重んおもんずる所以ゆえん知らしらしむ。
士でも身を律するには、当然、厳格でなければならない。だが官職を守る者は、士よりも厳しくあるべきだ。諫言の責を負う者は、さらに官職を守る者よりも厳しくあるべきだ。そもそも法を執る臣は、悪を糾し取り締まり、内外を粛正し綱紀を正そうとする者だ。自らの律し方が厳しくなければ、どうして人々を服させられよう。ここでいう「厳」とは、未婚の女性が奥深く慎んで暮らすように、一挙一動・一言一黙のすべてを必ず礼法に従わせ、その徳が完全になることだ。半歩の逸脱があれば、人々はそれを取り沙汰する。もし権勢を笠に着てただ私腹を肥やし、あるいは巧妙に利貸しをし、あるいは不正な取引をし、あるいは遊興物欲に溺れ、あるいは私的に縁者を用い、あるいは時ならぬ狩猟にふけり、あるいは度を越して宴遊し、あるいはひそかに役所の職務に事寄せ、あるいはみだりに急がぬ土木を起こし、あるいは官舎を空けて住まず、あるいは家人を放任して取り締まらない——これらのうち一つでもあれば、皆、監察官かんさつかんの名を汚すに足る。近ごろ南北の富民の多くが邸宅を建てて権勢家に住まわせ、自分の私利を計っている。だが官舎があるなら、そこに住む必要はないはずだ。そもそも国家が中台を粛政の府とし、御史ぎょしを監察とし、憲司を廉訪とするのは、悪や貪りを糾し騒乱を鎮め、誠を開き公を布いて、属下に手本を示させようとするためだ。それなのに監察官かんさつかん自身がこの有り様では、牧民官ぼくみんかんはいったい何を手本にするのか。それに、他人が罪を犯せば、軽ければ自分がそれを指摘し、重ければ上に奏上して処罰できる。だが自分の犯した罪は、いったい誰が暴けるのか。人があえて暴けないのをいいことに、日ごとにひどくなれば、監察の府をどうする、天理をどうするのか。だから私はその実情をつぶさに記して、監察官かんさつかんたる者が、規則があれば改め、なければますます自らを重んずる道を知るようにするのだ。

示教 第二

甚矣。人之不可無教也。生如聖人猶胥訓告。胥教誨。况不能聖人萬一者。可忽焉而一不務哉。大抵常人之情。服其所遵。而信其所畏。非是者雖耳提面命則亦不足以發其良心何則非所素服素畏者故也。今夫庶司之職。爲衆所畏服者。莫如風意。誠因監激於彼或始上之日。會所屬而勗之曰。彼之官重者廷授。次者省授。又次則吏部授。大小雖殊。無非國家臣子爲人臣子奸汗不法。人孰汝容。夫納賄者礼私。所得甚少。所喪教甚多。與其事敗而治曷若先事而欲之爲愈哉。吾之此言。雖曰薄汝。實厚汝也。雖若毒汝。實恩汝也。苟能如是諭之。吾知退而必有率徳改行。易凶惡爲善良者矣。且刑罰不足以致治。教之而使不犯。爲治之道莫尚焉。聖人謂不教而殺謂之虐。又聞治於未然者易。治於已然者難。近年劉伯宣爲浙西憲使疏冥西山守令四箴撰告所屬。且曰、近年執憲者。惟知成人以刑。而不知誨人以善。嗚呼。劉公此言。可謂仁人君子深得風憲之體者矣
甚だしきはなはだしきかな、にんきょう無かなか可かべからざるや。生れうまれながらにして聖人せいじん如きごときすら、ゆうしょひに訓告くんこくし、しょひに教誨きょうかいす。きょうんや聖人せいじん万一まんいちのうはざるものこつえんとしていち務めつとめざる可けべけんや。大抵たいてい 常人じょうじんじょう其のそのじゅんところ服しふくして、其のその畏るおそるところ信ずしんずこれ非ざあらざものは、みみていめんいのちすといえども、すなわまた以てもて其のその良心りょうしん発すはっするに足らたらず。何となんとなればすなわもとより服しふくしもとより畏るおそるところ非ざあらざものなるが故なゆえなり。いまそれしょつかさしょくしゅう畏服いふくするところ為るするものは、風憲ふうけん如くごとく莫しなし誠にまことにかれかん激すはげするに因りよりあるひは始めはじめ上るのぼるにち所属しょぞく会しかいしこれきょくめて曰くいわく彼のかのかん重きおもきものていじゅ次なつぎなものしょうじゅまた 次なつぎなるはすなわ吏部りほうじゅなり。大小だいしょう 殊なことなるといえども、国家こっか臣子しんこ非ざあらざ無しなしにん臣子しんこ為りすりかんほうなれば、にん じゅくなんじ容れいれん。それわいのうるるものわたしれいせられ、得るえるところ じん少なくすくなくところ じん多しおおし其のそのこと 敗れやぶれ治めおさめらるるより、かつこと先んさきんじてこれほろぼむるを為すなす若かわかかんや。われ此のこのげんはくしといわくふといえど実はじつはなんじ厚くあつくするなり。どくしと若きわかきいえど実はじつはなんじおんとするなり。いやしくものうこれくの如くごとくこれ諭ささとさば、われ 退きしりぞき必ずかならずとくりつ行をおこなを改めあらため凶悪きょうあくえきへて善良ぜんりょう為るするもの有るある知るしる且つかつ刑罰けいばつ以てもておさむ致すいたす足らたらず。これきょうへて犯さおかさざらしむるは、おさむ為すなすみち えんより尚きひさしき莫しなし聖人せいじん きょうへずして殺すころすこれしいたふと。また 聞くきく未然みぜん治むおさむもの易くやすく已然いぜん治むおさむもの難しむずかしと。近年きんねん りゅうはくせん せつ西にしのり使為りすり西山にしやま守令しゅれいしんこくして所属しょぞくはんち、且つかつ曰くいわく近年きんねん のり執るとるものただにん成すなすけい以てもてするを知りしりて、にんかいふるにぜん以てもてするを知らずしらず、と。嗚呼あありゅうこう此のこのげんひとし人君じんくん 深くふかく風憲ふうけんからだ得たえたもの可しべし
なんと、人には教えが欠かせないことよ。生まれつき聖人のような者ですら、なお互いに訓戒し合い、教え諭し合う。まして聖人の万分の一にも及ばぬ者が、教えをひとつも怠ってよいはずがない。おおむね普通の人の情として、自分が敬い従う相手に服し、畏れる相手を信じる。そうでない相手には、耳元で説き面と向かって命じても、その良心を呼び起こすには足りない。もともと敬い畏れる相手ではないからだ。今、諸官庁の職で、人々が最も畏れ敬うのは監察官かんさつかん(風憲)に及ぶものはない。まことにその立場を活かし、着任の日に属下を集めて励ましてこう言うがよい——「あなた方の官は、重い者は朝廷から、次は省から、その次は吏部から任じられた。大小の別はあれど、皆等しく国家の臣だ。臣たる者が不正を働けば、誰があなたを庇おう。賄賂を受ける者は、内々に礼遇されて得るものはごくわずか、失うものは甚だ多い。事が破綻して裁かれるより、事前に戒めるほうがどれほど善いか。私のこの言葉は、薄情なようで実はあなたを厚遇するもの、毒のようで実はあなたへの恩なのだ」と。もしこう諭せば、退いて必ず徳に従い行いを改め、凶悪を善良に変える者が出ると私は知っている。それに刑罰だけでは治まらない。教えて罪を犯させないことこそ、政の道でこれ以上のものはない。孔子こうしは「教えずして殺す、これを虐という」と言った。また「未然に治めるのは易く、すでに起きてから治めるのは難しい」とも聞く。近ごろ劉伯宣りゅうはくせんが浙西の憲使となり、西山の守令四箴しゅれいししんを著して属下に頒ち、こう言った——「近ごろ監察を執る者は、ただ刑罰で人を仕上げることを知って、善で人を教えることを知らない」と。ああ、劉公のこの言葉こそ、深く監察の本体をつかんだ仁人君子と言えよう。

詢訪 第三

今爲政者。往往以先入之言爲主。非彼狃殉一偏蓋由不通上下之情故也。欲通其損情莫如悉心論訪。小而一縣一州。大而一郡一國。吏孰貪邪。官執廉正。何事病衆。何其政利民。及豪横有無。風俗厚薄。既得其凡他日詳加綜覈驗以事。其孰得而隱哉。苟廉矣。即優之禮貌薦之擧之。則善者勸矣。苟貪矣。雖極品之貴即蔑之。威拒之糾劾之則爲惡者懲矣。推而至於待土遇吏。亦莫不然。大抵一道之任。猶一家之務焉。其其善爲家者。才子弟族屬。下至奴隷情性良否。皆所當知。一或不及。則將甘爲所弄而不悟。久而必致是非顛倒以倭爲忠。以貪爲廉。以無能爲有能。政令不行。而紀綱替矣。前輩有云。爲宰相不難。一心正。兩眼明。足矣。嗚呼。彼長風憲者。其責任之重。亦豈下夫宰相哉。若之何。不以前輩之言爲法
いま まつりごと為すなすものおうおうにして先入せんにゅう言をいを以てもて主としゅと為すなす彼のかのへんじゅうじゅんするに非ずあらずんば、けだ上下じょうげじょう通ぜつうぜざるにるが故なゆえなり。其のそのじょう通ぜつうぜんと欲せほっせば、こころ悉くことごとくして詢訪じゅんぼうするに如くごとく莫しなししょうにしていちけんいちしゅうだいにしていちぐん一国いっこく じゅくどんじゃかん じゅくれんせい何事なにごとしゅう病まやましめ、なにまつりごとたみし、及びおよびごうよこ有無うむ風俗ふうぞく厚薄こうはく既にすでに其のそのおよば、他日たじつ 詳らかつまびらか綜覈そうかく加へくはへけんすにこと以てもてせば、そのじゅく得てえて隠れかくれんや。いやしくもれんなれば、即ちすなわちこれゆうにしれいぼう薦めすすめこれ挙ぐあぐれば、すなわぜんなるもの 勧むすすむいやしくもどんなれば、きょくひんたかしいえども、即ちすなわちこれべつこれきょこれきゅうがいすれば、すなわあく為すなすもの こらる。推しおし以てもてさむらい待ちまちぐうふに至るいたるまで、また然らしからざる莫しなし大抵たいてい 一道いちどうにんは、ゆう一家いっか務めつとめのごとし。その善くよくいえためものは、子弟していぞくぞくした 奴隷どれい至るいたるまで、情性じょうせい良否りょうひみな とう知るしるべきところなり。いちあるひは及ばおよばざれば、すなわしょう甘んあまんじて弄ばもてあそばるるところ為りすり悟らさとらず、久しくひさしくして必ずかならず是非ぜひてんとう致しいたしねい以てもてただし為しなしどん以てもてれん為しなし無能むのう以てもて有能ゆうのう為すなす至りいたり政令せいれい 行はぎょうれずして紀綱きこう かえせん。前輩せんぱいうん有りあり宰相さいしょう為るする難かがたからず、一心いっしん 正しくただしく両眼りょうがん 明らかあきらかなれば足るたる、と。嗚呼ああ彼のかの風憲ふうけんちょうたるもの其のその責任せきにん重きおもきまたあにそれ宰相さいしょう下らくだらんや。これ如何いかぞ、前輩せんぱい言をいを以てもてほう為さなさざる。
今、政を行う者は、とかく先に耳に入った言葉を鵜呑みにする。一方に偏り固執するのでなければ、上下の実情に通じていないからだ。その実情に通じようとするなら、心を尽くして尋ね調べる(詢訪)に限る。小さくは一県一州、大きくは一郡一国について、どの役人が貪欲邪悪でどれが清廉正直か、何が人々を苦しめ何が民を利するか、豪族の横暴の有無、風俗の厚薄——これらの概略をつかんだうえで、後日詳しく検証し、事実で確かめれば、いったい誰が隠れられよう。清廉と分かれば、礼遇し推挙すれば善き者が励む。貪欲と分かれば、最高位の貴顕でも、これを退け拒み弾劾すれば悪をなす者が懲りる。これを推し及ぼして士に接し役人に対するのも、すべて同じだ。おおむね一つの管区を治めるのは一家を切り盛りするのに似ている。よく家を治める者は、子弟や親族から下は召使いに至るまで、その性質の良し悪しをすべて知っておくべきだ。一つでも及ばぬところがあれば、甘んじて手玉に取られて気づかず、やがて必ず是非が転倒し、へつらいを忠と、貪欲を清廉と、無能を有能と取り違え、政令は行われず綱紀は廃れる。先輩にこういう言葉がある——「宰相さいしょうとなるのは難しくない、一つの心が正しく、両の眼が明らかであれば足りる」と。ああ、監察の長たる者、その責任の重さは、あの宰相さいしょうに劣ろうか。どうして先輩のこの言葉を手本としないでいられよう。

按行 第四

將家云。多算勝少算少算勝無算不特用兵爲然。雖液官臨政。亦莫不爾。夫廉司所淮之處。一方官吏。皆慢然不自安其所不安者。由彼爲惡日久。恐人有以發而訟其之一旦故也。彼既内隱惡則必多方以求司官所親之人而解之。夫司官所親者。曰書吏焉。曰奏差焉。曰總領焉。曰祗候焉。夫爲人彌縫私罪則何求不得。何請不遂。為司官者。苟不深防預備。嚴爲禁切萬一連己。悔將何及。若乃司官廉正。猶或庶幾。其或彼此胥貪。弊將焉救。於是乎。有食歛者有翻載者有篋笥充者。嚢耄盈者凡土所宜靡不捜刮。昔端州出佳硯包孝肅公出判於彼及其代也。徒手而歸。李及知杭州絲餽縷謁不逮門。由是白楽天文集終身以為慊。古人持身之廉如此。况在風憲其所行州郡。敢假分毫之物以自潤哉。大抵憲長得人。則司官不敢恣司官得人。則書吏不敢恣抑聞各道公宴。司官書吏奏差。同堂而坐。喧譁笑謔。上下不分。所以致彼操縦自如。百無忌憚。諺謂廉訪司乃書吏之權。即此觀之。信匪虚語誠能設法以禁之。威武以臨之。小有所犯。即随以鞭朴。如此庶使精鋭消阻。威福不張於外矣。凡初入風憲者不可不知
将家しょうかうんふ、さん多きおおきさん少なきすくなき勝ちかちさん少なきすくなきさん無きなき勝つかつと。とくへいようふるのみ然りしかり為さなさず、れきかんりんまつりごといえども、またのみらざる莫しなしそれれんつかさ臨むのぞむところところ一方いっぽう官吏かんりみな 慢然まんぜんとして自らみずから其のそのところあんんぜず。其のそのあんんぜざる所以ゆえんものは、かれ あく為すなすことにち 久しくひさしくにん以てもて発しはっし其のそのぞうしょうふる有るある恐るおそる一旦いったん故なゆえなり。かれ 既にすでにないあく隠せかくせば、すなわ必ずかならずほうにして以てもてつかさかん親しむしたしむところにん求めもとめこれ解くとくそれつかさかん親しむしたしむところもの書吏しょりいわくひ、奏差そうさいわくひ、総領そうりょういわくひ、祗候しこういわくふ。それにん為にためにわたしつみ弥縫びほうすれば、すなわ何をなにを求めもとめ得ざえざらん、何をなにを請ひこひ遂げとげざらん。つかさかん為るするものいやしくも深くふかく防ぎふせぎ備へそなへげんきんせつ為さなさずんば、万一まんいち おのれ連なつらなれば、悔ゆくゆることしょうなに及ばおよばん。若しもしすなわつかさかん れん正なまさなれば、ゆうあるひはしょからん。そのあるひは彼此ひし しょひにどんなれば、へい しょうえんくにか救はすくはん。これ於いおいてか、しょくかんするもの有りありほんさいするもの有りあり篋笥きょうし 充つみつもの有りあり嚢橐のうたく えいつるもの有りありおよつち宜しきよろしきところ捜刮そうかつせざるし。むかし はじしゅう すずり出だいだし、つつみたかし粛公しゅくこう はんかれ出だいだすも、其のその代るかわる及ぶおよぶや、徒手としゅにして帰るかえるすももきゅう 杭州こうしゅうするに、いとえつ もんたいばず。これりて白楽はくらくてん文集ぶんしゅうも、身をみをおわりふるまで以てもてこころよ為すなす古人こじん身をみを持すじするのれんなることこれくの如しごとしきょうんや風憲ふうけん在りありて、其のその行くいくところ州郡しゅうぐんかんへてふんごうもの仮りかり以てもて自らみずからじゅんさんや。大抵たいてい 憲長のりなが にん得れえれば、すなわつかさかん かんへてにせず。つかさかん にん得れえれば、すなわ書吏しょり かんへてにせず。抑々そもそも聞くきく各道かくどうこううたげつかさかん書吏しょり奏差そうさどう同じおなじくして坐しましけんわらいぎゃく上下じょうげ 分たわかたずと。彼のかのみさおほしいままじょひゃく忌憚きたん無きなき致すいたす所以ゆえんなり。ことわざ廉訪れんぽうつかさすなわ書吏しょりけんふ。即ちすなわち此にこに観れみれば、しんきょず。誠にまことにのうほう設けもうけ以てもてこれ禁じきんじ威武いぶもて以てもてこれ臨みのぞみ小しちいし犯すおかす所有しょゆうれば、即ちすなわち随ひしたがひこれむちぼくすれば、これくの如くごとくにしてしょはくは精鋭せいえいをしてしょうせしめ、威福いふく そと張らはられざらん。およ初めてはじめて風憲ふうけん入るいるもの知らしらざる可かべからず。
兵法家はいう——計算が多いほうが少ないほうに勝ち、少ないほうがないほうに勝つ、と。これは兵を用いるときだけでなく、官を歴任し政に臨むときも同じだ。監察官かんさつかん(廉司)が臨む先では、その地方の官吏が皆落ち着かず、身の置きどころがない。落ち着かないのは、長く悪事を重ねてきて、いつか人に暴かれて罪を訴えられるのを恐れているからだ。彼らは内に悪を隠すと、あの手この手で監察官かんさつかんの側近を探して取り入り、もみ消そうとする。監察官かんさつかんの側近とは、書吏・奏差・総領・祗候である。彼らが人のために私罪を取り繕えば、求めて得られぬものはなく、頼んで叶わぬことはない。監察官かんさつかんたる者、深く防ぎ予め備え、厳しく禁じておかなければ、万一連座すれば悔いても間に合わない。もし監察官かんさつかん自身が清廉正直なら、まだ望みはある。だが上も下も共に貪欲なら、その弊害はどう救えよう。こうして、賄賂を取り立てる者、荷を積み替えて着服する者、箱いっぱいに貯め込む者、袋いっぱいに溜め込む者が現れ、その土地の名産をことごとく漁り尽くす。かつて端州は良い硯を産したが、包拯(包孝粛公)はそこの長官を務め、任期を終えて去るとき手ぶらで帰った。李及が杭州を治めたときは、贈り物や請託の類を門にも寄せつけなかった。それゆえ白居易はくきょいの文集さえ、生涯これを(贈答の常として)不満に思ったという。古人の身の持し方の清廉なことはこの通りだ。まして監察官かんさつかんの身で、巡る先の州郡で、わずかな品でも借りて私腹を潤せようか。おおむね監察の長が適任なら属官は勝手をせず、属官が適任なら書吏が勝手をしない。ところが聞くところでは、各道の公宴で、監察官かんさつかん・書吏・奏差が同じ座に着き、騒ぎ笑いふざけて上下の別がないという。それこそ下役が思いのままに操り、何も憚らなくなる原因だ。諺に「廉訪司は書吏の権」というが、こうして見れば、まことに空言ではない。まことに法を設けて禁じ、威厳をもって臨み、少しでも違反があればすぐに鞭で罰すれば、下役の鋭気をくじき、その権勢が外に張られなくなるだろう。監察の職に初めて入る者は、これを知らねばならない。

審録 第五

書曰。庶獄庶愼。又曰。非佞折獄。惟良折獄。易謂君子以明愼用刑。而不留獄。於戯。以此見聖人好生之心與天地等矣。夫饑寒切身。自非深知義理之人。不敢保其心無他。况蚩蚩氓乎。爲守牧者。教養之不至。窮而爲盗。是豈得已哉。古人有以灼其然故爲制也。恒寛緩而不促迫恒哀矜而不忿疾均之爲盗也。而有長幼疎成之分。均之爲姦也。而有夫亡未在之殊有疾則醫薬之疾革則釋梏。入人而待之。夫彼冥迷凶情險之徒。既麗於理矣。何足綴意。而古人爲制如此者。則其仁恕忠厚之事可見矣。昔歐其其陽公父治死囚之獄。求其生而不得。則掩卷而嘆。・言曰。夫常求』陽公父治死囚之獄。求其生而不得。則掩巻而嘆。其言曰。夫常求其生猶失之死况其世常求其死哉。後之殘忍者。一切不務。而惟威刑之尚。謂二二無姑寃而死者吾不信也。夫淮官之法無他。口威心善而已矣。口威則欲其事集心善則不欲輕易害物。况久繋之囚。尤當示以慈祥召之稍前。易其舊所隷卒吏温以善言使自陳顛末情無所疑。然後參之以案。若據案以求其情鮮有不誤人者。蓋州縣無良吏不敢信其已具之文毫其釐或差。生死収繋。故聖人謂與一殺不辜寧失不經又曰。功疑惟重。罪疑惟輕。論囚之道。盡於此矣。君子其愼諸
かき曰くいわくしょごくしょしんと。また 曰くいわくねい非ずあらずしてごくおりめ、ただりょうのみごくおりむ、と。えきふ、君子くんし 以てもてめい慎につつしにしてけいようひ、しかしてごく留めとめず、と。於戯ああこれ以てもて聖人せいじん 好生こうせいこころ 天地てんち等しきひとしき見るみるそれ饑寒きかん 身にみに切なせつなれば、自らみずから深くふかく義理ぎり知るしるにん非ざあらざれば、かんへて其のそのこころほか無きなき保たたもたず。きょうんやたるぼうをや。しゅまき為るするもの教養きょうよう至らいたらず、窮しきゅうし盗ととと為るするは、これあに已むやむ得んえんや。古人こじん 以てもて其のその然るしかるしゃくらかにする有るある故にゆえにせい為すなすなり。つねひろし緩にゆるにして促迫そくはくせず、つねあいきょうにして忿ふん疾せやませず。均しくひとしくこれとう為るするも、長幼ちょうよういた分有ぶんゆうり。均しくひとしくこれかん為るするも、それ在るある未だいまだ在らあらざるとのしゅ有りありしつ有れあれすなわこれ医薬いやくし、しつ かわなればすなわこくしゃくく。にん入りいりこれ待つまつそれ彼のかのめいめいきょうけん既にすでにれいれり。なにつづりぐに足らたらん。しかれども古人こじん せい為すなすことこれくの如きごときものは、すなわ其のその仁恕じんじょ忠厚ちゅうこうこと 見るみる可しべしむかし 欧陽おおやんこうちち 死囚ししゅうごく治むおさむるに、其のそのなま求めもとめ得ざえざれば、すなわかんえんひてたんず。其のそのげん曰くいわくそれ常につねに其のそのなま求むもとむるすらゆうこれ死にしに失すうすきょうんや 常につねに其のその求むもとむるをや、と。後ののちの残忍ざんにんなるもの一切いっさい 務めつとめずしてただけいこれたかしび、ふ、つみ無くなくして寃死えんしするもの無しなしと。われ 信ぜしんぜざるなり。それごくかんほう ほか無しなしくちにして心はこころはぜんなるのみ。くち なればすなわ其のそのこと集まるあつまる欲しほっしこころ ぜんなればすなわ軽々しくかるがるしくもの害すがいするを欲せほっせず。きょうんや久しくひさしくけいがるるのしゅう尤ももっともとう示すしめす慈祥じしょう以てもてすべし。これ召しめししょうまえましめ、其のそのきゅうれいするところそつえきへ、温むあたたむるに善言ぜんげん以てもてし、自らみずからてんまつ陳べのべしめ、じょう ところ無かなからしめ、然るしかる後にのちにこれさんすにあん以てもてす。若しもしあん拠りより以てもて其のそのじょう求むもとむれば、にん誤らあやまらざるもの せんし。けだ州県しゅうけん良吏りょうり無くなく其のその具はそなはるのぶん信ずしんずるにかんへてせざるは、ごう あるひはへば、生死せいし けいがるを慮るおもんばかる故なゆえなり。故にゆえに聖人せいじん ふ、其のその不辜ふこ殺さころさんよりは、寧ろむしろけいしつへ、と。また 曰くいわくこうはしきもただ重んおもんじ、つみはしきもただ軽んかろんず、と。囚をとらを論ずろんずるのみち此にこに尽くせつくせり。君子くんし そのこれ慎まつつしまん。
書経しょきょう』にいう——多くの訴訟を慎め、と。またいう——不正な者ではなく、ただ善良な者だけが獄を裁け、と。『易経』にいう——君子は明らかに慎んで刑を用い、訴訟を留め置かない、と。ああ、これによって聖人の「いのちを重んずる心」が天地に等しいと分かる。飢えと寒さが身に迫れば、深く道理をわきまえた人でなければ、心に迷いが起きないとは保証できない。まして無知な庶民はなおさらだ。地方長官が教え養うことを怠り、民が窮して盗みに走るのは、やむを得ぬ面がある。古人はそのことを見抜いていたから、こういう制度を作った——常に寛やかで責め立てず、常に憐れんで怒り憎まない。同じ盗みでも年齢や親疎の分によって区別し、同じ罪でも(夫が)在るか無いかの別によって扱いを変える。病があれば薬を与え、重ければ枷を解く。深く思いやってこれに接する。あの迷妄で凶悪な連中は、すでに法網にかかっている。心を配るに値しないようにも思える。それでも古人がこういう制度を作ったのは、その仁愛と忠厚の心が見て取れる。かつて欧陽脩の父は死刑囚の訴えを裁くとき、生かす道を探して得られないと、書物を閉じて嘆いた。その言葉にいう——「常に生かす道を探してさえ、なお死に至らせてしまう。まして常に死なせようとしてばかりでは、どうなることか」と。後世の残忍な者は、こうしたことに一切努めず、ただ厳刑ばかりを尊び、「無実で冤死する者などいない」と言う。私はそれを信じない。そもそも獄を扱う官の心得は他でもない、口は厳しく心は善良、これに尽きる。口が厳しければ事の解明を求め、心が善良なら軽々しく人を害そうとしない。まして長く拘留された囚人には、とりわけ慈しみを示すべきだ。囚人を呼んで少し前に進ませ、これまでの担当役人を替え、温かい言葉をかけて自ら事の顛末を述べさせ、心に疑うところがないようにさせて、しかる後に調書と照合する。もし調書に基づいて真相を求めれば、人を誤らせない者はまれだ。州県に良い役人がなく、すでに整った文書を信じきれないのは、わずかの食い違いが生死に関わると慮るからだ。だから聖人は言う——「無辜を殺すくらいなら、むしろ常法を外れよ」と。またいう——「功は疑わしくとも重んじ、罪は疑わしければ軽くせよ」と。囚人を裁く道は、これに尽きる。君子はこれを慎むがよい。

薦挙 第六

夫士有公天下之心。然後能擧天下之賢蓋天下之事。非一人所能周知亦非一人所能獨成。必兼収博采。治理可望焉。故前輩謂報國莫如薦賢。眞知要之言哉。今夫富者之治家。有田焉。必求良農使之耕有貨焉。必求能商使之賈有牛羊焉。必求善参者使之牧何則蓋彼挙挙於治家。故不得不求其人也。況受天下之寄任天下之責者。乃不知求天下之才共治之。豈其智之不若彼富者哉。由其爲國之心。未嘗如其爲家之心之切故也。於此有人焉。廉而且幹。雖有不共載天之仇。公論之下。亦不得而私焉。風意忠告世甞謂風憲非親不保。非仇不彈。又有身爲憲佐風御史薦已就陞者。嗚呼。委以黜陟百官之權。授以儀表百司之職。乃不思報效惟假之以行己私人則受其欺矣。天地鬼神。其受欺乎。大抵求而後擧。不若不求而擧之爲公。識而後薦。不若采之輿論之爲博。夫己不求賢。必使人之求己者皆非也。蓋求則不必挙擧則不必識矣。故古人有聞而擧者有見而擧者有畢仇者有擧親者有集於簿者。有疏諸屏風者。有書之夾袋者。雖其擧不一。要極於公當無私而已。於戯。誠如是。則爲相爲風憲者。安有臨事乏才之嘆
それさむらい天下てんかこうにするのこころ有りありて、然るしかる後にのちにのう天下てんかさとし挙ぐあぐけだ天下てんかこと一人ひとりのうしゅう知るしるところ非ずあらずまた一人ひとりのう独りひとり成すなすところ非ずあらず必ずかならず兼収けんしゅう博采はくさいして、治理ちり 望むのぞむ可しべし故にゆえに前輩せんぱい 報国ほうこくさとし薦むすすむるに如くごとく莫しなしふ。まことよう知るしるげんなるかな。いまそれ富者ふしゃいえ治むおさむる、有れあれ必ずかならずりょうのう求めもとめこれをして耕さたがやさしめ、有れあれ必ずかならずのうしょう求めもとめこれをしてせしめ、うしひつじ有れあれ必ずかならずぜん牧者ぼくしゃ求めもとめこれをしてまきせしむ。何となんとなればけだかれ きゅうきゅうとしていえ治むおさむるが故にゆえに其のそのにん求めもとめざるを得ざえざればなり。きょうんや天下てんかより受けうけ天下てんかせきにんずるものすなわ天下てんかさい求めもとめ共にともにこれ治むおさむるを知らしらざるは、あに其のそのさとる彼のかの富者ふしゃ若かわかかざらんや。其のそのくにためむるのこころ未だいまだ嘗てかつて其のそのいえためむるのこころ切なせつなるが如くごとくならざるに故なゆえなり。此にこににん有りありて、れんにして且つかつかんなれば、共にともにてん戴かいただかざるのあだ有りありいえども、公論こうろんしたまた得てえてわたしすべからず。 嘗てかつてふ、風憲ふうけんおや非ざあらざればせず、あだ非ざあらざればだんぜずと。また のり為りすり御史ぎょし諷しふうし薦めすすめしょう就くつくもの有りあり嗚呼ああ委ぬゆだぬるに百官ひゃっかん黜陟ちゅっちょくするのけん以てもてし、授くさずくるにひゃくつかさ儀表ぎひょうたるのしょく以てもてするに、すなわ報效ほうこう思はおもはず、ただこれ仮りかり以てもておのれわたし行はぎょうば、にんすなわ其のその受けうけん、天地てんち鬼神きじんその受けうけんや。大抵たいてい 求めもとめ後にのちに挙ぐあぐるは、求めもとめずして挙ぐあぐるのこう為るする若かずしかずしきりて後にのちに薦むすすむるは、これ輿論よろんさいるのひろし為るする若かずしかずそれおのれ さとし求めもとめざれば、必ずかならずにんおのれ求むもとむものをしてみな ならしむ。けだ求むもとむればすなわ必ずしもかならずしも挙げあげず、挙ぐあぐればすなわ必ずしもかならずしもしきらざればなり。故にゆえに古人こじん 聞ききき挙ぐあぐもの有りあり見てみて挙ぐあぐもの有りありあだ挙ぐあぐもの有りありおや挙ぐあぐもの有りあり簿集むあつむもの有りありこれ屏風びょうぶもの有りありこれ夾袋きょうたいかきもの有りあり其のそのきょ いちならずといえども、こうとうにしてわたし無きなき極まきわまるを要すようするのみ。於戯ああ誠にまことにこれくの如くごとくんば、すなわそう為りすり風憲ふうけん為るするもの安くやすくんぞこと臨みのぞみさい乏しきとぼしきたん有らあらんや。
そもそも士に天下を公とする心があってはじめて、天下の賢者を挙げられる。天下の事は一人で知り尽くせるものではなく、一人で成し遂げられるものでもない。広く人材を集めてこそ、治まりが望める。だから先輩は「国に報いるには賢者を薦めるに勝るものはない」と言う。まことに要を得た言葉だ。今、富者が家を治めるとき、田があれば必ず良い農夫を求めて耕させ、財があれば必ず有能な商人を求めて商わせ、牛羊があれば必ず良い牧者を求めて飼わせる。なぜなら家を治めるのに懸命だから、適材を求めずにいられないのだ。まして天下を託され天下の責を負う者が、天下の才を求めて共に治めることを知らないのは、その知恵があの富者に及ばないからか。国を思う心が、家を思う心ほど切実でないからだ。ここに廉潔で有能な人物がいれば、たとえ不倶戴天の仇であっても、公論の前では私情で退けてはならない。世間ではかつてこう言った——「監察官かんさつかんは身内でなければ庇わず、仇でなければ弾劾しない」と。また、自分が監察の補佐でありながら御史ぎょしをそそのかして自分を推挙させ昇進した者もいる。ああ、百官の任免の権を委ね、百官の模範たる職を授けたのに、国に報いることを思わず、ただそれを借りて私欲を行えば、人は欺かれよう。だが天地鬼神が欺かれようか。おおむね求められてから挙げるのは、求められずに挙げる公正さに及ばない。知ってから薦めるのは、世論から採る広さに及ばない。自分が賢を求めなければ、自分に取り入ろうとする者を皆遠ざけられる。求めれば必ずしも挙げられず、挙げれば必ずしも真に知っているとは限らないからだ。だから古人には、聞いて挙げた者、見て挙げた者、仇を挙げた者、身内を挙げた者、名簿に集めた者、屏風に書き出した者、懐の袋に書き留めた者がいた。その挙げ方は一様でないが、要は公正で私心のないことに尽きる。ああ、まことにこうであれば、宰相さいしょうとなり監察官かんさつかんとなる者に、事に臨んで人材に事欠く嘆きなどあろうか。

糾弾 第七

夫臺意之職。無内外遠邇之分凡有所知。皆得盡言以聞於上雖在外。苟知居中者非人。糾而言之可也。雖在内。苟知外官者不法糾而言之亦可也。大率期以至公無私斯得之矣。夫人之仕也。有貴近焉。有疎遠焉。貴近者不少貸則位卑而罪徴者不待効而自文矣。故前輩謂豺狼當道。安問狐狸。亦此意也。竊甞謂薦擧之體。則宜先小官。糾弾之體。則宜先貴官。然又當審其素行爲君子爲小人。如誠小人雖有所長。亦不必擧。何則其平日不善者多也。如誠君子。雖有小過。亦不必言。何則其平日之善者多也。況刑憲本以待小人。君子之過。苟不至甚。殆不宜輕易害之。使數十年作養之功。掃地於一旦也。蓋人才難得。全才爲尤難得。昔趙清獻公在言路。彈劾不避權貴。京師號爲鐵一面御史。嘗欲朝廷別白君子小人。其言曰。小人雖有小過。當力排絶之。後乃無患。君子不幸而有註誤。則當爲國家保持愛護以全其徳。於戲。趙公之言。可謂深識遠慮。眞知大體之論矣。故余表而出之。以爲當路者楷式。
それだいのりしょく内外ないがい遠邇えんじふん無しなしおよ知るしる所有しょゆうれば、みな 得てえて言をいを尽くしつくし以てもて上にうえにぶんす。そと在りありいえども、いやしくも中になかに居るいるものにん非ざあらざるを知らしらば、きゅうしてこれげんふもなり。ない在りありいえども、いやしくもそとかんほうらざるを知らしらば、きゅうしてこれげんふもまたなり。だいりつ 期すきするに至公しこう無私むし以てもてせば、これ得んえんそれにん仕ふつかふるや、貴近ききん有りあり疎遠そえん有りあり貴近ききんなるもの少しすこしたいさずんば、すなわくらい卑くひくくしてつみちょうなるものは、こう待たまたずして自らみずからぶんらん。故にゆえに前輩せんぱい 豺狼さいろう みち当たあたれば、あんんぞ狐狸こり問はとはんとふ。また此のこのなり。せつかに嘗てかつてふ、薦挙せんきょからだは、すなわ宜しくよろしく小官しょうかん先にさきにすべく、糾弾きゅうだんからだは、すなわ宜しくよろしく貴官きかん先にさきにすべし、と。然れしかれどもまた とう其のその素行そこうしんらかにし、君子くんし為るする小人しょうじん為るするかを察すさすべし。如しごとし誠にまことに小人しょうじんならば、長ずちょうず所有しょゆうりといえども、また必ずしもかならずしも挙げあげず。何となんとなれば其のその平日へいじつ 不善ふぜんなるもの 多けおおければなり。如しごとし誠にまことに君子くんしならば、小過しょうか有りありいえども、また必ずしもかならずしもげんはず。何となんとなれば其のその平日へいじつぜんなるもの 多けおおければなり。きょうんや刑憲けいけんほん以てもて小人しょうじん待つまつ君子くんしいやしくも甚だしきはなはだしき至らいたらずんば、殆どほとんど宜しくよろしく軽々しくかるがるしくこれ害しがいし数十年すうじゅうねん 作養さくようこうをして、一旦いったん掃ははらはしむべからず。けだ人才じんさい 難くがたく全才ぜんさい 尤ももっとも難しむずかし為すなすむかし ちょう清献せいけんこう 言路げんろ在りあり弾劾だんがいして権貴けんき避けさけず、京師けいし ごうして鉄面てつめん御史ぎょし為すなす嘗てかつて朝廷ちょうていをして君子くんし小人しょうじんべつ白せじろせしめんと欲しほっし其のそのげん曰くいわく小人しょうじん小過しょうか有りありいえども、とう力めりきめこれはいすべし、後にのちにすなわかん無しなし君子くんし 不幸ふこうにしてちゅう有らあらば、すなわとう国家こっか為にために保持ほじ愛護あいご以てもて其のそのとく全うまっとうすべし、と。於戯ああちょうこうげんしんしき遠慮えんりょまこと大体だいたい知るしるろん可しべし故にゆえに 表しあらわしこれ出だいだし、以てもて当路とうろものかいしき為すなす
そもそも監察の職には、中央・地方・遠近の別がない。知り得たことがあれば、すべて言葉を尽くして上に奏上できる。地方にいても、中央の要人が適任でないと知れば、糾して奏上してよい。中央にいても、地方官が違法だと知れば、糾して奏上してよい。おおむね至公無私を旨とすれば、それでよい。そもそも人が仕えるには、君主に近く貴い者と、疎く遠い者がある。近く貴い者を少しも手加減しなければ、位が低く罪の軽い者は、追及を待たずに自ら取り繕う。だから先輩は「豺狼が道をふさいでいるのに、どうして狐狸を問題にするか」と言う。これも同じ意味だ。ひそかに思うに、推挙はまず下位の官を先にすべきで、弾劾はまず高位の官を先にすべきだ。とはいえ、その平素の行いを審らかにし、君子か小人かを見きわめよ。もし本当の小人なら、取り柄があっても推挙しない。平素の悪が多いからだ。もし本当の君子なら、小さな過ちがあっても言い立てない。平素の善が多いからだ。まして刑罰はもともと小人のためにある。君子の過ちが甚だしくない限り、軽々しくこれを害して、数十年の育成の功を一朝に台無しにすべきではない。人材は得難く、完全な人材はとりわけ得難いからだ。かつて趙抃(趙清献公)は諫官の任にあって、弾劾に権貴を避けず、都では「鉄面御史てつめんぎょし」と呼ばれた。朝廷に君子と小人を区別させようとして、こう言った——「小人は小さな過ちでも、力めて排除すべきだ、後に禍がなくなる。君子が不幸にして過失をおかしたら、国家のために庇い護ってその徳を全うさせるべきだ」と。ああ、趙公の言葉は、深い見識と遠い慮りで、まことに大局をわきまえた論と言える。だから私はこれを表彰し、要路にある者の手本とする。

奏対 第八

中外之官。莫難於風憲。莫危於風悉。曷謂難。人之所趨者不敢趨。人之所樂者不敢樂。人之所私者不敢私。所謂曉饒者易缺。嗟激者易汗。非難而何。曷謂危。入焉。與天子爭是非。出焉。與大臣辨可否。至於發人之姦。貶人之爵。奪人之官。甚則罪人於死地。一或不察。反以爲辜。則終身無所控訴。非危而何。然君子居其難。則思盡其職。所謂危且難者。固有所不避焉。竭忠吐誠。置死生禍福於度外。庶上不負所學。其或奏對於殿廷之上。平心易氣。惟事之陳。理誠直。雖從容宛轉而亦直。理誠屈。雖抗厲激切。而亦屈。夫倖倖其色辭。非惟有失事上之體。而於己於事亦無所盆。古之攀欄斷鞅。曳裾動輪者。皆勢危事迫。不得已而爲之。苟事不至是。殆不可執以爲法。前輩調慷慨殺身者易。從容就義者難。體此而行。則蔑有不從者矣
中外ちゅうがいかん風憲ふうけんより難きがたき莫くなく風憲ふうけんより危きあぶなき莫しなしかつ難しむずかしふ。にんすうところかんへてすうらず、にん楽したのしところかんへて楽したのしまず、にんわたしするところかんへてわたしせず。所謂いわゆるこうこうたるものは汙易くやすくぎょうぎょうたるもの缺けかけ易しやさし難きがたき非ずあらずしてなにぞや。かつ危しあやうしふ。入りいりては天子てんし是非ぜひそうひ、出でいでては大臣だいじん可否かひ弁ずべんずにんかんはつき、にんしゃく貶しけなしにんかんだつひ、甚だしきはなはだしきすなわにん死地しちつみするに至るいたるいちあるひは察せさせざれば、はんつて以てもて為りすりすなわ終身しゅうしん 控訴こうそするところ無しなし危きあぶなき非ずあらずしてなにぞや。然れしかれども君子くんし 其のその難きがたき居れいれば、すなわ其のそのしょく尽くさつくさんことを思ふおもふ所謂いわゆる危くあぶなくして且つかつ難きがたきものより避けさけざる所有しょゆうり。ただしけつまこと吐きはき死生しせい禍福かふく度外どがい置きおきしょはくはうえ 学ぶまなぶところ負かまかざらん。そのあるひは殿廷でんてい上にうえに奏対そうたいせば、こころ平らたいらかにし気をきをえきらげ、ただことこれ陳ぶのぶ 誠にまことに直なすぐならば、従容しょうようあて転すこかすいえどまた直なすぐなり。 誠にまことにくつならば、こう切すせつなすいえどまたくつなり。それこうこうとして其のそのいろを厲くするは、ただ上にうえにことふるのからだしつ有るあるのみに非ずあらずしかしておのれ於いおいこと於いおいまた益すますところ無しなしらんはんおう断ちたちすそ曳きひき叩くたたくものは、みな せい 危くあぶなくこと 迫りせまり已むやむ得ずえずしてこれ為すなすなり。いやしくもこと これ至らいたらずんば、殆どほとんど執りとり以てもてほう為すなす可かべからず。前輩せんぱい 慷慨こうがいして身をみを殺すころすもの易くやすく従容しょうようとして就くつくもの難しむずかしふ。これからだして行はぎょうば、すなわ従はしたがはざるもの べつし。
中央・地方の官で、監察官かんさつかんほど難しく、監察官かんさつかんほど危ういものはない。なぜ難しいか。人が我先に求めるものをあえて求めず、人が楽しむものをあえて楽しまず、人が私するものをあえて私しない。いわゆる「白すぎる物は汚れやすく、高すぎる物は欠けやすい」。難しくないはずがない。なぜ危ういか。内では天子と是非を争い、外では大臣と可否を論じる。人の不正を暴き、人の爵を貶し、人の官を奪い、甚だしければ人を死地に追い込む。一つでも見誤れば、逆に自分が罪となり、生涯訴える術もない。危うくないはずがない。それでも君子はその困難な職にあって、職責を尽くそうとする。危うく難しいことを、あえて避けない。忠を尽くし誠を吐き、生死・禍福を度外に置いて、せめて学んだことに背かぬようにする。もし宮廷で奏上するなら、心を平らかに気を和らげ、ただ事実だけを陳べる。道理がまことに正しければ、穏やかにゆったり述べても、なお正しい。道理がまことに曲がっていれば、激しく述べても、なお曲がっている。語気を荒らげて色をなすのは、君に仕える体面を失うだけでなく、自分にも事にも何の益もない。古の、欄干にすがり車の軛を断ち、裾を引き車を叩いて諫めた者は、いずれも情勢が切迫し、やむを得ずそうしたのだ。もし事がそこまで至らなければ、それを常法とすべきではない。先輩は「激して身を殺すのは易く、冷静に義に就くのは難しい」と言う。これを体して行えば、従わぬ者はいなくなる。

臨難 第九

夫人臣而當國家言責之任。刑辱之事不敢必其無有。要在順處靜俟。以理勝之而已。若一乃求哀乞憐。惴讐無所。己先挫撓。何以自明。夫盡己之職。爲國爲民。而得罪。君子不以爲辱。而以爲榮。雖縲紲之。椎楚之。斧鉞之。庸何愧哉。歴観自古處禍患而不亂者。三代而下。如子路之結纓。宜僚之正色。黄覇之在獄授書。王景文與客矣棋。劉偉之自書謝表。魏元忠之聞赦不動。是皆有以冥知義命所在。非區區人力所得而移也。然士君子平昔所養。其深與淺。其情與僞。於焉可以見之。李斯臨刑。父子相泣。楊子雲被収投閣殆死。王坦之與謝安齊名。桓温來朝。倒執手板。崔浩自比子房。爲辨史事。聲嘶股栗。溺不能隱。此可見彼惟事口耳。而於聖賢性命之學。實未甞得諸心也。善乎韓文公之言曰。儒者之於患難。苟非其自取之。其拒而不受於懐也。若築河堤以障屋霄。其容而消之也。若水之於海。氷之於夏日。其玩而忘之以文辭也。若奏金石以破蟋蟀之鳴。故君子之學。以明理自信爲貴
それ人臣じんしんにして国家こっか言責げんせきにん当たりあたり刑辱けいじょくことかんへて其のその有るある無きなきひつせず。要はようは順にじゅんに静かしずかち、以てもてこれ勝つかつ在るあるのみ。若しもしいちすなわ あい求めもとめれん乞ひこひずいずいとしてところ無くなくば、おのれ 先づまづたわし、何をなにを以てもて自らみずから明らかあきらかにせん。それおのれしょく尽くしつくしくにため たみ為にためにしてつみ得るえるは、君子くんし 以てもてじょく為さなさずして、以てもてさかえ為すなすこれ縲紲るいせつし、これ椎楚ついそし、これ斧鉞ふえつすといえども、もちなに愧ぢはぢんや。れきかに かん処ししょし乱れみだれざるもの観るみるに、三代さんだいよりした子路しろえい結ぶむすぶ如きごときりょういろ正すただす如きごとき黄覇こうはごく在りありかき授くさずくるが如きごときおうけいぶんきゃく囲むかこむ如きごとき劉偉りゅういこれ自らみずからしゃ表をあらをかきするが如きごとき元忠もとただしゃ聞ききき動かうごかざるが如きごときこれみな 以てもてめいかに義命ぎめい在るあるところ知るしる有りありて、たる人力じんりき得てえて移すうつすところ非ざあらざるなり。然れしかれども士君子しくんし たいらむかし 養ふやしなふところ其のその深きふかき浅きあさきと、其のそのじょうにせと、えん於いおい以てもてこれ見るみる可しべしすもも けい臨みのぞみ父子ふしそう泣きなき揚子ようこくも 収めおさめらるるにかくより投じとうじ殆どほとんど死しししおうたんこれ 謝安しゃあんめい斉しくひとしくするも、桓温かんおん 来朝らいちょうするに手板しゅはんとう執りとりさいひろし 自らみずから子房しぼう比すひするも、こと弁ずべんずるに、こえ せいまた くりひ、でき 隠すかくすのうはず。これかれ ただ口耳こうじこととして、聖賢せいけんせいいのち学にまなに於いおいて、実はじつは未だいまだ嘗てかつてこれこころ得ざえざるを見るみる可しべし善いよいかなかん文公ぶんこうげん曰くいわく儒者じゅしゃ患難かんなん於けおけるや、いやしくもその自らみずからこれ取るとる非ざあらざれば、其のその拒みこばみふところ受けうけざるや、かわてい築ききづき以てもてりゅうしょうぐが若くわかく其のその容れいれこれ消すけすや、みずうみ於けおけるが若くわかくこおり夏日かじつ於けおけるが若くわかく其のその玩びもてあそびこれ忘るわするるに文辞ぶんじ以てもてするや、金石きんせき奏しそうし以てもて蟋蟀しっしゅつめい破るやぶる若しもし、と。故にゆえに君子くんしがくは、明らかあきらかにし自らみずから信ずしんずるを以てもて貴しとーとし為すなす
そもそも臣が国家の諫言の任にあたるなら、刑罰や辱めが降りかかることは、無いとは言い切れない。肝心なのは道理に従って静かに待ち、道理でこれに勝つことに尽きる。もしひとたび哀れみを乞い、おびえてなす術を失えば、自ら先に気力を挫き、どうして身の潔白を明かせよう。そもそも自分の職を尽くし、国のため民のために罪を得るのは、君子は辱と思わず、栄と思う。縄を打たれ、杖で打たれ、斧鉞にかけられても、なぜ恥じよう。昔から禍難に処して取り乱さなかった者を歴観すると、三代より後では、(打たれても)冠の紐を結び直して死んだ子路しろ、顔色を正した宜僚、獄中で書を講じた黄覇、客と碁を打っていた王景文、自ら謝罪の上表を書いた劉偉之、赦を聞いても動じなかった魏元忠——これらは皆、義と天命の在り処を深くわきまえていて、ちっぽけな人力で動かせるものではなかった。とはいえ士君子しくんしが平素養ってきたものの深浅、その真偽は、まさにこの一点に現れる。李斯は刑場で父子相寄って泣き、揚雄は捕らわれると楼閣から身を投げて死にかけ、王坦之おうたんしは謝安と並び称されたのに桓温が来朝すると手板を逆さに持ち、崔浩は自らを張良になぞらえたのに、史書の件を弁明するとき声はかすれ足は震え、失禁を隠せなかった。これは彼らがただ口先の学問を事として、聖賢の性命の学を実際には心に得ていなかったことを示す。すばらしいかな、韓愈の言葉——「儒者が患難に遭うとき、自ら招いたのでなければ、それを拒んで胸に受けないさまは、堤を築いて雨だれを防ぐようであり、受け容れて消し去るさまは、水が海に、氷が夏日に溶けるようであり、文辞に遊んで忘れ去るさまは、金石の楽を奏して蟋蟀の鳴き声をかき消すようだ」と。だから君子の学問は、道理を明らかにして自らを信じることを尊ぶのだ。

全節 第十

人之有死。猶晝之必有夜。暑之必有寒。古今常理。不足深諱。若爲子死於孝。爲臣死於忠。則其爲死也大。身雖歿。而名不没焉。太史公謂死有重於泰山。有輕於鴻毛。非其義則不死。所以重於泰山也。如其義則一切無所顧。所謂輕於鴻毛也。鳴呼夫人以眇然之身。倏爾之年。使之山岳聳而日星掲者。非節義能爾耶況人之貴賤壽天。天所素定。而謂附此人則得官。違此人則失官。言事則身危。不言則無患此世俗無知者所見。士君子豈以是為取舎哉。然正直亦有時而被禍者。君子以為不幸。奸邪亦有時而蒙福者。君子以爲幸。一以爲不幸。一以爲幸。則其是非榮辱較然。故節義者。天下之大閑。臣子之盛徳。不蕩於富貴。不蹙於貧賤。不揺於威武。道之所在。死生以之。彼依阿洪港。枉己狗人者。所謂無關得喪。徒缺雅道。正使獲榮寵於一時。造夫勢移事去。其前日之栄電滅風休。漠無蹤跡。其昭在人耳目者。奸佞之名。千古猶一日。其為辱也。庸有既乎。嗚呼。寧爲此而死。不為彼而生。以是處心。庶無愧於古人矣
にん死有しうるは、ゆうひる必ずかならずよる有りありしょ必ずかならずかん有るあるがごとし。古今ここん常理じょうり深くふかくむに足らたらず。若しもし為りすりたかし死ししししん為りすりただし死せしせば、すなわ其のその為るするだいにして、 歿ぼつすといえどめい 没せぼっせず。太史公たいしこう 泰山たいざんより重きおもき有りあり鴻毛こうもうより軽きかるき有りありふ。其のその非ざあらざればすなわ死せしせざるは、泰山たいざんより重きおもき所以ゆえんなり。其のその如くごとくならばすなわ一切いっさい 顧みかえりみところ無きなきは、所謂いわゆる鴻毛こうもうより軽きかるきものなり。嗚呼ああそれにん びょうぜんたるのしゅくのみたるのねん以てもてこれをして山岳さんがくをもしょうやかしにちほしをも掲げかかげしむるものは、節義せつぎ非ずあらずしてのうのみらんや。きょうんやにん貴賎きせん寿夭じゅようは、てんもとより定むさだむところなるに、しかして此のこのにん附けつけすなわかん此のこのにん違へたがへすなわかんしつひ、ことげんへばすなわ 危くあぶなくげんはざればすなわかん無しなしふは、これ世俗せぞく無知むちもの見るみるところ士君子しくんし あにこれ以てもてしゅ為さなさんや。然れしかれども正直しょうじきまたとき有りあり被るこうむるものあり、君子くんし 以てもて不幸ふこう為すなす奸邪かんじゃまたとき有りありふく蒙るこうむるものあり、君子くんし 以てもてさち為すなすいち 以てもて不幸ふこう為しなしいち 以てもてさち為さなさば、すなわ其のその是非ぜひ栄辱えいじょく かくぜんたり。故にゆえに節義せつぎ天下てんかだいひま臣子しんこ盛徳せいとくなり。富貴ふうきとうされず、貧賎ひんせんしゅくまらず、威武いぶ揺がゆるがず、みち在るあるところ死生しせい これ以てもてす。彼のかの淟、おのれおうにんに狥ものは、所謂いわゆる得喪とくそう関すかんす無くなく徒らいたずら雅道がどう欠くかくせい栄寵えいちょう一時いちじかくるとも、それせい 移りうつりこと 去るさる造れつくれば、其のその前日ぜんじつ栄華えいが でんめつかぜきゅうし、ばくとして蹤跡しょうせき無くなく其のそのあきらかににん耳目じもく在るあるものは、奸佞かんねいめいのみ。千古せんこ ゆう一日ついたちのごとし。其のそのじょく為るするや、もちがいくる有らあらんや。嗚呼ああ寧ろむしろ此のこの為にために死すしすとも、彼のかの為にために生きいきず。これ以てもてこころ処せしょせば、しょはくは古人こじん愧づはづ無かなからん。
人に死があるのは、昼に必ず夜があり、暑さに必ず寒さがあるようなものだ。古今の常理であって、深く忌み嫌うには当たらない。もし子として孝に死に、臣として忠に死ねば、その死は大きく、身は滅んでも名は滅びない。司馬遷しばせんは「死には泰山より重いものと、鴻毛より軽いものがある」と言った。義でなければ死なないのが、泰山より重い理由だ。義のためなら一切を顧みないのが、鴻毛より軽いものだ。ああ、人はちっぽけな身と束の間の生涯をもって、それを山岳のように聳えさせ日月星辰じつげつせいしんのように輝かせる——それは節義でなくてできようか。まして人の貴賤・寿夭は天が定めるものなのに、「この人に付けば官を得、この人に逆らえば官を失う、諫言すれば身が危うく、言わなければ憂いがない」などと言うのは、無知な俗人の見方だ。士君子しくんしがこんなことで身の処し方を決めようか。とはいえ正直な者が時に禍を被ることもあり、君子はそれを不幸と見る。奸邪な者が時に福を得ることもあり、君子はそれを幸運(まぐれ)と見る。一方を不幸、一方をまぐれと見れば、是非・栄辱の別は明らかだ。だから節義は天下の大きな要であり、臣子の盛んな徳である。富貴に溺れず、貧賤に屈せず、威武に動じず、道の在るところに死生を賭ける。あの、へつらい濁って、自分を枉げ人に媚びる者は、得失に関わりなく、ただいたずらに雅な道を欠くだけだ。たとえ一時の栄華・寵愛を得ても、勢いが移り事が去れば、かつての栄華は稲妻のように消え風のように止み、跡形もなくなり、はっきり人の耳目に残るのは奸佞の汚名だけだ。千年経っても一日のように変わらない。その辱めは尽きることがあろうか。ああ、むしろ義のために死んでも、不義のために生きない。この心で身を処せば、古人に恥じることはないだろう。

牧民忠告(ぼくみんちゅうこく)

地方長官(県令)たる者の道を説く。序+巻上五章・巻下五章。序は原文・訓読文・現代語訳、各章は原文・訓読文(逐条・ふりがな付き)・現代語訳(章の大意)を収録。

牧民忠告 序(貢師泰)

牧民忠告者。濱國張文忠公所著書也。公以道徳政事。名於天下。其爲學。則卓乎有所見而不雑於機術。其操行。則確乎有所守而不奪於勢利。凡見諸論議文字之間。施諸動靜云爲之際。蓋無一不本於仁義孝弟之心也。故自爲縣令。爲御史。爲參議中書。爲中丞西臺。皆即其所行。著之簡策。有曰風意忠告。曰廟堂忠告。而牧民忠告。則爲令時著也。閲甞盡得而讀之。廢書而歎曰。是何忠厚之至哉。因記弱冠時。先子文靖府君語師泰。曰。我昔在朝。當皇慶延祐開。人物最盛。一時相知固不少。然求其志同道同者。莫清河元復初。濟南張希孟若也。二人甞聯鏤過我。慷慨論議。日昃不忍含去。且相顧曰。世豈復有相得如吾三人。孰先死。則後死者當銘諸使子孫世世無相忘也。後三十年。師泰承之間海憲使。而公之子惟遠亦僉司事。閲語其故。則相對悽愴不已。遂請此書刻諸學官。以規。夫牧民者。鳴呼數年以來。州郡多故。黎民瘡痍。毎思一賢守令以安靖吾民。而不可得。乃知忠告之有補於世教也深矣。使天下之爲守令者。家藏一書。遵而行之。雖單父武城之化不外是矣。奚漢循吏之足論哉至正十五年秋九月乙巳後學宣城貢師泰序
牧民ぼくみん忠告ちゅうこくなるものは、はまくにちょう文忠ふみただこう著すしるすところかきなり。こう 道徳どうとく政事せいじ以てもて天下てんかめいあり。其のそのがく為すなすや、すなわすぐるとして見るみる所有しょゆうりて機術きじゅつざつらず。其のその操行そうこうは、すなわかくとして守るまもる所有しょゆうりて勢利せいりだつはれず。およこれ論議ろんぎ文字もじ間にまに見しみしこれ動静どうせい云為うんい際にさいに施すほどこすこと、けだ一とひととして仁義じんぎ孝弟こうていこころほんづかざる無きなきなり。故にゆえに県令けんれい為りすり御史ぎょし為りすり参議さんぎ中書ちゅうしょ為りすり中丞ちゅうじょう西台にしだい為るするより、みな 即ちすなわち其のその行ふおこなふところこれかんさく著すしるす曰くいわく風憲ふうけん忠告ちゅうこく曰くいわく廟堂びょうどう忠告ちゅうこくしかして牧民ぼくみん忠告ちゅうこくは、すなわれい為りすり時のときのちょなり。閩嘗てかつて尽くことごとく得てえてこれ読みよみかき廃しはいしたんじて曰くいわくこれなに忠厚ちゅうこう至れいたれるや、と。因りより弱冠じゃっかんとき記すしるすさき子文しぶんやすしくん 師泰もろやす語りかたり曰くいわくわれ むかし あさ在りありこうよしえんすけ間にまに当たりあたり人物じんぶつ 最ももっとも盛んさかんなり。一時いちじ相知あいち より少なかすくなからず。然れしかれども其のそのこころざし同じおなじみち同じおなじもの求むもとむれば、清河きよかわもと復初ふくしょ済南さいなんちょうまれもう若くわかく莫きなきなり、と。二人ふたり 嘗てかつてれんねてわれり、慷慨こうがい論議ろんぎし、にち しょくくも去るさる忍びしのびず。且つかつそう顧みかえりみ曰くいわく あにふくそう得るえることわれ三人さんにん如きごとき有らあらんや。じゅく先づまづ死せしせば、すなわ後にのちに死すしすもの とうこれめいして子孫しそんをして世世せいせい そう忘るわする無かなからしむべし、と。のち三十さんじゅうねん師泰もろやす これしょうけてこううみのり使とつかと為りすりしかしてこうただえんまたつかさことせんす。閩其のそのゆえ語れかたれば、すなわそう対したいし悽愴せいそう 已まやまず。遂についに此のこのかき請ひこひこれ学官がっかんこくし、以てもてそれ牧民ぼくみんなるものとす。嗚呼ああ数年すうねん以来いらい州郡しゅうぐん ゆえ多くおおく黎民れいみん 瘡痍そういたり。毎にごとにいちさとし守令しゅれい思ひおもひ以てもてわれたみ安靖あんせいせんとするも、可かべからず。すなわ忠告ちゅうこく世教せいきょうある有るあること深きふかき知るしるなり。天下てんか牧民ぼくみん為るするものをして、いえごとにいちかきくらし、じゅんひてこれ行はぎょうしめば、単父ぜんほたけししろいえどこれそとならず。なんかん循吏じゅんり論ずろんずるに足らたらんや。至正しせい十五じゅうご年秋としあき九月くがつ乙巳きのとみ後学こうがくせんしろみつぐ師泰もろやす じょす。
この書に付された貢師泰こうしたいの序である。——『牧民忠告ぼくみんちゅうこく』は、濱国・張文忠公ちょうぶんちゅうこう張養浩ちょうようこう)の著した書である。公は道徳と政事とで天下に名があった。その学問は、卓越した見識がありながら小手先の術数に雑らず、その行いは、確固たる自らの守りがあって権勢利欲に奪われなかった。論議や文章に現れるもの、一挙一動に施すものは、およそ一つとして仁義孝弟じんぎこうていの心に基づかぬものはなかった。だから県令となり、御史ぎょしとなり、参議中書さんぎちゅうしょとなり、中丞ちゅうじょう西台せいだいとなるたびに、その実践をそのまま書物に著した。それが『風憲忠告ふうけんちゅうこく』であり『廟堂忠告びょうどうちゅうこく』であり、そして『牧民忠告ぼくみんちゅうこく』は県令であったときの著述である。私はかつてこれをことごとく読み、書を置いて嘆じた——「なんと忠厚のきわみであることか」と。そこで若かったころを思い出す。亡父・文靖府君が私(師泰)に語った——「私は昔朝廷にあり、皇慶こうけい延祐えんゆうのころ、人材が最も盛んだった。当時の知己も少なくなかったが、志を同じくし道を同じくする者を求めれば、清河せいが元復初げんふくしょ済南さいなん張希孟ちょうきもうに及ぶ者はなかった。二人はかつて馬を連ねて私を訪ね、慷慨こうがいして論じ合い、日が傾いても立ち去るに忍びなかった。そして互いに顧みて言った——『世に再び、我ら三人のように意気投合する者があろうか。誰か先に死ねば、後に死んだ者が銘を作り、子孫に代々忘れさせぬようにしよう』と」。それから三十年、私はこれを承けて闔海の憲使となり、公の子・惟遠いえんもまた同じ役所の職に就いた。私が父の話をすると、互いに向き合って悲しみが止まらなかった。そこでこの書を請うて学官に刻み、牧民官ぼくみんかんの手本とする。ああ、近年、州郡には事が多く、民は傷つき苦しんでいる。一人の賢い長官を得て民を安んじたいと思っても得られない。それでこそ、この忠告が世の教化に資するところの深さが分かる。天下の牧民官ぼくみんかんが家ごとにこの一書を蔵し、それに従って行えば、あの単父ぜんぽ宓子賎ふくしせん)・武城ぶじょう子游しゆう)の教化も、これに外れるものではない。どうして漢の循吏をわざわざ論ずるまでもなかろう。至正しせい十五年(一三五五)秋九月乙巳きのとみ、後学・宣城の貢師泰こうしたいが序す。

拜命 第一(凡六條)

省己命下之日。則拊心自省。有何勳閥行能。膺茲異數。苟要其虞祿。假其威權惟濟己私。靡思報國天監伊邇。將不汝容。夫受人直而怠其工。儋人爵而曠其事。己則逸矣。如公道何。如百姓何克性之偏夫及物之心。人孰不有。第材質強劣。有所不同。苟即其所短而痛自克治。則官無難爲。事無不集者矣。弛緩克之以敏。浮薄克之以莊。率略克之以詳。煩苛克之以大體。苟不度所任。一循己之偏而處之。鮮有不敗者矣。古人佩弦佩韋。亦皆此意。今人往往讀書無益蔽官不才者皆由狃於習。而不知痛自克治故也戒貪普天率土。生人無窮也。然受國寵靈。而爲民司牧者。能幾何人。既受命以牧斯民矣。而不能守公廉之心。是不自愛也。寧不爲世所謂耶。况一身之徴。所享能幾。厥心溪壑。適以自賊。一或罪及。上孤國恩。中貽親辱。下使郷隣朋友。蒙詣包羞。雖任累千金。不足以償一夕縲紲之苦。與其戚於己敗。曷若嚴於未然。嗟爾有官。所宜深戒一民職不宜泛授今選官者。大率重内而輕外。殊不知漢宣帝所以富民。唐太宗所以家給人足。皆由重牧巨之長故也。鳴呼牧民之長。其重若此。乃泛焉而選。博焉而授。奚為不是慮也哉心誠愛民智無不及赤子之生。無有知識。然母之者。常先意得其所欲焉。其理無他。誠然而已矣。誠生愛。愛生智。惟其誠。故愛無不周。惟其愛。故智無不及。吏之於民。與是奚異哉。誠有子民之心。則不患其才智之不及矣法律爲師吏人蓋以法律爲師也。魏相所以望隆當世者。漢家典故無所不悉也。凡學仕者。経史之餘。若國朝以來典章文物亦須備考詳觀。一旦入官。庶不爲俗吏所迂也。
省己せいこめいくだるのすなわこころちてみずかかえりみよ、なに勲閥くんばつ行能こうのうりてか異数いすうあたる、と。いやしくも虞禄ぐろくもとめ、威権いけんりておのれのわたくしし、くにむくゆるをおもふことくんば、てんかんちかく、まさなんじれざらんとす。ひとあたいけてこうおこたり、ひとしゃくになひてことむなしくせば、おのれはすなわいっすれども、公道こうどう如何いかんせん、百姓ひゃくせい如何いかんせん。
克性之偏こくせいのへんものおよぼすのこころひとたれらざらん。材質ざいしつ強劣きょうれつおなじからざるところり。いやしくもたんなるところきていたみずかおさめば、すなわかんがたく、ことらざるものし。弛緩しかんこれつにびんもってし、浮薄ふはくこれつにそうもってし、率略そつりゃくこれつにしょうもってし、煩苛はんかこれつに大体たいたいもってす。いやしくもにんずるところはからず、いつおのれのへんしたがひてこれしょせば、やぶれざるものることすくなし。古人こじんげんぶるも、みななり。今人こんじん往往おうおうにしてしょむもえきく、かんおほひて不才ふさいなるものは、みなしゅうるるにりて、いたみずかおさむるをらざるがゆえなり。
戒貪かいたん普天ふてん率土そつど生人せいじんきはまりきなり。しかれどもくに寵霊ちょうれいけてたみ司牧しぼくもの幾何いくばくひとぞ。すでめいけてもったみぼくすれば、しかして公廉こうれんこころまもあたはざるは、みずかあいせざるなり。むしところらざらんや。いはんや一身いっしんせうくるところいくばくぞ。こころ溪壑けいがくなれば、まさもっみずかそこなふ。ひとたびあるいつみおよべば、かみ国恩こくおんそむき、なかおやはづかしめのこし、しも郷隣きょうりん朋友ほうゆうをしてこうこうむはぢいだかしむ。にん千金せんきんかさぬといえども、もっ一夕いっせき縲紲るいせつつぐなふにらず。おのれのはいうれへんよりは、なん未然みぜんげんなるにかん。ああなんじかんものよろしくふかいましむべきところなり。
民職不宜泛授みんしょくみだりにさずくべからずいまかんえらもの大率おおむねうちおもんじてそとかろんず。ことらず、かん宣帝せんていたみます所以ゆえんとう太宗たいそういえきゅうひと所以ゆえんは、みな牧民ぼくみんちょうおもんずるにるがゆえなり。嗚呼ああ牧民ぼくみんちょうおもきことくのごとし。すなわ泛焉はんえんとしてえらび、博焉はくえんとしてさづく。なんれぞこれおもんぱからざるや。
心誠愛民智無不及こころまことにたみをあいすればちおよばざるなし赤子せきしうまるるや、知識ちしきることし。しかれどもこれはぐくものつねさきんじてほっするところし、誠然せいぜんのみ。まことあいしょうじ、あいしょうず。まことなり、ゆえあいあまねからざるし。あいあり、ゆえおよばざるし。たみけるや、これなんことならんや。まことたみとするのこころらば、すなわ才智さいちおよばざるをうれへず。
法律爲師ほうりつをしとなす吏人りじんけだ法律ほうりつもっすなり。魏相ぎしょうぼう当世とうせいたか所以ゆえんものは、漢家かんか典故てんこつくさざるところければなり。およまなもの経史けいし国朝こくちょう以来いらい典章てんしょう文物ぶんぶつごときも、すべからくそなかんがつまびらかにるべし。一旦いったんかんらば、こひねがはくは俗吏ぞくりとするところらざらん。
この章は、任命を受けた日の心構えを説く(全六条)。——命が下った日には、胸に手を当てて自ら省みよ。自分にどんな功績や能力があって、この分不相応な大任にあたるのか、と。もし俸禄を求め威権を借りて私利ばかりを図り、国に報いることを思わなければ、天の監視はすぐそこにあり、決してお前を許さない。人の禄を受けながらその務めを怠るのは、公の道に対しても百姓に対しても顔向けできぬことだ。以下、六条の要旨——「性の偏りを克服せよ」:緩みは機敏さで、軽薄は荘重さで、粗略は細心さで、煩わしさは大局観で正せ。「貪りを戒めよ」:一身の享受はわずかなのに、貪欲の心は谷のように底なしで、身を滅ぼす。「民を治める官を安易に授けるな」:漢の宣帝も唐の太宗も、地方長官を重んじたからこそ民を富ませた。「誠の愛民の心があれば智は自ずと及ぶ」:母が赤子の望みを先回りして知るように、誠が愛を、愛が智を生む。「法律を師とせよ」:経史のほか国朝の典章文物も備え学べ——と、着任前の自己準備を体系的に説く。

上任 第二(凡六條)

事不預知難以卒應比入其境。民痘輕重。吏弊深淺。前官良否。強宗有無。控訴之人多與寡。皆須盡心詢訪訪也。至則居遠數舍名掌之者。語其詳。疏其概。先得其精。下車之日。參考以斷。若素無所備。卒然至部。聴訟之際。百姓衆觀。一語乖張。則必貽笑閾境。况民心易動。尤在厥初。初焉無以厭服其心。後雖有為。亦將奚信。不然受其訟而翼日理之亦可。殆不宜輕率應答。使士民失望也謁受諸執事參謁。不可黙然無一言。第曰誤蒙國恩。託茲重寄。芒背汗顔。期與諸君滌慮洗心。以宣大化也。汝或余違。國有常憲。非所敢私。諸君其愼之治官如治家治官如治家。古人常有是訓矣。蓋一家之事。無綴急巨細。皆所営知。有所不知則有所不治也。况牧民之長。百責所叢。若岸序。若傳置。若倉庵。若囹団。若溝洫。若橋障。凡所司者甚衆也。相時度力。弊者葺之。汗者潔之。壞者疏之。缺者補之。舊所無有者経営之。若曰彼之不修。何預我事瞬息代去。自苦矣爲。此念一萌。則庶務皆墮矣。前輩謂公家之務。一毫不盡其心。即爲苟祿。獲罪於天章説昔人有欲之官而悪其地之瘴者。或釋之曰。瘴之爲害。不特地也。仕亦有療也。急催暴斂。剥下奉上此租賦之療。深文以逞。良悪不自。此刑獄之療。侵牟民利。以實私儲。此貨財之瘴。攻金攻木。崇飾車服。此工役之瘴。盛棟姫妾。以娯聲色。此帷薄之瘴也。有一於此。無閲遠邇。民怨神怒。無疾者必有疾。而有疾者必死也。昔元城劉先生。處瘴海。而神観愈強。是知地之瘴者未必能死人。而能死人者常在平仕瘴也。虚彼而不慮此。不亦左乎。故余具載其言。以爲授官憚遠避難者之戒禁家人侵漁居官所以不能清白者。率由家人喜奢好侈使然也。中既不給。其勢必當取於人。或営利以侵民。或因訟而納賄。或名假貸。或託姻屬。宴饋黴逐。通室無禁。以致動相掣肘。威無所施。已雖日昌。民則日痒。已雖日歡。民則日怨。由是而坐敗辱者。蓋駢首麗踵也。嗚呼使爲妻妾而爲之。則妻妾不能我救也。使爲子孫而爲之。則子孫不能我救也。使爲朋友而爲之。則朋友不能我救也。妻妾子孫朋友。皆不能我救也。曷若廉勤乃職。而自爲之爲愈也哉。蓋自爲。雖闔門恒淡泊。而安榮及子孫。爲人。雖譜然如可樂。而禍患生几席也。二者之閲。非眞知深悟者。未易與言。有官君子。其審擇焉告廟故事牧民官既上。必告境内所當祀之神。宜以不賄自警。庶堅其遷善之心焉。爾後雖欲轉移。亦必有所畏而不敢
事不預知難以卒應ことあらかじめしらざればもってにわかにおうじがたしさかいるにおよびて、民瘼みんばく軽重けいちょう吏弊りへい深浅しんせん前官ぜんかん良否りょうひ強宗きょうそう有無うむ控訴こうそひとおおきとすくなきと、みなすべからくこころつくして詢訪じゅんぼうすべし。いたればすなわとお数舎すうしゃきてこれつかさどものめいし、しょうかたらしめ、がいし、せいて、下車かしゃ参考さんこうしてもっだんぜよ。もとよりそなふるところく、卒然そつぜんとしていたり、しょうくのさい百姓ひゃくせいしゅうるに、一語いちご乖張かいちょうせば、すなわかならわらい闔境こうきょうのこさん。いはんや民心みんしんうごやすきは、もっとはじめにり。はじめにこころ厭服えんぷくせしむるくんば、のちりといえども、まさなにをかしんぜんとす。しからずんばしょうけて翼日よくじつこれするもなり。ほとんよろしく軽率けいそつ応答おうとうして士民しみんをして失望しつぼうせしむべからず。
えつしょ執事しつじ参謁さんえつくるに、黙然もくぜんとして一言いちごんかるからず。いはく、あやまりて国恩こくおんこうむり、重寄じゅうきたくせらる。芒背ぼうはい汗顔かんがん諸君しょくんおもんぱかりをあらこころあらひて、もっ大化たいかべんことをす。なんじあるいたがはば、くに常憲じょうけんり、へてわたくしするところあらず。諸君しょくんこれつつしめ、と。
治官如治家かんをおさむることいえをおさむるがごとしかんおさむることいえおさむるがごとし、古人こじんつねくんり。けだ一家いっかこと緩急かんきゅう巨細きょさいく、みな営知えいちするところなり。らざるところればすなわおさまらざるところり。いはんや牧民ぼくみんちょう百責ひゃくせきむらがるところをや。岸序がんじょごとき、伝置でんちごとき、倉庾そうゆごとき、囹圄れいごごとき、溝洫こうきょくごとき、橋障きょうしょうごとき、およつかさどところものはなはおおきなり。ときちからはかり、やぶるるものこれき、けがるるものこれきよくし、こわるるものこれし、くるものこれおぎなひ、もとところものこれ経営けいえいせよ。かれおさめざる、なんことあづからん、瞬息しゅんそくにしてかわらんに、みずかくるしまんや、とはば、ねんひとたびきざせば、すなわ庶務しょむみなちん。前輩せんぱいふ、公家こうかつとめ、一毫いちごうこころつくさざれば、すなわ苟禄こうろくり、つみてんん、と。
瘴説しょうせつむかしひとかんかんとほっしてしょうにくものり。あるひとこれきていはく、しょうがいたる、のみならず、にもしょうり、と。きゅううながあらおさめ、しもぎてかみたてまつる、租賦そふしょうなり。ぶんふかくしてもったくましくし、良悪りょうあくみずからせず、刑獄けいごくしょうなり。たみ侵牟しんぼうしてもっ私儲しちょたす、貨財かざいしょうなり。きんおさおさめ、車服しゃふく崇飾すうしょくす、工役こうえきしょうなり。姫妾きしょうさかんにしてもっ声色せいしょくたのしむ、帷薄いはくしょうなり。ここひとらば、遠邇えんじく、たみうらかみいかり、やまいものかならやまいり、やまいものかならせん。むかし元城げんじょう劉先生りゅうせんせい瘴海しょうかいしょするも神観しんかんいよいよつよし。しょういまかならずしもひとせしめず、しかしてひとせしむるものつねしょうるをるなり。れをむなしくしてこれおもんぱからざるは、ならずや。ゆえつぶさげんせ、もっかんさづけらるるにとおきをはばかなんくるものいましめとす。
禁家人侵漁かじんのしんぎょをきんずかんりて清白せいはくなるあたはざる所以ゆえんものは、おおむ家人かじんしゃよろここのむにりてしからしむるなり。うちすでらざれば、いきほいかならまさひとるべし。あるいいとなみてもったみおかし、あるいしょうりてまいないれ、あるい仮貸かたいづけ、あるい姻属いんぞくたくす。宴饋えんき徴逐ちょうちく通室つうしつきんく、もっややもすれば掣肘せいちゅうし、ほどこところきにいたる。おのさかんなりといえども、たみすなわつかる。おのよろこぶといえども、たみすなわうらむ。これりてして敗辱はいじょくするものけだこうべならくびすならぶるなり。嗚呼ああ妻妾さいしょうためにしてこれさしめば、すなわ妻妾さいしょうわれすくあたはざるなり。子孫しそんためにしてこれさしめば、すなわ子孫しそんわれすくあたはざるなり。朋友ほうゆうためにしてこれさしめば、すなわ朋友ほうゆうわれすくあたはざるなり。妻妾さいしょう子孫しそん朋友ほうゆうみなわれすくあたはざるなり。なん廉勤れんきんもてしょくにして、みずかこれすのまされるにかんや。けだみずかせば、もんぢてつね淡泊たんぱくなりといえども、安栄あんえい子孫しそんおよぶ。ひとためにすれば、譁然かぜんとしてたのしむきがごとしといえども、禍患かかん几席きせきしょうず。二者にしゃあいだしんふかさとものあらざれば、いまともやすからず。かん君子くんしつまびらかにえらべ。
告廟こくびょう故事こじ牧民ぼくみんかんすでのぼれば、かなら境内きょうないまさまつるべきところかみげ、よろしくまいないせざるをもっみずかいましむべし。こひねがはくはぜんうつるのこころかたくせん。しかのち転移てんいせんとほっすといえども、かならおそるるところりてへてせざらん。
この章は、着任にあたっての実務作法を説く(全六条)。——事を予め知らなければ、突然の事態に応じきれない。任地に入る前に、民の疾苦の軽重、役人の弊害の深浅、前任者の良否、豪族の有無、訴訟の多寡を、心を尽くして調べておけ。準備なしにいきなり訴訟に臨めば、民衆が見守るなか一言の失で、たちまち笑い者となり民心の信を失う。以下、六条の要旨——属官の挨拶を受けるときは黙っていず、「誤って国恩を蒙りこの重任を託された、共に心を洗って教化を宣べたい、違反あれば国法があり私情は挟めぬ」と告げよ。「官を治めるのは家を治めるのと同じ」:倉庫・牢獄・溝渠・橋梁まで司る所は多く、荒れたものを繕い汚れを清め壊れを直せ——「どうせすぐ交代する」という一念が芽生えれば万事崩れる。「瘴(しょう)説」:左遷地の風土病を恐れる者に、真の瘴は土地でなく「勤めの瘴」——過酷な徴税・恣意的な刑罰・私腹を肥やす貨財・華美な工役・女色——にあると喝破する。「家人の私利を禁ぜよ」:官が清白になれぬのは家人の奢侈が原因で、妻子や縁者のため不正をしても、破滅すれば誰も救ってくれない。「廟に告げよ」:着任後、境内の神に不正をせぬと誓え。

聴訟 第三(凡十條)

察情人不能獨處。必資衆以遂其生。衆以相資。此訟之所從起也。故聖人作易。訟繼以師。必必要其示警固深矣。夫善聴訟者。其示警固深矣。夫善聴訟者。必先察其情。欲察其情。必先審其辭。其情直。其辭直。其情曲。其辭曲。政使強直其辭。而其情。則必自相矛盾。從而詰之。誠偽見矣。周禮以五聲聴獄訟。求民情。固不外乎此。然聖人謂聴訟吾猶人也。必也使無訟乎。蓋聴訟者。折衷於已然。苟公其心。人皆可能也。無訟者。救過於未然。非以徳化民。何由及此。嗚呼凡牧民者。其勿恃能聴訟爲得也訴訟起訟有原書訟牒者是也。蓋蚩蚩之氓。闇於刑壽。書訟者。誠能開之以枉直。而曉之以利害。鮮有不愧服雨釋而退者。惟其心利於所獲。含糊其是非。陽解而陰喉。左縦而右民。擒。舞智弄巨。不厭不已。所以厥今吏按。情偽混殺。莫之能信者。蓋職乎此也。大抵一方之訟。宜擇一二老成錬事者。使書之。月比而年考。酌其功過而加賞罰焉。若夫毆骨假質凡不切之訟。聴其従宜論遣之。論之而不伏。乃達於官。終無俊心。律以三尺。民良如此則訟源可清。而如此則訟源可清。而民間澆薄之俗。庶幾乎復歸於厚矣勿聴讒健訟者理或不勝。則往往誣其敵嘗謗官長也。聴之者。當平心易気。置謗言於事外。惟民覈其實而遣之。庶不墮奸巨計中矣親族之訟宜緩親族相訟。宣徐而不宜亟。宜寛而不宜猛。徐則或悟其非猛則益滋其惡。第下其里中。開諭之。斯得體矣別強弱世俗之情。強者欺弱。富者呑貧。衆者暴寡。在官者多凌無勢之人。聴訟之際。不可不不待問者勿停留昔嘗使外。所過州縣。待問者。雲集乎門。毎病焉。乃命一能吏。簿其所告。而日省之。而日遣之。不浹旬。則訟庭間然矣。會問訟有相約而問者。不可乗一時之忿擅加榜掠也。若釋道若兵卒。諸不隷所部者是已妖言民有妖言惑衆者。則當假以別罪而罪之。如有妄書。取而火之。則厥跡滅矣。勿使墓爲大獄。延禍無辜民病如己病民之有訟。如已有訟。民之流亡如己流亡。民在縲紲。如己在縲紲。民陥永火。如己陥水火。凡民疾苦。皆如己疾苦也。雖欲因仍可得乎移近年司憲受詞訟。往往微州郡官代聴之。代聴者不可承望風旨。邀寵一時。使人茹枉受刑。而靡恤陰理
察情さつじょうひとひとあたはず、かならしゅうりてもっせいぐ。しゅうもっる、しょうりてこるところなり。ゆえ聖人せいじんえきつくるに、しょうぐにもってす。いましめをしめすこともとよりふかし。しょうものは、かならじょうさっす。じょうさっせんとほっせば、かならつまびらかにす。じょうなおければなおく、じょうがればがる。たとひてなおくするも、じょうすなわかならみずか矛盾むじゅんす。したがひてこれなじれば、誠偽せいぎあらはる。周礼しゅらい五声ごせいもっ獄訟ごくしょうき、民情みんじょうもとむ、もとよりこれほかならず。しかれども聖人せいじんふ、しょうくはわれひとのごときなり、かならずやしょうからしめんか、と。けだしょうものは、已然いぜん折衷せっちゅうす、いやしくもこころおおやけにせば、ひとみなくすべきなり。しょうものは、あやまちを未然みぜんすくふ、とくもったみするにあらずんば、なにりてかこれおよばん。嗚呼ああおよ牧民ぼくみんものしょうくをたのみてとくなかれ。
訴訟起そしょうおこるしょうみなもとり、訟牒しょうちょうものこれなり。けだ蚩蚩ししたるたみ刑章けいしょうくらし。しょうものまことこれひらくに枉直おうちょくもってし、これさとすに利害りがいもってせば、愧服きふく釈然しゃくぜんとして退しりぞかざるものすくなし。こころところありて、是非ぜひ含糊がんこし、あらはにきてひそかにそそのかし、ひだりゆるみぎとらへ、もてあそたみろうし、かずまず。いまあんずるに、情偽じょうぎ混殺こんさつして、これしんずるあたはざる所以ゆえんものは、けだこれるなり。大抵たいてい一方いっぽうしょうよろしく一二いちに老成ろうせい錬事れんじものえらびてこれかしむべし。つきくらとしかんがへ、功過こうかみて賞罰しょうばつくわへよ。毆詈おうり仮質かしつおよせつならざるのしょうごときは、よろしきにしたがひて論遣ろんけんするをゆるす。これろんじてふくせざれば、すなわかんたっす、つい悛心しゅんしんくんば、りっするに三尺さんじゃくもってす。たみまことくのごとくなれば、すなわ訟源しょうげんきよくすべくして、民間みんかん澆薄ぎょうはくぞく庶幾こひねがはくはこうせん。
勿聴讒ざんをきくなかれ健訟けんしょうものあるいたざれば、すなわ往往おうおうにしててきかつ官長かんちょうそしりしとふるなり。これものまさこころたいらかにしやすくし、謗言ぼうげん事外じがいき、じつしらべてこれるべし。こひねがはくは奸民かんみん計中けいちゅうちざらん。
親族之訟宜緩しんぞくのうったえはゆるやかなるべし親族しんぞくうったふるは、よろしくおもむろにしてよろしくすみやかなるべからず、よろしくかんにしてよろしくもうなるべからず。おもむろなればすなわあるいさとり、もうなればすなわますまあくす。里中りちゅうくだし、これ開諭かいゆせば、ここたいん。
別強弱きょうじゃくをわかつ世俗せぞくじょうつよものよわきをあざむき、めるものまづしきをみ、おおものすくなきをしへたぐ。かんものおおいきほいきのひとしのぐ。しょうくのさいさっせざるからず。
不待問者勿停留といをまたざるものはていりゅうするなかれむかしかつそと使つかひし、ぐるところ州県しゅうけんといものもん雲集うんしゅうす、つねこれうれへり。すなわいち能吏のうりめいじ、ぐるところ簿し、これかえりみ、これる。じゅんあまねからずして、すなわ訟庭しょうてい闃然げきぜんたり。
會問かいもんしょうやくしてものり、一時いちじ忿いかりにじょうじてほしいまま榜掠ぼうりゃくくわからず。釈道しゃくどうごと兵卒へいそつごとき、もろもろ所部しょぶれいせざるものこれなり。
妖言ようげんたみ妖言ようげんもてしゅうまどはすものらば、すなわまさ別罪べつざいもっりてこれつみすべし。妄書もうしょるがごときは、りてこれかば、すなわあとめっせん。滋蔓じまんせしめて大獄たいごくし、わざはい無辜むこばすなかれ。
民病如己病たみのやまいをおのれのやまいのごとくすたみしょうるは、おのれのしょうるがごとく、たみ流亡りゅうぼうおのれの流亡りゅうぼうごとく、たみ縲紲るいせつるはおのれの縲紲るいせつるがごとく、たみ水火すいかおちいるはおのれの水火すいかおちいるがごとし。およたみ疾苦しっくは、みなおのれの疾苦しっくごときなり。因仍いんじょうせんとほっすといえども、けんや。
近年きんねん司憲しけん詞訟ししょうけ、往往おうおうにして州郡しゅうぐんかんをしてかわりてこれかしむ。代聴だいちょうもの風旨ふうし承望しょうぼうちょう一時いちじもとめ、ひとをしておうらひけいけしめて、陰理いんりうれふるをくするからず。
この章は、訴訟の審理を説く、牧民忠告ぼくみんちゅうこく中の白眉である(全十条)。——訴訟は、人が互いに頼り合って生きるところから起こる。だから聖人は『易』で訟卦の次に師卦(争い→軍)を置いて深く戒めた。よく訴訟を裁く者は、まず真相を察し、そのために言葉を審らかにする。真実の言葉はまっすぐ、偽りの言葉はねじれ、無理に言い繕っても必ず自己矛盾する。追及すれば真偽は現れる。だが孔子こうしは「訴訟を聴くのは私も人並みだ、大切なのは訴訟そのものを無くすことだ」(『論語ろんご』顔淵)と言った——裁くのは誰でもできるが、徳で民を化して訴訟を無くすのが理想だ。以下、十条は——代書屋(訟師)の弊、讒言を信じるな、親族の訴訟は緩やかに、強弱貧富の別を見よ、待たせず速やかに裁け、扇動・妖言の処理、そして「民の病を我が病とせよ」——民の訴え・流亡・投獄・水火の苦しみを我が身のものとして感じよ、という牧民官ぼくみんかんの情の極致を説く名条まで並ぶ。『大学』が引く孔子こうしの言と正面から響き合う。

御下 第四(凡四條)

吏吏佐官治事。其人不可缺。而其勢最親。惟其親。故久而必至無所畏。惟其不可缺。故久而必至爲姦。此當今之通病也。欲其有所畏。則莫若自嚴。欲其不爲姦。則莫若詳視其案也。所謂自嚴者。非厲聲色也。絶其饋遺而已矣。所謂詳視其案者。非吹毛求疵也。理其綱領而已矣。蓋天下之事。無有巨細。皆資案牘以行焉。不經心。則姦僞隨出。大抵使不忍欺爲上。不能欺次之。不敢欺又次之。夫以善感人者。非聖人不能。故前輩謂不忍欺在徳。不能欺在明。不敢欺在威。於斯三者。度己所能而處之。庶不爲彼所侮矣約束諸吏曹。勿使縦游民間。納交富室。以泄官事。以來訟端。以啓倖門也。暇則召集。講經讀律。多方覊糜之。則自然不横矣待徒隷阜卒徒隷。非公故勿與語。非公遣勿使與民相往來。若輩小人。威以泣之。猶恐爲患。一或解嚴。必百無忌憚矣省事爲治之道。其要莫如省心。心省則事省。事省則民安。民安則吏無所資。一或紛然。上下胥罹其擾也。然事亦有必不能省者。則又在夫措畫堤防之術如何耳。古人謂多寡勝少算。少算勝無算。不特用兵爲然。一役之修。一宴之設。一獄之興。誠能思慮周詳。緊略畢擧。則民之受賜不淺矣。某嘗爲縣。胥吏輩。春則追農以報農桑。夏則微尉以練卒伍。秋則會社以檢義糧。冬則賦芻以飼尚馬。其他若逃兵亡戸逸盗。及積年逋税之民。動集百餘。不賄不釋。某見其然。常揮牘不爲署。暇則將一二謹厚吏。親詣其地而按之。可擬者一擬。可行者行。由是一切惟以信版集事。吏人失志。百姓獲安。至今旁郡以爲例威嚴小而爲一邑。大而爲天下。賞罰明。則不煩聲色。而威令自行。人徒知治民之難。而不知不知。治吏爲尤難。蓋民與官不能知理法。誤然而犯。宜若可矜。吏則日處法律中。非不知也。小過不懲。必爲大患。無所忌憚矣。嘗聞治民如治目。撥觸之則益昏。治吏如治齒牙。剔漱則益利。傳曰。威克厥愛允濟。愛克厥威尤罔功。法此而行。斷不至於難治矣
かんたすけてことおさむ、ひとからず。しかしていきほいもっとしたし。したし、ゆえひさしくしてかならおそるるところきにいたる。からず、ゆえひさしくしてかならかんすにいたる。当今とうこん通病つうへいなり。おそるるところらしめんとほっせば、すなわみずかげんなるにくはし。かんさざらしめんとほっせば、すなわつまびらかにあんるにくはきなり。所謂いはゆるみずかげんなるものは、声色せいしょくはげしくするにあらざるなり、饋遺きいつのみ。所謂いはゆるつまびらかにあんものは、きてきずもとむるにあらざるなり、綱領こうりょうおさむるのみ。けだ天下てんかこと巨細きょさいく、みな案牘あんとくりてもっおこなはる。こころもちひざれば、すなわ姦偽かんぎしたがひてづ。大抵たいていあざむくにしのびざらしむるをじょうし、あざむあたはざるをこれぎ、へてあざむかざるをこれぐ。ぜんもっひとかんぜしむるものは、聖人せいじんあらずんばあたはず。ゆえ前輩せんぱいふ、あざむくにしのびざるはとくり、あざむあたはざるはめいり、へてあざむかざるはり、と。三者さんしゃいて、おのれのくするところはかりてこれしょせば、こひねがはくはかれあなどところらざらん。
約束やくそくもろもろ吏曹りそう民間みんかん縦游しょうゆう富室ふしつまじはりをれて、もっ官事かんじらし、もっ訟端しょうたんきたし、もっ倖門こうもんひらかしむるなかれ。いとまあればすなわ召集しょうしゅうし、けいこうりつみ、多方たほうこれ覊縻きびせば、すなわ自然しぜんよこしまならず。
待徒隷としれいをたいす皁卒そうそつ徒隷としれいは、公故こうこあらずんばともかたなかれ、公遣こうけんあらずんばたみ往来おうらいせしむるなかれ。かくのごとやから小人しょうじんは、もっこれかしむるも、うれへをさんことをおそる。ひとたびあるいげんけば、かならひゃく忌憚きたんからん。
省事せいじすのみちようこころはぶくにくはし。こころはぶけばすなわことはぶけ、ことはぶけばすなわたみやすく、たみやすければすなわところし。ひとたびあるい紛然ふんぜんたれば、上下しょうかじょうかかる。しかれどもことにもかならはぶあたはざるものり、すなわ措画そかく堤防ていぼうじゅつ如何いかんるのみ。古人こじんふ、多算たさん少算しょうさんち、少算しょうさん無算むさんつ、と。へいもちふるのみしかりとさず。一役いちえきしゅう一宴いちえんせつ一獄いちごくこうまこと思慮しりょ周詳しゅうしょうにして、緊略きんりゃくことごとがれば、すなわたみくることあさからず。それがしかつけんり。胥吏しょりやからはるすなわのうひてもっ農桑のうそうほうじ、なつすなわしてもっ卒伍そつごれんり、あきすなわしゃかいしてもっ義糧ぎりょうけんし、ふゆすなわすうしてもっ尚馬しょうばふ。逃兵とうへい亡戸ぼうこ逸盗いつとうおよ積年せきねん逋税ほぜいたみごとき、ややもすれば百余ひゃくよあつめ、まいなはざればゆるさず。それがししかるをて、つねとくふるひてしょさず。いとまあればすなわ一二いちに謹厚きんこうひきゐ、みずかいたりてこれあんず。ものひとたびし、おこなものおこなふ。これりて一切いっさいしんもっことし、吏人りじんこころざしうしなひ、百姓ひゃくせいやすきをいまいたるまで旁郡ぼうぐんもっれいす。
威嚴いげんしょうにして一邑いちゆうり、だいにして天下てんかるも、賞罰しょうばつあきらかなれば、すなわ声色せいしょくわずらはさずして威令いれいみずかおこなはる。ひといたづらにたみおさむるのかたきをりて、おさむるのもっとかたきをらず。けだたみかんとは理法りほうあたはず、誤然ごぜんとしておかすは、うべなるかなあはれむきにたり。すなわ法律ほうりつなかる、らざるにあらざるなり。小過しょうからさざれば、かなら大患たいかんり、忌憚きたんするところからん。かつく、たみおさむるはおさむるがごとし、これ撥触はっしょくすればすなわますまくらし、おさむるは歯牙しがおさむるがごとし、剔漱てきそうすればすなわますまし、と。でんいはく、あいてばまことり、あいてばまことこうし、と。これのっとりておこなはば、だんじておさがたきにいたらざらん。
この章は、属吏の統御を説く(全四条)。——下役は職務に不可欠だが、最も官に近く親しいゆえに、久しければ必ず「畏れる所無く」「不正を働く」ようになる。これが今の通弊だ。畏れさせるには自らを厳しくする(付け届けを断つ)に限り、不正を防ぐには文書をよく見る(要点を押さえる)に限る。「自らを厳しく」とは声を荒らげることではなく、贈り物を断つことだ。「文書をよく見る」とは粗探しではなく、その要点を整理することだ。天下の事はすべて文書によって動くから、心を配らなければ不正が入り込む。人の欺きには三段階あり、「欺くに忍びない(徳による)」が上、「欺くことができない(明察による)」が次、「欺くのを恐れる(威による)」がその次だ。自分の力量を測って処せ。さらに諸吏を民間に放って交際させず、下級役人には公事以外口をきかせるな、と統御を厳しく求める。「事を省け」——政の要は心を省くこと、心が省ければ事が省け、事が省ければ民が安んじ、吏の付け入る隙もなくなる、と説く。県令時代の張養浩ちょうようこう自身が、信賞必罰で実務を裁いて吏を律し百姓を安んじた体験談を添える。

宣化 第五(凡十條)

古之爲政者。身任其勞。而貽百姓以安。今之爲政者。身享其安。而貽百姓以勞。己勞則民逸。己逸則民勞。此必然之理也。憚一己之勞。而使闔境之民不靖。仁人君子其忍爾乎。昔子路問政。而聖人告以先之勞之無倦。嗚呼。此眞萬世爲政之格言也歟申舊制朝廷徳澤。牧民者。多屯而不能宣布。所謂文武之道。布在方冊。但有司渡廢而不爲申明。遂爲墜典。苟求掲而行之。則不待求他而治道備矣一 明綱常欲先教化。去其数敎倖化者。則善類興矣。近年子叛其父。妻離其夫。婦姑勃蹊。昆弟侮闘。奴不受主命。冠腰倒置者。比比皆然。凡若此者不必其来告。當風郷長恒糾其尤甚者諭衆而嚴决之。則自慢然改行矣勉学學校乃風化之本。俗吏多忽焉。不以爲務。是不知天秩民彝一切治道胥此焉出。暇則率僚友以觀講習。或生徒有未濟。廩臨有未充。祭物有未完。教養有未至。激勸有未周。皆敦篤以成之。久則絃誦之聲作。而禮義之俗可興矣勧農農之勤惰。一歳之苦樂係焉。其所當爲。有不待勸焉者。時因行治。視其轍工廢業者。知切責之。遠近聞之。必任切責之。遠近聞之。必然自励也。常見世之勧農者。先期以告。鳩酒食。俟郊原。將迎威○賂遺徴取。下及鶏豚。名爲勸奔走。絡繹無寧。蓋數日騒然也。至則胥吏童卒雑然而生。奔走。絡繹無寧。蓋數日騒然也。至則胥吏童卒雑然而生成。路遺徴取。下及鶏豚。名爲勸之。其實擾之。名爲優之。其實勞之。嗟夫勸農之道無他也。勿奪其時而已矣。繁文末節。當爲略之服遠或問遠方獵民。巣居溪洞。猛不能鬱。寛不能懷。喜則人。怒則獸。欲宣朝廷徳澤。若之何而可。余曰。物之至猥。無虎狼若也。然使之左右前後。惟吾之聴者。得乎制之之術也。夫克剛莫若柔。治繁莫如簡。且彼之所以反側不恒者。亦心有由矣。或貪其財。或喜其滅。或伴其子女。或戮其官屬。以致蟻結蜂屯。肆其酷毒。將安之而不能。誅之而非所事。茲欲翕然鼓舞而聴吾使。或爾。但嚴守已界。恬不與較。久而彼自馴伏矣。况彼兵一動。守土者非有上命。坐視而不敢前。比許追襲。則已雉兎逃而禽鳥散矣。由是而論。安静不競者爲上。恬無所求者次之。邀功生事。妄開邊釁。斯爲下矣。官於遠方者。尚監於茲一恤鰥寡鰥寡狐獨。王政所先。聖人所深憫。其聚居之所。暇則親莅之。或遺人省視。若衣糧。若藥餌。吏不時給者糾治之強或謂民有豪強則不能致治。是殆爲貪邪之吏而發也。夫豪強之所以敢横者。由牧民者。有以縦之也。何也。與之交私故也。苟絶其私不動聲色。而使其膽落。語曰。其身正。不令而行。又曰。不怒而民威於鉄鉞。信哉示勸諸民有旌表。及學行異衆者。時加存慰。爲勸必多毀淫祠毀淫祠。非燭理明。而信道篤者。不能。非行己端。而處心正者。不敢
宣化せんかいにしえまつりごとものは、ろうにんじて、百姓ひゃくせいのこすにあんもってす。いままつりごとものは、あんけて、百姓ひゃくせいのこすにろうもってす。おのろうすればすなわたみいっし、おのいっすればすなわたみろうす、必然ひつぜんなり。一己いっころうはばかりて、闔境こうきょうたみをしてやすからざらしむること、仁人じんじん君子くんししのびんや。むかし子路しろまつりごとふに、聖人せいじんぐるにこれさきんじこれろうむことかれをもってす。嗚呼ああしん万世ばんせいまつりごとすの格言かくげんなるかな。
申舊制きゅうせいをのぶ朝廷ちょうてい徳沢とくたく牧民ぼくみんものおおなやみて宣布せんぷするあたはず。所謂いはゆる文武ぶんぶみちは、きて方冊ほうさくり。有司ゆうし廃弛はいしして申明しんめいせざれば、つい墜典ついてんる。いやしくもかかげてこれおこなはんことをもとめば、すなわもとむるをたずして治道ちどうそなはらん。
明綱常こうじょうをあきらかにす教化きょうかさきにせんとほっせば、おしえしばしばしてねがものらば、すなわ善類ぜんるいこらん。近年きんねんちちそむき、つまおっとはなれ、婦姑ふこ勃蹊ぼっけいし、昆弟こんてい侮闘ぶとうし、しゅめいけず、冠履かんりさかしまもの比比ひひとしてみなしかり。およくのごとものは、かならずしもきたぐるをたず、まさ郷長きょうちょうふうしてつねもっとはなはだしきものただし、しゅうさとしてげんこれけっすべし、すなわみずか惕然てきぜんとしておこなひをあらためん。
勉學べんがく学校がっこうすなわ風化ふうかもとなり。俗吏ぞくりおおこれゆるがせにし、もっつとめとさず。天秩てんちつ民彝みんい一切いっさい治道ちどうここよりづるをらざるなり。いとまあればすなわ僚友りょうゆうひきゐてもっ講習こうしゅうあるい生徒せいといますくはざるり、廩餼りんきいまたざるり、祭物さいぶついままったからざるり、教養きょうよういまいたらざるり、激勧げきかんいまあまねからざるらば、みな敦篤とんとくにしてもっこれせ。ひさしければすなわ絃誦げんしょうこえこりて、礼義れいぎぞくこるし。
勧農かんのうのう勤惰きんだは、一歳いっさい苦楽くらくこれかかる。まさすべきところすすむるをたざるものり。とき行治こうちりて、こうおこたぎょうはいするものば、せつこれめよ。遠近えんきんこれかば、必然ひつぜんとしてみずかはげむなり。つねのうすすむるものるに、さきんじてもっげ、酒食しゅしあつめ、郊原こうげんち、むかへひきゐてもて赂遺ろい徴取ちょうしゅし、しも鶏豚けいとんおよぶ。づけてこれすすむとすも、じつこれみだす。づけてこれゆうすとすも、じつこれろうす。嗟夫ああのうすすむるのみちきなり、ときうばなかきのみ。繁文はんぶん末節まっせつは、まさためこれりゃくすべし。
服遠ふくえんあるひとふ、遠方えんぽう獠民りょうみん溪洞けいどう巣居そうきょし、たけくしてはおさむるあたはず、ゆるくしてはなつくるあたはず、よろこべばすなわひといかればすなわけものたり。朝廷ちょうてい徳沢とくたくべんとほっせば、これ若何いかんせばならん、と。いはく、ものいたってみだりなる、虎狼ころうごときはし。しかれどもこれをして左右さゆう前後ぜんごままならしむるものは、これせいするのじゅつればなり。ごうつはじゅうくはく、はんおさむるはかんくはし。かれ反側はんそくしてつねならざる所以ゆえんものり。あるいざいむさぼり、あるいこうよろこび、あるい子女しじょはづかしめ、あるい官属かんぞくりくす。もっ蟻結ぎけつ蜂屯ほうとんし、酷毒こくどくほしいままにするにいたる。まさこれやすんぜんとしてあたはず、これちゅうせんとしてこととするところあらず。ここ翕然きゅうぜんとして鼓舞こぶして使まましたがはしめんとほっするも、かたきかな。げんおのさかいまもり、やすんじてともあらそはざれば、ひさしくしてかれみずか馴伏じゅんぷくせん。いはんやかれへいひとたびうごけば、まももの上命じょうめいるにあらずんば、坐視ざししてへてすすまず、追襲ついしゅうゆるすにおよべば、すなわすで雉兎ちとのがれて禽鳥きんちょうさんずるをや。これりてろんずれば、安静あんせいにしてきそはざるものじょうし、やすんじてもとむるところものこれぐ。こうもとことしょうじ、みだりに辺釁へんきんひらくは、す。遠方えんぽうかんたるものこひねがはくはここかんがみよ。
恤鰥寡かんかをめぐむ鰥寡かんか孤独こどくは、王政おうせいさきんずるところ聖人せいじんふかあはれむところなり。聚居しゅうきょところいとまあればすなわみずかこれのぞみ、あるいひとつかはして省視せいしせよ。衣糧いりょうごとき、薬餌やくじごとき、とききゅうせざるものこれ糾治きゅうちせよ。
抑豪強ごうきょうをおさふあるひとふ、たみ豪強ごうきょうればすなわいたあたはず、と。ほとん貪邪たんじゃためにしてはっするなり。豪強ごうきょうへてよこしまなる所以ゆえんものは、牧民ぼくみんものもっこれゆるるにるなり。なんぞや、これわたくしまじふるがゆえなり。いやしくもわたくしちて声色せいしょくうごかさざれば、きもをしてちしむ。いはく、ただしければ、れいせずしておこなはる、と。いはく、いからずしてたみ鈇鉞ふえつよりもおそる、と。まことなるかな。
示勧じかん諸民しょみん旌表せいひょうおよ学行がっこうしゅうことなるものらば、とき存慰そんいくわへよ、すすめとることかならおおからん。
毀淫祠いんしをこぼつ淫祠いんしこぼつは、てらすことあきらかにしてみちしんずることあつものあらずんば、あたはず。おのれをおこなふことただしくしてこころしょすることただしきものあらずんば、へてせず。
この章は、朝廷の徳化を民に宣べ広めることを説く(全十条)。——古の為政者いせいしゃは自ら労を引き受けて民に安らぎを残し、今の為政者いせいしゃは自ら安逸を享けて民に労を残す。自分が労すれば民は逸し、自分が逸すれば民は労する、これが必然の理だ。一身の労を惜しんで境内の民すべてを不安に陥れることを、仁人君子が忍べようか。かつて子路しろが政を問うたとき、孔子こうしは「これに先立ち、これを労し、倦むことなかれ」(『論語ろんご子路しろ)と答えた——万世の格言というべきだ。以下、十条は——旧制(朝廷の善政)を申べ明らかにせよ、人倫(綱常)を明らかにせよ、学問を勧めよ(学校は教化の根本)、農を勧めよ(ただし「その時を奪うな」が要で、形式的な勧農の巡行はかえって民を煩わせる)、遠方の民を懐けよ(剛には柔、繁には簡)、身寄りなき者を憐れめ、豪強を抑えよ(豪強が横暴なのは牧民官ぼくみんかんが私交で放任するからだ)、善行を顕彰して勧めよ、みだりな祭祀を毀て——と、教化行政の全体像を示す。

慎獄 第六(凡十條)

怨人之良。孰願爲盗也。由長民者。失於教養。凍餒之極。遂至於此。要非其得己也。嘗潛體其然。使父饑母寒。妻子慍見。徴負旁午。疼疫交攻。萬死一生。朝不逮暮。於斯時也。見利而不同者。能幾何人。其或因而攘竊。不厚其情。輒置諸理。嬰笞闘木。彼固無辭。然百需叢身。執明其不獲已哉。古人謂上失其道。民散久矣。如得其情。則哀衿而勿喜。嗚呼。人能以是論囚。雖欲惨酷亦必有所不忍矣獄詰其初獄問初情人之常言也。蓋獄之初發。犯者不暇藻飾問者不暇殺錬。其情必眞而易見。威以臨之。虚心以詰之。十得七八矣。少萌姑息。則其勞將有百倍厭初者。故片言折獄。聖人惟與乎子路。其難可知矣諭在獄之囚。吏案雖成。猶當詳識也。若酷吏鍛錬而成者。雖識之囚不敢異辭焉。須盡一辟吏卒。和顔易気。開誠心以感之。或令忠厚獄卒。歇曲以其情問之。如得其寃。立爲辨白。不可徒拘関吏文也。噫姦吏舞文。何所不至哉視視屍故事承検屍之牒、則劃時而行。重人命也。其或行焉而後時。時焉而不親莅。親焉而不精詳。罪皆不輕也。其検之之式。又當偏考。筮仕者不可以不知囚糧天地之徳曰好生。聖朝體之。以有天下。諸在縲紲無家者。皆給之娘。惟縣獄不給也。意者県非待報之官府。故令略詰其然而上之州。比見爲州者。往往爲吏之所欺。吹求不受。以致疾死於脉獄。夫罪不至死。而以己私繆殺之。不仁甚矣。爲州若府者。尚深戒之巡警詰盗非難。而警盗爲難。警盗非難。而使民不爲盗尤難。蓋天下之事。先其機爲之則有餘。後其幾爲之。則艱苦而無益。夫盗之發也。恒出不虞。知者防於未然。其防之之術。則在廣耳目。嚴巡邏。戒飲博。禁游聚。或旬或月。卽命尉行境以恐懼之。夫盗猶鼠也。尉猶捕鼠之雜也。勤於出。鼠必伏而不動。親怠出則鼠必興矣。彼爲尉者。與其勞於己然。孰若警於未發之爲愈。若夫使民不爲盗。則又在於勤本以致富。勤斯富。富斯禮義生。禮義生。雖驅之使竊。亦必不肯爲之矣。故管子謂倉廩實而知禮節衣食足而知榮辱。諒哉按按視獄庭時當一至也。不惟有以安衆囚之心。亦使司獄卒吏輩。知所警畏。而無飮博喧嘩。逸而反獄者。是亦先事防之之微意也。倉庫同一哀矜亡友段伯英嘗尹鉅野。民有犯法受刑者。毎為泣下。或以為過。余聞之。私自語曰。人必有是心。然後可以語主政。且獨不聞古人亦有禁人於獄。而不審寝者乎。要皆良心之所發。非過也非縦囚古人縦囚省親。如期還獄者甚多。要不可以爲法也。夫法者天子之所有。而民或犯之。是犯天子之法也。而彼乃與期而縱之。是不幾於弄天子之法。以掠美市恩於下者乎。然出於朝廷則可。出於一己之私則不可民民教民不至。則犯禁者多。養虫無術。則病饑者衆。爲守與牧。而使其至此。獨歸咎於民。難矣哉
慎獄しんごくひとりょううらむ、たれとうすをねがはんや。たみちょうたるもの教養きょうよううしなひ、凍餒とうたいきはまりて、ついこれいたるにる。ようするにむをるにあらざるなり。かつひそかにしかるをたいするに、ちちははこごえしめ、妻子さいし慍見うんけんし、徴負ちょうふ旁午ぼうごし、疹疫しんえきこもごもめ、万死ばんし一生いっしょうあしたくれおよばず。ときいてや、かへらざるもの幾何いくばくひとぞ。あるいりて攘竊じょうせつするも、じょうあつくせず、すなはこれき、笞菙ちすいけしむ。かれもとよりきも、しかれども百需ひゃくじゅむらがる、たれむをざるをあきらかにせんや。古人こじんふ、かみみちうしなへば、たみさんずることひさし、じょうば、すなわ哀矜あいきょうしてよろこなかれ、と。嗚呼ああひとこれもっしゅうろんぜば、惨酷さんこくならんとほっすといえども、かならしのびざるところらん。
獄詰其初ごくはそのはじめをなじるごく初情しょじょうふとは、ひと常言じょうげんなり。けだごくはじめてはっするや、犯者はんしゃ藻飾そうしょくするにいとまあらず、問者もんしゃ鍛錬たんれんするにいとまあらず、じょうかならしんにしてあらはれやすし。もっこれのぞみ、こころむなしくしてもっこれなじれば、じゅう七八しちはちん。すこしく姑息こそくきざせば、すなわろうまさはじめに百倍ひゃくばいするものらんとす。ゆえ片言へんげんごくさだむるは、聖人せいじん子路しろゆるす、かたし。
さとごくるのしゅうさとす、吏案りあんるといえども、まさつまびらかにけんすべし。酷吏こくり鍛錬たんれんしてものごときは、これけんすといえどしゅうへてことにせず。すべからく吏卒りそつしりぞつくし、かんばせやわらげやすくし、誠心せいしんひらきてもっこれかんぜしむべし。あるい忠厚ちゅうこう獄卒ごくそつをして、委曲いきょくじょうもっこれはしめ、えんば、たちどころにため弁白べんぱくせよ、いたづらに吏文りぶんかかへてかかはるからざるなり。ああ姦吏かんりぶんもてあそぶ、なんいたらざるところかあらん。
視屍しししをみる故事こじしかばねけんするのちょうくれば、すなわときかぎりてく、人命じんめいおもんずればなり。あるいきてときおくれ、ときにしてみずかのぞまず、みずからして精詳せいしょうならざれば、つみみなかろからざるなり。これけんするのしきまさあまねかんがふべし。つかふるものもっらざるからず。
囚糧しゅうりょう天地てんちとく好生こうせいふ。聖朝せいちょうこれたいして、もっ天下てんかたもつ。もろもろ縲紲るいせつりていえものは、みなこれりょうきゅうす。県獄けんごくのみきゅうせざるなり。おもふにけんほうつの官府かんぷあらず、ゆえしかるをなじりてこれしゅうのぼらしむ。このごろるにしゅうもの往往おうおうにしてあざむところり、吹求すいきゅうしてけず、もっ狴獄へいごく疾死しつしするにいたる。つみいたらざるに、おのれのわたくしもっあやまりてこれころすは、不仁ふじんはなはだし。しゅうしくはものこひねがはくはふかこれいましめよ。
巡警じゅんけいとうなじるはかたきにあらず、しかしてとういましむるはかたしとす。とういましむるはかたきにあらず、しかしてたみをしてとうさざらしむるはもっとかたし。けだ天下てんかことさきんじてこれせばすなわあまり、おくれてこれせば、すなわ艱苦かんくにしてえきし。とうはっするや、つね不虞ふぐづ。知者ちしゃ未然みぜんふせぐ。これふせぐのじゅつは、すなわ耳目じもくひろくし、巡邏じゅんらげんにし、飲博いんぱくいましめ、游聚ゆうしゅうきんずるにり。あるいじゅんあるいつきに、すなわめいじてさかいめぐらしめもっこれ恐懼きょうくせしむ。とうねずみのごときなり、ねずみとらふるのねこのごときなり。づるにつとめば、ねずみかならふくしてうごかず、づるにおこたればすなわねずみかならこらん。もの已然いぜんろうするよりは、たれ未発みはついましむるのまされるにかん。たみをしてとうさざらしむるがごときは、すなわもとつとめてもっとみいたすにり。つとむればここみ、めばここ礼義れいぎしょうじ、礼義れいぎしょうずれば、これりてぬすましむといえども、かならあへこれさざらん。ゆえ管子かんしふ、倉廩そうりんちて礼節れいせつり、衣食いしょくりて栄辱えいじょくる、と。まことなるかな。
按視あんし獄庭ごくていときまさひとたびいたるべきなり。もっ衆囚しゅうしゅうこころやすんずるるのみならず、司獄しごく卒吏そつりやからをして、警畏けいいするところりて、飲博いんぱく喧嘩けんかし、いっしてごくそむものからしむ。ことさきんじてこれふせぐの微意びいなり。倉庫そうこおなじ。
哀矜あいきょう亡友ぼうゆう段伯英だんはくえいかつ鉅野きょやいんたり。たみほうおかしてけいくるものれば、つねため泣下きゅうかす。あるひともっあやまちとす。これき、ひそかにみずかかたりていはく、ひとかならこころりて、しかのちもっまつりごとつかさどるをかたし。ひとかずや、古人こじんひとごくきんじて、ぬるにしのびざるものるを、と。ようするにみな良心りょうしんはっするところにして、あやまちにあらざるなり。
非縦囚しゅうをゆるすにあらず古人こじんしゅうゆるしておやせいせしめ、ごとごくかえものはなはおおし。ようするにもっほうからざるなり。ほう天子てんしたもところにして、たみあるいこれおかすは、天子てんしほうおかすなり。しかしてかれすなわあたへてこれゆるす、天子てんしほうもてあそび、もっかすおんしもものちかからずや。しかれども朝廷ちょうていよりづればすなわなり、一己いっこわたくしよりづればすなわ不可ふかなり。
教民きょうみんたみおしふることいたらざれば、すなわきんおかものおおし。たみやしなふにじゅつければ、すなわやまいものおおし。しゅぼくりて、れをしてこれいたらしめ、ひととがたみするは、かたきかな。
この章は、刑獄を慎むことを説く、牧民忠告ぼくみんちゅうこく巻下の巻頭である(全十条)。——善良な人の誰が盗人になりたいと願おう。民が盗みに走るのは、治める者が教え養うことを怠り、飢え凍えが極まった末の、やむを得ぬ結果だ。かつて身をもって想像してみた——父は飢え母は寒がり、妻子は不満げで、借金取りが押し寄せ、疫病が襲い、朝から晩まで生きるや死ぬやの瀬戸際。このとき利を見て動かぬ者が何人いるか。そんな折に盗みを働いた者を、事情を汲まず即座に法にかけて杖打つのは、当人に言い分がないとはいえ、まことにやむを得ぬ末のことではないか。古人は「上が道を失えば民が離れて久しい、真相を得たら憐れんで喜ぶな」(『論語ろんご』子張)と言った。ああ、この心で囚人を裁けば、たとえ酷く罰しようとしても、必ず忍びない気持ちが起こる。以下、十条は——獄はその初発の供述を詰めよ(拷問による作文を戒める)、囚人を諭せ、屍を検せよ、囚人に糧を給せよ、巡警(盗の予防は耳目を広くし巡邏を厳にする、盗を鼠に尉を猫に喩える)、獄庭を巡視せよ、囚人を憐れめ、囚人を私情でゆるすな——と、刑事司法の仁と慎重を貫く。風憲忠告ふうけんちゅうこく「審録」と対をなす。

救荒 第七(凡九條)

捕蝗故事蝗生境内。必馳聞於上。少淹頃刻。所坐不輕。然長民者亦須相其小大多寡爲害輕重。若遽然以聞。泣其上者。群集族赴。供張徴索。一境騒然。其害反甚於蝗者。其或勢微種穉。則當亟率衆力以圖之。不必因細虞以来大難於民也。故凡居官。必先敢於負荷。而後可以有為多方救賑天所界人富與貴者。非欲其自裕。蓋將使推所有以濟人之不及也。飢者食之。寒者衣之。斯不負天界之富矣。直者擧之。枉者錯之。斯不負天界之貴矣。然富貴而能若是者。其恵在人。而善則在己。名為恵人。實自恵也。故古之有民社者。或不幸而値凶荒天札之變。視其輕重。必有術以處之。或私帑之分。或公虞之發。或託之工役。或假以山澤。或已負溺征。募糴勸糶。或聴民收其遺稚。或命醫療其疹疾。凡可以拯其生者。靡微一至。蓋古人視民如子。天下未有子在難。而父母坐視不救之理也。嗚呼。凡牧民者其以古之人爲法。庶無彼我之間哉預備災異之生。常出於人之所不意。誠素有其備。雖甚災不足爲憂也。今州郡多無委積。雖有之。而在上者封鋼甚嚴。不測有虞。茫無所措手。此厥今牧民者之通患也然今所謂祇應之錢者。山州僻縣未嘗有之。而使客往還。率無楊腹而過者。意必有以規畫也。至於備荒之儲。獨未有及焉者。豈以治平之時。何遽有此。所以因仍歳月幸満而去。不復爲民遠慮耶。嘗聞近代爲縣者。教民種蔓袴。搗其根以爲餅。大者三四斤。乾而儲之。後値凶年。蒸以食飢民。味甘且美。頼以全活者甚衆。夫古人慮民之周也如此。其肯苟且幸代。而不爲民預備哉均賦故事民之税賦。三年則第其貧富而均平之。或好名。未及而先爲。或避謗。諭期而不爲。皆非也。如斯行之。民受賜不浅矣祈祷凡有祈祷。不必勞衆。齋居三日。以思已愆。民有寃歟。己有職歟。政事有未善歟。報國之心。有未誠歟。無則如儀行事。有則必俟追放而後祷焉。夫動天地。感鬼神。非一至誠不可。纎毫之悪未除。則彼此逸然矣不可奴妾流民甞見一顯官。於凶年市所部民子女。殆數十餘人。美且壮者。皆奴妾之。餘將賂賂時要。以希恩寵也僕聞而顰蹙曰。使其困憊。吾治己得罪矣。又不能救。而反奴妾之。不大獲罪於法耶。故感而書之。以戒後来者焚救民或失火。則伐鼓集衆。親液以救之。惻隠之心。人所共有。誠能鼓舞以作其氣。雖仇人亦將焦頭爛額。而相趨患難矣尚徳反風滅火。虎渡河。蝗不入境。金鏡之水囘流。此在長民者之徳何如耳。殆不可皆謂之偶然一上災異災異事之則不可不聞。祥瑞雖不上可也
捕蝗ほこう故事こじいなご境内きょうないしょうずれば、かならせてかみぶんす。すこしく頃刻けいこくとどむれば、するところかろからず。しかれどもたみちょうたるものすべからく小大しょうだい多寡たかがいすの軽重けいちょうるべし。遽然きょぜんとしてもっぶんし、かみむかふるもの群集ぐんしゅう族赴ぞくふし、供張きょうちょう徴索ちょうさくして、一境いっきょう騒然そうぜんたれば、がいかへりていなごよりもはなはだしからん。あるいいきほいにしてたねをさなければ、すなわまさすみやかに衆力しゅうりょくひきゐてもっこれはかるべし。かならずしも細虞さいぐりてもっ大擾たいじょうたみきたからざるなり。ゆえおよかんるは、かなら負荷ふかあへにして、しかのちもっし。
多方救賑たほうにきゅうしんすてんひとあたふるとみとうときとは、みずかゆたかならんことをほっするにあらず、けだまさたもところしてもっひとおよばざるをすくはしめんとするなり。うるものこれくらはせ、こごゆるものこれせば、ここてんあたふるのとみそむかず。なおものこれげ、がれるものこれけば、ここてんあたふるのとうときにそむかず。しかれども富貴ふうきにしてくのごとものは、めぐみひとりて、ぜんすなわおのれにり。ひとめぐむとすも、じつみずかめぐむなり。ゆえいにしえ民社みんしゃたもものあるい不幸ふこうにして凶荒きょうこう天札てんさつへんへば、軽重けいちょうて、かならじゅつりてもっこれしょす。あるい私帑しどぶんあるい公廩こうりんはつあるいこれ工役こうえきたくし、あるいもっ山沢さんたくし、あるいすでへる逋征ほせいを、かひよねつのうりよねすすめ、あるいたみ遺稚いちおさむるをゆるし、あるいめいじて疹疾しんしつりょうせしむ。およもっせいすくものは、周至しゅうしせざるし。けだ古人こじんたみることごとし。天下てんかいまなんりて、父母ふぼ坐視ざししてすくはざるのらざるなり。嗚呼ああおよ牧民ぼくみんものいにしえひともっほうさば、こひねがはくは彼我ひがへだてからん。
預備よび災異さいいしょうずるは、つねひとおもはざるところづ。まこともとよりそならば、甚災じんさいいえどうれへとすにらざるなり。いま州郡しゅうぐんおお委積いしし。これりといえども、かみもの封鑰ふうやくはなはげんにして、はかられざるうれれば、ぼうとしてところし、いま牧民ぼくみんもの通患つうかんなり。しかるにいま所謂いはゆる祗応しおうぜになるもの山州さんしゅう僻県へきけんいまかつこれらず。しかして使客しかく往還おうかんおおむ枵腹こうふくにしてぐるものきは、おもふにかならもっ規画きかくするればなり。備荒びこうたくはへにいたりては、ひといまこれおよものらず。治平ちへいときもって、なんにはかこれらんとして、因仍いんじょうして歳月さいげつさいわひにちてるを所以ゆえとし、たみため遠慮えんりょせざるか。かつく、近代きんだいけんものたみ蔓菁まんせいゑしめ、きてもっもちし、おおなるもの三四斤さんしきんかわかしてこれたくはへ、のち凶年きょうねんへば、してもっ飢民きみんくらはせ、あじあまにして、たよりてもっ全活ぜんかつするものはなはおおし、と。古人こじんたみおもんぱかることのあまねきことくのごとし。あへ苟且こうしょだいさいわひて、たみため預備よびせざらんや。
均賦きんぷ故事こじたみ税賦ぜいふは、三年さんねんなればすなわ貧富ひんぷついでてこれ均平きんぺいにす。あるいこのみて、いまおよばざるにさきんじてし、あるいそしりをけて、えてさざるは、みななり。ごとこれおこなはば、たみくることあさからず。
祈祷きとうおよ祈祷きとうらば、かならずしもしゅうろうせず。斎居さいきょすること三日みっかもっおのれのあやまちおもへ。たみえんるか、おのれにおこたりるか、政事せいじいまからざるるか、くにむくゆるのこころいままことならざるるか、と。くんばすなわごとことおこなひ、らばすなわかなら追改ついかいちてしかのちいのれ。天地てんちうごかし、鬼神きしんかんぜしむるは、いち至誠しせいあらずんば不可ふかなり。纎毫せんごうあくいまのぞかざれば、すなわ彼此ひし邈然ばくぜんたり。
不可奴妾流民りゅうみんをどしょうとすべからずかついち顕官けんかんるに、凶年きょうねんするところたみ子女しじょふこと、ほとん数十余すうじゅうよにんにしてそうなるものは、みなこれ奴妾どしょうとし、まさ時要じようまいなひ、もっ恩寵おんちょうねがはんとす。ぼくきて顰蹙ひんしゅくしていはく、れをして困憊こんぱいせしむるは、すでつみたり。すくあたはずして、かへりてこれ奴妾どしょうとするは、おおいにつみほうざらんや、と。ゆえかんじてこれしょし、もっ後来こうらいものいましむ。
焚救ふんきゅうたみあるいしっすれば、すなわちてしゅうあつめ、みずかのぞみてもっこれすくへ。惻隠そくいんこころは、ひとともところなり。まこと鼓舞こぶしてもっこさば、仇人きゅうじんいえどまさこうべがしひたいただらして、患難かんなんはしらんとす。
尚徳しょうとくかぜかへしてめっし、とらかわわたり、いなごさかいらず、金鏡きんきょうみず回流かいりゅうす。たみちょうたるものとく何如いかんるのみ。ほとんみなこれ偶然ぐうぜんからず。
上災異さいいをたてまつる災異さいいこととしてこれぶんせざるからず。祥瑞しょうずいたてまつらずといえどなり。
この章は、飢饉・災害への対応を説く、実践的な危機管理論である(全九条)。——蝗(いなご)が境内に生じたら必ず上に報告せよ、ただし長官はその大小・被害の軽重を見きわめよ。些細なことで大騒ぎして上役の一行を迎え供応すれば、かえって蝗より害が大きい。だから官たる者はまず責任を引き受けてこそ事を成せる。多方面から救済せよ——天が富と貴を与えたのは自分を裕かにするためでなく、余りある所を推して人の不足を救わせるためだ。飢えた者に食を、寒がる者に衣を。私財の分与、公倉の放出、工役への就労、山沢の開放、負債の免除、米の融通、遺児の収養、疾病の治療——古人は民を子と見て、子が難にあるのに父母が坐視する道理はないとした。さらに平時の備蓄を説き、近代のある県令が民に蕪を植えさせ乾して備え、凶年に多くの命を救った故事を引く。税の公平、祈祷(まず三日斎戒して己の過ちを省みよ)、そして「凶年に民の子女を買って奴妾とすること」を——そうした顕官を挙げて——厳しく戒めるなど、飢饉行政の要諦を尽くす。

事長 第八(凡五條)

各守涯分尊卑之分定。則家無逆子。國無叛臣。夫國之所以亡。家之所以敗。皆由卑不有尊。而尊不能制卑之所致也。考諸歴代。厥監甚明。今夫上而朝廷。下而郡邑。其設官也。有長焉有貮焉。有眷屬焉。有胥吏焉。各安其分。而事其事。天下安有不治者哉。惟其小智自私。乖同寅之義。無協恭之誠。衷既不和。則所見必有不同者。或長官不知待佐貳之禮也。或佐貳閲於事長官之道也。少見辭色。則彼此胥失矣。若夫事例應爾。而所見或不同。居下者當誠其意。婉其辭。卑其容體。以開其上。若猶未允。則俟其退而語之家。人非木石。無不囘之理。其或居下者。有所不可。爲長者亦當如是曉之也。稍有所挾。難面強従退而必有不堪者。日引月深。終於於浅露。人見其乖件也。讒譜之言。乘レ之而入。入則訟必興。而政事隱矣。爲一時之忿。僚之心離。闔境之民不得治。則其人之編浅可知矣。古人有言。必有忍乃其有濟。又曰。欲成大事。必須少忍。又曰。忍爲衆妙之門。旨哉寧人負我。無我負人。此待己之道也。天下之善。不必己出。此待人之道也。能行斯二者。於道其庶幾乎處患難凡在官者。當知榮與辱相倚伏。得與失相勝負。成與敗相循環。古今未有榮而無辱。得而無失。成而無敗之理也。雖天地之運。陰陽之化。物理人事。莫不皆然。處之不以道。則織毫之寵必揺。而一唾之辱必挫矣。故君子於外物輕重。皆所不恤。顧其在我者何如爾。使其有可辱。雖不加譴。而君子恒以爲不足。使其無可辱。雖置之死地。而君子恒以爲有餘。歴觀自昔。大聖大賢。不幸横罹禍患。恬然不易其素者。灼乎此而已矣。苟惟能處榮。而不能處辱。惟能安順境。而逆境則不能一朝居。欲望其臨政有餘爲難矣。嗚呼。善觀人者。其於此焉察之分分謗是非毀譽。自古爲政所不能無者。是則歸人。非則。歸己聞譽則歸人。聞毀則歸己。無長無貮。處之皆當如是也。前輩云思欲己出。怨將誰歸。嗚呼。此眞博大君子之言也一以禮下人夫能下人者。其志必高。其所至必遠。昔某郡有新守。編驚大不禮其下。常令掾屬屬羅拜於庭下。有一賢掾。初以疾在告。疾愈當庭參。是日偶大雨。守命張傘布茅於庭下。使椽拜焉。掾恬然不動容。興伏惟謹。識者知其他日必爲宰相也。後果然不可以律己之律律人同官有過。不至害政。宜爲包容。大抵律己當嚴。待人當恕。必欲人人同己。天下必無是理也
各守涯分おのおのがいぶんをまもる尊卑そんぴぶんさだまれば、すなわいえ逆子ぎゃくしく、くに叛臣はんしんし。くにほろぶる所以ゆえんいえやぶるる所以ゆえんは、みなそんたもたず、しかしてそんせいするあたはざるのいたところるなり。これ歴代れきだいかんがふるに、かんがはなはあきらかなり。いまかみ朝廷ちょうていしも郡邑ぐんゆうかんもうくるや、ちょうり、り、眷属けんぞくり、胥吏しょりり。おのおのぶんやすんじて、ことこととせば、天下てんかいづくんぞおさまらざるものらんや。小智しょうちもてみずかわたくしし、同寅どういんそむき、協恭きょうきょうまことく、うちすでせざれば、すなわところかならおなじからざるものり。あるい長官ちょうかん佐貳さじたいするのれいらず、あるい佐貳さじ長官ちょうかんつかふるのみちくらし。やや辞色じしょくあらはせば、すなわ彼此ひししっす。事例じれいまさしかるべくして、ところあるいおなじからざるがごときは、しもものまさまことにし、えんにし、容体ようたいひくくして、もっかみひらくべし。いまゆるされずんば、すなわ退しりぞくをちてこれかたらん。家人かじん木石ぼくせきあらず、かへらざるのし。あるいしももの不可ふかなるところらば、ちょうものまさくのごとこれさとすべきなり。ややさしはさところりて、おもてなじひてしたがはしむれば、退しりぞきてかならへざるものり、つきふかくして、つい浅露せんろいてし、ひと乖忤かいごる。讒譖ざんしんげんこれじょうじてり、ればすなわしょうかならこりて、政事せいじこぼる。一時いちじ忿いかりのために、僚寀りょうさいこころはなれ、闔境こうきょうたみおさまるをずんば、すなわひと褊浅へんせんなるし。古人こじんげんり、かならしのぶことりてすなわり、と。いはく、大事だいじさんとほっせば、かならすべからくしばらしのぶべし、と。いはく、にん衆妙しゅうみょうもんり、と。むねなるかな。むしひとわれそむくとも、われひとそむなかれ、おのれをたいするのみちなり。天下てんかぜんかならずしもおのれよりでず、ひとたいするのみちなり。二者にしゃおこなはば、みちいて庶幾ちかからんか。
處患難かんなんにしょすおよかんものまさえいじょく倚伏いふくし、とくしつ勝負しょうぶし、せいはい循環じゅんかんするをるべし。古今ここんいまえいにしてじょくく、しつく、りてはいきのらざるなり。天地てんちうん陰陽いんよういえども、物理ぶつり人事じんじみなしからざるし。これしょするにみちもってせざれば、すなわ織毫しょくごうちょうかなられて、一唾いつだじょくかならくじく。ゆえ君子くんし外物がいぶつ軽重けいちょういて、みなうれへざるところわれもの何如いかんなるかをしかりとす。はづらしめば、めをくわへずといえども、君子くんしつねもっらずとす。はづからしめば、これ死地しちくといえども、君子くんしつねもっあまりとす。あまねむかしよりをるに、大聖たいせい大賢たいけんの、不幸ふこうにしてよこしま禍患かかんかかり、恬然てんぜんとしてもとへざるものは、これあきらかなるのみ。いやしくもえいしょして、じょくしょするあたはず、順境じゅんきょうやすんじて、逆境ぎゃっきょうにはすなわ一朝いっちょうあたはずんば、まつりごとのぞみてあまらんことをのぞむことかたきかな。嗚呼ああひとものこれいてこれさっせよ。
分謗ぶんぼう是非ぜひ毀誉きよは、いにしえよりまつりごとすにあたはざるところものなり。すなわひとし、すなわおのれにす。ほまれかばすなわひとし、そしりをかばすなわおのれにす。ちょうく、これしょすることみなまさくのごとくなるべきなり。前輩せんぱいふ、おんおのれよりでんことをほっすれば、うらみはまさたれにかせんとす、と。嗚呼ああしん博大はくだい君子くんしげんなり。
以禮下人れいをもってひとにくだるひとくだものは、こころざしかならたかく、いたところかならとおし。むかし某郡ぼうぐん新守しんしゅり、褊愎へんぷくにしておおいにしもれいせず、つね掾属えんぞくをして庭下ていか羅拝らはいせしむ。いち賢掾けんえんり、はじやまいもっこくり、やまいえてまさ庭参ていさんすべし。たまたま大雨おおあめあり、しゅかさちがや庭下ていかくをめいじ、えんをしてこれはいせしむ。えん恬然てんぜんとしてかたちうごかさず、興伏こうふくつつしめり。識者しきしゃ他日たじつかなら宰相さいしょうるをるなり。のちはたしてしかり。
不可以律己之律律人おのれをりっするのりつをもってひとをりっすべからず同官どうかんあやまりて、まつりごとがいするにいたらざれば、よろしくため包容ほうようすべし。大抵たいていおのれをりっするはまさげんなるべく、ひとたいするはまさじょなるべし。かなら人人ひとびとおのれにおなじからんことをほっするは、天下てんかかならきなり。
この章は、上役(長官)に仕える道を説く(全五条)。——各々が分限を守れ。尊卑の分が定まれば、家に逆らう子なく、国に叛く臣がない。国が亡び家が敗れるのは、下が上を敬わず、上が下を制せないからだ。朝廷から郡邑まで、長官・次官・眷属・胥吏、それぞれが分に安んじて務めを果たせば、治まらぬ天下はない。もし見解が食い違えば、下位の者は「意を誠にし、言葉を和らげ、態度を低くして」上に開陳せよ、それでも容れられなければ退いてひそかに語れ——「人は木石ではない、心が動かぬ道理はない」。「必ず忍んでこそ事は成る」(『書経しょきょう』)を引き、一時の怒りで同僚の心が離れれば一境の民が治まらぬ、と忍耐を説く。「人が我に背いても、我は人に背くな」——己に対する道と人に対する道を対で示す。さらに、誉れは人に帰し、そしりは己に帰せ(分謗)。大雨のなか、傘を差し茅を敷いて属吏を庭に拝ませた新任長官に、平然と応じた賢い属吏の逸話を引き、人にへりくだれる者は志高く遠くに至る、と説く。

受代 第九(凡六條)

郊迎新代聞代者來則避所居而郊迎之。不可以其代己也。而疾之。而薄之。而不以舊政告之也。大抵天下之善。在彼猶在此。勸人爲善。即己之爲善也。誰可惟許己爲善。而不願他人為善哉克終為政者不難於始。而難於克終也。初焉則鋭。中焉則緩。末焉則廢者。人之情也。慎終如始。故君子稱焉競不嘗見世之交代者。多有所爭。要皆舊官不廣之所致。或據其居而不徙。或専其田而不分。或匿其公物。不盡以相授。使新者懐不平而無所訴。甚非士君子善後之道也。夫利之與義。勢不並處。義親則利疏。利近則義遠。况爲民師帥。而専務於利。其聚怨納侮。視市井小人不若也。故君子之從政也。寧公而貧。不私而富。寧讓而損己。不競而損人不可自断代之未至也。風民立石以頌徳。結綺門以祖行。鳩錢帛以佐路費。建生祠以圖不朽之名。皆非士君子之事也。蓋爲善不求人知者爲上。知不而自有其善者次之。呶呶焉。自媒自鬻。惟崇虚譽者。風斯在下矣告以舊政近代東原県曼慶。為某所憲長。既代。諄諄告上者曰。某事有少許未完。某獄已具而未決。某案有如是可疑。某人有許能而可用。一部之政。毫分縷析。惟恐其不知。知之惟恐其不盡。嗚呼今之仕者。方其在職。尚不肯用心。况已代去。而敢責其如是哉完歸其在政也。民被徳澤。訟滑盗息。豪強消沮。同僚悦服。則去之之日。雖弊車贏馬。行桑蕭然。其樂有不翅萬金獲而千馴受者。前輩由外官而至執政者。論濟人之功。皆自以爲不及爲縣遠甚。嗚呼。有志及物者。其勿薄州縣而不屑爲也
郊迎新代しんだいをこうげいすかわものきたるをかば、すなわところけてこれ郊迎こうげいせよ。おのれにかわるをもっこれにくみ、これうすくし、旧政きゅうせいもっこれげざるからざるなり。大抵たいてい天下てんかぜんは、かれるもこれるがごとし。ひとぜんすをすすむるは、すなわおのれのぜんすなり。たれおのれのぜんすをゆるして、他人たにんぜんすをねがはざるけんや。
克終よくおわるまつりごとものはじめにかたからずして、おわるにかたきなり。はじめはすなわするどく、なかばはすなわゆるく、すゑすなわはいするは、ひとじょうなり。おわりをつつしむことはじめのごとくせよ、ゆえ君子くんしこれしょうす。
きそひかつ交代こうたいするものるに、おおあらそところり。ようするにみな旧官きゅうかんひろからざるのいたところなり。あるいきょりてうつらず、あるいもっぱらにしてかたず、あるい公物こうぶつかくして、ことごとくはもっさづけず、あらたなるものをして不平ふへいいだきてうったふるところからしむ。はなは士君子しくんしのちくするのみちあらざるなり。と、いきほいなららず。したしければすなわうとく、ちかければすなわとおし。いはんやたみ師帥しすいりて、もっぱつとむれば、うらみをあつあなどりをるること、市井しせい小人しょうじんるにかざるをや。ゆえ君子くんしまつりごとしたがふや、むしおおやけにしてひんなるとも、わたくしにしてまず、むしゆずりておのれをそこなふとも、きそひてひとそこなはず。
不可自断みずからたつべからずだいいまいたらざるや、たみふうしていしててもっとくしょうし、綺門きもんむすびてもっこうし、銭帛せんぱくあつめてもっ路費ろひたすけ、生祠せいしててもっ不朽ふきゅうはかる、みな士君子しくんしことあらざるなり。けだぜんしてひとるをもとめざるものじょうし、られんことをもとめてみずかぜんたもものこれぐ。呶呶どうどうえんとして、みずかなかだちみずかひさぎ、虚誉きょよたっとものは、しもり。
告以舊政きゅうせいをもってつぐ近代きんだい東原とうげん県尹けんいん段曼慶だんまんけいぼう憲長けんちょうり。すでかわるや、諄諄じゅんじゅんとしてかわものげていはく、某事ぼうじ少許しょうきょいままったからざるり、某獄ぼうごくすでそなはりていまけっせず、某案ぼうあんくのごとうたがり、某人ぼうじんそれのうりてもちし、と。一部いちぶまつりごと毫分ごうぶん縷析るせきらざるをおそれ、これらばつくさざるをおそる。嗚呼ああいまつかふるものしょくるにあたりて、あへこころもちゐず。いはんやすでかわりて、へてくのごときをめんや。
完歸かんきまつりごとるや、たみ徳沢とくたくこうむり、しょうきよとうみ、豪強ごうきょう消沮しょうそし、同僚どうりょう悦服えっぷくせば、すなわこれるの弊車へいしゃ羸馬るいば行李こうり蕭然しょうぜんたりといえども、たのしみだに万金まんきん千駟せんしくるもののみならざるり。前輩せんぱい外官がいかんより執政しっせいいたものひとすくふのこうろんずるに、みなみずかもっけんるにおよばざることとおしとはなはだしとす。嗚呼ああこころざしものおよもの州県しゅうけんうすしとしてすをいさぎよしとせざるなかれ。
この章は、後任者への引き継ぎ(交代)の作法を説く(全六条)。——後任が来ると聞けば、居所を避けて郊外まで出迎えよ。自分に代わる者だからと憎んだり軽んじたり、旧政を告げなかったりするな。天下の善は、後任にあっても自分にあっても同じ善で、人に善を勧めるのは己が善を為すことだ。「終わりを全うせよ」——政は始めより終わりが難しい。初めは鋭く、中ほどは緩み、末には廃するのが人情だから、「終わりを慎むこと始めの如く」あれ。交代でしばしば争いが起こるのは、旧官が心広からぬからで、居所を占めて去らず、田を独占して分たず、公物を隠す——義と利は両立せず、民の師たる者が利にばかり務めれば、市井の小人にも劣る。「旧政を伝えよ」——ある県令が交代時、未完の事・未決の獄・疑わしい案・有能な人物まで、細大漏らさず後任に伝え、知らせぬことを恐れた美談を引く。「まっとうして帰れ」——在任中に民が恩恵を被り訴訟や盗みが息み、去る日に粗末な車馬・わずかな荷であっても、その楽しみは万金にも勝る、と結ぶ。

居閑 第十(凡五條)

軽去就士之仕也。有其任斯有其責。有其責斯有其憂。任一縣之責者。則憂一縣。任一州之責者。則憂一州。任一路之責天下之責者。則一路與天下爲憂也。蓋任重則責重。責重則憂深。古之人所以三揖而進。一揖而退者。有以也。雖堯舜禹湯文武之為君。皐慶穏契併傳周召之爲臣。固未嘗不憂其責。而以位爲樂也。彼以位爲樂者。苟其位者也。嗚呼。大聖大賢。宜不難於其所任。猶且不自暇逸如此。吾才遠不逮聖賢。顧可樂其位而重中其去也哉致政古人以休官致政爲釋重負而脱覊囚。竊嘗思之。誠有是理。方其仕也。嚴出入而慎起居。一噸一笑。亦不敢以輕假人。蓋一身而爲衆師表。少踰規矩。誘議四間。譬之特行於高屋之上自頂至踵。在下者無不見之也。一朝代至。完身而去。記止如釋重負。脱属囚而已哉。嘗見仕而休居者。往往不喜。或命子姪。或託朋友。市奸構訟。靡政不及。小有所違。則曰去官同見任。使新上者法格令弛。拒納難容。而撓沮排觚。爲状百端。細民無知。亦從而靡。設使己政之初人以是薦擾。當若何。推心體之。必自知其可悪矣進退皆有為進則安居以行其志。退則安居以脩其所未能。則是進亦有為。退亦有為也。近世士大夫。惟狃於進。退則悋然無所獣爲。甚而茹愧懐慙。蹙縮不敢一出戸。夫軒見古人以爲隣來之物也。其有也何所加。其無也何所損。不思良貴在我。惟假於物以爲重輕焉。則其人品之卑下。不待論而可知矣以義處處世俗以窮遂進退皆本天命。謂命之窮者。雖竭蹶求進而亦窮。命之達者。雖遠逝深藏而亦不能退。此星翁術士之常談。非君子所尚也。君子則以義處命。而不以命害義。可以進則進。可以退則退。吾不謂命也。樂則行之。憂則違之。吾豈謂命哉。彼論胥富貴利達之境。而不能出者。則往往往往託命以自誣。宜乎接武禍。而卒不能悟。悲夫求進於己士當求進於己。而不可求進於人也。所謂求進於己者。道業學術之精是巳。所謂求進於人者。富貴利達之榮是已。蓋富貴利達在天而不可求。道業學術在我而不可不求也。況古之人。不以富貴利達爲心也。其所以從仕者。宜假此此以行道也。道不行富貴利達者。古人以爲恥。而不以爲榮。嗚呼。非誠有致君澤民之心者。其執能與於此風節名節之於人。不金幣而富。不軒見而貴。士無名節。猶女不貞。則何暴不從。何美不附。雖有他美。亦不足贖也。故前輩謂爵祿易得。名節難保。爵祿或失。有時而再來。名節一虧。終身不復矣。嗚呼士而居閑者。能以此言銘其心。庶不易所守而趨勢要哉
軽去就きょしゅうをかろんずつかふるや、にんればここせきり、せきればここうれり。一県いっけんせきにんずるものは、すなわ一県いっけんうれへ、一州いっしゅうせきにんずるものは、すなわ一州いっしゅううれへ、一路いちろ天下てんかせきにんずるものは、すなわ一路いちろ天下てんかとをうれへとすなり。けだにんおもければすなわせきおもく、せきおもければすなわうれふかし。いにしえひと三揖さんゆうしてすすみ、一辞いちじして退しりぞ所以ゆえんものは、ゆゑるなり。堯舜ぎょうしゅん禹湯うとう文武ぶんぶきみり、皐夔こうき稷契しょくせつ伊傅いふ周召しゅうしょうしんるといえども、もとよりいまかつせきうれへずして、くらいもっらくさざるなり。くらいもっらくものは、かりそめにくらいするものなり。嗚呼ああ大聖たいせい大賢たいけんは、よろしくにんずるところかたからざるべきに、みずか暇逸かいつせざることくのごとし。さいとお聖賢せいけんおよばず、かへりてくらいたのしみてるをおもんずけんや。
致政ちせい古人こじんかんやすまつりごといたすをもって、重負じゅうふきて羈囚きしゅうだっするがためす。ひそかにかつこれおもふに、まことり。つかふるにあたりてや、出入しゅつにゅうげんにして起居ききょつつしみ、一嚬いっぴん一笑いっしょうも、へてもっかろがろしくひとさず。けだ一身いっしんにしてしゅう師表しひょうれば、すこしく規矩きくゆれば、誚議しょうぎあまねきこゆ。これ高屋こうおくうえひとくにたとふれば、いただきよりくびすいたるまで、しもものこれざるきなり。一朝いっちょうだいいたり、まっとうしてるは、なん重負じゅうふ縲囚るいしゅうだっするがごときのみならんや。かつつかへて休居きゅうきょするものるに、往往おうおうにしてよろこばず、あるい子姪してつめいじ、あるい朋友ほうゆうたくして、かんしょうかまへ、まつりごととしておよばざるし。すこしくたがところれば、すなわいはく、かんるも見任げんにんおなじ、と。あらたにのぼものをしてほういたれいゆるみ、拒納きょのうがたく、撓沮どうそ排觚はいこして、じょうすこと百端ひゃくたんならしむ。細民さいみん無知むちにして、したがひてなびく。おのまつりごとはじめ、ひとこれもっしきりにみださば、まさ若何いかんせん。こころしてこれたいせば、かならみずかにくきをらん。
進退皆有爲しんたいみななすありすすみてはすなわ安居あんきょしてもっこころざしおこなひ、退しりぞきてはすなわ安居あんきょしてもっいまあたはざるところおさむ。すなわすすみてもり、退しりぞきてもるなり。近世きんせい士大夫したいふすすむにれ、退しりぞきてはすなわ悵然ちょうぜんとしてところし。はなはだしきははぢらひざんいだき、蹙縮しゅくしゅくしてへてひとたびもでず。軒冕けんべんは、古人こじんもっ儻来とうらいものすなり。るやなんくわふるところぞ、きやなんそこなところぞ。良貴りょうきわれるをおもはず、ものりてもっ軽重けいちょうさば、すなわ人品じんぴん卑下ひげなる、ろんたずしてし。
以義處命ぎをもってめいにしょす世俗せぞく窮達きゅうたつ進退しんたいもっみな天命てんめいもとづくとし、へらく、めいきはまるものは、竭蹶けっけつしてすすむをもとむといえどきゅうし、めいたっするものは、とおふかかくるといえど退しりぞあたはず、と。星翁せいおう術士じゅつし常談じょうだんにして、君子くんしたっとところあらざるなり。君子くんしすなわもっめいしょして、めいもっがいせず。もっすすくばすなわすすみ、もっ退しりぞくばすなわ退しりぞく、われめいはざるなり。たのしめばすなわこれおこなひ、うれふればすなわこれる、われめいはんや。富貴ふうき利達りたつさかい淪胥りんしょして、づるあたはざるものは、すなわ往往おうおうにしてめいたくしてもっみずかふ。うべなるかな、あと禍機かきまじへて、ついさとあたはざること。かなしいかな。
求進於己すすむをおのれにもとむまさすすむをおのれにもとむべくして、すすむをひともとからざるなり。所謂いはゆるすすむをおのれにもとむるものは、道業どうぎょう学術がくじゅつせいこれなり。所謂いはゆるすすむをひともとむるものは、富貴ふうき利達りたつえいこれなり。けだ富貴ふうき利達りたつてんりてもとからず、道業どうぎょう学術がくじゅつわれりてもとめざるからざるなり。いはんやいにしえひとは、富貴ふうき利達りたつもっこころさざるなり。したが所以ゆえんものは、よろしくこれりてもっみちおこなふべければなり。みちおこなはれずして富貴ふうき利達りたつなるものは、古人こじんもっはぢして、もっえいさず。嗚呼ああまこときみいたたみうるほすのこころものあらずんば、たれこれあづからん。
風節ふうせつ名節めいせつひとけるや、金幣きんぺいならずしてみ、軒冕けんべんならずしてとうとし。名節めいせつきは、おんなていならざるがごとし、すなわなんあらきかしたがはざらん、なんかざらん。りといえども、あがなふにらざるなり。ゆえ前輩せんぱいふ、爵禄しゃくろくやすく、名節めいせつたもがたし、爵禄しゃくろくあるいうしなふも、ときりてふたたきたり、名節めいせつひとたびくれば、終身しゅうしんかへらず、と。嗚呼ああにしてかんものげんもっこころめいぜば、こひねがはくはまもところへて勢要せいようはしらざらんか。
この章は、退官・閑居のあり方を説き、三部書全体を締めくくる(全五条)。——軽々しく官に就くな。仕えれば任があり、任あれば責があり、責あれば憂がある。一県の責を負えば一県を憂え、天下の責を負えば天下を憂える。堯舜禹湯文武ぎょうしゅんうとうぶんぶの君も、皋陶・夔・稷・契や伊尹・周公・召公の臣も、皆その責を憂えて、位を楽しみとはしなかった。位を楽しむ者は、その位に仮初めに居る者だ。「引退(致政)」——古人は退官を「重荷を下ろし、とらわれを脱するようだ」とした。在任中は一挙一動が万人の師表として、高い屋根の上を歩くように衆目にさらされる。だから引退はまさに重荷を下ろすことだ。「進むも退くも為すことがある」——進んでは志を行い、退いては未だ及ばぬところを修める。近世の士大夫したいふは進むことにばかり慣れ、退くと為すところなく恥じ縮こまる。それは「内なる尊さは我に在る」ことを忘れ、位や馬車で人品を量るからだ。「義によって天命に処せ」——窮達進退を天命任せにするのは占い師の常談で、君子の尊ぶところではない。君子は義によって天命に処し、天命を口実に義を損なわない。そして「名節」——「爵禄は失っても再び得る時があるが、名節は一たび欠ければ生涯回復しない」。閑居する士がこの言葉を心に銘じ、守るべきものを変えて権勢に走らぬように、と全巻を結ぶ。