| 張養浩『三事忠告』/安岡正篤『為政三部書』
爲政三部書 〈三事忠告〉 全文
張養浩 撰/安岡正篤 講述 — 廟堂忠告・風憲忠告・牧民忠告 原文・訓読・現代語訳
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この読本について
本読本は、元代の名臣張養浩(号は雲荘、諡は文忠)が県令・御史・参議それぞれの職で著した『三事忠告』(廟堂忠告・風憲忠告・牧民忠告)——安岡正篤講述『為政三部書』の系統に連なる——の全文を、「原文(漢文)・訓読文(ふりがな付き)・現代語訳」の三段構成で収めたものです。構成は、宰相・執政の道を説く廟堂忠告、監察官の道を説く風憲忠告、地方長官(県令)の道を説く牧民忠告の三部からなります。
収録状況:廟堂忠告(序+全十章)・風憲忠告(序+全十章)は原文・訓読文・現代語訳をすべて収録。牧民忠告は、序を三段で、各章は原文・訓読文(逐条・ふりがな付き)・現代語訳(章の大意)で収録します。
凡例・ご留意:原文はOCR翻刻の白文で要校正箇所を含みます。訓読文・現代語訳は白文から独自に起こしたもので、安岡正篤の訓読・講義・訳注は不使用です。ふりがなは自動生成+補正辞書によるため誤読が残る場合があります。「縦書き表示」で各段が原文・訓読文・現代語訳の三列カードになります。文字サイズは全カードで統一され、その大きさで入りきらない長い段は自動的に次のカードへ送られます(枚数は内容量に応じて増減。画面サイズに自動追従)。
『大学』との関係と、本書の構造(解説)
1.『大学』と『為政三部書』の関係
『大学』は、儒学の説く「修己治人(己を修めて人を治める)」の全体像を、三綱領(明明徳・親民〈新民〉・止於至善)と八条目(格物・致知・誠意・正心・修身・斉家・治国・平天下)として示した綱領の書です。とりわけ「修身」を一切の根本に置き(「壹是皆以修身為本」)、内なる自己陶冶が家・国・天下へと同心円状にひろがると説きます。
これに対して『為政三部書』(張養浩『三事忠告』)は、その八条目の後半――「治国・平天下」――を、実際に官職に就いた者がどう行うかへ落とし込んだ、いわば現場の実践手引きです。『大学』が「何を・なぜ」を説く原理(体)であるとすれば、『三事忠告』は「どう行うか」を説く運用(用)にあたり、両者は体用の関係で結ばれています。
さらに三部それぞれが官の階層に対応します。宰相・執政の座(廟堂忠告)は「平天下」に最も近く、監察官の職(風憲忠告)は不正を正して秩序を保つはたらき、地方長官=県令の職(牧民忠告)は民に最も近い「治国」の現場です。そして三部はいずれも、まず自らを修める章――廟堂忠告「修身」、風憲忠告「自律」、牧民忠告「拝命」(任命の日にわが身を省みる)――から始まります。これは『大学』が修身を本とする構図を、そのまま官の実務へ写したものといえます。
2.『為政三部書』の構造
『為政三部書』(張養浩『三事忠告』)は、著者が就いた三つの官職に対応する三部からなり、各部は序+各章で構成されます。牧民忠告のみ巻上・巻下に分かれます。
廟堂忠告(びょうどうちゅうこく)
宰相・執政たる者の道を説く。序+全十章(修身・用賢・重民・遠慮・調燮・任怨・分謗・応変・献納・退休)。原文・訓読文・現代語訳を収録。
廟堂忠告 序
士君子之生斯世也。力學以行其道。立言以明其道。故雖没猶不没也。吾郷雲荘張先生希孟。元之名臣也。道徳文章。著聞當時。顕生也晩。不獲親奔先生之門。嘗侍先君子聞先生有牧民忠告。風憲忠告。廟堂忠告等書。而不一見。又聞先生爲西臺中丞時。憫民饑死。作詩白於朝廷。有曰西風疋馬過長安。餓殍盈途不忍看。十里路埋千百家。一家人哭兩三般。犬銜枯骨筋猶在。鴉啄新屍血未乾。寄語廟堂賢宰相。鉄人聞此也心酸。即發粟賑貸。民頼以活者。不可勝數。先生之奇功碩徳。類蓋如此。今年予以公務過高州。謁先聖廟。儒學教授高某知予齊人。因出先生所著廟堂忠告諸編。予得盡讀之。則昔之不慷於心者釋然矣。嗟夫公之用心仁矣哉。不惟有以善諸己。又欲有以淑諸人。所以陰相天常。扶助世教。維持紀綱。匡弼治道者。舎是書何以哉。且道無古今前後之殊。但聖人先得我心之所同然爾。苟得其所同然。雖越千百載。猶一日也。嗟夫事一君之要。爲政之方。具在此書。豈敢獨私。是用命工鑑梓。傳諸四方。與同志共之洪武二十三年庚午六月朔廣東等處承宣布政使司左參議新顕序一断断同
士君子の斯の世に生まるるや、力めて学びて以て其の道を行ひ、言を立てて以て其の道を明らかにす。故に没すと雖も猶ほ没せざるなり。吾が郷の雲荘張先生希孟は、元の名臣なり。道徳文章、当時に著聞す。顕は生まるるや晩く、親しく先生の門に奔るを獲ず。嘗て先君子に侍して、先生に牧民忠告・風憲忠告・廟堂忠告等の書有るを聞くも、而れども一見せず。又聞く、先生の西台の中丞爲りし時、民の饑死するを憫れみ、詩を作りて朝廷に白す、と。曰く、西風の疋馬 長安を過ぐ、餓殍 途に盈ちて看るに忍びず、十里 路に埋む千百家、一家 哭す両三般、犬は枯骨を銜へて筋猶ほ在り、鴉は新屍を啄みて血未だ乾かず、語を寄す廟堂の賢宰相、鉄人も此れを聞かば也た心酸まん、と。即ち粟を発して賑貸し、民の頼りて以て活くる者、勝げて数ふ可からず。先生の奇功碩徳、類ね蓋し此くの如し。今年 予 公務を以て高州を過ぎ、先聖の廟に謁す。儒学教授高某 予の斉人なるを知り、因りて先生の著す所の廟堂忠告諸編を出だす。予 尽く之を読むを得て、則ち昔の心に慷せざりし者 釈然たり。嗟夫れ公の心を用ふるや仁なるかな。惟だ以て諸を己に善くする有るのみならず、又以て諸を人に淑くせんと欲す。陰かに天常を相け、世教を扶助し、紀綱を維持し、治道を匡弼する所以の者、是の書を舎きて何を以てせんや。且つ道に古今前後の殊無し。但だ聖人 先づ我が心の同じく然る所を得るのみ。苟くも其の同じく然る所を得ば、千百載を越ゆと雖も、猶ほ一日のごときなり。嗟夫れ一君に事ふるの要、政を為すの方、具に此の書に在り。豈に敢へて独り私せんや。是を用て工に命じて梓に鏤せしめ、諸を四方に伝へ、同志と之を共にす。洪武二十三年庚午六月朔、広東等処承宣布政使司左参議 新顕 序す。
この書を刊行した官人・新顕による序である。——士君子がこの世に生まれるのは、努めて学んで自らの道を行い、言葉を立ててその道を明らかにするためだ。だから身は死んでも、その働きは死なない。わが郷里の雲荘・張希孟先生は元代の名臣で、その道徳と文章は当時よく知られていた。私は生まれるのが遅く、直接その門下に入ることはできなかった。かつて亡父に侍して、先生に牧民・風憲・廟堂の三忠告の書があると聞いたが、見る機会がなかった。また、先生が西台の中丞であったとき、民が飢え死にするのを憐れみ、詩を作って朝廷に上申したと聞く。その詩に言う——「西風のなか痩せ馬で長安を過ぎれば、餓死者が道に満ちて見るに忍びない。十里の道に千百の家が埋もれ、一つの家で二人三人が泣き叫ぶ。犬は枯骨をくわえてまだ筋が残り、烏は新しい屍をついばんで血もまだ乾かぬ。廟堂の賢き宰相たちに一言申し上げる、鉄の人でもこれを聞けば胸が痛むだろう」と。そして倉の粟を放出して救済し、これによって生き延びた民は数え切れなかった。先生の並外れた功績と大きな徳は、おおむねこの通りである。今年、私は公務で高州を通り、孔子の廟に参拝した。儒学教授の高某が私を同郷の斉の人と知り、先生の著した廟堂忠告の諸編を出してくれた。私はそれを読み尽くし、かねて心にわだかまっていたものが晴れた。ああ、先生の心づかいはなんと仁であることか。ただ自分ひとりを善くするだけでなく、それを人にも及ぼそうとされた。ひそかに天の常道を助け、世の教化を扶け、綱紀を維持し、治世の道を正す——それにはこの書を措いて何によろう。そもそも道に古今前後の別はない。ただ聖人が、人の心の等しく肯くところを先につかんだにすぎない。もしその「等しく肯くところ」をつかめば、千年百年を隔てても、一日のように通じる。ああ、一人の君に仕える要も、政を行う方法も、ことごとくこの書にある。どうして独り占めできようか。そこで工人に命じて版木に刻ませ、これを四方に伝えて同志と共有する。洪武二十三年(一三九〇)六月一日、広東等処承宣布政使司左参議・新顕が序す。
修身 第一
前輩謂仕官而至將相。爲人情之所榮。是不知榮也者辱之基也。惟善自修者。則能保其榮。不善自修者。適足速其辱。所謂善自修者何。廉以律身。忠以事上。正以處事。恭慎以率百僚。如是則令名随焉。輿論歸焉。鬼神福焉。雖欲辭其榮。不可得也。所謂不善自修者何。狗私忘公。貪無紀極。不戒覆車。靡思報國。如是則惡名随焉。衆毀歸焉。鬼神禍焉。雖欲避其辱。亦不可得也。於戯。身爲宰相。何善不可行。何功不可立。顧乃爲區區之利。巖惑而妄行。豈不深可惜哉。且自古居相位者未聞死於凍餓。而死於財。於酒。於色。於逸樂者。無代無之。昔諸葛孔明爲丞相二十年。無尺寸之増。於家。未嘗憂其貧。竟以勞於王事而卒。至今其名之榮。常若世享萬鍾而不絶者。唐元載爲相。惟利是嗜。及其敗也。籍没其家。胡椒八百斛。至其名之穢。常若蒙不潔而播臭無窮者。嗚呼夫人以百年之身。天假以年。不過八十九十。姑以八十爲率。計其得志。不過三四十年而已。豈有三四十年之間。能食胡椒八百斛之理。古人謂利令人智昏。姑明驗矣。嗚呼凡爲相者。能以諸葛孔明爲法。唐之元載爲戒。雖台鼎終身。又何悔吝之有
前輩謂へらく、仕官して将相に至るは、人情の栄とする所なりと。是れ栄なる者は辱の基なるを知らざるなり。惟だ善く自ら修むる者は、則ち能く其の栄を保つ。善く自ら修めざる者は、適だ其の辱を速くに足る。所謂る善く自ら修むる者とは何ぞや。廉以て身を律し、忠以て上に事へ、正以て事を処し、恭慎以て百僚を率ゆ。是くの如くなれば則ち令名 随ひ、輿論 帰し、鬼神 福ひす。其の栄を辞せんと欲すと雖も、得可からざるなり。所謂る善く自ら修めざる者とは何ぞや。私に狥て公を忘れ、貪りて紀極無く、覆車を戒めず、報国を思ふこと靡し。是くの如くなれば則ち悪名 随ひ、衆毀 帰し、鬼神 禍ひす。其の辱を避けんと欲すと雖も、亦た得可からざるなり。於戯、身 宰相と為りては、何の善か行ふ可からざる、何の功か立つ可からざらん。顧つて乃ち区区の利の為に、巌惑して妄りに行ふは、豈に深く惜しむ可からずや。且つ古より相位に居る者、凍餓に死するを聞かず。而れども財に、酒に、色に、逸楽に死する者は、代として之れ無きは無し。昔 諸葛孔明 丞相と為ること二十年、尺寸の増も家に無く、未だ嘗て其の貧を憂へず、竟に王事に労するを以て卒す。今に至るまで其の名の栄なること、常に世々万鍾を享けて絶えざる者の若し。唐の元載 相と為り、惟だ利のみ是れ嗜む。其の敗るるに及ぶや、其の家を籍没するに、胡椒八百斛あり。其の名の穢なるに至りては、常に不潔を蒙りて臭ひを播くこと窮まり無き者の若し。嗚呼、夫れ人は百年の身を以てす。天の年を仮すも、八十九十に過ぎず。姑く八十を以て率と為さん。其の志を得るを計るも、三四十年に過ぎざるのみ。豈に三四十年の間に、能く胡椒八百斛を食ふの理有らんや。古人 利は人の智を昏からしむと謂ふは、姑に明らかに験さるるかな。嗚呼、凡そ相たる者、能く諸葛孔明を以て法と為し、唐の元載を以て戒と為さば、台鼎に身を終ふと雖も、又何の悔吝か之れ有らん。
先輩たちは「官に仕えて将軍・宰相にまで至るのは、人情として名誉なことだ」と言う。だがこれは、栄誉こそ屈辱の土台だと知らぬ言葉だ。よく自らを修める者だけが、その栄誉を保てる。よく修めない者は、かえって屈辱を早く招くだけだ。「よく自らを修める」とは何か。清廉に身を律し、忠をもって上に仕え、正しく事を処理し、恭しく慎んで属官を率いる。そうすれば良い評判が伴い、世論が味方し、鬼神も福を与える。栄誉を辞退しようとしても、できはしない。「よく修めない」とは何か。私情に従って公を忘れ、際限なく貪り、前車の轍を戒めず、報国の念もない。そうすれば悪評が伴い、そしりが集まり、鬼神も禍を下す。屈辱を避けようとしても、避けられはしない。ああ、宰相の身となれば、どんな善が行えないことがあろう、どんな功が立てられないことがあろう。それをつまらぬ利のために惑い、みだりに振る舞うのは、なんとも惜しいことではないか。そもそも昔から宰相の位にありながら凍え飢えて死んだ者は聞かない。だが財に、酒に、色に、遊興に溺れて身を滅ぼした者は、どの時代にもいた。かつて諸葛孔明は丞相となること二十年、家には寸分の財産も増やさず、貧しさを憂えることもなく、ついに国事に尽くして没した。今なおその名の栄えることは、代々万鍾の禄を受け続けるかのようだ。唐の元載は宰相となり、ひたすら利を貪った。失脚して家財を没収すると、胡椒が八百斛も出てきた。その名の穢れることは、いつまでも不潔にまみれて臭いを放ち続けるかのようだ。ああ、人は百年の身をもつというが、天が与える寿命は八十九十を超えない。仮に八十としても、志を得て働けるのはせいぜい三、四十年にすぎない。どうして三、四十年の間に胡椒八百斛を食べ尽くせる道理があろう。「利は人の知恵をくらます」という古人の言葉は、まさにここに明らかに証される。ああ、宰相たる者、諸葛孔明を手本とし、唐の元載を戒めとするなら、最高位に身を終えても、何の悔いがあろうか。
用賢 第二
天子之職。莫重擇相。宰相之職。莫重用賢。然則何以知其賢。詢諸人則知之。察其行則知之。觀所畢則知之。夫爲室而不衆工之資。梓人雖巧。室不能成矣。爲國家而不衆賢之集。相臣雖才。國不治矣。彼爲相者。誠能開誠布公。廓焉無我。己有不能。果能者而用之。己有不知。擧知者而用之。己有不敢言。擧敢言者而用之。如是則彼之所能。皆我有矣。必欲一身而兼衆人之事。雖大聖大賢。有所不能。夫粋白之狐。擧世所無有也。然而有粋白之裘者。善取於衆而已矣。況大臣初不貴平事無不知。第公正其心。無所媚疾。則智者效謀。勇者效力。姑姑以爲才。捷捷以爲辯。自衒自伐。則賢者必不樂爲之用。大抵人君自伐。則臣職有所不行。相臣自伐。則百執事之職。有所不行。爲人上者。操約以馭繋。居静以制動。以無心而應天下之心。則所令者從所庸者勸。苟知其賢而任之。既任而疑之。而務勝之。顧與不知不用自任其才也奚異。若然。則體統失。而諂佞之小人至矣。與小人處。則天下之事。不論可知。吁民重
天子の職は、相を択ぶより重きは莫し。宰相の職は、賢を用ふるより重きは莫し。然らば則ち何を以て其の賢を知らん。諸を人に詢へば則ち之を知り、其の行を察すれば則ち之を知り、挙ぐる所を観れば則ち之を知る。夫れ室を為るに衆工の資を揀ばざれば、梓人 巧なりと雖も、室 成る能はず。国家を為むるに衆賢の集を揀ばざれば、相臣 才ありと雖も、国 治まらず。彼の相たる者、誠に能く誠を開き公を布き、廓焉として我無く、己に能はざる有れば、能くする者を果たして之を用ひ、己に知らざる有れば、知る者を挙げて之を用ひ、己に敢へて言はざる有れば、敢へて言ふ者を挙げて之を用ふ。是くの如くなれば則ち彼の能くする所、皆 我に有るなり。必ず一身にして衆人の事を兼ねんと欲すれば、大聖大賢と雖も、能はざる所有り。夫れ粋白の狐は、挙世 有る所無きなり。然り而して粋白の裘有る者は、善く衆に取るのみ。況んや大臣は初めより事として知らざる無きを貴ばず。第だ其の心を公正にし、媢疾する所無ければ、則ち智者は謀を効し、勇者は力を効す。姑姑として以て才と為し、捷捷として以て弁と為し、自ら衒ひ自ら伐れば、則ち賢者は必ず楽しんで之に用ひられず。大抵 人君 自ら伐れば、則ち臣職 行はれざる所有り。相臣 自ら伐れば、則ち百執事の職、行はれざる所有り。人の上たる者は、約を操りて以て繁を馭し、静に居りて以て動を制し、無心を以て天下の心に応ずれば、則ち令する所の者 従ひ、庸ふる所の者 勧む。苟くも其の賢を知りて之に任じ、既に任じて之を疑ひ、而して之に勝たんことを務むれば、顧つて知らず用ひずして自ら其の才に任ずる者と奚ぞ異ならん。若し然らば、則ち体統 失はれて、諂佞の小人 至る。小人と処れば、則ち天下の事、論ぜずして知る可し。
天子の職務で、宰相を選ぶことより重いものはない。宰相の職務で、賢者を用いることより重いものはない。ではどうやってその賢を見抜くか。人に問えば分かり、その行いを観察すれば分かり、その人が誰を推挙するかを見れば分かる。家を建てるのに多くの職人の材を選ばなければ、名工でも家は建たない。国を治めるのに多くの賢者を集めなければ、宰相に才があっても国は治まらない。宰相たる者が、誠を開き公を布き、我を空しくして(廓焉無我)、自分にできぬことがあればできる者を挙げて用い、知らぬことがあれば知る者を挙げて用い、言えぬことがあれば言える者を挙げて用いる。そうすれば、彼らのできることは皆わがものとなる。一身で万人の仕事を兼ねようとすれば、大聖大賢でもできぬことがある。真っ白な狐は世に存在しないが、真っ白な狐裘があるのは、多くの狐から善く集めるからだ。まして大臣は、はじめから万事に通じていることを尊ぶわけではない。ただ心を公正にし、人を妬まなければ、知者は計略を尽くし、勇者は力を尽くす。小賢しさを才とし、弁舌の早さを能とし、自らをてらい自らを誇れば、賢者は決して喜んで用いられようとはしない。おおむね君主が自らを誇れば臣下の職は行われず、宰相が自らを誇れば百官の職が行われない。人の上に立つ者は、簡約な要をもって煩雑を御し、静をもって動を制し、無心をもって天下の心に応じれば、命令は従われ、用いる者は励む。もしその賢を知って任じながら、任じたのちに疑い、しかもその者に勝とうとするなら、賢を知らず用いず自分の才だけに頼る者と何ら変わらない。そうなれば統率の体は失われ、へつらう小人が寄ってくる。小人と共にいれば、天下の事は論ずるまでもなく察しがつく。
重民 第三
蓋聞古之王者。授版則拝。竊意萬乘之尊。爲其民貶抑若是。嘗疑焉而不取。既而思之。民民國之所以昌。四夷之所以靖。朝廷之所以隆。宗廟社稷所以血食悠久者。微長不能爾民也。夫天以億兆之命託之君。君以億兆之命託之相。是知相也者。爲君保良者也。君也民者。爲天爲祖宗保巨者也。天以是託我祖祭。祖宗以是託我。敢不敬與。敢不慎與。苟受其託而不能使之遂生安業。乃從而擾之虐之。犬麁之草菅之。則是逆天而違民祖宗之命。以自戒其國也。而可乎。彼爲巨祖宗之命。以自我其國也。而可乎。彼爲弖者。固不敢與校。然於天之心。於祖宗之心。民其能無所戚歟。嘗謂愛巨者無過於天。無過於祖宗。天生之難。祖宗得之爲尤難。王者知其如是。凛凛焉。未嘗不以民生爲重。聞其害而除之。覩其利則擧之。牧守非其人則易置之。今夫鷹師国人所掌者。不過人主服御之一物。而人尚以内侍重之。剌史縣令。乃爲祖宗。爲國家。牧養斯民者。反視爲不切而慢卑之。是愛民不如鷹犬。受祖宗國家一方生靈之寄者。反不如内侍。豈不顛倒失體哉。大抵下之所爲。惟上是視。在上者。誠有重民之心。而天下不治者。古今無有也一
蓋し聞く、古の王者は、版を授くれば則ち拝すと。竊かに意ふに、万乗の尊きも、其の民の為に貶抑すること是くの若し。嘗て焉を疑ひて取らざりしも、既にして之を思ふに、民は国の昌んなる所以、四夷の靖まる所以、朝廷の隆んなる所以、宗廟社稷の血食して悠久なる所以なり。是を以て天は億兆の命を之れ君に託し、君は億兆の命を之れ相に託す。是れ相なる者は、君の為に民を保んずる者なるを知る。君の民に於けるや、天の為・祖宗の為に民を保んずる者なり。天 是を以て我が祖宗に託し、祖宗 是を以て我に託す。敢へて敬まざらんや、敢へて慎まざらんや。苟くも其の託を受けて之をして遂に生じ業に安んぜしむる能はず、乃ち従つて之を擾し之を虐げ、之を犬彘し之を草菅せば、則ち是れ天に逆らひ民に違ひ、祖宗の命に違ふ。以て自ら其の国を戕なり。而して可ならんや。彼の民の為に校ふるを敢へてせざる者は、固より天の心に、祖宗の心に、民 其れ能く戚む所無からんや。嘗て謂へらく、民を愛するは天より過ぎたるは無く、祖宗より過ぎたるは無し。天の之を生ずるは難く、祖宗の之を得るは尤も難しと為すと。王者 其の是くの如きを知れば、凛凛焉として、未だ嘗て民生を以て重しと為さずんばあらず。其の害を聞きて之を除き、其の利を覩れば則ち之を挙げ、牧守 其の人に非ざれば則ち之を易置す。今夫れ鷹犬を掌る所の者は、人主の服御の一物に過ぎず。而れども人 尚ほ内侍を以て之を重んず。刺史県令は、乃ち祖宗の為・国家の為に、斯の民を牧養する者なるに、反つて視て切ならずと為して之を慢卑す。是れ民を愛すること鷹犬に如かず。祖宗国家一方生霊の寄を受くる者、反つて内侍に如かず。豈に顛倒して体を失はざらんや。大抵 下の為す所は、惟だ上を是れ視る。上に在る者、誠に民を重んずるの心有りて、天下の治まらざる者は、古今 有ること無きなり。
こう聞く——古の王者は、戸籍の版を授けられると拝礼した、と。万乗の君の尊さでありながら、民のためにここまで身を低くしたのだ。私はかつてこれを疑って信じなかったが、よく考えてみると——民こそ、国が栄える根、四方の異民族が鎮まる根、朝廷が盛んになる根、宗廟社稷が末永く祭られる根である。だから天は万民の命を君に託し、君はその命を宰相に託す。つまり宰相とは、君に代わって民を安んずる者だと分かる。君が民に対するのは、天のため祖宗のために民を安んずるからだ。天はこれをわが祖宗に託し、祖宗はこれをわが身に託した。どうして敬わずにいられよう、慎まずにいられよう。もしその託を受けながら民を安んじて生業に就かせることができず、かえって乱し虐げ、犬や豚のように扱い、雑草のように踏みにじれば、それは天に逆らい民に背き祖宗の命に背き、自ら国を損なうことだ。それでよいはずがない。あえて民のために弁護しようとしない者は、天の心・祖宗の心に照らして、民が心を痛めずにいられようか。かつてこう言われた——民を愛することは天に過ぎるものはなく、祖宗に過ぎるものはない。天が民を生むのは難く、祖宗が民を得るのはとりわけ難い、と。王者はこのことを知れば、おそれ慎んで、常に民の生活を重んじずにはいられない。害を聞けば除き、利を見れば挙げ、地方長官が適任でなければ更迭する。ところが今、鷹や犬の係は君主の道具の一つにすぎないのに、人々はそれを側近として重んじる。刺史・県令は、祖宗のため国家のために民を養い治める者なのに、かえって切実でないと見なして軽んじる。これでは民を愛することが鷹や犬にも及ばず、一方の民草を託された者が側近にも及ばない。倒錯して体をなさぬではないか。おおむね下の者のすることは、ただ上を見て決まる。上に立つ者に本気で民を重んじる心があって、それで天下が治まらなかったためしは、古今ないのである。
遠慮 第四
天下之事。知其已然。不知其將然者衆人也。因其已然。而將然未然。逆而知之。非深識遠慮者不能。室已焚而徙薪。舟已溺而市壺。疾已成而求艾。雖殫力爲之無及矣。今夫隆然之堤。有容蟻之穴。宜若無所損。然周於識者。必塞而賞之。慮其久而必底於訌潰故也。天下之事。皆能如是虚之。尚何後患之有哉。大抵自古國家之所以不治。臣子之所以不軌。固非一朝一夕之積。良由今日以某事爲小過而不諫。明日以某人爲小罪而不懲。日引月深。不自知其禍亂之成也。故臣之於君。獻可替否。而不敢萌一毫姑息之心。始以爲無傷。卒至大可傷。始以爲不足慮。卒至深可慮。惟君子爲能見微知著思患而預防之。於飲冥則防流連。於田獵則防荒縦。於営繕則防踰制。於貨財則防損民。於爵賞則防僣及。於刑法則防濫殺。於君子則防疎遠。於小人則防玩狎。於聴覽則防容好。於征伐則防涜武。夫君之於臣。亦有所當遠慮者。雖愛而不錫以過分之賞。雖舊而不授以非據之官。雖親而不交以発涜之談。蓋尊卑之分嚴。則上下之體定。上下之體定。則禍亂無自而生。天下之事。可次第而治矣調
天下の事、其の已に然るを知りて、其の将に然らんとするを知らざる者は衆人なり。其の已に然るに因りて、将然・未然を、逆へて之を知るは、深識遠慮の者に非ざれば能はず。室 已に焚けて薪を徙し、舟 已に溺れて壺を市ひ、疾 已に成りて艾を求むるは、力を殫くして之を為すと雖も及ぶこと無し。今夫れ隆然たるの堤に、蟻を容るるの穴有れば、宜しく損する所無きが若きも、然れども識に周き者は、必ず塞ぎて之を賞す。其の久しくして必ず潰に底るを慮ればなり。天下の事、皆 能く是くの如く之を虞れば、尚ほ何ぞ後患の之れ有らんや。大抵 古より国家の治まらざる所以、臣子の軌らざる所以は、固より一朝一夕の積に非ず。良に今日 某事を以て小過と為して諫めず、明日 某人を以て小罪と為して懲さざるに由る。日び引き月び深くして、自ら其の禍乱の成るを知らざるなり。故に臣の君に於けるや、可を献じ否を替へて、敢へて一毫の姑息の心をも萌さず。始めは以て傷無しと為すも、卒には大いに傷む可きに至り、始めは以て慮るに足らずと為すも、卒には深く慮る可きに至る。惟だ君子のみ能く微を見て著を知り、患を思ひて之を予防するを為す。飲冥に於いては則ち流連を防ぎ、田猟に於いては則ち荒縦を防ぎ、営繕に於いては則ち踰制を防ぎ、貨財に於いては則ち民を損するを防ぎ、爵賞に於いては則ち僣及を防ぎ、刑法に於いては則ち濫殺を防ぎ、君子に於いては則ち疎遠を防ぎ、小人に於いては則ち玩狎を防ぎ、聴覧に於いては則ち容好を防ぎ、征伐に於いては則ち涜武を防ぐ。夫れ君の臣に於けるも、亦た当に遠慮すべき所の者有り。愛すと雖も過分の賞を錫はず、旧しと雖も非拠の官を授けず、親しと雖も䙝涜の談を交へず。蓋し尊卑の分 厳なれば、則ち上下の体 定まる。上下の体 定まれば、則ち禍乱 自り生ずる無し。天下の事、次第して治む可し。
天下の事について、すでに起きたことは分かっても、これから起きようとすることが分からないのが凡人だ。すでに起きたことに基づいて、これから起きること・まだ起きぬことを予見できるのは、深い見識と遠い慮りのある者でなければできない。家が焼けてから薪を移し、船が沈んでから浮きを買い、病が篤くなってから薬草を求めるのは、力を尽くしてももう間に合わない。今、堅固に見える堤に蟻の穴が一つあっても、一見なんの害もなさそうだが、見識ある者は必ずふさいで賞する。長い目で見れば必ず決壊すると慮るからだ。天下の事をすべてこのように用心すれば、後の禍など起ころうはずがない。おおむね昔から国家が治まらず臣子が道を外れるのは、一朝一夕の積み重ねではない。まことに、今日ある事を小さな過ちとして諫めず、明日ある人を小さな罪として懲らさぬことから始まる。日々ひかれ月々深まって、自分でも禍乱の完成に気づかないのだ。だから臣が君に仕えるには、可を進め否を退け、わずかも姑息な迎合の心を芽生えさせてはならない。はじめは害がないと思えても、やがて大いに傷むに至り、はじめは慮るに足らぬと思えても、やがて深く慮るべきに至る。ただ君子だけが、微かな兆しを見て明白な結果を知り、禍を思ってこれを予防できる。飲宴では放蕩を防ぎ、狩猟では度を越すのを防ぎ、造営では制を越えるのを防ぎ、財貨では民を損なうのを防ぎ、恩賞では不相応な及ぼしを防ぎ、刑罰では濫殺を防ぎ、君子に対しては疎遠を防ぎ、小人に対しては馴れ合いを防ぎ、聴聞では好みに流れるのを防ぎ、征伐では武を汚すのを防ぐ。君が臣に対しても、遠く慮るべきことがある。愛していても過分の賞を与えず、旧い間柄でも不相応の官を授けず、親しくても下品な戯れ言を交わさない。尊卑の分が厳格なら上下の体が定まり、上下の体が定まれば禍乱はおのずと生じない。天下の事は、順序を追って治めていける。
調燮 第五
人皆曰。變理陰陽。爲宰相事。然擧世第能道其辭。迄不知陰陽何術可以變理。按書周官。三公論道経邦。變理陰陽。蓋周之三公。卽今宰輔。而漢丞相平亦曰。宰相上佐天子。理陰陽。順四時。厥後又有災異免三公之制。世俗所云。蓋本諸此。竊嘗即是以思率相所以調變者。非能旱焉而使之雨。雨焉而使之陽。要不越盡人事以來天地之和而已矣。夫天之與人若判然。而實相表裏。蓋政事順則民心順。民心順則天地之氣順。天地之氣一順則陰陽從而序矣。若乃恃勢立威。挾權縦欲。惡人異已。諂佞是親。於所言者不言。於所救者不救。上下相蒙。惟務從命。如此欲望民心順。陰陽之気和難矣。大抵天道之災祥。視民心之苦樂。民心之苦樂。視政事之失得。政事之失得。視宰相之賢與不賢。昔丙吉舎死人間牛喘。自以爲得體。殊不知天道逆順。當於政事觀之。固不在區區一牛之喘與否也。晉恵冰爲相。或謂天文錯度。宜盡消禦之道冰曰。元象豈無所測。正當勤盡人事冰之此言可謂簡明切要。深得宰相之體者矣。苟政事修整。雖陰陽之和不応。乃天道之變也。又何慊焉。苟政事庸焉参焉。而不理。雖禎祥集而風雨時若顧敢以爲治乎。嗚呼。凡爲相者。誠能以是求之。則天人之理瞭然矣一
人 皆 曰く、陰陽を燮理するは、宰相の事たりと。然れども挙世 第だ能く其の辞を道ふのみにて、迄に陰陽 何の術か以て燮理す可きを知らず。書の周官を按ずるに、三公は道を論じ邦を経め、陰陽を燮理すと。蓋し周の三公は、即ち今の宰輔なり。而して漢の丞相陳平も亦た曰く、宰相は上は天子を佐け、陰陽を理め、四時に順ふと。厥の後 又 災異 三公を免ずるの制有り。世俗の云ふ所、蓋し諸を此に本づく。竊かに嘗て是に即きて以て思ふに、宰相の調燮する所以の者は、能く旱して之をして雨あらしめ、雨して之をして陽あらしむるに非ず。要は人事を尽くして以て天地の和を来す越えざるのみ。夫れ天の人に与かるや判然たるが若きも、実は相ひ表裏す。蓋し政事 順なれば則ち民心 順に、民心 順なれば則ち天地の気 順に、天地の気 一たび順なれば則ち陰陽 従つて序づく。若し乃ち勢に恃みて威を立て、権を挟みて欲を縦にし、人の己に異なるを悪み、諂佞を是れ親しみ、言ふ所の者に於いて言はず、救ふ所の者に於いて救はず、上下相ひ蒙ひて、惟だ命に従ふを務むれば、此くの如くにして民心の順、陰陽の気の和を望まんと欲するは難し。大抵 天道の災祥は、民心の苦楽を視、民心の苦楽は、政事の失得を視、政事の失得は、宰相の賢と不賢とを視る。昔 丙吉は死人を舎きて牛の喘ぐを問ひ、自ら以て体を得たりと為す。殊に知らず、天道の逆順は、当に政事に於いて之を観るべく、固より区区たる一牛の喘と否とに在らざるを。晋の恵冰 相と為り、或ひと天文の錯度するを謂ひ、宜しく消禦の道を尽くすべしと。冰曰く、元象 豈に測る所無からんや、正に当に勤めて人事を尽くすべしのみ、と。冰の此の言、簡明切要にして、深く宰相の体を得たる者と謂ふ可し。苟くも政事 修整せば、陰陽の和 応ぜずと雖も、乃ち天道の変なり。又 何ぞ慊とせんや。苟くも政事 庸焉参焉として理まらざれば、禎祥 集まり風雨 時に若ふと雖も、顧つて敢へて以て治と為さんや。嗚呼、凡そ相たる者、誠に能く是を以て之を求めば、則ち天人の理 瞭然たり。
人は皆「陰陽を調え和すのは宰相の仕事だ」と言う。だが世をあげてただその言葉を口にするだけで、陰陽をどんな術で調え和せるのかを知らない。『書経』周官篇を見ると、三公は道を論じ国を治め、陰陽を調え和すとある。周の三公とは今の宰相のことだ。漢の丞相・陳平もこう言った——宰相は上は天子を助け、陰陽を治め、四季に順わせる、と。その後また、天変地異があると三公を免ずる制度もできた。世間の言い伝えは、おおむねここに由来する。ひそかにこれについて考えてみるに、宰相が陰陽を調える方法とは、旱天を雨に、長雨を晴れに変えることではない。要するに人事を尽くして天地の和を招く、それに尽きる。天が人に関わることは判然と別のようでいて、実は表裏一体だ。政事が順調なら民心が順になり、民心が順なら天地の気も順になり、天地の気がひとたび順になれば陰陽もそれに従って整う。もし勢いを頼んで威を立て、権を握って欲をほしいままにし、自分と異なる者を憎み、へつらう者ばかりを親しみ、言うべきことを言わず、救うべきを救わず、上下互いに欺き合ってただ命令に従うことだけを事とすれば、こんなことで民心の順や陰陽の和を望むのは難しい。おおむね天の災いや瑞祥は民心の苦楽に現れ、民心の苦楽は政事の得失に現れ、政事の得失は宰相の賢・不賢に現れる。かつて丙吉は道端の死人を捨て置いて牛が喘ぐのを気づかい、自ら宰相の体を得たとした。だが天道の順逆はまさに政事に現れると知らず、ちっぽけな一頭の牛の喘ぎにあるのではないことを知らなかったのだ。晋の恵冰が宰相のとき、ある人が天文の乱れを告げ、消し防ぐ道を尽くすべきだと言った。冰は答えた——天象がどうして測れぬものであろう、ただまさに勤めて人事を尽くすのみだ、と。冰のこの言葉は簡明で要を得ており、深く宰相の本体をつかんだ者と言える。もし政事さえ正しく整えば、陰陽の和が応じなくても、それは天道の変であって、何を恥じることがあろう。もし政事がいい加減で治まらなければ、瑞祥が集まり風雨が時に順っても、あえて治まったと言えようか。ああ、宰相たる者、まことにこうして求めれば、天と人の理は明らかである。
任怨 第六
夫爲人臣惟欲収名。而不敢任怨。此不忠之尤者也。居廟堂之上凡有所爲惟當揆之以義。義苟不失。悠悠之言奚恤哉。今夫兩軍之交。兵刃叢前。而心誠報國者。尚冐之而不顧。夫臨政之與臨敵。其安危利害。相距宵壤。此猶顧惜。抑不知於萬死一生之際爲何如。昔范文正公患諸路監司非人。視選簿有不可者輒筆勾之或謂一筆退一人則是一家哭矣。公曰。一家哭。其如一路何。嗚呼。如是處處心。斯不負宰相之職矣。大抵天下之事。有易有難。有利有害。難而有害者。人多辭避。利而易行者。人多忻然以爲。殊不知官有長佐之分體有勞逸之殊長者逸而佐者勞。此天地之大義也。以朝廷。言之。君上逸而臣下勞。以一家言之。父母逸而子弟勞。以一身言之。頭目逸而手足勞。嗚呼。人而知此者。必不遺君父以憂。措其長於衆衆怨之地矣。近代爲執政者。往往姑息好名。一疾言属色。不敢加於人事或犯衆激使居己之右者發之。嗚呼。夫治家而使父母任其勞爲國家而使君長任其怨尚得爲忠孝乎哉。况有罪不責。有善不旌。雖三代不能爲治。故刑罰不患於用直患乎用之而不公。昔桓公奪伯氏駢邑三百没歯而無怨言諸葛孔明廃廖立而立聞亮死輒泣下。爲宰相誠能公其心如是。則天下蔑有不服者矣
夫れ人臣たる、惟だ名を収めんと欲して、敢へて怨を任ぜざるは、此れ不忠の尤なる者なり。廟堂の上に居りて凡そ為す所有れば、惟だ当に之を揆るに義を以てすべし。義 苟くも失はざれば、悠悠の言 奚ぞ恤へんや。今夫れ両軍の交はり、兵刃 前に叢がるも、心 誠に国に報ずる者は、尚ほ之を冒して顧みず。夫れ政に臨むと敵に臨むと、其の安危利害、相ひ距つること宵壌なり。此れ猶ほ顧惜せば、抑も知らず、万死一生の際に於いて何如とか為さん。昔 范文正公 諸路の監司 人に非ざるを患ふ。選簿を視て不可なる者有れば輒ち之を筆勾す。或ひと謂ふ、一筆に一人を退くれば則ち是れ一家 哭せんと。公曰く、一家の哭、其れ一路を如何せんと。嗚呼、是くの如く処心せば、斯ち宰相の職に負かざるなり。大抵 天下の事、易有り難有り、利有り害有り。難くして害有る者は、人 多く辞避し、利にして行ひ易き者は、人 多く忻然として以て為す。殊に知らず、官に長佐の分有り、体に労逸の殊有り、長なる者は逸して佐なる者は労するは、此れ天地の大義なることを。朝廷を以て之を言へば、君上は逸して臣下は労し、一家を以て之を言へば、父母は逸して子弟は労し、一身を以て之を言へば、頭目は逸して手足は労す。嗚呼、人にして此を知る者は、必ず君父を遺すに憂ひを以てせず、其の長を衆怨の地に措かざるなり。近代 執政たる者、往往にして姑息 名を好み、一たび言を疾くし色を属くるも、敢へて人に加へず、事 或ひは衆を犯すも、己の右に居る者をして之を発せしむ。嗚呼、夫れ家を治めて父母をして其の労を任ぜしめ、国家を為めて君長をして其の怨を任ぜしむ、尚ほ忠孝たるを得んや。況んや罪有るも責めず、善有るも旌さざれば、三代と雖も治を為す能はず。故に刑罰は用ふるを患へず、直だ之を用ひて公ならざるを患ふ。昔 桓公は伯氏の駢邑三百を奪ひしも、歯を没するまで怨言無し。諸葛孔明は廖立を廃せしも、立は亮の死を聞きて輒ち泣下す。宰相と為り誠に能く其の心を公にすること是くの如くなれば、則ち天下 服せざる者 蔑し。
臣たる者が、ただ名声を得ようとして、あえて恨みを引き受けようとしないのは、これこそ最大の不忠だ。廟堂の上にあって何事かをなすなら、ただそれを義に照らして測るべきだ。義さえ失わなければ、世間の悠長な陰口などなぜ気にかけよう。今、両軍が交戦し、刃が目前に群がっても、真に国に報いる心の者は、それを冒して顧みない。政に臨むのと敵に臨むのとでは、その安危利害は天と地ほど隔たる。それでもなお身を惜しむなら、いったい万死一生の場でどうするというのか。かつて范仲淹(文正公)は、諸道の監察官が適任でないのを憂え、名簿を見て不適格な者があるとその筆で消した。ある人が「一筆で一人を退ければ、一家が泣くことになる」と言うと、公は答えた——「一家の泣きが、一路(一地方全体)の民の苦しみに比べて何ほどか」と。ああ、このように心を用いてこそ、宰相の職に背かないのだ。おおむね天下の事には、易しいものと難しいもの、利あるものと害あるものがある。難しくて害あるものは人が多く避け、利があって行いやすいものは人が喜んでする。だが官には長と補佐の分があり、身には労と逸の別があり、長たる者が逸して補佐が労するのは天地の大義だと知らないのだ。朝廷でいえば君上は逸して臣下が労し、一家でいえば父母は逸して子弟が労し、一身でいえば頭や目は逸して手足が労する。ああ、これを知る者は、必ず君や父に憂いを残さず、その長を人々の恨みの矢面に立たせない。近ごろの執政者は、とかく姑息に名を惜しみ、ひとたび語気を強め顔色を険しくしても、あえて自分では人に加えず、時に人々の反感を買うことがあれば、自分より上位の者にそれを言わせる。ああ、家を治めるのに父母に労を負わせ、国を治めるのに君主に恨みを負わせて、それで忠孝といえようか。まして罪があっても責めず、善があっても顕彰しなければ、三代の聖王でも治めることはできない。だから刑罰は用いること自体を憂えるのでなく、ただ公平でないことを憂えよ。かつて斉の桓公は伯氏の駢邑三百戸を奪ったが、伯氏は死ぬまで恨み言を言わなかった。諸葛孔明は廖立を廃したが、廖立は孔明の死を聞くと涙を流した。宰相となって、まことにこのように心を公平にできれば、天下に服さぬ者はなくなる。
分謗 第七
夫共署聯事。一人努力而前。則餘者皆當補相以成其志苟彼前我却。彼行我止。動焉而不相随語焉而不相応則事功之成者能幾。此古人所以有推車同舟之喩也。其或共舟以濟。而一人溺焉。則凡在舟者。無論成所宜并力以救之。此賢不肖之所共知也。况。况同爲臣子同受天下國家之寄者。可坐視一人被禍而不恤哉。使其爲一己之私自貽伊戚。固無足恤。其或知無不言。言無不盡。公家之務。一以大公至正處之。彼非爲己爲家而得罪。則凡同官者。安得不擬身而前。與之共難也哉。大抵一人不幸而得罪。爲長者若曰此我之罪。爲貳者亦曰此我之罪。使闔堂之人皆爭引爲己罪則彼獲罪者。雖不能釋。亦必不至於重論矣。古之敢於諫爭者。其遇不見聴納至謂與其殺此人不若殺臣。尚爲如此求解。其肯坐視同官寃抑而不省哉。嗚呼。使分謗引咎之事。爲宰相者。誠能力行於今。將見士大夫之名節愈属。民間之薄俗可致。而國家他日。亦不患其無仗義死節之士矣。一事之行。所繋如此。孰謂任怨分謗爲宰相細行哉
夫れ署を共にし事を聯ぬるに、一人 努力して前めば、則ち余の者は皆 当に補相して以て其の志を成すべし。苟くも彼 前めば我 却き、彼 行けば我 止まり、動きて相ひ随はず、語りて相ひ応ぜざれば、則ち事功の成る者 能く幾ばくぞ。此れ古人の推車同舟の喩へ有る所以なり。其れ或ひは舟を共にして以て済り、而して一人 溺るれば、則ち凡そ舟に在る者は、成の宜しく力を并せて以て之を救ふべきを論ずる無し。此れ賢不肖の共に知る所なり。況んや同じく臣子と為り、同じく天下国家の寄を受くる者、一人 禍を被るを坐視して恤へざる可けんや。其れをして一己の私の為に自ら伊戚を貽さしむれば、固より恤ふるに足る無し。其れ或ひは知りて言はざる無く、言ひて尽くさざる無く、公家の務め、一に大公至正を以て之を処し、彼 己の為・家の為にして罪を得るに非ざれば、則ち凡そ官を同じくする者、安くんぞ身を擬して前み、之と難を共にせざるを得んや。大抵 一人 不幸にして罪を得れば、長たる者は「此れ我が罪」と曰ひ、貳たる者も亦た「此れ我が罪」と曰ひ、闔堂の人をして皆 争ひて引きて己が罪と為さしむれば、則ち彼の罪を獲る者、釈く能はずと雖も、亦た必ず重論に至らず。古の敢へて諫争せし者は、其の遇 聴納せられざれば、其れ此の人を殺さんより臣を殺すに若かずと謂ふに至る。尚ほ此くの如く解を求む。其れ肯へて同官の寃抑を坐視して省みざらんや。嗚呼、分謗引咎の事をして、宰相たる者 誠に能く今に力行せしめば、将に士大夫の名節 愈いよ励むを見、民間の薄俗 致す可く、而して国家の他日、亦た其の仗義死節の士無きを患へざるを見んとす。一事の行、繋る所 此くの如し。孰か任怨・分謗を宰相の細行と謂はんや。
そもそも役所を共にし仕事を連ねる以上、一人が努力して前に進み出たなら、他の者は皆それを補佐してその志を遂げさせるべきだ。もし彼が進めば自分は退き、彼が行けば自分は止まり、動いても足並みをそろえず、語っても応じないなら、成し遂げられる功業などいくらもない。これが古人に「車を推し舟を同じくする」喩えがある理由だ。同じ舟に乗って渡り、一人が溺れれば、舟にいる者は皆、力を合わせて救うべきなのは論を俟たない。これは賢者も愚者も共に知ることだ。まして同じく臣子となり、同じく天下国家を託された者が、一人が禍を被るのを傍観して憐れまずにいられようか。もしその者が自分の私利のために自ら苦しみを招いたのなら、憐れむには及ばない。だが、知って言わぬことなく、言って尽くさぬことなく、公務をひたすら大公至正で処理し、彼が自分や家のために罪を得たのでなければ、同僚たる者、どうして身をなげうって前に進み、共に難に当たらずにいられよう。おおむね一人が不幸にして罪を得たとき、長たる者が「これは自分の罪だ」と言い、次席の者も「これは自分の罪だ」と言い、役所じゅうの者が皆争って自分の罪として引き受ければ、罪を得た当人は、放免はされずとも、必ず重い処罰には至らない。古の、あえて命がけで諫争した者は、自分の意見が容れられなければ「この人を殺すより、私を殺したほうがよい」とまで言った。これほど身を挺して弁護を求めたのだ。どうして同僚の無実の抑圧を傍観して省みずにいられよう。ああ、そしりを分かち咎を引き受けることを、宰相たる者がまことに今力めて行えば、士大夫の名節はいよいよ励まれ、民間の薄い風俗も厚くでき、国家は将来、義に殉じ節に死ぬ人材に事欠かなくなるだろう。一つの行いにかかるものはこれほど大きい。誰が任怨・分謗を宰相の些細な行いだと言えようか。
應變 第八
事機之發。有常有變。常者中人處之而有餘。變者雖上智亦有所不足。樽俎之下。卒然而報兵遽然而聞憲。輒當詳其虚賁度其逆順。殆不可一聞其言輒倉皇上變。徴發百出。未見敵而先自撓也。且事固有聲虚以釣實。乘間以拘利傳黴爲巨。以無形。為有形。疑似之間。不可不察。若夫國有大奸境有大敵。彼既非常。而吾則以非常之計備之。若乃泥文守經。終見動輒有礙。而事亦無所濟矣。故古人遇此權以濟才。随宜制變。如丸轉於盤而不出於盤。如水委曲赴海。而不悖於淹。王商開大水之言。君臣皆驚。而商獨必其無事。桓温將移晉祚聲誅王謝。而謝安雍容談笑。以折其鋒。囘絶吐蕃合兵深陽郭子儀單騎以往喩。蓋宰相者。非常之任也。居非常之任獨不能爲非常之事可乎。故前輩謂鎮定大事非至公至誠不能。或死或生。擧置度外。嗚呼。世常以大臣國家柱石者。其謂茲與大臣之下當有爲字一献
事機の発するや、常有り変有り。常なる者は中人 之を処して余り有り。変なる者は上智と雖も亦た足らざる所有り。樽俎の下、卒然として兵を報じ、遽然として急変を聞かば、輒ち当に其の虚実を詳らかにし、其の逆順を度るべし。殆ど一たび其の言を聞きて輒ち倉皇として変を上し、徴発 百出、未だ敵を見ずして先づ自ら撓む可からざるなり。且つ事は固より声を虚しくして以て実を釣り、間に乗じて以て利を拘へ、微を伝へて巨と為し、無形を以て有形と為すもの有り。疑似の間、察せざる可からず。若し夫れ国に大奸有り境に大敵有らば、彼 既に非常なれば、而して吾 則ち非常の計を以て之に備ふ。若し乃ち文に泥み経を守れば、終に動もすれば礙ぐる有るを見て、事も亦た済す所無し。故に古人 此に遇へば権を以て才を済し、宜に随ひて変を制す。丸の盤に転じて盤を出でざるが如く、水の委曲して海に赴きて淹に悖らざるが如し。王商は大水の言を開き、君臣 皆 驚くも、商は独り其の事無きを必す。桓温 将に晋の祚を移さんとし声に王・謝を誅せんとするも、謝安 雍容として談笑し、以て其の鋒を折く。回紇 吐蕃と兵を合はせ深く入らんとせしも、郭子儀 単騎して以て往きて喩す。蓋し宰相なる者は、非常の任なり。非常の任に居りて独り非常の事を為す能はずして可ならんや。故に前輩 謂ふ、大事を鎮定するは至公至誠に非ざれば能はず、或ひは死し或ひは生き、挙げて度外に置くと。嗚呼、世 常に大臣を以て国家の柱石と謂ふは、其れ茲を謂ふか。
事態の発生には、常態と変事がある。常態は凡庸な人でも余裕をもって処理できる。変事は最高の知者でも手に余ることがある。宴席の下でにわかに戦が報じられ、突然の急変を聞いたら、まずその虚実を詳らかにし、その順逆を測るべきだ。一報を聞くやいなや慌てて変事を上奏し、動員を次々にかけて、まだ敵も見ぬうちに自ら崩れてはならない。そもそも事には、虚報で実を釣り、隙に乗じて利を得ようとし、微かなことを大きく見せ、無形を有形に装うものがある。真偽紛らわしい間を、見きわめねばならない。もし国に大悪人があり境に大敵があれば、相手が非常なのだから、こちらも非常の計で備える。もし型(文・経)にこだわり定石を守るだけなら、結局どこかで行き詰まり、事は成就しない。だから古人はこの局面で、臨機の判断(権)で才を補い、時宜に応じて変に対処した。玉が盤上を転がっても盤を出ないように、水が曲がりくねっても必ず海へ至るように、原則を失わずに変化するのだ。王商は大水が来るという流言に君臣皆が驚くなか、独りその事の無いことを見抜いた。桓温が晋の帝位を奪おうとして王坦之・謝安を誅すると称したとき、謝安はゆったりと談笑してその鋒先を折った。回紇が吐蕃と兵を合わせて深く侵入しようとしたとき、郭子儀は単騎で赴いて説得した。そもそも宰相とは非常の任である。非常の任にありながら非常の事をなせないでよいはずがない。だから先輩はこう言う——大事を鎮定するのは至公至誠でなければできない、あるいは死にあるいは生き、すべて度外に置くのだ、と。ああ、世が常に大臣を国家の柱石というのは、まさにこのことを言うのだろう。
獻納 第九
人臣之納言於君也。事未然而言之。則十従八九。無事則游政般樂。日相親比。一旦有所不可。乃左遽右挽。極其力以救之。殆未見其濟者。政使或允亦必出於勉強而非其本心。若夫善於納言者則不然。或因進見或因講讀或自燕居先事陳説。如是一則國安。如是則國危。如是則爲聖君如是則爲暴主或引古昔或援祖宗必使之心悟神會。表裏洞然乃可陳善而無扞格之患。昔孟子三見齊王而不言事。曰我先攻其一同一一廟堂忠吉邪心。大臣事君。職當如此。古人甚至有難於自言者。往往旁召耆年宿徳。置諸左右。使人君有所畏憚而不敢恣。則其爲虚亦深遠矣。雖然臣之於君也。入則懇懇以盡忠。出則謙謙以自悔。凡所白於上者。不可洩於外而代諸人。善則歸君。過則歸己。其若是者。非欲遠嫌避禍。大臣之體。所當然也。坤之六二。含章可貞。蓋亦此意。嘗見近代執政有所建白呶呶焉。惟恐人之不知。卒至讒譫乗之。中途見棄。易大繋所謂君不密則失臣。臣不密則失身。諒哉六二六三之誤一
人臣の言を君に納るるや、事 未だ然らざるにして之を言へば、則ち十に八九は従はる。事無ければ則ち政を游び楽を般しみ、日び相ひ親比し、一旦 不可なる所有れば、乃ち左に遽ぎ右に挽き、其の力を極めて以て之を救ふも、殆ど其の済すを見ざるなり。政使ひ或ひは允さるるも、亦た必ず勉強に出でて其の本心に非ず。若し夫れ善く言を納るる者は則ち然らず。或ひは進見に因り、或ひは講読に因り、或ひは燕居より、事に先んじて陳説す。是くの如くすれば則ち国 安く、是くの如くすれば則ち国 危く、是くの如くすれば則ち聖君と為り、是くの如くすれば則ち暴主と為ると。或ひは古昔を引き、或ひは祖宗を援き、必ず之をして心悟り神会し、表裏 洞然たらしめて、乃ち善を陳べて扞格の患ひ無かる可し。昔 孟子 三たび斉王に見えて事を言はず、曰く、我 先づ其の邪心を攻むと。大臣の君に事ふる、職として当に此くの如くなるべし。古人 甚だ自ら言ふを難んずる者有り、往往にして旁ら耆年宿徳を召して諸を左右に置き、人君をして畏憚する所有りて敢へて恣にせざらしむ。則ち其の慮ること亦た深遠なり。然りと雖も臣の君に於けるや、入りては則ち懇懇として以て忠を尽くし、出でては則ち謙謙として以て自ら晦す。凡そ上に白す所の者は、外に洩らして諸人に誇る可からず。善は則ち君に帰し、過は則ち己に帰す。其の是くの若き者は、嫌を遠ざけ禍を避けんと欲するに非ず。大臣の体、当に然るべき所なり。坤の六二、章を含みて貞なる可し、蓋し亦た此の意なり。嘗て近代の執政を見るに、建白する所有れば呶呶焉として、惟だ人の知らざるを恐る。卒に讒譫の之に乗ずるに至り、中途にして棄てらる。易の繋辞に謂ふ所の、君 密ならざれば則ち臣を失ひ、臣 密ならざれば則ち身を失ふとは、諒なるかな、六二・六三の誡めなり。
臣が君に意見を進めるには、事がまだ起きぬうちに言えば、十のうち八、九は聞き入れられる。事がなければ遊興を共にし楽しみ、日々親しみ、いざ不都合が起きてから、あちこち慌てて力を尽くして救おうとしても、成功はほとんど見られない。たとえ容れられても、必ず無理からの容認で本心ではない。上手に意見を進める者はそうではない。謁見の折、進講の折、くつろぎの折を捉え、事に先んじて説く——「こうすれば国は安く、こうすれば国は危うい、こうすれば聖君となり、こうすれば暴君となる」と。あるいは古の事例を引き、あるいは祖宗の教えを援き、必ず君主が心底から悟り、表裏くまなく納得するようにさせて、はじめて善を陳べても抵抗される憂いがなくなる。かつて孟子は斉の宣王に三度会って政事を語らず、こう言った——「私はまず王の邪心を正すのだ」と。大臣が君に仕えるには、まさにこうあるべきだ。古人には、自分で直言するのを難しいとみて、しばしば徳望ある老人を招いて君主の傍らに置き、君主に畏れ憚る者を持たせて恣にさせぬようにした者がいる。その慮りもまた深遠だ。とはいえ臣が君に対しては、内に入ってはねんごろに忠を尽くし、外に出てはへりくだって自らを目立たせない。上に申し上げたことは、外に漏らして人に誇ってはならない。善は君に帰し、過ちは己に引き受ける。こうするのは、嫌疑を避け禍を避けようとするためではない。大臣の本体として、当然そうあるべきだからだ。『易』坤卦六二の「章を含みて貞なるべし(内なる美をたたえて正しくあれ)」も、この意である。かつて近ごろの執政を見るに、建白すると得々として、ただ人に知られぬのを恐れる。ついには讒言につけ込まれ、中途で棄てられた。『易』繋辞伝にいう「君が慎密でなければ臣を失い、臣が慎密でなければ身を失う」とは、まことに坤卦六二・六三の戒めである。
退休 第十
博施兼善。士君子通願也。然有志而無才。則不能。有才而無位。則不能。有位而不見知於上則不能。見知矣而小人間之。則不能。嗚呼此士大夫所以出而用世之難也。上焉。恥其君不及堯舜下焉。思一夫不被其澤若己推而納諸溝中。世俗所樂。若聲色。若宮室。若珍異車服之奉。一皆無有。其所有者。自頂至踵。天下國家之憂而已。爲君上者。誠能亮其如是之懐凡有所言。優容歸納。猶或庶幾。其或疑其奪權違己。売直售名。將見擧動皆癒。而身死無所矣。所以自古忠直爲國者少。阿容佞詐。惟己之爲者多此無他。蓋由爲己則有福而無禍。爲國則有禍而無福故也。嗚呼。人君能以是思之。則凡盡忠於我者。萬不至於譴責矣。雖然聖人謂道合則服從。不可則去。爲人臣者。亦當燭幾先見。退身於未辱之前庶幾君臣之間。兩無所慊。甞見前代爲臣不免者大率皆由知進而不知退。戀慕榮寵以致之。殆不宜獨咎國家也。或謂不可則去。無乃於君臣之間太薄。竊謂君臣以義合者也。其所以合者。非華其爵也。非利其祿也。不過欲行其道而已矣。道行。則從而留。道不行。則從而去。不使久而至於厭鄙誅竄之地。乃所以厚君臣之分也。奚薄焉
博く施し兼ねて善くするは、士君子の通願なり。然れども志有りて才無ければ則ち能はず、才有りて位無ければ則ち能はず、位有りて上に知られざれば則ち能はず、知られて小人 之を間つれば則ち能はず。嗚呼、此れ士大夫の出でて世を用ふるの難き所以なり。上には其の君の堯舜に及ばざるを恥ぢ、下には一夫の其の沢を被らざるを、己 推して諸を溝中に納るるが若しと思ふ。世俗の楽しむ所、声色の若き、宮室の若き、珍異車服の奉の若き、一に皆 有ること無く、其の有する所の者は、頂より踵に至るまで、天下国家の憂ひのみ。君上たる者、誠に能く其の是くの如きの懐を亮とし、凡そ言ふ所有れば優容帰納せば、猶ほ或ひは庶幾からん。其れ或ひは其の権を奪ひ己に違ひ、直を売り名を售ると疑へば、将に挙動 皆 禍に、身死して所無きを見んとす。所以に古より忠直にして国を為むる者は少く、阿容佞詐にして惟だ己を之れ為す者は多し。此れ他無し、蓋し己の為にすれば則ち福有りて禍無く、国の為にすれば則ち禍有りて福無きに由るが故なり。嗚呼、人君 能く是を以て之を思へば、則ち凡そ我に忠を尽くす者、万に譴責に至らざらん。然りと雖も、聖人 謂ふ、道 合へば則ち服従し、可ならざれば則ち去ると。人臣たる者、亦た当に幾を燭らし先を見て、身を未辱の前に退くべし。庶幾はくは君臣の間、両ながら慊とする所無からん。嘗て前代を見るに臣たりて免れざる者は、大率 皆 進むを知りて退くを知らず、栄寵を戀慕するに由りて以て之を致す。殆ど独り国家を咎むべからざるなり。或ひと謂ふ、可ならざれば則ち去るは、乃ち君臣の間に於いて太だ薄からずやと。竊かに謂ふ、君臣は義を以て合ふ者なり。其の合ふ所以の者は、其の爵を華とするに非ず、其の禄を利とするに非ず、其の道を行はんと欲するに過ぎざるのみ。道 行はるれば則ち従つて留まり、道 行はれざれば則ち従つて去り、久しくして厭鄙誅竄の地に至らしめず、乃ち君臣の分を厚くする所以なり。奚ぞ薄からんや。
広く恵みを施しあまねく善くするのは、士君子共通の願いだ。だが志があっても才がなければできず、才があっても位がなければできず、位があっても上に認められなければできず、認められても小人に妨げられればできない。ああ、これが士大夫が世に出て用いられるのが難しい理由だ。真の宰相は、上は君が堯舜に及ばぬことを恥じ、下は一人の民が恩恵を受けられぬのを、自分がその者を溝の中に突き落としたかのように思う。世間の楽しむもの——美声美色、豪壮な邸宅、珍奇な車馬衣服の贅——を一切持たず、頭のてっぺんから足の先まで、抱えているのはただ天下国家への憂いだけだ。君上たる者が、まことにこうした心を諒として受け容れ、何か進言があれば寛やかに聞き入れるなら、まだ望みはある。だがもし、権を奪われ自分に背いたと疑い、正しさを売り名を売っていると疑えば、その挙動はすべて禍となり、身を滅ぼしても行き場がなくなる。だから昔から忠直に国のために尽くす者は少なく、へつらい欺いてただ自分のために立ち回る者が多い。他でもない、自分のためにすれば福があって禍がなく、国のためにすれば禍があって福がないからだ。ああ、君主がこれを思えば、自分に忠を尽くす者を、まず譴責することはなくなる。とはいえ聖人は言う——道が合えば従い、合わなければ去る、と。臣たる者もまた、兆しを見抜き先を見て、辱めを受ける前に身を退くべきだ。そうすれば君臣の間、双方に不満が残らない。かつて前代を見るに、臣として禍を免れなかった者は、おおむね進むことを知って退くことを知らず、栄華と寵愛に恋々としてそれを招いた。国家ばかりを責めることはできない。ある人は言う——「合わなければ去る」とは、君臣の間であまりに薄情ではないか、と。ひそかに思うに、君臣は義によって結ばれる。結ばれる理由は、その爵位を華とするのでも、その俸禄を利とするのでもなく、ただその道を行おうとするにすぎない。道が行われれば従って留まり、行われなければ従って去り、長く留まって嫌われ辱められ誅殺・流罪の地に至らせない——これこそ君臣の分を厚くする道だ。どうして薄情であろうか。
風憲忠告(ふうけんちゅうこく)
監察官(御史・廉訪)たる者の道を説く。序+全十章(自律・示教・詢訪・按行・審録・薦挙・糾弾・奏対・臨難・全節)。原文・訓読文・現代語訳を収録。
風憲忠告 序
曩聞崇安令郷從吉甫。能以忠信使民。民亦樂其治。予過崇安會從吉問所治何先。即出書一卷曰。某不敏。粗效一官者。此書之力也。予閲其書則演國張文忠公爲縣令時所著。采比古人嘉言善行。自正心修身以至事上恵下。撞姦決疑。郎隱治賦。凡可爲郡縣楷式者。無不曲盡其宜且簡而易行。約而易守。名之曰牧民忠告。及余客京師甞於臺臣之家。見所謂風意忠告者。言風紀要務凡十章。亦公爲御史時所著也。今年余謁闔海監憲莊公。出風意忠告將鑑梓以廣其傳俾余序之。余得重観是書。則歎曰。文忠眞仁人也。仁者恥獨善於己。己爲令長。得牧民之道欲使天下牧民之吏。人人盡其道。己爲憲臣。能振紀綱。愼擧刺。言人所難言。欲使天下爲憲臣者。人人皆然。公其心於天下。而不私其身。雖令尹子文之忠不及此也。傳曰。仁人之言。其利博哉。是書可謂仁人之言矣。時文忠公之子引來僉閨憲。克濟世徳云。至正乙未秋林林生序
曩に聞く、崇安の令 郷從吉甫、能く忠信を以て民を使ひ、民も亦た其の治を楽しむと。予 崇安を過り、會々 從吉に治むる所 何をか先にすと問ふ。即ち書一巻を出だして曰く、某 不敏なるも、粗ぼ一官に效あるは、此の書の力なり、と。予 其の書を閲するに、則ち演国張文忠公の県令為りし時に著す所なり。古人の嘉言善行を采比し、正心修身より以て上に事へ下を恵むに至り、姦を摧き疑を決し、隠に即き賦を治む。凡そ郡県の楷式為る可き者、其の宜しきを曲尽せざる無く、且つ簡にして行ひ易く、約にして守り易し。之を名づけて牧民忠告と曰ふ。余 京師に客たりし及び、嘗て台臣の家に於いて、所謂る風憲忠告なる者を見る。風紀の要務を言ふこと凡そ十章、亦た公の御史為りし時に著す所なり。今年 余 闔海の監憲荘公に謁す。風憲忠告を出だし将に梓に鋟て以て其の伝を広めんとし、余をして之に序せしむ。余 重ねて是の書を観るを得て、則ち歎じて曰く、文忠は真に仁人なり、と。仁者は独り己を善くするを恥づ。己 令長と為りては、牧民の道を得て天下の牧民の吏をして、人人 其の道を尽くさしめんと欲し、己 憲臣と為りては、能く紀綱を振るひ、慎みて挙刺し、人の言ひ難き所を言ひ、天下の憲臣為る者をして、人人 皆 然らしめんと欲す。公 其の心を天下に公にして、其の身を私せず。令尹子文の忠と雖も此に及ばざるなり。伝に曰く、仁人の言、其の利 博きかな、と。是の書は仁人の言と謂ふ可し。
この書に付された編者の序である。——かつて崇安県令の郷從吉甫が、忠信をもって民を使い、民もその治世を楽しんだと聞いた。私が崇安を通ったとき、たまたま從吉に「治めるのに何を第一とするか」と問うと、すぐに一巻の書を出してこう言った——「私は不才ですが、まがりなりにも一官を全うできたのは、この書の力です」と。私がその書を見ると、演国・張文忠公(張養浩)が県令であったときの著述だった。古人の善き言葉・善き行いを集め、心を正し身を修めることから上に仕え下を恵むこと、悪を挫き疑いを裁き、隠れた事を明らかにし賦税を治めることまで、およそ郡県の模範となるべきことをことごとく尽くし、しかも簡潔で行いやすく、要を得て守りやすい。これを『牧民忠告』と名づける。私が都に滞在したとき、ある台臣の家で『風憲忠告』というものを見た。監察の要務を説くこと十章、これも公が御史であったときの著述である。今年、私は闔海の監憲・荘公に謁した。荘公は『風憲忠告』を出して版木に刻み広めようとし、私に序を書かせた。私は重ねてこの書を読んで、感嘆して言った——「文忠公はまことに仁の人だ」と。仁者は自分ひとりが善であることを恥じる。自らが県令となっては牧民の道を体得し、天下の牧民官が皆その道を尽くすことを願い、自らが監察官となっては綱紀を振るい、慎んで人を挙げ弾劾し、人の言いにくいことを言い、天下の監察官が皆そうあることを願った。公はその心を天下に公にして、わが身を私しなかった。あの「令尹子文の忠」でさえ、これには及ばない。伝に「仁人の言葉は、その利益が広い」という。この書こそ仁人の言葉と言うべきである。
自律 第一
士而律身。固不可以不嚴也。然有官守者。則當嚴於士焉。有言責者。又當嚴於有官守者焉。蓋執法之臣。將以糾姦縄惡。以肅中外以正紀綱。自律不嚴。何以服衆。夫所謂嚴如處子之居室。一行一止。一語一黙。必遵禮法厥徳乃全。鞋歩有違。則人人人而譬之矣。苟挾權勢惟殖己私或巧規子錢或盗行撫鐵或荒耽物藥或私用親屬或田獵不時。或宴遊無度。或潜托有司之事或妄興不急之工或曠官第而都而弗居。或縦家人而不檢。斯於數者而有一焉。皆足爲風意之累近年南北富民。多起宅以居勢要因濟己私既有官舎則不必居於彼矣。夫國家以中臺爲肅政以御史爲監察以憲司爲廉訪者。欲以糾奸貪戦紛擾開誡布公。俾所屬知所法也。今而若是。牧民之吏。將焉法哉。且他人有犯。輕則吾得而言之。又重吾得聞於上而戮之。己之所犯。其孰得而發哉。恃人不敢發日甚一日將如臺察何。將如天理何。故余備載其然俾爲憲司者有則改之。無則盆知所以自重
士にして身を律するは、固より以て厳ならざる可からざるなり。然れども官守有る者は、則ち当に士より厳なるべし。言責有る者は、又 当に官守有る者より厳なるべし。蓋し法を執るの臣は、将に以て姦を糾し悪を縄し、以て中外を粛し以て紀綱を正さんとす。自律 厳ならずんば、何を以て衆を服せん。夫れ所謂る厳とは、処子の室に居るが如く、一行一止、一語一黙、必ず礼法に遵ひて厥の徳 乃ち全し。跬 違ふ有れば、則ち人人 得て之を議す。苟くも権勢を挟みて惟だ己が私を殖し、或ひは巧みに子銭を規り、或ひは盗みて撲買を行ひ、或ひは荒れて物楽に耽り、或ひは私に親属を用ひ、或ひは田猟 時ならず、或ひは宴遊 度無く、或ひは潜かに有司の事に托し、或ひは妄りに不急の工を興し、或ひは官第を曠しくして居らず、或ひは家人を縦にして検せず。斯の数者に於いて一 有らば、皆 風憲の累と為るに足る。夫れ国家 中台を以て粛政と為し、御史を以て監察と為し、憲司を以て廉訪と為す所以の者は、姦貪を糾し紛擾を戢、誠を開き公を布し、所属をして法る所を知らしめんと欲すればなり。今にして是くの若くんば、牧民の吏、将に焉くにか法らんや。且つ他人 犯す有れば、軽きは則ち吾 得て之を言ひ、重きは吾 得て上に聞して之を戮す。己の犯す所は、其れ孰か得て之を発せんや。人の敢へて発せざるを恃みて、日び一日より甚だしくば、将に台察を如何せん、将に天理を如何せん。故に余 備さに其の然るを載せて、憲司為る者をして則有らば之を改め、無くんば益々自ら重んずる所以を知らしむ。
士でも身を律するには、当然、厳格でなければならない。だが官職を守る者は、士よりも厳しくあるべきだ。諫言の責を負う者は、さらに官職を守る者よりも厳しくあるべきだ。そもそも法を執る臣は、悪を糾し取り締まり、内外を粛正し綱紀を正そうとする者だ。自らの律し方が厳しくなければ、どうして人々を服させられよう。ここでいう「厳」とは、未婚の女性が奥深く慎んで暮らすように、一挙一動・一言一黙のすべてを必ず礼法に従わせ、その徳が完全になることだ。半歩の逸脱があれば、人々はそれを取り沙汰する。もし権勢を笠に着てただ私腹を肥やし、あるいは巧妙に利貸しをし、あるいは不正な取引をし、あるいは遊興物欲に溺れ、あるいは私的に縁者を用い、あるいは時ならぬ狩猟にふけり、あるいは度を越して宴遊し、あるいはひそかに役所の職務に事寄せ、あるいはみだりに急がぬ土木を起こし、あるいは官舎を空けて住まず、あるいは家人を放任して取り締まらない——これらのうち一つでもあれば、皆、監察官の名を汚すに足る。近ごろ南北の富民の多くが邸宅を建てて権勢家に住まわせ、自分の私利を計っている。だが官舎があるなら、そこに住む必要はないはずだ。そもそも国家が中台を粛政の府とし、御史を監察とし、憲司を廉訪とするのは、悪や貪りを糾し騒乱を鎮め、誠を開き公を布いて、属下に手本を示させようとするためだ。それなのに監察官自身がこの有り様では、牧民官はいったい何を手本にするのか。それに、他人が罪を犯せば、軽ければ自分がそれを指摘し、重ければ上に奏上して処罰できる。だが自分の犯した罪は、いったい誰が暴けるのか。人があえて暴けないのをいいことに、日ごとにひどくなれば、監察の府をどうする、天理をどうするのか。だから私はその実情をつぶさに記して、監察官たる者が、規則があれば改め、なければますます自らを重んずる道を知るようにするのだ。
示教 第二
甚矣。人之不可無教也。生如聖人猶胥訓告。胥教誨。况不能聖人萬一者。可忽焉而一不務哉。大抵常人之情。服其所遵。而信其所畏。非是者雖耳提面命則亦不足以發其良心何則非所素服素畏者故也。今夫庶司之職。爲衆所畏服者。莫如風意。誠因監激於彼或始上之日。會所屬而勗之曰。彼之官重者廷授。次者省授。又次則吏部授。大小雖殊。無非國家臣子爲人臣子奸汗不法。人孰汝容。夫納賄者礼私。所得甚少。所喪教甚多。與其事敗而治曷若先事而欲之爲愈哉。吾之此言。雖曰薄汝。實厚汝也。雖若毒汝。實恩汝也。苟能如是諭之。吾知退而必有率徳改行。易凶惡爲善良者矣。且刑罰不足以致治。教之而使不犯。爲治之道莫尚焉。聖人謂不教而殺謂之虐。又聞治於未然者易。治於已然者難。近年劉伯宣爲浙西憲使疏冥西山守令四箴撰告所屬。且曰、近年執憲者。惟知成人以刑。而不知誨人以善。嗚呼。劉公此言。可謂仁人君子深得風憲之體者矣
甚だしきかな、人の教無かる可からざるや。生れながらにして聖人の如きすら、猶ほ胥ひに訓告し、胥ひに教誨す。况んや聖人の万一に能はざる者、忽焉として一も務めざる可けんや。大抵 常人の情、其の遵ふ所に服して、其の畏るる所を信ず。是に非ざる者は、耳提面命すと雖も、則ち亦た以て其の良心を発するに足らず。何となれば則ち素より服し素より畏るる所に非ざる者なるが故なり。今夫れ庶司の職、衆の畏服する所と為る者は、風憲に如くは莫し。誠に彼を監激するに因り、或ひは始めて上るの日、所属を会して之を勗めて曰く、彼の官の重き者は廷授、次なる者は省授、又 次なるは則ち吏部授なり。大小 殊なると雖も、国家の臣子に非ざる無し。人の臣子と為りて姦汙法なれば、人 孰か汝を容れん。夫れ賄を納るる者は私に礼せられ、得る所 甚だ少なく、喪ふ所 甚だ多し。其の事 敗れて治めらるるより、曷ぞ事に先んじて之を戒むるを愈と為すに若かんや。吾の此の言、薄しと曰ふと雖も実は汝を厚くするなり。毒しと若きと雖も実は汝を恩とするなり。苟くも能く是くの如く之を諭さば、吾 退きて必ず徳に率ひ行を改め、凶悪を易へて善良と為る者有るを知る。且つ刑罰は以て治を致すに足らず。之を教へて犯さざらしむるは、治を為すの道 焉より尚きは莫し。聖人 教へずして殺すを之を虐と謂ふと。又 聞く、未然に治むる者は易く、已然に治むる者は難しと。近年 劉伯宣 浙西の憲使為り、西山の守令四箴を疏み告して所属に頒ち、且つ曰く、近年 憲を執る者、惟だ人を成すに刑を以てするを知りて、人を誨ふるに善を以てするを知らず、と。嗚呼、劉公の此の言、仁人君子 深く風憲の体を得たる者と謂ふ可し。
なんと、人には教えが欠かせないことよ。生まれつき聖人のような者ですら、なお互いに訓戒し合い、教え諭し合う。まして聖人の万分の一にも及ばぬ者が、教えをひとつも怠ってよいはずがない。おおむね普通の人の情として、自分が敬い従う相手に服し、畏れる相手を信じる。そうでない相手には、耳元で説き面と向かって命じても、その良心を呼び起こすには足りない。もともと敬い畏れる相手ではないからだ。今、諸官庁の職で、人々が最も畏れ敬うのは監察官(風憲)に及ぶものはない。まことにその立場を活かし、着任の日に属下を集めて励ましてこう言うがよい——「あなた方の官は、重い者は朝廷から、次は省から、その次は吏部から任じられた。大小の別はあれど、皆等しく国家の臣だ。臣たる者が不正を働けば、誰があなたを庇おう。賄賂を受ける者は、内々に礼遇されて得るものはごくわずか、失うものは甚だ多い。事が破綻して裁かれるより、事前に戒めるほうがどれほど善いか。私のこの言葉は、薄情なようで実はあなたを厚遇するもの、毒のようで実はあなたへの恩なのだ」と。もしこう諭せば、退いて必ず徳に従い行いを改め、凶悪を善良に変える者が出ると私は知っている。それに刑罰だけでは治まらない。教えて罪を犯させないことこそ、政の道でこれ以上のものはない。孔子は「教えずして殺す、これを虐という」と言った。また「未然に治めるのは易く、すでに起きてから治めるのは難しい」とも聞く。近ごろ劉伯宣が浙西の憲使となり、西山の守令四箴を著して属下に頒ち、こう言った——「近ごろ監察を執る者は、ただ刑罰で人を仕上げることを知って、善で人を教えることを知らない」と。ああ、劉公のこの言葉こそ、深く監察の本体をつかんだ仁人君子と言えよう。
詢訪 第三
今爲政者。往往以先入之言爲主。非彼狃殉一偏蓋由不通上下之情故也。欲通其損情莫如悉心論訪。小而一縣一州。大而一郡一國。吏孰貪邪。官執廉正。何事病衆。何其政利民。及豪横有無。風俗厚薄。既得其凡他日詳加綜覈驗以事。其孰得而隱哉。苟廉矣。即優之禮貌薦之擧之。則善者勸矣。苟貪矣。雖極品之貴即蔑之。威拒之糾劾之則爲惡者懲矣。推而至於待土遇吏。亦莫不然。大抵一道之任。猶一家之務焉。其其善爲家者。才子弟族屬。下至奴隷情性良否。皆所當知。一或不及。則將甘爲所弄而不悟。久而必致是非顛倒以倭爲忠。以貪爲廉。以無能爲有能。政令不行。而紀綱替矣。前輩有云。爲宰相不難。一心正。兩眼明。足矣。嗚呼。彼長風憲者。其責任之重。亦豈下夫宰相哉。若之何。不以前輩之言爲法
今 政を為す者、往往にして先入の言を以て主と為す。彼の偏に狃殉するに非ずんば、蓋し上下の情に通ぜざるに由るが故なり。其の情に通ぜんと欲せば、心を悉くして詢訪するに如くは莫し。小にして一県一州、大にして一郡一国、吏 孰か貪邪、官 孰か廉正、何事か衆を病ましめ、何政か民を利し、及び豪横の有無、風俗の厚薄、既に其の凡を得ば、他日 詳らかに綜覈を加へ、験すに事を以てせば、其れ孰か得て隠れんや。苟くも廉なれば、即ち之を優にし礼貌し薦め之を挙ぐれば、則ち善なる者 勧む。苟くも貪なれば、極品の貴と雖も、即ち之を蔑し之を威拒し之を糾劾すれば、則ち悪を為す者 懲る。推して以て士を待ち吏に遇ふに至るまで、亦た然らざる莫し。大抵 一道の任は、猶ほ一家の務めのごとし。其れ善く家を為む者は、子弟族属、下 奴隷に至るまで、情性の良否、皆 当に知るべき所なり。一も或ひは及ばざれば、則ち将に甘んじて弄ばるる所と為りて悟らず、久しくして必ず是非顛倒に致し、佞を以て忠と為し、貪を以て廉と為し、無能を以て有能と為すに至り、政令 行はれずして紀綱 替せん。前輩に云ふ有り、宰相為るは難からず、一心 正しく、両眼 明らかなれば足る、と。嗚呼、彼の風憲に長たる者、其の責任の重き、亦た豈に夫の宰相に下らんや。之を如何ぞ、前輩の言を以て法と為さざる。
今、政を行う者は、とかく先に耳に入った言葉を鵜呑みにする。一方に偏り固執するのでなければ、上下の実情に通じていないからだ。その実情に通じようとするなら、心を尽くして尋ね調べる(詢訪)に限る。小さくは一県一州、大きくは一郡一国について、どの役人が貪欲邪悪でどれが清廉正直か、何が人々を苦しめ何が民を利するか、豪族の横暴の有無、風俗の厚薄——これらの概略をつかんだうえで、後日詳しく検証し、事実で確かめれば、いったい誰が隠れられよう。清廉と分かれば、礼遇し推挙すれば善き者が励む。貪欲と分かれば、最高位の貴顕でも、これを退け拒み弾劾すれば悪をなす者が懲りる。これを推し及ぼして士に接し役人に対するのも、すべて同じだ。おおむね一つの管区を治めるのは一家を切り盛りするのに似ている。よく家を治める者は、子弟や親族から下は召使いに至るまで、その性質の良し悪しをすべて知っておくべきだ。一つでも及ばぬところがあれば、甘んじて手玉に取られて気づかず、やがて必ず是非が転倒し、へつらいを忠と、貪欲を清廉と、無能を有能と取り違え、政令は行われず綱紀は廃れる。先輩にこういう言葉がある——「宰相となるのは難しくない、一つの心が正しく、両の眼が明らかであれば足りる」と。ああ、監察の長たる者、その責任の重さは、あの宰相に劣ろうか。どうして先輩のこの言葉を手本としないでいられよう。
按行 第四
將家云。多算勝少算少算勝無算不特用兵爲然。雖液官臨政。亦莫不爾。夫廉司所淮之處。一方官吏。皆慢然不自安其所不安者。由彼爲惡日久。恐人有以發而訟其之一旦故也。彼既内隱惡則必多方以求司官所親之人而解之。夫司官所親者。曰書吏焉。曰奏差焉。曰總領焉。曰祗候焉。夫爲人彌縫私罪則何求不得。何請不遂。為司官者。苟不深防預備。嚴爲禁切萬一連己。悔將何及。若乃司官廉正。猶或庶幾。其或彼此胥貪。弊將焉救。於是乎。有食歛者有翻載者有篋笥充者。嚢耄盈者凡土所宜靡不捜刮。昔端州出佳硯包孝肅公出判於彼及其代也。徒手而歸。李及知杭州絲餽縷謁不逮門。由是白楽天文集終身以為慊。古人持身之廉如此。况在風憲其所行州郡。敢假分毫之物以自潤哉。大抵憲長得人。則司官不敢恣司官得人。則書吏不敢恣抑聞各道公宴。司官書吏奏差。同堂而坐。喧譁笑謔。上下不分。所以致彼操縦自如。百無忌憚。諺謂廉訪司乃書吏之權。即此觀之。信匪虚語誠能設法以禁之。威武以臨之。小有所犯。即随以鞭朴。如此庶使精鋭消阻。威福不張於外矣。凡初入風憲者不可不知
将家に云ふ、算多きは算少なきに勝ち、算少なきは算無きに勝つと。特り兵を用ふるのみ然りと為さず、歴官臨政と雖も、亦た爾らざる莫し。夫れ廉司の臨む所の処、一方の官吏、皆 慢然として自ら其の所を安んぜず。其の安んぜざる所以の者は、彼 悪を為すこと日 久しく、人の以て発して其の贓を訟ふる有るを恐るる一旦に由る故なり。彼 既に内に悪を隠せば、則ち必ず多方にして以て司官の親しむ所の人を求めて之を解く。夫れ司官の親しむ所の者、書吏と曰ひ、奏差と曰ひ、総領と曰ひ、祗候と曰ふ。夫れ人の為に私罪を弥縫すれば、則ち何をか求めて得ざらん、何をか請ひて遂げざらん。司官為る者、苟くも深く防ぎ預め備へ、厳に禁切を為さずんば、万一 己に連なれば、悔ゆること将に何ぞ及ばん。若し乃ち司官 廉正なれば、猶ほ或ひは庶幾からん。其れ或ひは彼此 胥ひに貪なれば、弊 将に焉くにか救はん。是に於いてか、食歛する者有り、翻載する者有り、篋笥 充つる者有り、嚢橐 盈つる者有り。凡そ土の宜しき所、捜刮せざる靡し。昔 端州 佳硯を出だし、包孝粛公 判を彼に出だすも、其の代るに及ぶや、徒手にして帰る。李及 杭州を知するに、糸餽縷謁 門に逮ばず。是に由りて白楽天の文集も、身を終ふるまで以て慊と為す。古人の身を持するの廉なること此くの如し。况んや風憲に在りて、其の行く所の州郡、敢へて分毫の物を仮りて以て自ら潤さんや。大抵 憲長 人を得れば、則ち司官 敢へて恣にせず。司官 人を得れば、則ち書吏 敢へて恣にせず。抑々聞く、各道の公宴、司官・書吏・奏差、堂を同じくして坐し、喧譁笑謔、上下 分たずと。彼の操縦自如、百に忌憚無きを致す所以なり。諺に廉訪司は乃ち書吏の権と謂ふ。即ち此に観れば、信に虚語に匪ず。誠に能く法を設けて以て之を禁じ、威武もて以て之に臨み、小しく犯す所有れば、即ち随ひて之を鞭朴すれば、此くの如くにして庶はくは精鋭をして消阻せしめ、威福 外に張られざらん。凡そ初めて風憲に入る者、知らざる可からず。
兵法家はいう——計算が多いほうが少ないほうに勝ち、少ないほうがないほうに勝つ、と。これは兵を用いるときだけでなく、官を歴任し政に臨むときも同じだ。監察官(廉司)が臨む先では、その地方の官吏が皆落ち着かず、身の置きどころがない。落ち着かないのは、長く悪事を重ねてきて、いつか人に暴かれて罪を訴えられるのを恐れているからだ。彼らは内に悪を隠すと、あの手この手で監察官の側近を探して取り入り、もみ消そうとする。監察官の側近とは、書吏・奏差・総領・祗候である。彼らが人のために私罪を取り繕えば、求めて得られぬものはなく、頼んで叶わぬことはない。監察官たる者、深く防ぎ予め備え、厳しく禁じておかなければ、万一連座すれば悔いても間に合わない。もし監察官自身が清廉正直なら、まだ望みはある。だが上も下も共に貪欲なら、その弊害はどう救えよう。こうして、賄賂を取り立てる者、荷を積み替えて着服する者、箱いっぱいに貯め込む者、袋いっぱいに溜め込む者が現れ、その土地の名産をことごとく漁り尽くす。かつて端州は良い硯を産したが、包拯(包孝粛公)はそこの長官を務め、任期を終えて去るとき手ぶらで帰った。李及が杭州を治めたときは、贈り物や請託の類を門にも寄せつけなかった。それゆえ白居易の文集さえ、生涯これを(贈答の常として)不満に思ったという。古人の身の持し方の清廉なことはこの通りだ。まして監察官の身で、巡る先の州郡で、わずかな品でも借りて私腹を潤せようか。おおむね監察の長が適任なら属官は勝手をせず、属官が適任なら書吏が勝手をしない。ところが聞くところでは、各道の公宴で、監察官・書吏・奏差が同じ座に着き、騒ぎ笑いふざけて上下の別がないという。それこそ下役が思いのままに操り、何も憚らなくなる原因だ。諺に「廉訪司は書吏の権」というが、こうして見れば、まことに空言ではない。まことに法を設けて禁じ、威厳をもって臨み、少しでも違反があればすぐに鞭で罰すれば、下役の鋭気をくじき、その権勢が外に張られなくなるだろう。監察の職に初めて入る者は、これを知らねばならない。
審録 第五
書曰。庶獄庶愼。又曰。非佞折獄。惟良折獄。易謂君子以明愼用刑。而不留獄。於戯。以此見聖人好生之心與天地等矣。夫饑寒切身。自非深知義理之人。不敢保其心無他。况蚩蚩氓乎。爲守牧者。教養之不至。窮而爲盗。是豈得已哉。古人有以灼其然故爲制也。恒寛緩而不促迫恒哀矜而不忿疾均之爲盗也。而有長幼疎成之分。均之爲姦也。而有夫亡未在之殊有疾則醫薬之疾革則釋梏。入人而待之。夫彼冥迷凶情險之徒。既麗於理矣。何足綴意。而古人爲制如此者。則其仁恕忠厚之事可見矣。昔歐其其陽公父治死囚之獄。求其生而不得。則掩卷而嘆。・言曰。夫常求』陽公父治死囚之獄。求其生而不得。則掩巻而嘆。其言曰。夫常求其生猶失之死况其世常求其死哉。後之殘忍者。一切不務。而惟威刑之尚。謂二二無姑寃而死者吾不信也。夫淮官之法無他。口威心善而已矣。口威則欲其事集心善則不欲輕易害物。况久繋之囚。尤當示以慈祥召之稍前。易其舊所隷卒吏温以善言使自陳顛末情無所疑。然後參之以案。若據案以求其情鮮有不誤人者。蓋州縣無良吏不敢信其已具之文毫其釐或差。生死収繋。故聖人謂與一殺不辜寧失不經又曰。功疑惟重。罪疑惟輕。論囚之道。盡於此矣。君子其愼諸
書に曰く、庶獄庶慎と。又 曰く、佞に非ずして獄を折め、惟だ良のみ獄を折む、と。易に謂ふ、君子 以て明慎にして刑を用ひ、而して獄を留めず、と。於戯、此を以て聖人 好生の心 天地と等しきを見る。夫れ饑寒 身に切なれば、自ら深く義理を知るの人に非ざれば、敢へて其の心に他無きを保たず。况んや蚩蚩たる氓をや。守牧為る者、教養の至らず、窮して盗と為るは、是れ豈に已むを得んや。古人 以て其の然るを灼らかにする有るが故に制を為すなり。恒に寛緩にして促迫せず、恒に哀矜にして忿疾せず。均しく之れ盗為るも、長幼疎戚の分有り。均しく之れ姦為るも、夫の在ると未だ在らざるとの殊有り。疾有れば則ち之を医薬し、疾 革なれば則ち梏を釈く。人に入りて之を待つ。夫れ彼の冥迷凶険の徒、既に理に麗れり。何ぞ意を綴ぐに足らん。而れども古人 制を為すこと此くの如き者は、則ち其の仁恕忠厚の事 見る可し。昔 欧陽公の父 死囚の獄を治むるに、其の生を求めて得ざれば、則ち巻を掩ひて嘆ず。其の言に曰く、夫れ常に其の生を求むるすら猶ほ之を死に失す。况んや世 常に其の死を求むるをや、と。後の残忍なる者、一切 務めずして惟だ威刑を之れ尚び、謂ふ、罪無くして寃死する者無しと。吾 信ぜざるなり。夫れ獄官の法 他無し、口は威にして心は善なるのみ。口 威なれば則ち其の事の集まるを欲し、心 善なれば則ち軽々しく物を害するを欲せず。况んや久しく繋がるるの囚、尤も当に示すに慈祥を以てすべし。之を召して稍や前ましめ、其の旧く隷する所の卒吏を易へ、温むるに善言を以てし、自ら顛末を陳べしめ、情 疑ふ所無からしめ、然る後に之を参すに案を以てす。若し案に拠りて以て其の情を求むれば、人を誤らざる者 鮮し。蓋し州県に良吏無く、其の已に具はるの文を信ずるに敢へてせざるは、毫釐 或ひは差へば、生死 繋がるを慮る故なり。故に聖人 謂ふ、其の不辜を殺さんよりは、寧ろ不経を失へ、と。又 曰く、功は疑はしきも惟れ重んじ、罪は疑はしきも惟れ軽んず、と。囚を論ずるの道、此に尽くせり。君子 其れ諸を慎まん。
『書経』にいう——多くの訴訟を慎め、と。またいう——不正な者ではなく、ただ善良な者だけが獄を裁け、と。『易経』にいう——君子は明らかに慎んで刑を用い、訴訟を留め置かない、と。ああ、これによって聖人の「いのちを重んずる心」が天地に等しいと分かる。飢えと寒さが身に迫れば、深く道理をわきまえた人でなければ、心に迷いが起きないとは保証できない。まして無知な庶民はなおさらだ。地方長官が教え養うことを怠り、民が窮して盗みに走るのは、やむを得ぬ面がある。古人はそのことを見抜いていたから、こういう制度を作った——常に寛やかで責め立てず、常に憐れんで怒り憎まない。同じ盗みでも年齢や親疎の分によって区別し、同じ罪でも(夫が)在るか無いかの別によって扱いを変える。病があれば薬を与え、重ければ枷を解く。深く思いやってこれに接する。あの迷妄で凶悪な連中は、すでに法網にかかっている。心を配るに値しないようにも思える。それでも古人がこういう制度を作ったのは、その仁愛と忠厚の心が見て取れる。かつて欧陽脩の父は死刑囚の訴えを裁くとき、生かす道を探して得られないと、書物を閉じて嘆いた。その言葉にいう——「常に生かす道を探してさえ、なお死に至らせてしまう。まして常に死なせようとしてばかりでは、どうなることか」と。後世の残忍な者は、こうしたことに一切努めず、ただ厳刑ばかりを尊び、「無実で冤死する者などいない」と言う。私はそれを信じない。そもそも獄を扱う官の心得は他でもない、口は厳しく心は善良、これに尽きる。口が厳しければ事の解明を求め、心が善良なら軽々しく人を害そうとしない。まして長く拘留された囚人には、とりわけ慈しみを示すべきだ。囚人を呼んで少し前に進ませ、これまでの担当役人を替え、温かい言葉をかけて自ら事の顛末を述べさせ、心に疑うところがないようにさせて、しかる後に調書と照合する。もし調書に基づいて真相を求めれば、人を誤らせない者はまれだ。州県に良い役人がなく、すでに整った文書を信じきれないのは、わずかの食い違いが生死に関わると慮るからだ。だから聖人は言う——「無辜を殺すくらいなら、むしろ常法を外れよ」と。またいう——「功は疑わしくとも重んじ、罪は疑わしければ軽くせよ」と。囚人を裁く道は、これに尽きる。君子はこれを慎むがよい。
薦挙 第六
夫士有公天下之心。然後能擧天下之賢蓋天下之事。非一人所能周知亦非一人所能獨成。必兼収博采。治理可望焉。故前輩謂報國莫如薦賢。眞知要之言哉。今夫富者之治家。有田焉。必求良農使之耕有貨焉。必求能商使之賈有牛羊焉。必求善参者使之牧何則蓋彼挙挙於治家。故不得不求其人也。況受天下之寄任天下之責者。乃不知求天下之才共治之。豈其智之不若彼富者哉。由其爲國之心。未嘗如其爲家之心之切故也。於此有人焉。廉而且幹。雖有不共載天之仇。公論之下。亦不得而私焉。風意忠告世甞謂風憲非親不保。非仇不彈。又有身爲憲佐風御史薦已就陞者。嗚呼。委以黜陟百官之權。授以儀表百司之職。乃不思報效惟假之以行己私人則受其欺矣。天地鬼神。其受欺乎。大抵求而後擧。不若不求而擧之爲公。識而後薦。不若采之輿論之爲博。夫己不求賢。必使人之求己者皆非也。蓋求則不必挙擧則不必識矣。故古人有聞而擧者有見而擧者有畢仇者有擧親者有集於簿者。有疏諸屏風者。有書之夾袋者。雖其擧不一。要極於公當無私而已。於戯。誠如是。則爲相爲風憲者。安有臨事乏才之嘆
夫れ士に天下を公にするの心有りて、然る後に能く天下の賢を挙ぐ。蓋し天下の事、一人の能く周く知る所に非ず、亦た一人の能く独り成す所に非ず。必ず兼収博采して、治理 望む可し。故に前輩 報国は賢を薦むるに如くは莫しと謂ふ。真に要を知るの言なるかな。今夫れ富者の家を治むる、田有れば必ず良農を求めて之をして耕さしめ、貨有れば必ず能商を求めて之をして賈せしめ、牛羊有れば必ず善牧者を求めて之をして牧せしむ。何となれば蓋し彼 汲汲として家を治むるが故に、其の人を求めざるを得ざればなり。况んや天下の寄を受け天下の責に任ずる者、乃ち天下の才を求めて共に之を治むるを知らざるは、豈に其の智の彼の富者に若かざらんや。其の国を為むるの心、未だ嘗て其の家を為むるの心の切なるが如くならざるに由る故なり。此に人有りて、廉にして且つ幹なれば、共に天を戴かざるの仇有りと雖も、公論の下、亦た得て私すべからず。世 嘗て謂ふ、風憲は親に非ざれば保せず、仇に非ざれば弾ぜずと。又 身 憲佐と為りて御史を諷して已を薦めて陞に就く者有り。嗚呼、委ぬるに百官を黜陟するの権を以てし、授くるに百司に儀表たるの職を以てするに、乃ち報效を思はず、惟だ之を仮りて以て己が私を行はば、人は則ち其の欺を受けん、天地鬼神、其れ欺を受けんや。大抵 求めて後に挙ぐるは、求めずして挙ぐるの公為るに若かず。識りて後に薦むるは、之を輿論に采るの博為るに若かず。夫れ己 賢を求めざれば、必ず人の己を求むる者をして皆 非ならしむ。蓋し求むれば則ち必ずしも挙げず、挙ぐれば則ち必ずしも識らざればなり。故に古人 聞きて挙ぐる者有り、見て挙ぐる者有り、仇を挙ぐる者有り、親を挙ぐる者有り、簿に集むる者有り、諸を屏風に疏す者有り、之を夾袋に書す者有り。其の挙 一ならずと雖も、公当にして私無きに極まるを要するのみ。於戯、誠に是くの如くんば、則ち相と為り風憲と為る者、安くんぞ事に臨みて才に乏しきの嘆有らんや。
そもそも士に天下を公とする心があってはじめて、天下の賢者を挙げられる。天下の事は一人で知り尽くせるものではなく、一人で成し遂げられるものでもない。広く人材を集めてこそ、治まりが望める。だから先輩は「国に報いるには賢者を薦めるに勝るものはない」と言う。まことに要を得た言葉だ。今、富者が家を治めるとき、田があれば必ず良い農夫を求めて耕させ、財があれば必ず有能な商人を求めて商わせ、牛羊があれば必ず良い牧者を求めて飼わせる。なぜなら家を治めるのに懸命だから、適材を求めずにいられないのだ。まして天下を託され天下の責を負う者が、天下の才を求めて共に治めることを知らないのは、その知恵があの富者に及ばないからか。国を思う心が、家を思う心ほど切実でないからだ。ここに廉潔で有能な人物がいれば、たとえ不倶戴天の仇であっても、公論の前では私情で退けてはならない。世間ではかつてこう言った——「監察官は身内でなければ庇わず、仇でなければ弾劾しない」と。また、自分が監察の補佐でありながら御史をそそのかして自分を推挙させ昇進した者もいる。ああ、百官の任免の権を委ね、百官の模範たる職を授けたのに、国に報いることを思わず、ただそれを借りて私欲を行えば、人は欺かれよう。だが天地鬼神が欺かれようか。おおむね求められてから挙げるのは、求められずに挙げる公正さに及ばない。知ってから薦めるのは、世論から採る広さに及ばない。自分が賢を求めなければ、自分に取り入ろうとする者を皆遠ざけられる。求めれば必ずしも挙げられず、挙げれば必ずしも真に知っているとは限らないからだ。だから古人には、聞いて挙げた者、見て挙げた者、仇を挙げた者、身内を挙げた者、名簿に集めた者、屏風に書き出した者、懐の袋に書き留めた者がいた。その挙げ方は一様でないが、要は公正で私心のないことに尽きる。ああ、まことにこうであれば、宰相となり監察官となる者に、事に臨んで人材に事欠く嘆きなどあろうか。
糾弾 第七
夫臺意之職。無内外遠邇之分凡有所知。皆得盡言以聞於上雖在外。苟知居中者非人。糾而言之可也。雖在内。苟知外官者不法糾而言之亦可也。大率期以至公無私斯得之矣。夫人之仕也。有貴近焉。有疎遠焉。貴近者不少貸則位卑而罪徴者不待効而自文矣。故前輩謂豺狼當道。安問狐狸。亦此意也。竊甞謂薦擧之體。則宜先小官。糾弾之體。則宜先貴官。然又當審其素行爲君子爲小人。如誠小人雖有所長。亦不必擧。何則其平日不善者多也。如誠君子。雖有小過。亦不必言。何則其平日之善者多也。況刑憲本以待小人。君子之過。苟不至甚。殆不宜輕易害之。使數十年作養之功。掃地於一旦也。蓋人才難得。全才爲尤難得。昔趙清獻公在言路。彈劾不避權貴。京師號爲鐵一面御史。嘗欲朝廷別白君子小人。其言曰。小人雖有小過。當力排絶之。後乃無患。君子不幸而有註誤。則當爲國家保持愛護以全其徳。於戲。趙公之言。可謂深識遠慮。眞知大體之論矣。故余表而出之。以爲當路者楷式。
夫れ台憲の職、内外遠邇の分無し。凡そ知る所有れば、皆 得て言を尽くして以て上に聞す。外に在りと雖も、苟くも中に居る者の人に非ざるを知らば、糾して之を言ふも可なり。内に在りと雖も、苟くも外官の法らざるを知らば、糾して之を言ふも亦た可なり。大率 期するに至公無私を以てせば、斯ち之を得ん。夫れ人の仕ふるや、貴近有り、疎遠有り。貴近なる者を少しも貸さずんば、則ち位卑くして罪徴なる者は、効を待たずして自ら文らん。故に前輩 豺狼 道に当たれば、安んぞ狐狸を問はんと謂ふ。亦た此の意なり。竊かに嘗て謂ふ、薦挙の体は、則ち宜しく小官を先にすべく、糾弾の体は、則ち宜しく貴官を先にすべし、と。然れども又 当に其の素行を審らかにし、君子為るか小人為るかを察すべし。如し誠に小人ならば、長ずる所有りと雖も、亦た必ずしも挙げず。何となれば其の平日 不善なる者 多ければなり。如し誠に君子ならば、小過有りと雖も、亦た必ずしも言はず。何となれば其の平日の善なる者 多ければなり。况んや刑憲は本と以て小人を待つ。君子の過、苟くも甚だしきに至らずんば、殆ど宜しく軽々しく之を害し、数十年 作養の功をして、一旦に地を掃はしむべからず。蓋し人才 得難く、全才 尤も得難しと為す。昔 趙清献公 言路に在り、弾劾して権貴を避けず、京師 号して鉄面御史と為す。嘗て朝廷をして君子小人を別白せしめんと欲し、其の言に曰く、小人は小過有りと雖も、当に力めて之を排絶すべし、後に乃ち患無し。君子 不幸にして註誤有らば、則ち当に国家の為に保持愛護し以て其の徳を全うすべし、と。於戯、趙公の言、深識遠慮、真に大体を知るの論と謂ふ可し。故に余 表して之を出だし、以て当路者の楷式と為す。
そもそも監察の職には、中央・地方・遠近の別がない。知り得たことがあれば、すべて言葉を尽くして上に奏上できる。地方にいても、中央の要人が適任でないと知れば、糾して奏上してよい。中央にいても、地方官が違法だと知れば、糾して奏上してよい。おおむね至公無私を旨とすれば、それでよい。そもそも人が仕えるには、君主に近く貴い者と、疎く遠い者がある。近く貴い者を少しも手加減しなければ、位が低く罪の軽い者は、追及を待たずに自ら取り繕う。だから先輩は「豺狼が道をふさいでいるのに、どうして狐狸を問題にするか」と言う。これも同じ意味だ。ひそかに思うに、推挙はまず下位の官を先にすべきで、弾劾はまず高位の官を先にすべきだ。とはいえ、その平素の行いを審らかにし、君子か小人かを見きわめよ。もし本当の小人なら、取り柄があっても推挙しない。平素の悪が多いからだ。もし本当の君子なら、小さな過ちがあっても言い立てない。平素の善が多いからだ。まして刑罰はもともと小人のためにある。君子の過ちが甚だしくない限り、軽々しくこれを害して、数十年の育成の功を一朝に台無しにすべきではない。人材は得難く、完全な人材はとりわけ得難いからだ。かつて趙抃(趙清献公)は諫官の任にあって、弾劾に権貴を避けず、都では「鉄面御史」と呼ばれた。朝廷に君子と小人を区別させようとして、こう言った——「小人は小さな過ちでも、力めて排除すべきだ、後に禍がなくなる。君子が不幸にして過失をおかしたら、国家のために庇い護ってその徳を全うさせるべきだ」と。ああ、趙公の言葉は、深い見識と遠い慮りで、まことに大局をわきまえた論と言える。だから私はこれを表彰し、要路にある者の手本とする。
奏対 第八
中外之官。莫難於風憲。莫危於風悉。曷謂難。人之所趨者不敢趨。人之所樂者不敢樂。人之所私者不敢私。所謂曉饒者易缺。嗟激者易汗。非難而何。曷謂危。入焉。與天子爭是非。出焉。與大臣辨可否。至於發人之姦。貶人之爵。奪人之官。甚則罪人於死地。一或不察。反以爲辜。則終身無所控訴。非危而何。然君子居其難。則思盡其職。所謂危且難者。固有所不避焉。竭忠吐誠。置死生禍福於度外。庶上不負所學。其或奏對於殿廷之上。平心易氣。惟事之陳。理誠直。雖從容宛轉而亦直。理誠屈。雖抗厲激切。而亦屈。夫倖倖其色辭。非惟有失事上之體。而於己於事亦無所盆。古之攀欄斷鞅。曳裾動輪者。皆勢危事迫。不得已而爲之。苟事不至是。殆不可執以爲法。前輩調慷慨殺身者易。從容就義者難。體此而行。則蔑有不從者矣
中外の官、風憲より難きは莫く、風憲より危きは莫し。曷ぞ難しと謂ふ。人の趨る所は敢へて趨らず、人の楽しむ所は敢へて楽しまず、人の私する所は敢へて私せず。所謂る皎皎たる者は汙易く、嶢嶢たる者は缺け易し。難きに非ずして何ぞや。曷ぞ危しと謂ふ。入りては天子と是非を争ひ、出でては大臣と可否を弁ず。人の姦を発き、人の爵を貶し、人の官を奪ひ、甚だしきは則ち人を死地に罪するに至る。一も或ひは察せざれば、反つて以て辜と為り、則ち終身 控訴する所無し。危きに非ずして何ぞや。然れども君子 其の難きに居れば、則ち其の職を尽くさんことを思ふ。所謂る危くして且つ難き者、固より避けざる所有り。忠を竭し誠を吐き、死生禍福を度外に置き、庶はくは上 学ぶ所に負かざらん。其れ或ひは殿廷の上に奏対せば、心を平らかにし気を易らげ、惟だ事を之れ陳ぶ。理 誠に直ならば、従容宛転すと雖も亦た直なり。理 誠に屈ならば、抗厲切すと雖も亦た屈なり。夫れ倖倖として其の色辞を厲くするは、惟だ上に事ふるの体を失ふ有るのみに非ず、而して己に於いて事に於いて亦た益する所無し。古の欄を攀ぢ鞅を断ち、裾を曳き輅を叩く者は、皆 勢 危く事 迫り、已むを得ずして之を為すなり。苟くも事 是に至らずんば、殆ど執りて以て法と為す可からず。前輩 慷慨して身を殺す者は易く、従容として義に就く者は難しと謂ふ。此を体して行はば、則ち従はざる者 蔑し。
中央・地方の官で、監察官ほど難しく、監察官ほど危ういものはない。なぜ難しいか。人が我先に求めるものをあえて求めず、人が楽しむものをあえて楽しまず、人が私するものをあえて私しない。いわゆる「白すぎる物は汚れやすく、高すぎる物は欠けやすい」。難しくないはずがない。なぜ危ういか。内では天子と是非を争い、外では大臣と可否を論じる。人の不正を暴き、人の爵を貶し、人の官を奪い、甚だしければ人を死地に追い込む。一つでも見誤れば、逆に自分が罪となり、生涯訴える術もない。危うくないはずがない。それでも君子はその困難な職にあって、職責を尽くそうとする。危うく難しいことを、あえて避けない。忠を尽くし誠を吐き、生死・禍福を度外に置いて、せめて学んだことに背かぬようにする。もし宮廷で奏上するなら、心を平らかに気を和らげ、ただ事実だけを陳べる。道理がまことに正しければ、穏やかにゆったり述べても、なお正しい。道理がまことに曲がっていれば、激しく述べても、なお曲がっている。語気を荒らげて色をなすのは、君に仕える体面を失うだけでなく、自分にも事にも何の益もない。古の、欄干にすがり車の軛を断ち、裾を引き車を叩いて諫めた者は、いずれも情勢が切迫し、やむを得ずそうしたのだ。もし事がそこまで至らなければ、それを常法とすべきではない。先輩は「激して身を殺すのは易く、冷静に義に就くのは難しい」と言う。これを体して行えば、従わぬ者はいなくなる。
臨難 第九
夫人臣而當國家言責之任。刑辱之事不敢必其無有。要在順處靜俟。以理勝之而已。若一乃求哀乞憐。惴讐無所。己先挫撓。何以自明。夫盡己之職。爲國爲民。而得罪。君子不以爲辱。而以爲榮。雖縲紲之。椎楚之。斧鉞之。庸何愧哉。歴観自古處禍患而不亂者。三代而下。如子路之結纓。宜僚之正色。黄覇之在獄授書。王景文與客矣棋。劉偉之自書謝表。魏元忠之聞赦不動。是皆有以冥知義命所在。非區區人力所得而移也。然士君子平昔所養。其深與淺。其情與僞。於焉可以見之。李斯臨刑。父子相泣。楊子雲被収投閣殆死。王坦之與謝安齊名。桓温來朝。倒執手板。崔浩自比子房。爲辨史事。聲嘶股栗。溺不能隱。此可見彼惟事口耳。而於聖賢性命之學。實未甞得諸心也。善乎韓文公之言曰。儒者之於患難。苟非其自取之。其拒而不受於懐也。若築河堤以障屋霄。其容而消之也。若水之於海。氷之於夏日。其玩而忘之以文辭也。若奏金石以破蟋蟀之鳴。故君子之學。以明理自信爲貴
夫れ人臣にして国家言責の任に当たり、刑辱の事、敢へて其の有る無きを必せず。要は理を順にし静かに俟ち、理を以て之に勝つに在るのみ。若し一乃 哀を求め憐を乞ひ、惴惴として措く所無くば、己 先づ挫撓し、何を以て自ら明らかにせん。夫れ己の職を尽くし、国の為 民の為にして罪を得るは、君子 以て辱と為さずして、以て栄と為す。之を縲紲し、之を椎楚し、之を斧鉞すと雖も、庸ぞ何ぞ愧ぢんや。歴かに自古 禍患に処して乱れざる者を観るに、三代より下、子路の纓を結ぶが如き、宜僚の色を正すが如き、黄覇の獄に在りて書を授くるが如き、王景文の客と棋を囲むが如き、劉偉之の自ら謝表を書するが如き、魏元忠の赦を聞きて動かざるが如き、是れ皆 以て冥かに義命の在る所を知る有りて、区区たる人力の得て移す所に非ざるなり。然れども士君子 平昔 養ふ所、其の深きと浅きと、其の情と偽と、焉に於いて以て之を見る可し。李斯 刑に臨みて父子相ひ泣き、揚子雲 収めらるるに閣より投じて殆ど死し、王坦之 謝安と名を斉しくするも、桓温 来朝するに手板を倒に執り、崔浩 自ら子房に比するも、史事を弁ずるに、声 嘶れ股 栗ひ、溺 隠す能はず。此れ彼 惟だ口耳を事として、聖賢性命の学に於いて、実は未だ嘗て諸を心に得ざるを見る可し。善いかな韓文公の言に曰く、儒者の患難に於けるや、苟くも其れ自ら之を取るに非ざれば、其の拒みて懐に受けざるや、河堤を築きて以て屋霤を障ぐが若く、其の容れて之を消すや、水の海に於けるが若く、氷の夏日に於けるが若く、其の玩びて之を忘るるに文辞を以てするや、金石を奏して以て蟋蟀の鳴を破るが若し、と。故に君子の学は、理を明らかにし自ら信ずるを以て貴しと為す。
そもそも臣が国家の諫言の任にあたるなら、刑罰や辱めが降りかかることは、無いとは言い切れない。肝心なのは道理に従って静かに待ち、道理でこれに勝つことに尽きる。もしひとたび哀れみを乞い、おびえてなす術を失えば、自ら先に気力を挫き、どうして身の潔白を明かせよう。そもそも自分の職を尽くし、国のため民のために罪を得るのは、君子は辱と思わず、栄と思う。縄を打たれ、杖で打たれ、斧鉞にかけられても、なぜ恥じよう。昔から禍難に処して取り乱さなかった者を歴観すると、三代より後では、(打たれても)冠の紐を結び直して死んだ子路、顔色を正した宜僚、獄中で書を講じた黄覇、客と碁を打っていた王景文、自ら謝罪の上表を書いた劉偉之、赦を聞いても動じなかった魏元忠——これらは皆、義と天命の在り処を深くわきまえていて、ちっぽけな人力で動かせるものではなかった。とはいえ士君子が平素養ってきたものの深浅、その真偽は、まさにこの一点に現れる。李斯は刑場で父子相寄って泣き、揚雄は捕らわれると楼閣から身を投げて死にかけ、王坦之は謝安と並び称されたのに桓温が来朝すると手板を逆さに持ち、崔浩は自らを張良になぞらえたのに、史書の件を弁明するとき声はかすれ足は震え、失禁を隠せなかった。これは彼らがただ口先の学問を事として、聖賢の性命の学を実際には心に得ていなかったことを示す。すばらしいかな、韓愈の言葉——「儒者が患難に遭うとき、自ら招いたのでなければ、それを拒んで胸に受けないさまは、堤を築いて雨だれを防ぐようであり、受け容れて消し去るさまは、水が海に、氷が夏日に溶けるようであり、文辞に遊んで忘れ去るさまは、金石の楽を奏して蟋蟀の鳴き声をかき消すようだ」と。だから君子の学問は、道理を明らかにして自らを信じることを尊ぶのだ。
全節 第十
人之有死。猶晝之必有夜。暑之必有寒。古今常理。不足深諱。若爲子死於孝。爲臣死於忠。則其爲死也大。身雖歿。而名不没焉。太史公謂死有重於泰山。有輕於鴻毛。非其義則不死。所以重於泰山也。如其義則一切無所顧。所謂輕於鴻毛也。鳴呼夫人以眇然之身。倏爾之年。使之山岳聳而日星掲者。非節義能爾耶況人之貴賤壽天。天所素定。而謂附此人則得官。違此人則失官。言事則身危。不言則無患此世俗無知者所見。士君子豈以是為取舎哉。然正直亦有時而被禍者。君子以為不幸。奸邪亦有時而蒙福者。君子以爲幸。一以爲不幸。一以爲幸。則其是非榮辱較然。故節義者。天下之大閑。臣子之盛徳。不蕩於富貴。不蹙於貧賤。不揺於威武。道之所在。死生以之。彼依阿洪港。枉己狗人者。所謂無關得喪。徒缺雅道。正使獲榮寵於一時。造夫勢移事去。其前日之栄電滅風休。漠無蹤跡。其昭在人耳目者。奸佞之名。千古猶一日。其為辱也。庸有既乎。嗚呼。寧爲此而死。不為彼而生。以是處心。庶無愧於古人矣
人の死有るは、猶ほ昼の必ず夜有り、暑の必ず寒有るがごとし。古今の常理、深く諱むに足らず。若し子と為りて孝に死し、臣と為りて忠に死せば、則ち其の死為るや大にして、身 歿すと雖も名 没せず。太史公 死は泰山より重き有り、鴻毛より軽き有りと謂ふ。其の義に非ざれば則ち死せざるは、泰山より重き所以なり。其の義の如くならば則ち一切 顧みる所無きは、所謂る鴻毛より軽き者なり。嗚呼、夫れ人 眇然たるの身、倏爾たるの年を以て、之をして山岳をも聳やかし日星をも掲げしむる者は、節義に非ずして能く爾らんや。况んや人の貴賎寿夭は、天の素より定むる所なるに、而して此の人に附けば則ち官を得、此の人に違へば則ち官を失ひ、事を言へば則ち身 危く、言はざれば則ち患無しと謂ふは、此れ世俗無知者の見る所、士君子 豈に是を以て取舎を為さんや。然れども正直も亦た時有りて禍を被る者あり、君子 以て不幸と為す。奸邪も亦た時有りて福を蒙る者あり、君子 以て幸と為す。一 以て不幸と為し、一 以て幸と為さば、則ち其の是非栄辱 較然たり。故に節義は天下の大閑、臣子の盛徳なり。富貴に蕩されず、貧賎に蹙まらず、威武に揺がず、道の在る所、死生 之を以てす。彼の依阿淟、己を枉げ人に狥者は、所謂る得喪に関する無く、徒らに雅道を欠く。正ひ栄寵を一時に獲るとも、夫の勢 移り事 去るに造れば、其の前日の栄華 電滅風休し、漠として蹤跡無く、其の昭かに人の耳目に在る者は、奸佞の名のみ。千古 猶ほ一日のごとし。其の辱為るや、庸ぞ既くる有らんや。嗚呼、寧ろ此の為に死すとも、彼の為に生きず。是を以て心に処せば、庶はくは古人に愧づる無からん。
人に死があるのは、昼に必ず夜があり、暑さに必ず寒さがあるようなものだ。古今の常理であって、深く忌み嫌うには当たらない。もし子として孝に死に、臣として忠に死ねば、その死は大きく、身は滅んでも名は滅びない。司馬遷は「死には泰山より重いものと、鴻毛より軽いものがある」と言った。義でなければ死なないのが、泰山より重い理由だ。義のためなら一切を顧みないのが、鴻毛より軽いものだ。ああ、人はちっぽけな身と束の間の生涯をもって、それを山岳のように聳えさせ日月星辰のように輝かせる——それは節義でなくてできようか。まして人の貴賤・寿夭は天が定めるものなのに、「この人に付けば官を得、この人に逆らえば官を失う、諫言すれば身が危うく、言わなければ憂いがない」などと言うのは、無知な俗人の見方だ。士君子がこんなことで身の処し方を決めようか。とはいえ正直な者が時に禍を被ることもあり、君子はそれを不幸と見る。奸邪な者が時に福を得ることもあり、君子はそれを幸運(まぐれ)と見る。一方を不幸、一方をまぐれと見れば、是非・栄辱の別は明らかだ。だから節義は天下の大きな要であり、臣子の盛んな徳である。富貴に溺れず、貧賤に屈せず、威武に動じず、道の在るところに死生を賭ける。あの、へつらい濁って、自分を枉げ人に媚びる者は、得失に関わりなく、ただいたずらに雅な道を欠くだけだ。たとえ一時の栄華・寵愛を得ても、勢いが移り事が去れば、かつての栄華は稲妻のように消え風のように止み、跡形もなくなり、はっきり人の耳目に残るのは奸佞の汚名だけだ。千年経っても一日のように変わらない。その辱めは尽きることがあろうか。ああ、むしろ義のために死んでも、不義のために生きない。この心で身を処せば、古人に恥じることはないだろう。
牧民忠告(ぼくみんちゅうこく)
地方長官(県令)たる者の道を説く。序+巻上五章・巻下五章。序は原文・訓読文・現代語訳、各章は原文・訓読文(逐条・ふりがな付き)・現代語訳(章の大意)を収録。
牧民忠告 序(貢師泰)
牧民忠告者。濱國張文忠公所著書也。公以道徳政事。名於天下。其爲學。則卓乎有所見而不雑於機術。其操行。則確乎有所守而不奪於勢利。凡見諸論議文字之間。施諸動靜云爲之際。蓋無一不本於仁義孝弟之心也。故自爲縣令。爲御史。爲參議中書。爲中丞西臺。皆即其所行。著之簡策。有曰風意忠告。曰廟堂忠告。而牧民忠告。則爲令時著也。閲甞盡得而讀之。廢書而歎曰。是何忠厚之至哉。因記弱冠時。先子文靖府君語師泰。曰。我昔在朝。當皇慶延祐開。人物最盛。一時相知固不少。然求其志同道同者。莫清河元復初。濟南張希孟若也。二人甞聯鏤過我。慷慨論議。日昃不忍含去。且相顧曰。世豈復有相得如吾三人。孰先死。則後死者當銘諸使子孫世世無相忘也。後三十年。師泰承之間海憲使。而公之子惟遠亦僉司事。閲語其故。則相對悽愴不已。遂請此書刻諸學官。以規。夫牧民者。鳴呼數年以來。州郡多故。黎民瘡痍。毎思一賢守令以安靖吾民。而不可得。乃知忠告之有補於世教也深矣。使天下之爲守令者。家藏一書。遵而行之。雖單父武城之化不外是矣。奚漢循吏之足論哉至正十五年秋九月乙巳後學宣城貢師泰序
牧民忠告なる者は、濱国張文忠公の著す所の書なり。公 道徳政事を以て、天下に名あり。其の学を為すや、則ち卓乎として見る所有りて機術に雑らず。其の操行は、則ち確乎として守る所有りて勢利に奪はれず。凡そ諸を論議文字の間に見し、諸を動静云為の際に施すこと、蓋し一として仁義孝弟の心に本づかざる無きなり。故に県令為り、御史為り、参議中書為り、中丞西台為るより、皆 即ち其の行ふ所、之を簡策に著す。曰く風憲忠告、曰く廟堂忠告、而して牧民忠告は、則ち令為りし時の著なり。閩嘗て尽く得て之を読み、書を廃して歎じて曰く、是れ何ぞ忠厚の至れるや、と。因りて弱冠の時を記す。先子文靖府君 師泰に語りて曰く、我 昔 朝に在り、皇慶延祐の間に当たり、人物 最も盛んなり。一時の相知 固より少なからず。然れども其の志同じく道同じき者を求むれば、清河の元復初、済南の張希孟に若くは莫きなり、と。二人 嘗て鑣聯ねて我を過り、慷慨論議し、日 昃くも去るに忍びず。且つ相ひ顧みて曰く、世 豈に復た相ひ得ること吾三人の如き有らんや。孰か先づ死せば、則ち後に死する者 当に諸を銘して子孫をして世世 相ひ忘るる無からしむべし、と。後三十年、師泰 之を承けて闔海の憲使と為り、而して公の子惟遠も亦た司事を僉す。閩其の故を語れば、則ち相ひ対して悽愴 已まず。遂に此の書を請ひて諸を学官に刻し、以て夫の牧民なる者を規とす。嗚呼、数年以来、州郡 故多く、黎民 瘡痍たり。毎に一賢守令を思ひて以て吾が民を安靖せんとするも、得可からず。乃ち忠告の世教に補ある有ること深きを知るなり。天下の牧民為る者をして、家ごとに一書を蔵し、遵ひて之を行はしめば、単父・武城の化と雖も是に外ならず。奚ぞ漢の循吏の論ずるに足らんや。至正十五年秋九月乙巳、後学宣城の貢師泰 序す。
この書に付された貢師泰の序である。——『牧民忠告』は、濱国・張文忠公(張養浩)の著した書である。公は道徳と政事とで天下に名があった。その学問は、卓越した見識がありながら小手先の術数に雑らず、その行いは、確固たる自らの守りがあって権勢利欲に奪われなかった。論議や文章に現れるもの、一挙一動に施すものは、およそ一つとして仁義孝弟の心に基づかぬものはなかった。だから県令となり、御史となり、参議中書となり、中丞西台となるたびに、その実践をそのまま書物に著した。それが『風憲忠告』であり『廟堂忠告』であり、そして『牧民忠告』は県令であったときの著述である。私はかつてこれをことごとく読み、書を置いて嘆じた——「なんと忠厚のきわみであることか」と。そこで若かったころを思い出す。亡父・文靖府君が私(師泰)に語った——「私は昔朝廷にあり、皇慶・延祐のころ、人材が最も盛んだった。当時の知己も少なくなかったが、志を同じくし道を同じくする者を求めれば、清河の元復初と済南の張希孟に及ぶ者はなかった。二人はかつて馬を連ねて私を訪ね、慷慨して論じ合い、日が傾いても立ち去るに忍びなかった。そして互いに顧みて言った——『世に再び、我ら三人のように意気投合する者があろうか。誰か先に死ねば、後に死んだ者が銘を作り、子孫に代々忘れさせぬようにしよう』と」。それから三十年、私はこれを承けて闔海の憲使となり、公の子・惟遠もまた同じ役所の職に就いた。私が父の話をすると、互いに向き合って悲しみが止まらなかった。そこでこの書を請うて学官に刻み、牧民官の手本とする。ああ、近年、州郡には事が多く、民は傷つき苦しんでいる。一人の賢い長官を得て民を安んじたいと思っても得られない。それでこそ、この忠告が世の教化に資するところの深さが分かる。天下の牧民官が家ごとにこの一書を蔵し、それに従って行えば、あの単父(宓子賎)・武城(子游)の教化も、これに外れるものではない。どうして漢の循吏をわざわざ論ずるまでもなかろう。至正十五年(一三五五)秋九月乙巳、後学・宣城の貢師泰が序す。
拜命 第一(凡六條)
省己命下之日。則拊心自省。有何勳閥行能。膺茲異數。苟要其虞祿。假其威權惟濟己私。靡思報國天監伊邇。將不汝容。夫受人直而怠其工。儋人爵而曠其事。己則逸矣。如公道何。如百姓何克性之偏夫及物之心。人孰不有。第材質強劣。有所不同。苟即其所短而痛自克治。則官無難爲。事無不集者矣。弛緩克之以敏。浮薄克之以莊。率略克之以詳。煩苛克之以大體。苟不度所任。一循己之偏而處之。鮮有不敗者矣。古人佩弦佩韋。亦皆此意。今人往往讀書無益蔽官不才者皆由狃於習。而不知痛自克治故也戒貪普天率土。生人無窮也。然受國寵靈。而爲民司牧者。能幾何人。既受命以牧斯民矣。而不能守公廉之心。是不自愛也。寧不爲世所謂耶。况一身之徴。所享能幾。厥心溪壑。適以自賊。一或罪及。上孤國恩。中貽親辱。下使郷隣朋友。蒙詣包羞。雖任累千金。不足以償一夕縲紲之苦。與其戚於己敗。曷若嚴於未然。嗟爾有官。所宜深戒一民職不宜泛授今選官者。大率重内而輕外。殊不知漢宣帝所以富民。唐太宗所以家給人足。皆由重牧巨之長故也。鳴呼牧民之長。其重若此。乃泛焉而選。博焉而授。奚為不是慮也哉心誠愛民智無不及赤子之生。無有知識。然母之者。常先意得其所欲焉。其理無他。誠然而已矣。誠生愛。愛生智。惟其誠。故愛無不周。惟其愛。故智無不及。吏之於民。與是奚異哉。誠有子民之心。則不患其才智之不及矣法律爲師吏人蓋以法律爲師也。魏相所以望隆當世者。漢家典故無所不悉也。凡學仕者。経史之餘。若國朝以來典章文物亦須備考詳觀。一旦入官。庶不爲俗吏所迂也。
〔省己〕命の下るの日、則ち心を拊ちて自ら省みよ、何の勲閥行能有りてか茲の異数に膺る、と。苟くも其の虞禄を要め、其の威権を仮りて惟だ己れの私を済し、国に報ゆるを思ふこと靡くんば、天の監伊れ邇く、将に汝を容れざらんとす。夫れ人の直を受けて其の工を怠り、人の爵を儋ひて其の事を曠しくせば、己れは則ち逸すれども、公道を如何せん、百姓を如何せん。
〔克性之偏〕夫れ物に及ぼすの心、人孰か有らざらん。第だ材質の強劣、同じからざる所有り。苟くも其の短なる所に即きて痛く自ら克ち治めば、則ち官為し難き無く、事集らざる者無し。弛緩は之を克つに敏を以てし、浮薄は之を克つに荘を以てし、率略は之を克つに詳を以てし、煩苛は之を克つに大体を以てす。苟くも任ずる所を度らず、一に己れの偏に循ひて之に処せば、敗れざる者有ること鮮し。古人の弦を佩び韋を佩ぶるも、亦た皆此の意なり。今人往往にして書を読むも益無く、官を蔽ひて不才なる者は、皆習に狃るるに由りて、痛く自ら克ち治むるを知らざるが故なり。
〔戒貪〕普天率土、生人窮まり無きなり。然れども国の寵霊を受けて民の司牧為る者、能く幾何の人ぞ。既に命を受けて以て斯の民を牧すれば、而して公廉の心を守る能はざるは、是れ自ら愛せざるなり。寧ろ世の謂ふ所と為らざらんや。况んや一身の徴、享くる所能く幾ぞ。厥の心溪壑なれば、適に以て自ら賊ふ。一たび或は罪及べば、上は国恩を孤き、中は親の辱を貽し、下は郷隣朋友をして詬を蒙り羞を包かしむ。任千金を累ぬと雖も、以て一夕縲紲の苦を償ふに足らず。其の己れの敗に戚へんよりは、曷ぞ未然に厳なるに若かん。嗟、爾官有る者、宜しく深く戒むべき所なり。
〔民職不宜泛授〕今官を選ぶ者、大率内を重んじて外を軽んず。殊に知らず、漢の宣帝の民を富ます所以、唐の太宗の家給し人足る所以は、皆牧民の長を重んずるに由るが故なり。嗚呼、牧民の長、其の重きこと此くの若し。乃ち泛焉として選び、博焉として授く。奚為れぞ是を慮らざるや。
〔心誠愛民智無不及〕赤子の生るるや、知識有ること無し。然れども之を母む者、常に意に先んじて其の欲する所を得。其の理他無し、誠然のみ。誠は愛を生じ、愛は智を生ず。惟だ其れ誠なり、故に愛周からざる無し。惟だ其れ愛あり、故に智及ばざる無し。吏の民に於けるや、是と奚ぞ異ならんや。誠に民を子とするの心有らば、則ち其の才智の及ばざるを患へず。
〔法律爲師〕吏人は蓋し法律を以て師と為すなり。魏相の望当世に隆き所以の者は、漢家の典故悉さざる所無ければなり。凡そ仕を学ぶ者、経史の余、国朝以来の典章文物の若きも、亦た須らく備へ考へ詳らかに観るべし。一旦官に入らば、庶はくは俗吏の迂とする所と為らざらん。
この章は、任命を受けた日の心構えを説く(全六条)。——命が下った日には、胸に手を当てて自ら省みよ。自分にどんな功績や能力があって、この分不相応な大任にあたるのか、と。もし俸禄を求め威権を借りて私利ばかりを図り、国に報いることを思わなければ、天の監視はすぐそこにあり、決してお前を許さない。人の禄を受けながらその務めを怠るのは、公の道に対しても百姓に対しても顔向けできぬことだ。以下、六条の要旨——「性の偏りを克服せよ」:緩みは機敏さで、軽薄は荘重さで、粗略は細心さで、煩わしさは大局観で正せ。「貪りを戒めよ」:一身の享受はわずかなのに、貪欲の心は谷のように底なしで、身を滅ぼす。「民を治める官を安易に授けるな」:漢の宣帝も唐の太宗も、地方長官を重んじたからこそ民を富ませた。「誠の愛民の心があれば智は自ずと及ぶ」:母が赤子の望みを先回りして知るように、誠が愛を、愛が智を生む。「法律を師とせよ」:経史のほか国朝の典章文物も備え学べ——と、着任前の自己準備を体系的に説く。
上任 第二(凡六條)
事不預知難以卒應比入其境。民痘輕重。吏弊深淺。前官良否。強宗有無。控訴之人多與寡。皆須盡心詢訪訪也。至則居遠數舍名掌之者。語其詳。疏其概。先得其精。下車之日。參考以斷。若素無所備。卒然至部。聴訟之際。百姓衆觀。一語乖張。則必貽笑閾境。况民心易動。尤在厥初。初焉無以厭服其心。後雖有為。亦將奚信。不然受其訟而翼日理之亦可。殆不宜輕率應答。使士民失望也謁受諸執事參謁。不可黙然無一言。第曰誤蒙國恩。託茲重寄。芒背汗顔。期與諸君滌慮洗心。以宣大化也。汝或余違。國有常憲。非所敢私。諸君其愼之治官如治家治官如治家。古人常有是訓矣。蓋一家之事。無綴急巨細。皆所営知。有所不知則有所不治也。况牧民之長。百責所叢。若岸序。若傳置。若倉庵。若囹団。若溝洫。若橋障。凡所司者甚衆也。相時度力。弊者葺之。汗者潔之。壞者疏之。缺者補之。舊所無有者経営之。若曰彼之不修。何預我事瞬息代去。自苦矣爲。此念一萌。則庶務皆墮矣。前輩謂公家之務。一毫不盡其心。即爲苟祿。獲罪於天章説昔人有欲之官而悪其地之瘴者。或釋之曰。瘴之爲害。不特地也。仕亦有療也。急催暴斂。剥下奉上此租賦之療。深文以逞。良悪不自。此刑獄之療。侵牟民利。以實私儲。此貨財之瘴。攻金攻木。崇飾車服。此工役之瘴。盛棟姫妾。以娯聲色。此帷薄之瘴也。有一於此。無閲遠邇。民怨神怒。無疾者必有疾。而有疾者必死也。昔元城劉先生。處瘴海。而神観愈強。是知地之瘴者未必能死人。而能死人者常在平仕瘴也。虚彼而不慮此。不亦左乎。故余具載其言。以爲授官憚遠避難者之戒禁家人侵漁居官所以不能清白者。率由家人喜奢好侈使然也。中既不給。其勢必當取於人。或営利以侵民。或因訟而納賄。或名假貸。或託姻屬。宴饋黴逐。通室無禁。以致動相掣肘。威無所施。已雖日昌。民則日痒。已雖日歡。民則日怨。由是而坐敗辱者。蓋駢首麗踵也。嗚呼使爲妻妾而爲之。則妻妾不能我救也。使爲子孫而爲之。則子孫不能我救也。使爲朋友而爲之。則朋友不能我救也。妻妾子孫朋友。皆不能我救也。曷若廉勤乃職。而自爲之爲愈也哉。蓋自爲。雖闔門恒淡泊。而安榮及子孫。爲人。雖譜然如可樂。而禍患生几席也。二者之閲。非眞知深悟者。未易與言。有官君子。其審擇焉告廟故事牧民官既上。必告境内所當祀之神。宜以不賄自警。庶堅其遷善之心焉。爾後雖欲轉移。亦必有所畏而不敢
〔事不預知難以卒應〕其の境に入るに比びて、民瘼の軽重、吏弊の深浅、前官の良否、強宗の有無、控訴の人の多きと寡きと、皆須らく心を尽して詢訪すべし。至れば則ち遠く数舎を居きて之を掌る者に名し、其の詳を語らしめ、其の概を疏し、先づ其の精を得て、下車の日、参考して以て断ぜよ。若し素より備ふる所無く、卒然として部に至り、訟を聴くの際、百姓衆観るに、一語乖張せば、則ち必ず笑を闔境に貽さん。况んや民心の動き易きは、尤も厥の初めに在り。初めに其の心を厭服せしむる無くんば、後に為す有りと雖も、亦た将に奚をか信ぜんとす。然らずんば其の訟を受けて翼日之を理するも亦た可なり。殆ど宜しく軽率に応答して士民をして失望せしむべからず。
〔謁〕諸の執事の参謁を受くるに、黙然として一言無かる可からず。第だ曰く、誤りて国恩を蒙り、茲の重寄を託せらる。芒背汗顔、諸君と慮りを滌ひ心を洗ひて、以て大化を宣べんことを期す。汝或は余に違はば、国に常憲有り、敢へて私する所に非ず。諸君其れ之を慎め、と。
〔治官如治家〕官を治むること家を治むるがごとし、古人常に是の訓有り。蓋し一家の事、緩急巨細と無く、皆営知する所なり。知らざる所有れば則ち治まらざる所有り。况んや牧民の長、百責の叢がる所をや。岸序の若き、伝置の若き、倉庾の若き、囹圄の若き、溝洫の若き、橋障の若き、凡そ司る所の者甚だ衆きなり。時を相て力を度り、弊るる者は之を葺き、汗るる者は之を潔くし、壊るる者は之を疏し、缺くる者は之を補ひ、旧有る所無き者は之を経営せよ。若し彼の修めざる、何ぞ我が事に預らん、瞬息にして代り去らんに、自ら苦しまんや、と曰はば、此の念一たび萌せば、則ち庶務皆堕ちん。前輩謂ふ、公家の務め、一毫も其の心を尽さざれば、即ち苟禄と為り、罪を天に獲ん、と。
〔瘴説〕昔人官に之かんと欲して其の地の瘴を悪む者有り。或之を釈きて曰く、瘴の害たる、特だ地のみならず、仕にも亦た瘴有り、と。急に催し暴く斂め、下を剥ぎて上に奉る、此れ租賦の瘴なり。文を深くして以て逞しくし、良悪を自らせず、此れ刑獄の瘴なり。民の利を侵牟して以て私儲を実たす、此れ貨財の瘴なり。金を攻め木を攻め、車服を崇飾す、此れ工役の瘴なり。姫妾を盛んにして以て声色を娯しむ、此れ帷薄の瘴なり。此に一つ有らば、遠邇を問ふ無く、民怨み神怒り、疾無き者も必ず疾有り、疾有る者は必ず死せん。昔元城の劉先生、瘴海に処するも神観愈いよ強し。是れ地の瘴は未だ必ずしも能く人を死せしめず、而して能く人を死せしむる者は常に仕の瘴に在るを知るなり。彼れを虚しくして此を慮らざるは、亦た左ならずや。故に余具に其の言を載せ、以て官を授けらるるに遠きを憚り難を避くる者の戒めと為す。
〔禁家人侵漁〕官に居りて清白なる能はざる所以の者は、率ね家人の奢を喜び侈を好むに由りて然らしむるなり。中既に給らざれば、其の勢必ず当に人に取るべし。或は利を営みて以て民を侵し、或は訟に因りて賄を納れ、或は仮貸に名づけ、或は姻属に託す。宴饋徴逐、通室禁無く、以て動もすれば相ひ掣肘し、威の施す所無きに致る。己れ日に昌なりと雖も、民は則ち日に瘁る。己れ日に歓ぶと雖も、民は則ち日に怨む。是に由りて坐して敗辱する者、蓋し首を駢べ踵を麗ぶるなり。嗚呼、妻妾の為にして之を為さしめば、則ち妻妾は我を救ふ能はざるなり。子孫の為にして之を為さしめば、則ち子孫は我を救ふ能はざるなり。朋友の為にして之を為さしめば、則ち朋友は我を救ふ能はざるなり。妻妾子孫朋友、皆我を救ふ能はざるなり。曷ぞ廉勤もて乃の職にして、自ら之を為すの愈れるに若かんや。蓋し自ら為せば、門を闔ぢて恒に淡泊なりと雖も、安栄子孫に及ぶ。人の為にすれば、譁然として楽しむ可きが如しと雖も、禍患几席に生ず。二者の間、真に知り深く悟る者に非ざれば、未だ与に言ひ易からず。官有る君子、其れ審らかに択べ。
〔告廟〕故事、牧民の官既に上れば、必ず境内の当に祀るべき所の神に告げ、宜しく賄せざるを以て自ら警むべし。庶はくは其の善に遷るの心を堅くせん。爾る後転移せんと欲すと雖も、亦た必ず畏るる所有りて敢へてせざらん。
この章は、着任にあたっての実務作法を説く(全六条)。——事を予め知らなければ、突然の事態に応じきれない。任地に入る前に、民の疾苦の軽重、役人の弊害の深浅、前任者の良否、豪族の有無、訴訟の多寡を、心を尽くして調べておけ。準備なしにいきなり訴訟に臨めば、民衆が見守るなか一言の失で、たちまち笑い者となり民心の信を失う。以下、六条の要旨——属官の挨拶を受けるときは黙っていず、「誤って国恩を蒙りこの重任を託された、共に心を洗って教化を宣べたい、違反あれば国法があり私情は挟めぬ」と告げよ。「官を治めるのは家を治めるのと同じ」:倉庫・牢獄・溝渠・橋梁まで司る所は多く、荒れたものを繕い汚れを清め壊れを直せ——「どうせすぐ交代する」という一念が芽生えれば万事崩れる。「瘴(しょう)説」:左遷地の風土病を恐れる者に、真の瘴は土地でなく「勤めの瘴」——過酷な徴税・恣意的な刑罰・私腹を肥やす貨財・華美な工役・女色——にあると喝破する。「家人の私利を禁ぜよ」:官が清白になれぬのは家人の奢侈が原因で、妻子や縁者のため不正をしても、破滅すれば誰も救ってくれない。「廟に告げよ」:着任後、境内の神に不正をせぬと誓え。
聴訟 第三(凡十條)
察情人不能獨處。必資衆以遂其生。衆以相資。此訟之所從起也。故聖人作易。訟繼以師。必必要其示警固深矣。夫善聴訟者。其示警固深矣。夫善聴訟者。必先察其情。欲察其情。必先審其辭。其情直。其辭直。其情曲。其辭曲。政使強直其辭。而其情。則必自相矛盾。從而詰之。誠偽見矣。周禮以五聲聴獄訟。求民情。固不外乎此。然聖人謂聴訟吾猶人也。必也使無訟乎。蓋聴訟者。折衷於已然。苟公其心。人皆可能也。無訟者。救過於未然。非以徳化民。何由及此。嗚呼凡牧民者。其勿恃能聴訟爲得也訴訟起訟有原書訟牒者是也。蓋蚩蚩之氓。闇於刑壽。書訟者。誠能開之以枉直。而曉之以利害。鮮有不愧服雨釋而退者。惟其心利於所獲。含糊其是非。陽解而陰喉。左縦而右民。擒。舞智弄巨。不厭不已。所以厥今吏按。情偽混殺。莫之能信者。蓋職乎此也。大抵一方之訟。宜擇一二老成錬事者。使書之。月比而年考。酌其功過而加賞罰焉。若夫毆骨假質凡不切之訟。聴其従宜論遣之。論之而不伏。乃達於官。終無俊心。律以三尺。民良如此則訟源可清。而如此則訟源可清。而民間澆薄之俗。庶幾乎復歸於厚矣勿聴讒健訟者理或不勝。則往往誣其敵嘗謗官長也。聴之者。當平心易気。置謗言於事外。惟民覈其實而遣之。庶不墮奸巨計中矣親族之訟宜緩親族相訟。宣徐而不宜亟。宜寛而不宜猛。徐則或悟其非猛則益滋其惡。第下其里中。開諭之。斯得體矣別強弱世俗之情。強者欺弱。富者呑貧。衆者暴寡。在官者多凌無勢之人。聴訟之際。不可不不待問者勿停留昔嘗使外。所過州縣。待問者。雲集乎門。毎病焉。乃命一能吏。簿其所告。而日省之。而日遣之。不浹旬。則訟庭間然矣。會問訟有相約而問者。不可乗一時之忿擅加榜掠也。若釋道若兵卒。諸不隷所部者是已妖言民有妖言惑衆者。則當假以別罪而罪之。如有妄書。取而火之。則厥跡滅矣。勿使墓爲大獄。延禍無辜民病如己病民之有訟。如已有訟。民之流亡如己流亡。民在縲紲。如己在縲紲。民陥永火。如己陥水火。凡民疾苦。皆如己疾苦也。雖欲因仍可得乎移近年司憲受詞訟。往往微州郡官代聴之。代聴者不可承望風旨。邀寵一時。使人茹枉受刑。而靡恤陰理
〔察情〕人独り処る能はず、必ず衆に資りて以て其の生を遂ぐ。衆以て相ひ資る、此れ訟の従りて起こる所なり。故に聖人易を作るに、訟は継ぐに師を以てす。其の警めを示すこと固より深し。夫れ善く訟を聴く者は、必ず先づ其の情を察す。其の情を察せんと欲せば、必ず先づ其の辞を審らかにす。其の情直ければ其の辞直く、其の情曲がれば其の辞曲がる。政ひ強ひて其の辞を直くするも、其の情は則ち必ず自ら相ひ矛盾す。従ひて之を詰れば、誠偽見はる。周礼は五声を以て獄訟を聴き、民情を求む、固より此に外ならず。然れども聖人謂ふ、訟を聴くは吾も猶ほ人のごときなり、必ずや訟無からしめんか、と。蓋し訟を聴く者は、已然に折衷す、苟くも其の心を公にせば、人皆能くすべきなり。訟無き者は、過ちを未然に救ふ、徳を以て民を化するに非ずんば、何に由りてか此に及ばん。嗚呼、凡そ牧民の者、其れ能く訟を聴くを恃みて得と為す勿れ。
〔訴訟起〕訟に原有り、訟牒を書く者是なり。蓋し蚩蚩たる氓、刑章に闇し。訟を書く者、誠に能く之を開くに枉直を以てし、之を暁すに利害を以てせば、愧服し釈然として退かざる者鮮し。惟だ其の心獲る所に利ありて、其の是非を含糊し、陽はに解きて陰かに嗾し、左に縦し右に擒へ、智を舞び民を弄し、厭かず已まず。厥の今吏按ずるに、情偽混殺して、之を信ずる能はざる所以の者は、蓋し此に職るなり。大抵一方の訟、宜しく一二の老成錬事の者を択びて之を書かしむべし。月に比べ年に考へ、其の功過を酌みて賞罰を加へよ。夫の毆詈仮質、凡そ切ならざるの訟の若きは、其の宜しきに従ひて論遣するを聴す。之を論じて伏せざれば、乃ち官に達す、終に悛心無くんば、律するに三尺を以てす。民良に此くの如くなれば、則ち訟源清くすべくして、民間澆薄の俗、庶幾はくは復た厚に帰せん。
〔勿聴讒〕健訟の者、理或は勝たざれば、則ち往往にして其の敵の嘗て官長を謗りしと誣ふるなり。之を聴く者、当に心を平かにし気を易くし、謗言を事外に置き、惟だ其の実を覈べて之を遣るべし。庶はくは奸民の計中に墮ちざらん。
〔親族之訟宜緩〕親族の相ひ訟ふるは、宜しく徐ろにして宜しく亟かなるべからず、宜しく寛にして宜しく猛なるべからず。徐ろなれば則ち或は其の非を悟り、猛なれば則ち益す其の悪を滋す。第だ其の里中に下し、之を開諭せば、斯に体を得ん。
〔別強弱〕世俗の情、強き者は弱きを欺き、富める者は貧しきを呑み、衆き者は寡きを暴ぐ。官に在る者多く勢無きの人を凌ぐ。訟を聴くの際、察せざる可からず。
〔不待問者勿停留〕昔嘗て外に使ひし、過ぐる所の州県、問を待つ者門に雲集す、毎に焉を病へり。乃ち一の能吏に命じ、其の告ぐる所を簿し、日に之を省み、日に之を遣る。旬に浹からずして、則ち訟庭闃然たり。
〔會問〕訟に相ひ約して問ふ者有り、一時の忿りに乗じて擅に榜掠を加ふ可からず。釈道の若き兵卒の若き、諸の所部に隷せざる者是なり。
〔妖言〕民に妖言もて衆を惑はす者有らば、則ち当に別罪を以て仮りて之を罪すべし。妄書有るが如きは、取りて之を火かば、則ち厥の跡滅せん。滋蔓せしめて大獄と為し、禍を無辜に延ばす勿れ。
〔民病如己病〕民の訟有るは、己れの訟有るが如く、民の流亡は己れの流亡の如く、民の縲紲に在るは己れの縲紲に在るが如く、民の水火に陥るは己れの水火に陥るが如し。凡そ民の疾苦は、皆己れの疾苦の如きなり。因仍せんと欲すと雖も、得可けんや。
〔移〕近年司憲詞訟を受け、往往にして州郡の官をして代りて之を聴かしむ。代聴の者、風旨を承望し寵を一時に邀め、人をして枉を茹らひ刑を受けしめて、陰理を恤ふるを靡くする可からず。
この章は、訴訟の審理を説く、牧民忠告中の白眉である(全十条)。——訴訟は、人が互いに頼り合って生きるところから起こる。だから聖人は『易』で訟卦の次に師卦(争い→軍)を置いて深く戒めた。よく訴訟を裁く者は、まず真相を察し、そのために言葉を審らかにする。真実の言葉はまっすぐ、偽りの言葉はねじれ、無理に言い繕っても必ず自己矛盾する。追及すれば真偽は現れる。だが孔子は「訴訟を聴くのは私も人並みだ、大切なのは訴訟そのものを無くすことだ」(『論語』顔淵)と言った——裁くのは誰でもできるが、徳で民を化して訴訟を無くすのが理想だ。以下、十条は——代書屋(訟師)の弊、讒言を信じるな、親族の訴訟は緩やかに、強弱貧富の別を見よ、待たせず速やかに裁け、扇動・妖言の処理、そして「民の病を我が病とせよ」——民の訴え・流亡・投獄・水火の苦しみを我が身のものとして感じよ、という牧民官の情の極致を説く名条まで並ぶ。『大学』が引く孔子の言と正面から響き合う。
御下 第四(凡四條)
吏吏佐官治事。其人不可缺。而其勢最親。惟其親。故久而必至無所畏。惟其不可缺。故久而必至爲姦。此當今之通病也。欲其有所畏。則莫若自嚴。欲其不爲姦。則莫若詳視其案也。所謂自嚴者。非厲聲色也。絶其饋遺而已矣。所謂詳視其案者。非吹毛求疵也。理其綱領而已矣。蓋天下之事。無有巨細。皆資案牘以行焉。不經心。則姦僞隨出。大抵使不忍欺爲上。不能欺次之。不敢欺又次之。夫以善感人者。非聖人不能。故前輩謂不忍欺在徳。不能欺在明。不敢欺在威。於斯三者。度己所能而處之。庶不爲彼所侮矣約束諸吏曹。勿使縦游民間。納交富室。以泄官事。以來訟端。以啓倖門也。暇則召集。講經讀律。多方覊糜之。則自然不横矣待徒隷阜卒徒隷。非公故勿與語。非公遣勿使與民相往來。若輩小人。威以泣之。猶恐爲患。一或解嚴。必百無忌憚矣省事爲治之道。其要莫如省心。心省則事省。事省則民安。民安則吏無所資。一或紛然。上下胥罹其擾也。然事亦有必不能省者。則又在夫措畫堤防之術如何耳。古人謂多寡勝少算。少算勝無算。不特用兵爲然。一役之修。一宴之設。一獄之興。誠能思慮周詳。緊略畢擧。則民之受賜不淺矣。某嘗爲縣。胥吏輩。春則追農以報農桑。夏則微尉以練卒伍。秋則會社以檢義糧。冬則賦芻以飼尚馬。其他若逃兵亡戸逸盗。及積年逋税之民。動集百餘。不賄不釋。某見其然。常揮牘不爲署。暇則將一二謹厚吏。親詣其地而按之。可擬者一擬。可行者行。由是一切惟以信版集事。吏人失志。百姓獲安。至今旁郡以爲例威嚴小而爲一邑。大而爲天下。賞罰明。則不煩聲色。而威令自行。人徒知治民之難。而不知不知。治吏爲尤難。蓋民與官不能知理法。誤然而犯。宜若可矜。吏則日處法律中。非不知也。小過不懲。必爲大患。無所忌憚矣。嘗聞治民如治目。撥觸之則益昏。治吏如治齒牙。剔漱則益利。傳曰。威克厥愛允濟。愛克厥威尤罔功。法此而行。斷不至於難治矣
〔吏〕吏は官を佐けて事を治む、其の人缺く可からず。而して其の勢最も親し。惟だ其れ親し、故に久しくして必ず畏るる所無きに至る。惟だ其れ缺く可からず、故に久しくして必ず姦を為すに至る。此れ当今の通病なり。其の畏るる所有らしめんと欲せば、則ち自ら厳なるに若くは莫し。其の姦を為さざらしめんと欲せば、則ち詳らかに其の案を視るに若くは莫きなり。所謂自ら厳なる者は、声色を厲しくするに非ざるなり、其の饋遺を絶つのみ。所謂詳らかに其の案を視る者は、毛を吹きて疵を求むるに非ざるなり、其の綱領を理むるのみ。蓋し天下の事、巨細と無く、皆案牘に資りて以て行はる。心を経ひざれば、則ち姦偽随ひて出づ。大抵欺くに忍びざらしむるを上と為し、欺く能はざるを之に次ぎ、敢へて欺かざるを又た之に次ぐ。夫れ善を以て人を感ぜしむる者は、聖人に非ずんば能はず。故に前輩謂ふ、欺くに忍びざるは徳に在り、欺く能はざるは明に在り、敢へて欺かざるは威に在り、と。斯の三者に於いて、己れの能くする所を度りて之に処せば、庶はくは彼の侮る所と為らざらん。
〔約束〕諸の吏曹、民間に縦游し富室に交はりを納れて、以て官事を泄らし、以て訟端を来し、以て倖門を啓かしむる勿れ。暇あれば則ち召集し、経を講じ律を読み、多方に之を覊縻せば、則ち自然に横ならず。
〔待徒隷〕皁卒徒隷は、公故に非ずんば与に語る勿れ、公遣に非ずんば民と相ひ往来せしむる勿れ。若き輩の小人は、威を以て之を泣かしむるも、猶ほ患へを為さんことを恐る。一たび或は厳を解けば、必ず百に忌憚無からん。
〔省事〕治を為すの道、其の要心を省くに如くは莫し。心省けば則ち事省け、事省けば則ち民安く、民安ければ則ち吏資る所無し。一たび或は紛然たれば、上下胥な其の擾に罹る。然れども事にも亦た必ず省く能はざる者有り、則ち又た夫の措画堤防の術如何に在るのみ。古人謂ふ、多算は少算に勝ち、少算は無算に勝つ、と。特だ兵を用ふるのみ然りと為さず。一役の修、一宴の設、一獄の興、誠に能く思慮周詳にして、緊略畢く挙がれば、則ち民の賜を受くること浅からず。某嘗て県為り。胥吏の輩、春は則ち農を追ひて以て農桑を報じ、夏は則ち尉を微して以て卒伍を練り、秋は則ち社を会して以て義糧を検し、冬は則ち芻を賦して以て尚馬を飼ふ。其の他逃兵亡戸逸盗、及び積年逋税の民の若き、動もすれば百余を集め、賄はざれば釈さず。某其の然るを見て、常に牘を揮ひて署を為さず。暇あれば則ち一二の謹厚の吏を将ゐ、親ら其の地に詣りて之を按ず。擬す可き者は一たび擬し、行ふ可き者は行ふ。是に由りて一切惟だ信を以て事を集し、吏人志を失ひ、百姓安きを獲、今に至るまで旁郡以て例と為す。
〔威嚴〕小にして一邑と為り、大にして天下と為るも、賞罰明らかなれば、則ち声色を煩はさずして威令自ら行はる。人徒らに民を治むるの難きを知りて、吏を治むるの尤も難きを知らず。蓋し民と官とは理法を知る能はず、誤然として犯すは、宜なるかな矜れむ可きに似たり。吏は則ち日に法律の中に処る、知らざるに非ざるなり。小過を懲らさざれば、必ず大患と為り、忌憚する所無からん。嘗て聞く、民を治むるは目を治むるが如し、之を撥触すれば則ち益す昏し、吏を治むるは歯牙を治むるが如し、剔漱すれば則ち益す利し、と。伝に曰く、威厥の愛に克てば允に済り、愛厥の威に克てば允に功罔し、と。此に法りて行はば、断じて治め難きに至らざらん。
この章は、属吏の統御を説く(全四条)。——下役は職務に不可欠だが、最も官に近く親しいゆえに、久しければ必ず「畏れる所無く」「不正を働く」ようになる。これが今の通弊だ。畏れさせるには自らを厳しくする(付け届けを断つ)に限り、不正を防ぐには文書をよく見る(要点を押さえる)に限る。「自らを厳しく」とは声を荒らげることではなく、贈り物を断つことだ。「文書をよく見る」とは粗探しではなく、その要点を整理することだ。天下の事はすべて文書によって動くから、心を配らなければ不正が入り込む。人の欺きには三段階あり、「欺くに忍びない(徳による)」が上、「欺くことができない(明察による)」が次、「欺くのを恐れる(威による)」がその次だ。自分の力量を測って処せ。さらに諸吏を民間に放って交際させず、下級役人には公事以外口をきかせるな、と統御を厳しく求める。「事を省け」——政の要は心を省くこと、心が省ければ事が省け、事が省ければ民が安んじ、吏の付け入る隙もなくなる、と説く。県令時代の張養浩自身が、信賞必罰で実務を裁いて吏を律し百姓を安んじた体験談を添える。
宣化 第五(凡十條)
古之爲政者。身任其勞。而貽百姓以安。今之爲政者。身享其安。而貽百姓以勞。己勞則民逸。己逸則民勞。此必然之理也。憚一己之勞。而使闔境之民不靖。仁人君子其忍爾乎。昔子路問政。而聖人告以先之勞之無倦。嗚呼。此眞萬世爲政之格言也歟申舊制朝廷徳澤。牧民者。多屯而不能宣布。所謂文武之道。布在方冊。但有司渡廢而不爲申明。遂爲墜典。苟求掲而行之。則不待求他而治道備矣一 明綱常欲先教化。去其数敎倖化者。則善類興矣。近年子叛其父。妻離其夫。婦姑勃蹊。昆弟侮闘。奴不受主命。冠腰倒置者。比比皆然。凡若此者不必其来告。當風郷長恒糾其尤甚者諭衆而嚴决之。則自慢然改行矣勉学學校乃風化之本。俗吏多忽焉。不以爲務。是不知天秩民彝一切治道胥此焉出。暇則率僚友以觀講習。或生徒有未濟。廩臨有未充。祭物有未完。教養有未至。激勸有未周。皆敦篤以成之。久則絃誦之聲作。而禮義之俗可興矣勧農農之勤惰。一歳之苦樂係焉。其所當爲。有不待勸焉者。時因行治。視其轍工廢業者。知切責之。遠近聞之。必任切責之。遠近聞之。必然自励也。常見世之勧農者。先期以告。鳩酒食。俟郊原。將迎威○賂遺徴取。下及鶏豚。名爲勸奔走。絡繹無寧。蓋數日騒然也。至則胥吏童卒雑然而生。奔走。絡繹無寧。蓋數日騒然也。至則胥吏童卒雑然而生成。路遺徴取。下及鶏豚。名爲勸之。其實擾之。名爲優之。其實勞之。嗟夫勸農之道無他也。勿奪其時而已矣。繁文末節。當爲略之服遠或問遠方獵民。巣居溪洞。猛不能鬱。寛不能懷。喜則人。怒則獸。欲宣朝廷徳澤。若之何而可。余曰。物之至猥。無虎狼若也。然使之左右前後。惟吾之聴者。得乎制之之術也。夫克剛莫若柔。治繁莫如簡。且彼之所以反側不恒者。亦心有由矣。或貪其財。或喜其滅。或伴其子女。或戮其官屬。以致蟻結蜂屯。肆其酷毒。將安之而不能。誅之而非所事。茲欲翕然鼓舞而聴吾使。或爾。但嚴守已界。恬不與較。久而彼自馴伏矣。况彼兵一動。守土者非有上命。坐視而不敢前。比許追襲。則已雉兎逃而禽鳥散矣。由是而論。安静不競者爲上。恬無所求者次之。邀功生事。妄開邊釁。斯爲下矣。官於遠方者。尚監於茲一恤鰥寡鰥寡狐獨。王政所先。聖人所深憫。其聚居之所。暇則親莅之。或遺人省視。若衣糧。若藥餌。吏不時給者糾治之強或謂民有豪強則不能致治。是殆爲貪邪之吏而發也。夫豪強之所以敢横者。由牧民者。有以縦之也。何也。與之交私故也。苟絶其私不動聲色。而使其膽落。語曰。其身正。不令而行。又曰。不怒而民威於鉄鉞。信哉示勸諸民有旌表。及學行異衆者。時加存慰。爲勸必多毀淫祠毀淫祠。非燭理明。而信道篤者。不能。非行己端。而處心正者。不敢
〔宣化〕古の政を為す者は、身其の労に任じて、百姓に貽すに安を以てす。今の政を為す者は、身其の安を享けて、百姓に貽すに労を以てす。己れ労すれば則ち民逸し、己れ逸すれば則ち民労す、此れ必然の理なり。一己の労を憚りて、闔境の民をして靖からざらしむること、仁人君子其れ忍びんや。昔子路政を問ふに、聖人告ぐるに之に先んじ之を労し倦むこと無かれを以てす。嗚呼、此れ真に万世政を為すの格言なるかな。
〔申舊制〕朝廷の徳沢、牧民の者、多く屯みて宣布する能はず。所謂文武の道は、布きて方冊に在り。但だ有司廃弛して申明せざれば、遂に墜典と為る。苟くも掲げて之を行はんことを求めば、則ち他を求むるを待たずして治道備はらん。
〔明綱常〕教化を先にせんと欲せば、其の教を数して化を倖ふ者を去らば、則ち善類興こらん。近年子其の父に叛き、妻其の夫に離れ、婦姑勃蹊し、昆弟侮闘し、奴主の命を受けず、冠履倒に置く者、比比として皆然り。凡そ此くの若き者は、必ずしも其の来り告ぐるを待たず、当に郷長に風して恒に其の尤も甚だしき者を糾し、衆に諭して厳に之を决すべし、則ち自ら惕然として行ひを改めん。
〔勉學〕学校は乃ち風化の本なり。俗吏多く焉を忽せにし、以て務めと為さず。是れ天秩民彝、一切の治道胥な此より出づるを知らざるなり。暇あれば則ち僚友を率ゐて以て講習を観、或は生徒未だ済はざる有り、廩餼未だ充たざる有り、祭物未だ完からざる有り、教養未だ至らざる有り、激勧未だ周からざる有らば、皆敦篤にして以て之を成せ。久しければ則ち絃誦の声作こりて、礼義の俗興こる可し。
〔勧農〕農の勤惰は、一歳の苦楽焉に係る。其の当に為すべき所、勧むるを待たざる者有り。時に行治に因りて、其の工を惰り業を廃する者を視ば、切に之を責めよ。遠近之を聞かば、必然として自ら励むなり。常に世の農を勧むる者を見るに、期に先んじて以て告げ、酒食を鳩め、郊原に俟ち、迎を将ゐて威もて赂遺を徴取し、下は鶏豚に及ぶ。名づけて之を勧むと為すも、其の実は之を擾す。名づけて之を優すと為すも、其の実は之を労す。嗟夫、農を勧むるの道他無きなり、其の時を奪ふ勿きのみ。繁文末節は、当に為に之を略すべし。
〔服遠〕或問ふ、遠方の獠民、溪洞に巣居し、猛くしては鬱むる能はず、寛くしては懐くる能はず、喜べば則ち人、怒れば則ち獣たり。朝廷の徳沢を宣べんと欲せば、之を若何せば可ならん、と。余曰く、物の至って猥りなる、虎狼の若きは無し。然れども之をして左右前後、惟だ吾が聴ならしむる者は、之を制するの術を得ればなり。夫れ剛に克つは柔に若くは莫く、繁を治むるは簡に若くは莫し。且つ彼の反側して恒ならざる所以の者、亦た由る有り。或は其の財を貪り、或は其の功を喜び、或は其の子女を伴しめ、或は其の官属を戮す。以て蟻結蜂屯し、其の酷毒を肆にするに致る。将に之を安んぜんとして能はず、之を誅せんとして事とする所に非ず。茲に翕然として鼓舞して吾が使に聴はしめんと欲するも、難きかな。但だ厳に己が界を守り、恬んじて与に較はざれば、久しくして彼自ら馴伏せん。况んや彼の兵一たび動けば、土を守る者上命有るに非ずんば、坐視して敢へて前まず、追襲を許すに比べば、則ち已に雉兎逃れて禽鳥散ずるをや。是に由りて論ずれば、安静にして競はざる者を上と為し、恬んじて求むる所無き者を之に次ぐ。功を邀め事を生じ、妄りに辺釁を開くは、斯れ下と為す。遠方に官たる者、尚はくは茲に監みよ。
〔恤鰥寡〕鰥寡孤独は、王政の先んずる所、聖人の深く憫れむ所なり。其の聚居の所、暇あれば則ち親ら之に莅み、或は人を遺して省視せよ。衣糧の若き、薬餌の若き、吏時に給せざる者は之を糾治せよ。
〔抑豪強〕或謂ふ、民に豪強有れば則ち治を致す能はず、と。是れ殆ど貪邪の吏の為にして発するなり。夫れ豪強の敢へて横なる所以の者は、牧民の者以て之を縦す有るに由るなり。何ぞや、之と私を交ふるが故なり。苟くも其の私を絶ちて声色を動かさざれば、其の胆をして落ちしむ。語に曰く、其の身正しければ、令せずして行はる、と。又た曰く、怒らずして民鈇鉞よりも威る、と。信なるかな。
〔示勧〕諸民に旌表及び学行の衆に異なる者有らば、時に存慰を加へよ、勧めと為ること必ず多からん。
〔毀淫祠〕淫祠を毀つは、理を燭すこと明らかにして道を信ずること篤き者に非ずんば、能はず。己れを行ふこと端しくして心に処すること正しき者に非ずんば、敢へてせず。
この章は、朝廷の徳化を民に宣べ広めることを説く(全十条)。——古の為政者は自ら労を引き受けて民に安らぎを残し、今の為政者は自ら安逸を享けて民に労を残す。自分が労すれば民は逸し、自分が逸すれば民は労する、これが必然の理だ。一身の労を惜しんで境内の民すべてを不安に陥れることを、仁人君子が忍べようか。かつて子路が政を問うたとき、孔子は「これに先立ち、これを労し、倦むことなかれ」(『論語』子路)と答えた——万世の格言というべきだ。以下、十条は——旧制(朝廷の善政)を申べ明らかにせよ、人倫(綱常)を明らかにせよ、学問を勧めよ(学校は教化の根本)、農を勧めよ(ただし「その時を奪うな」が要で、形式的な勧農の巡行はかえって民を煩わせる)、遠方の民を懐けよ(剛には柔、繁には簡)、身寄りなき者を憐れめ、豪強を抑えよ(豪強が横暴なのは牧民官が私交で放任するからだ)、善行を顕彰して勧めよ、みだりな祭祀を毀て——と、教化行政の全体像を示す。
慎獄 第六(凡十條)
怨人之良。孰願爲盗也。由長民者。失於教養。凍餒之極。遂至於此。要非其得己也。嘗潛體其然。使父饑母寒。妻子慍見。徴負旁午。疼疫交攻。萬死一生。朝不逮暮。於斯時也。見利而不同者。能幾何人。其或因而攘竊。不厚其情。輒置諸理。嬰笞闘木。彼固無辭。然百需叢身。執明其不獲已哉。古人謂上失其道。民散久矣。如得其情。則哀衿而勿喜。嗚呼。人能以是論囚。雖欲惨酷亦必有所不忍矣獄詰其初獄問初情人之常言也。蓋獄之初發。犯者不暇藻飾問者不暇殺錬。其情必眞而易見。威以臨之。虚心以詰之。十得七八矣。少萌姑息。則其勞將有百倍厭初者。故片言折獄。聖人惟與乎子路。其難可知矣諭在獄之囚。吏案雖成。猶當詳識也。若酷吏鍛錬而成者。雖識之囚不敢異辭焉。須盡一辟吏卒。和顔易気。開誠心以感之。或令忠厚獄卒。歇曲以其情問之。如得其寃。立爲辨白。不可徒拘関吏文也。噫姦吏舞文。何所不至哉視視屍故事承検屍之牒、則劃時而行。重人命也。其或行焉而後時。時焉而不親莅。親焉而不精詳。罪皆不輕也。其検之之式。又當偏考。筮仕者不可以不知囚糧天地之徳曰好生。聖朝體之。以有天下。諸在縲紲無家者。皆給之娘。惟縣獄不給也。意者県非待報之官府。故令略詰其然而上之州。比見爲州者。往往爲吏之所欺。吹求不受。以致疾死於脉獄。夫罪不至死。而以己私繆殺之。不仁甚矣。爲州若府者。尚深戒之巡警詰盗非難。而警盗爲難。警盗非難。而使民不爲盗尤難。蓋天下之事。先其機爲之則有餘。後其幾爲之。則艱苦而無益。夫盗之發也。恒出不虞。知者防於未然。其防之之術。則在廣耳目。嚴巡邏。戒飲博。禁游聚。或旬或月。卽命尉行境以恐懼之。夫盗猶鼠也。尉猶捕鼠之雜也。勤於出。鼠必伏而不動。親怠出則鼠必興矣。彼爲尉者。與其勞於己然。孰若警於未發之爲愈。若夫使民不爲盗。則又在於勤本以致富。勤斯富。富斯禮義生。禮義生。雖驅之使竊。亦必不肯爲之矣。故管子謂倉廩實而知禮節衣食足而知榮辱。諒哉按按視獄庭時當一至也。不惟有以安衆囚之心。亦使司獄卒吏輩。知所警畏。而無飮博喧嘩。逸而反獄者。是亦先事防之之微意也。倉庫同一哀矜亡友段伯英嘗尹鉅野。民有犯法受刑者。毎為泣下。或以為過。余聞之。私自語曰。人必有是心。然後可以語主政。且獨不聞古人亦有禁人於獄。而不審寝者乎。要皆良心之所發。非過也非縦囚古人縦囚省親。如期還獄者甚多。要不可以爲法也。夫法者天子之所有。而民或犯之。是犯天子之法也。而彼乃與期而縱之。是不幾於弄天子之法。以掠美市恩於下者乎。然出於朝廷則可。出於一己之私則不可民民教民不至。則犯禁者多。養虫無術。則病饑者衆。爲守與牧。而使其至此。獨歸咎於民。難矣哉
〔慎獄〕人の良を怨む、孰か盗を為すを願はんや。民に長たる者、教養を失ひ、凍餒の極まりて、遂に此に至るに由る。要するに其の已むを得るに非ざるなり。嘗て潜かに其の然るを体するに、父を饑ゑ母を寒えしめ、妻子慍見し、徴負旁午し、疹疫交攻め、万死一生、朝暮に逮ばず。斯の時に於いてや、利を見て回らざる者、能く幾何の人ぞ。其れ或は因りて攘竊するも、其の情を厚くせず、輒ち諸を理に置き、笞菙を嬰けしむ。彼固より辞無きも、然れども百需身に叢がる、孰か其の已むを獲ざるを明らかにせんや。古人謂ふ、上其の道を失へば、民散ずること久し、如し其の情を得ば、則ち哀矜して喜ぶ勿れ、と。嗚呼、人能く是を以て囚を論ぜば、惨酷ならんと欲すと雖も、亦た必ず忍びざる所有らん。
〔獄詰其初〕獄は初情を問ふとは、人の常言なり。蓋し獄の初めて発するや、犯者藻飾するに暇あらず、問者鍛錬するに暇あらず、其の情必ず真にして見はれ易し。威以て之に臨み、心を虚しくして以て之を詰れば、十に七八を得ん。少しく姑息を萌せば、則ち其の労将に初めに百倍する者有らんとす。故に片言獄を折むるは、聖人惟だ子路に与す、其の難き知る可し。
〔諭〕獄に在るの囚を諭す、吏案成ると雖も、猶ほ当に詳らかに讞すべし。酷吏の鍛錬して成す者の若きは、之を讞すと雖も囚敢へて辞を異にせず。須らく吏卒を辟け尽し、顔を和らげ気を易くし、誠心を開きて以て之を感ぜしむべし。或は忠厚の獄卒をして、委曲に其の情を以て之に問はしめ、如し其の寃を得ば、立ろに為に弁白せよ、徒らに吏文を拘へて関はる可からざるなり。噫、姦吏文を舞ぶ、何の至らざる所かあらん。
〔視屍〕故事、屍を検するの牒を承くれば、則ち時を劃りて行く、人命を重んずればなり。其れ或は行きて時に後れ、時にして親ら莅まず、親らして精詳ならざれば、罪皆軽からざるなり。其の之を検するの式、又た当に徧く考ふべし。仕に筮ふる者以て知らざる可からず。
〔囚糧〕天地の徳を好生と曰ふ。聖朝之を体して、以て天下を有つ。諸の縲紲に在りて家無き者は、皆之に糧を給す。惟だ県獄のみ給せざるなり。意ふに県は報を待つの官府に非ず、故に略ぼ其の然るを詰りて之を州に上らしむ。比見るに州為る者、往往にして吏の欺く所と為り、吹求して受けず、以て狴獄に疾死するに致る。夫れ罪死に至らざるに、己れの私を以て繆りて之を殺すは、不仁甚だし。州若しくは府為る者、尚はくは深く之を戒めよ。
〔巡警〕盗を詰るは難きに非ず、而して盗を警むるは難しと為す。盗を警むるは難きに非ず、而して民をして盗を為さざらしむるは尤も難し。蓋し天下の事、其の機に先んじて之を為せば則ち余り有り、其の機に後れて之を為せば、則ち艱苦にして益無し。夫れ盗の発するや、恒に不虞に出づ。知者は未然に防ぐ。其の之を防ぐの術は、則ち耳目を広くし、巡邏を厳にし、飲博を戒め、游聚を禁ずるに在り。或は旬に或は月に、即ち尉に命じて境を行らしめ以て之を恐懼せしむ。夫れ盗は猶ほ鼠のごときなり、尉は猶ほ鼠を捕ふるの貓のごときなり。出づるに勤めば、鼠必ず伏して動かず、出づるに怠れば則ち鼠必ず興こらん。彼の尉為る者、其の已然に労するよりは、孰か未発に警むるの愈れるに若かん。夫の民をして盗を為さざらしむるが若きは、則ち又た本に勤めて以て富を致すに在り。勤むれば斯に富み、富めば斯に礼義生じ、礼義生ずれば、之を駆りて竊ましむと雖も、亦た必ず肯て之を為さざらん。故に管子謂ふ、倉廩実ちて礼節を知り、衣食足りて栄辱を知る、と。諒なるかな。
〔按視〕獄庭は時に当に一たび至るべきなり。惟だ以て衆囚の心を安んずる有るのみならず、亦た司獄卒吏の輩をして、警畏する所を知りて、飲博喧嘩し、逸して獄に反く者無からしむ。是れ亦た事に先んじて之を防ぐの微意なり。倉庫も同じ。
〔哀矜〕亡友段伯英嘗て鉅野に尹たり。民に法を犯して刑を受くる者有れば、毎に為に泣下す。或以て過ちと為す。余之を聞き、私かに自ら語りて曰く、人必ず是の心有りて、然る後に以て政を主るを語る可し。且つ独り聞かずや、古人も亦た人を獄に禁じて、寝ぬるに忍びざる者有るを、と。要するに皆良心の発する所にして、過ちに非ざるなり。
〔非縦囚〕古人囚を縦して親を省せしめ、期の如く獄に還る者甚だ多し。要するに以て法と為す可からざるなり。夫れ法は天子の有つ所にして、民或は之を犯すは、是れ天子の法を犯すなり。而して彼乃ち期を与へて之を縦す、是れ天子の法を弄び、以て美を掠め恩を下に市る者に幾からずや。然れども朝廷より出づれば則ち可なり、一己の私より出づれば則ち不可なり。
〔教民〕民を教ふること至らざれば、則ち禁を犯す者多し。民を養ふに術無ければ、則ち饑に病む者衆し。守と牧と為りて、其れをして此に至らしめ、独り咎を民に帰するは、難きかな。
この章は、刑獄を慎むことを説く、牧民忠告巻下の巻頭である(全十条)。——善良な人の誰が盗人になりたいと願おう。民が盗みに走るのは、治める者が教え養うことを怠り、飢え凍えが極まった末の、やむを得ぬ結果だ。かつて身をもって想像してみた——父は飢え母は寒がり、妻子は不満げで、借金取りが押し寄せ、疫病が襲い、朝から晩まで生きるや死ぬやの瀬戸際。このとき利を見て動かぬ者が何人いるか。そんな折に盗みを働いた者を、事情を汲まず即座に法にかけて杖打つのは、当人に言い分がないとはいえ、まことにやむを得ぬ末のことではないか。古人は「上が道を失えば民が離れて久しい、真相を得たら憐れんで喜ぶな」(『論語』子張)と言った。ああ、この心で囚人を裁けば、たとえ酷く罰しようとしても、必ず忍びない気持ちが起こる。以下、十条は——獄はその初発の供述を詰めよ(拷問による作文を戒める)、囚人を諭せ、屍を検せよ、囚人に糧を給せよ、巡警(盗の予防は耳目を広くし巡邏を厳にする、盗を鼠に尉を猫に喩える)、獄庭を巡視せよ、囚人を憐れめ、囚人を私情でゆるすな——と、刑事司法の仁と慎重を貫く。風憲忠告「審録」と対をなす。
救荒 第七(凡九條)
捕蝗故事蝗生境内。必馳聞於上。少淹頃刻。所坐不輕。然長民者亦須相其小大多寡爲害輕重。若遽然以聞。泣其上者。群集族赴。供張徴索。一境騒然。其害反甚於蝗者。其或勢微種穉。則當亟率衆力以圖之。不必因細虞以来大難於民也。故凡居官。必先敢於負荷。而後可以有為多方救賑天所界人富與貴者。非欲其自裕。蓋將使推所有以濟人之不及也。飢者食之。寒者衣之。斯不負天界之富矣。直者擧之。枉者錯之。斯不負天界之貴矣。然富貴而能若是者。其恵在人。而善則在己。名為恵人。實自恵也。故古之有民社者。或不幸而値凶荒天札之變。視其輕重。必有術以處之。或私帑之分。或公虞之發。或託之工役。或假以山澤。或已負溺征。募糴勸糶。或聴民收其遺稚。或命醫療其疹疾。凡可以拯其生者。靡微一至。蓋古人視民如子。天下未有子在難。而父母坐視不救之理也。嗚呼。凡牧民者其以古之人爲法。庶無彼我之間哉預備災異之生。常出於人之所不意。誠素有其備。雖甚災不足爲憂也。今州郡多無委積。雖有之。而在上者封鋼甚嚴。不測有虞。茫無所措手。此厥今牧民者之通患也然今所謂祇應之錢者。山州僻縣未嘗有之。而使客往還。率無楊腹而過者。意必有以規畫也。至於備荒之儲。獨未有及焉者。豈以治平之時。何遽有此。所以因仍歳月幸満而去。不復爲民遠慮耶。嘗聞近代爲縣者。教民種蔓袴。搗其根以爲餅。大者三四斤。乾而儲之。後値凶年。蒸以食飢民。味甘且美。頼以全活者甚衆。夫古人慮民之周也如此。其肯苟且幸代。而不爲民預備哉均賦故事民之税賦。三年則第其貧富而均平之。或好名。未及而先爲。或避謗。諭期而不爲。皆非也。如斯行之。民受賜不浅矣祈祷凡有祈祷。不必勞衆。齋居三日。以思已愆。民有寃歟。己有職歟。政事有未善歟。報國之心。有未誠歟。無則如儀行事。有則必俟追放而後祷焉。夫動天地。感鬼神。非一至誠不可。纎毫之悪未除。則彼此逸然矣不可奴妾流民甞見一顯官。於凶年市所部民子女。殆數十餘人。美且壮者。皆奴妾之。餘將賂賂時要。以希恩寵也僕聞而顰蹙曰。使其困憊。吾治己得罪矣。又不能救。而反奴妾之。不大獲罪於法耶。故感而書之。以戒後来者焚救民或失火。則伐鼓集衆。親液以救之。惻隠之心。人所共有。誠能鼓舞以作其氣。雖仇人亦將焦頭爛額。而相趨患難矣尚徳反風滅火。虎渡河。蝗不入境。金鏡之水囘流。此在長民者之徳何如耳。殆不可皆謂之偶然一上災異災異事之則不可不聞。祥瑞雖不上可也
〔捕蝗〕故事、蝗境内に生ずれば、必ず馳せて上に聞す。少しく頃刻を淹むれば、坐する所軽からず。然れども民に長たる者、亦た須らく其の小大多寡害を為すの軽重を相るべし。若し遽然として以て聞し、其の上を迎ふる者、群集族赴し、供張徴索して、一境騒然たれば、其の害反りて蝗よりも甚だしからん。其れ或は勢微にして種穉ければ、則ち当に亟かに衆力を率ゐて以て之を図るべし。必ずしも細虞に因りて以て大擾を民に来す可からざるなり。故に凡そ官に居るは、必ず先づ負荷に敢にして、而る後に以て為す有る可し。
〔多方救賑〕天の人に畀ふる富と貴きとは、其の自ら裕かならんことを欲するに非ず、蓋し将に有つ所を推して以て人の及ばざるを済はしめんとするなり。飢うる者は之に食はせ、寒ゆる者は之に衣せば、斯に天の畀ふるの富に負かず。直き者は之を挙げ、枉がれる者は之を錯けば、斯に天の畀ふるの貴きに負かず。然れども富貴にして能く是くの若き者は、其の恵人に在りて、善は則ち己れに在り。名は人を恵むと為すも、実は自ら恵むなり。故に古の民社を有つ者、或は不幸にして凶荒天札の変に値へば、其の軽重を視て、必ず術有りて以て之に処す。或は私帑の分、或は公廩の発、或は之を工役に託し、或は以て山沢を仮し、或は已に負へる逋征を、糴を募り糶を勧め、或は民の其の遺稚を収むるを聴し、或は医に命じて其の疹疾を療せしむ。凡そ以て其の生を拯ふ可き者は、周至せざる靡し。蓋し古人民を視ること子の如し。天下未だ子難に在りて、父母坐視して救はざるの理有らざるなり。嗚呼、凡そ牧民の者、其れ古の人を以て法と為さば、庶はくは彼我の間無からん。
〔預備〕災異の生ずるは、常に人の意はざる所に出づ。誠に素より其の備へ有らば、甚災と雖も憂へと為すに足らざるなり。今州郡多く委積無し。之有りと雖も、上に在る者封鑰甚だ厳にして、測られざる虞へ有れば、茫として手を措く所無し、此れ厥の今牧民の者の通患なり。然るに今所謂祗応の銭なる者、山州僻県未だ嘗て之有らず。而して使客の往還、率ね枵腹にして過ぐる者無きは、意ふに必ず以て規画する有ればなり。備荒の儲へに至りては、独り未だ焉に及ぶ者有らず。豈に治平の時を以て、何ぞ遽に此有らんとして、因仍して歳月幸ひに満ちて去るを所以とし、復た民の為に遠慮せざるか。嘗て聞く、近代の県為る者、民に蔓菁を種ゑしめ、其の根を搗きて以て餅と為し、大なる者は三四斤、乾かして之を儲へ、後凶年に値へば、蒸して以て飢民に食はせ、味甘く且つ美にして、頼りて以て全活する者甚だ衆し、と。夫れ古人の民を慮ることの周きこと此くの如し。其れ肯て苟且に代を幸ひて、民の為に預備せざらんや。
〔均賦〕故事、民の税賦は、三年なれば則ち其の貧富を第でて之を均平にす。或は名を好みて、未だ及ばざるに先んじて為し、或は謗りを避けて、期を踰えて為さざるは、皆非なり。期の如く之を行はば、民の賜を受くること浅からず。
〔祈祷〕凡そ祈祷有らば、必ずしも衆を労せず。斎居すること三日、以て己れの愆を思へ。民に寃有るか、己れに職有るか、政事に未だ善からざる有るか、国に報ゆるの心に未だ誠ならざる有るか、と。無くんば則ち儀の如く事を行ひ、有らば則ち必ず追改を俟ちて而る後に祷れ。夫れ天地を動かし、鬼神を感ぜしむるは、一の至誠に非ずんば不可なり。纎毫の悪未だ除かざれば、則ち彼此邈然たり。
〔不可奴妾流民〕嘗て一顕官を見るに、凶年に部する所の民の子女を市ふこと、殆ど数十余人、美にして且つ壮なる者は、皆之を奴妾とし、余は将に時要に賂ひ、以て恩寵を希はんとす。僕聞きて顰蹙して曰く、其れをして困憊せしむるは、吾が治己に罪を得たり。又た救ふ能はずして、反りて之を奴妾とするは、大いに罪を法に獲ざらんや、と。故に感じて之を書し、以て後来の者を戒む。
〔焚救〕民或は火を失すれば、則ち鼓を伐ちて衆を集め、親ら莅みて以て之を救へ。惻隠の心は、人の共に有る所なり。誠に能く鼓舞して以て其の気を作こさば、仇人と雖も亦た将に頭を焦がし額を爛らして、相ひ患難に趨らんとす。
〔尚徳〕風を反して火を滅し、虎河を渡り、蝗境に入らず、金鏡の水回流す。此れ民に長たる者の徳の何如に在るのみ。殆ど皆之を偶然と謂ふ可からず。
〔上災異〕災異は事として之を聞せざる可からず。祥瑞は上らずと雖も可なり。
この章は、飢饉・災害への対応を説く、実践的な危機管理論である(全九条)。——蝗(いなご)が境内に生じたら必ず上に報告せよ、ただし長官はその大小・被害の軽重を見きわめよ。些細なことで大騒ぎして上役の一行を迎え供応すれば、かえって蝗より害が大きい。だから官たる者はまず責任を引き受けてこそ事を成せる。多方面から救済せよ——天が富と貴を与えたのは自分を裕かにするためでなく、余りある所を推して人の不足を救わせるためだ。飢えた者に食を、寒がる者に衣を。私財の分与、公倉の放出、工役への就労、山沢の開放、負債の免除、米の融通、遺児の収養、疾病の治療——古人は民を子と見て、子が難にあるのに父母が坐視する道理はないとした。さらに平時の備蓄を説き、近代のある県令が民に蕪を植えさせ乾して備え、凶年に多くの命を救った故事を引く。税の公平、祈祷(まず三日斎戒して己の過ちを省みよ)、そして「凶年に民の子女を買って奴妾とすること」を——そうした顕官を挙げて——厳しく戒めるなど、飢饉行政の要諦を尽くす。
事長 第八(凡五條)
各守涯分尊卑之分定。則家無逆子。國無叛臣。夫國之所以亡。家之所以敗。皆由卑不有尊。而尊不能制卑之所致也。考諸歴代。厥監甚明。今夫上而朝廷。下而郡邑。其設官也。有長焉有貮焉。有眷屬焉。有胥吏焉。各安其分。而事其事。天下安有不治者哉。惟其小智自私。乖同寅之義。無協恭之誠。衷既不和。則所見必有不同者。或長官不知待佐貳之禮也。或佐貳閲於事長官之道也。少見辭色。則彼此胥失矣。若夫事例應爾。而所見或不同。居下者當誠其意。婉其辭。卑其容體。以開其上。若猶未允。則俟其退而語之家。人非木石。無不囘之理。其或居下者。有所不可。爲長者亦當如是曉之也。稍有所挾。難面強従退而必有不堪者。日引月深。終於於浅露。人見其乖件也。讒譜之言。乘レ之而入。入則訟必興。而政事隱矣。爲一時之忿。僚之心離。闔境之民不得治。則其人之編浅可知矣。古人有言。必有忍乃其有濟。又曰。欲成大事。必須少忍。又曰。忍爲衆妙之門。旨哉寧人負我。無我負人。此待己之道也。天下之善。不必己出。此待人之道也。能行斯二者。於道其庶幾乎處患難凡在官者。當知榮與辱相倚伏。得與失相勝負。成與敗相循環。古今未有榮而無辱。得而無失。成而無敗之理也。雖天地之運。陰陽之化。物理人事。莫不皆然。處之不以道。則織毫之寵必揺。而一唾之辱必挫矣。故君子於外物輕重。皆所不恤。顧其在我者何如爾。使其有可辱。雖不加譴。而君子恒以爲不足。使其無可辱。雖置之死地。而君子恒以爲有餘。歴觀自昔。大聖大賢。不幸横罹禍患。恬然不易其素者。灼乎此而已矣。苟惟能處榮。而不能處辱。惟能安順境。而逆境則不能一朝居。欲望其臨政有餘爲難矣。嗚呼。善觀人者。其於此焉察之分分謗是非毀譽。自古爲政所不能無者。是則歸人。非則。歸己聞譽則歸人。聞毀則歸己。無長無貮。處之皆當如是也。前輩云思欲己出。怨將誰歸。嗚呼。此眞博大君子之言也一以禮下人夫能下人者。其志必高。其所至必遠。昔某郡有新守。編驚大不禮其下。常令掾屬屬羅拜於庭下。有一賢掾。初以疾在告。疾愈當庭參。是日偶大雨。守命張傘布茅於庭下。使椽拜焉。掾恬然不動容。興伏惟謹。識者知其他日必爲宰相也。後果然不可以律己之律律人同官有過。不至害政。宜爲包容。大抵律己當嚴。待人當恕。必欲人人同己。天下必無是理也
〔各守涯分〕尊卑の分定まれば、則ち家に逆子無く、国に叛臣無し。夫れ国の亡ぶる所以、家の敗るる所以は、皆卑尊を有たず、而して尊卑を制する能はざるの致す所に由るなり。諸を歴代に考ふるに、厥の監み甚だ明らかなり。今夫れ上は朝廷、下は郡邑、其の官を設くるや、長有り、貮有り、眷属有り、胥吏有り。各其の分に安んじて、其の事を事とせば、天下安くんぞ治まらざる者有らんや。惟だ其れ小智もて自ら私し、同寅の義に乖き、協恭の誠無く、衷既に和せざれば、則ち見る所必ず同じからざる者有り。或は長官佐貳を待するの礼を知らず、或は佐貳長官に事ふるの道に昧し。少辞色を見はせば、則ち彼此胥な失す。夫の事例応に爾るべくして、見る所或は同じからざるが若きは、下に居る者当に其の意を誠にし、其の辞を婉にし、其の容体を卑くして、以て其の上に開くべし。若し猶ほ未だ允されずんば、則ち其の退くを俟ちて之に語らん。家人は木石に非ず、回らざるの理無し。其れ或は下に居る者、不可なる所有らば、長為る者も亦た当に是くの如く之を暁すべきなり。稍挟む所有りて、面に難り強ひて従はしむれば、退きて必ず堪へざる者有り、日に引き月に深くして、終に浅露に於いてし、人其の乖忤を見る。讒譖の言之に乗じて入り、入れば則ち訟必ず興こりて、政事隳る。一時の忿りの為に、僚寀の心離れ、闔境の民治まるを得ずんば、則ち其の人の褊浅なる知る可し。古人言有り、必ず忍ぶこと有りて乃ち其れ済る有り、と。又た曰く、大事を成さんと欲せば、必ず須らく少く忍ぶべし、と。又た曰く、忍は衆妙の門為り、と。旨なるかな。寧ろ人我に負くとも、我人に負く無れ、此れ己れを待するの道なり。天下の善、必ずしも己れより出でず、此れ人を待するの道なり。能く斯の二者を行はば、道に於いて其れ庶幾からんか。
〔處患難〕凡そ官に在る者、当に栄と辱と相ひ倚伏し、得と失と相ひ勝負し、成と敗と相ひ循環するを知るべし。古今未だ栄にして辱無く、得て失無く、成りて敗無きの理有らざるなり。天地の運、陰陽の化と雖も、物理人事、皆然らざる莫し。之に処するに道を以てせざれば、則ち織毫の寵も必ず揺れて、一唾の辱も必ず挫く。故に君子外物の軽重に於いて、皆恤へざる所、顧だ其の我に在る者の何如なるかを爾りとす。其れ辱づ可き有らしめば、譴めを加へずと雖も、君子恒に以て足らずと為す。其れ辱づ可き無からしめば、之を死地に置くと雖も、君子恒に以て余り有りと為す。歴く昔よりを観るに、大聖大賢の、不幸にして横に禍患に罹り、恬然として其の素を易へざる者は、此に灼らかなるのみ。苟くも惟だ能く栄に処して、辱に処する能はず、惟だ能く順境に安んじて、逆境には則ち一朝も居る能はずんば、其の政に臨みて余り有らんことを望むこと難きかな。嗚呼、善く人を観る者、其れ此に於いて之を察せよ。
〔分謗〕是非毀誉は、古より政を為すに能く無き能はざる所の者なり。是は則ち人に帰し、非は則ち己れに帰す。誉を聞かば則ち人に帰し、毀りを聞かば則ち己れに帰す。長と無く貮と無く、之に処すること皆当に是くの如くなるべきなり。前輩云ふ、恩は己れより出でんことを欲すれば、怨みは将に誰にか帰せんとす、と。嗚呼、此れ真に博大君子の言なり。
〔以禮下人〕夫れ能く人に下る者は、其の志必ず高く、其の至る所必ず遠し。昔某郡に新守有り、褊愎にして大いに其の下を礼せず、常に掾属をして庭下に羅拝せしむ。一の賢掾有り、初め疾を以て告に在り、疾愈えて当に庭参すべし。是の日偶大雨あり、守傘を張り茅を庭下に布くを命じ、掾をして焉に拝せしむ。掾恬然として容を動かさず、興伏惟だ謹めり。識者其の他日必ず宰相と為るを知るなり。後果して然り。
〔不可以律己之律律人〕同官に過ち有りて、政を害するに至らざれば、宜しく為に包容すべし。大抵己れを律するは当に厳なるべく、人を待するは当に恕なるべし。必ず人人己れに同じからんことを欲するは、天下必ず是の理無きなり。
この章は、上役(長官)に仕える道を説く(全五条)。——各々が分限を守れ。尊卑の分が定まれば、家に逆らう子なく、国に叛く臣がない。国が亡び家が敗れるのは、下が上を敬わず、上が下を制せないからだ。朝廷から郡邑まで、長官・次官・眷属・胥吏、それぞれが分に安んじて務めを果たせば、治まらぬ天下はない。もし見解が食い違えば、下位の者は「意を誠にし、言葉を和らげ、態度を低くして」上に開陳せよ、それでも容れられなければ退いてひそかに語れ——「人は木石ではない、心が動かぬ道理はない」。「必ず忍んでこそ事は成る」(『書経』)を引き、一時の怒りで同僚の心が離れれば一境の民が治まらぬ、と忍耐を説く。「人が我に背いても、我は人に背くな」——己に対する道と人に対する道を対で示す。さらに、誉れは人に帰し、そしりは己に帰せ(分謗)。大雨のなか、傘を差し茅を敷いて属吏を庭に拝ませた新任長官に、平然と応じた賢い属吏の逸話を引き、人にへりくだれる者は志高く遠くに至る、と説く。
受代 第九(凡六條)
郊迎新代聞代者來則避所居而郊迎之。不可以其代己也。而疾之。而薄之。而不以舊政告之也。大抵天下之善。在彼猶在此。勸人爲善。即己之爲善也。誰可惟許己爲善。而不願他人為善哉克終為政者不難於始。而難於克終也。初焉則鋭。中焉則緩。末焉則廢者。人之情也。慎終如始。故君子稱焉競不嘗見世之交代者。多有所爭。要皆舊官不廣之所致。或據其居而不徙。或専其田而不分。或匿其公物。不盡以相授。使新者懐不平而無所訴。甚非士君子善後之道也。夫利之與義。勢不並處。義親則利疏。利近則義遠。况爲民師帥。而専務於利。其聚怨納侮。視市井小人不若也。故君子之從政也。寧公而貧。不私而富。寧讓而損己。不競而損人不可自断代之未至也。風民立石以頌徳。結綺門以祖行。鳩錢帛以佐路費。建生祠以圖不朽之名。皆非士君子之事也。蓋爲善不求人知者爲上。知不而自有其善者次之。呶呶焉。自媒自鬻。惟崇虚譽者。風斯在下矣告以舊政近代東原県曼慶。為某所憲長。既代。諄諄告上者曰。某事有少許未完。某獄已具而未決。某案有如是可疑。某人有許能而可用。一部之政。毫分縷析。惟恐其不知。知之惟恐其不盡。嗚呼今之仕者。方其在職。尚不肯用心。况已代去。而敢責其如是哉完歸其在政也。民被徳澤。訟滑盗息。豪強消沮。同僚悦服。則去之之日。雖弊車贏馬。行桑蕭然。其樂有不翅萬金獲而千馴受者。前輩由外官而至執政者。論濟人之功。皆自以爲不及爲縣遠甚。嗚呼。有志及物者。其勿薄州縣而不屑爲也
〔郊迎新代〕代る者の来るを聞かば、則ち居る所を避けて之を郊迎せよ。其の己れに代るを以て之を疾み、之を薄くし、旧政を以て之に告げざる可からざるなり。大抵天下の善は、彼に在るも猶ほ此に在るがごとし。人に善を為すを勧むるは、即ち己れの善を為すなり。誰か惟だ己れの善を為すを許して、他人の善を為すを願はざる可けんや。
〔克終〕政を為す者は始めに難からずして、克く終るに難きなり。初めは則ち鋭く、中ばは則ち緩く、末は則ち廃するは、人の情なり。終りを慎むこと始めの如くせよ、故に君子焉を称す。
〔競〕嘗て世の交代する者を見るに、多く争ふ所有り。要するに皆旧官の広からざるの致す所なり。或は其の居に据りて徙らず、或は其の田を専らにして分かたず、或は其の公物を匿して、尽くは以て相ひ授けず、新たなる者をして不平を懐きて訴ふる所無からしむ。甚だ士君子後を善くするの道に非ざるなり。夫れ利の義と、勢並び処らず。義親しければ則ち利疏く、利近ければ則ち義遠し。况んや民の師帥と為りて、専ら利に務むれば、其の怨みを聚め侮りを納るること、市井の小人を視るに若かざるをや。故に君子の政に従ふや、寧ろ公にして貧なるとも、私にして富まず、寧ろ譲りて己れを損ふとも、競ひて人を損はず。
〔不可自断〕代の未だ至らざるや、民に風して石を立てて以て徳を頌し、綺門を結びて以て行を祖し、銭帛を鳩めて以て路費を佐け、生祠を建てて以て不朽の名を図る、皆士君子の事に非ざるなり。蓋し善を為して人の知るを求めざる者を上と為し、知られんことを求めて自ら其の善を有つ者之に次ぐ。呶呶焉として、自ら媒し自ら鬻ぎ、惟だ虚誉を崇ぶ者は、斯れ下に在り。
〔告以舊政〕近代東原の県尹段曼慶、某の憲長為り。既に代るや、諄諄として代る者に告げて曰く、某事少許の未だ完からざる有り、某獄已に具りて未だ决せず、某案是くの如き疑ふ可き有り、某人某の能有りて用ふ可し、と。一部の政、毫分縷析、惟だ其の知らざるを恐れ、之を知らば惟だ其の尽さざるを恐る。嗚呼、今の仕ふる者、其の職に在るに方りて、尚ほ肯て心を用ゐず。况んや已に代り去りて、敢へて其の是くの如きを責めんや。
〔完歸〕其の政に在るや、民徳沢を被り、訟清く盗息み、豪強消沮し、同僚悦服せば、則ち之を去るの日、弊車羸馬、行李蕭然たりと雖も、其の楽しみ啻だに万金を獲て千駟を受くる者のみならざる有り。前輩外官より執政に至る者、人を済ふの功を論ずるに、皆自ら以て県為るに及ばざること遠しと甚だしと為す。嗚呼、志の物に及ぶ有る者、其れ州県を薄しとして為すを屑しとせざる勿れ。
この章は、後任者への引き継ぎ(交代)の作法を説く(全六条)。——後任が来ると聞けば、居所を避けて郊外まで出迎えよ。自分に代わる者だからと憎んだり軽んじたり、旧政を告げなかったりするな。天下の善は、後任にあっても自分にあっても同じ善で、人に善を勧めるのは己が善を為すことだ。「終わりを全うせよ」——政は始めより終わりが難しい。初めは鋭く、中ほどは緩み、末には廃するのが人情だから、「終わりを慎むこと始めの如く」あれ。交代でしばしば争いが起こるのは、旧官が心広からぬからで、居所を占めて去らず、田を独占して分たず、公物を隠す——義と利は両立せず、民の師たる者が利にばかり務めれば、市井の小人にも劣る。「旧政を伝えよ」——ある県令が交代時、未完の事・未決の獄・疑わしい案・有能な人物まで、細大漏らさず後任に伝え、知らせぬことを恐れた美談を引く。「まっとうして帰れ」——在任中に民が恩恵を被り訴訟や盗みが息み、去る日に粗末な車馬・わずかな荷であっても、その楽しみは万金にも勝る、と結ぶ。
居閑 第十(凡五條)
軽去就士之仕也。有其任斯有其責。有其責斯有其憂。任一縣之責者。則憂一縣。任一州之責者。則憂一州。任一路之責天下之責者。則一路與天下爲憂也。蓋任重則責重。責重則憂深。古之人所以三揖而進。一揖而退者。有以也。雖堯舜禹湯文武之為君。皐慶穏契併傳周召之爲臣。固未嘗不憂其責。而以位爲樂也。彼以位爲樂者。苟其位者也。嗚呼。大聖大賢。宜不難於其所任。猶且不自暇逸如此。吾才遠不逮聖賢。顧可樂其位而重中其去也哉致政古人以休官致政爲釋重負而脱覊囚。竊嘗思之。誠有是理。方其仕也。嚴出入而慎起居。一噸一笑。亦不敢以輕假人。蓋一身而爲衆師表。少踰規矩。誘議四間。譬之特行於高屋之上自頂至踵。在下者無不見之也。一朝代至。完身而去。記止如釋重負。脱属囚而已哉。嘗見仕而休居者。往往不喜。或命子姪。或託朋友。市奸構訟。靡政不及。小有所違。則曰去官同見任。使新上者法格令弛。拒納難容。而撓沮排觚。爲状百端。細民無知。亦從而靡。設使己政之初人以是薦擾。當若何。推心體之。必自知其可悪矣進退皆有為進則安居以行其志。退則安居以脩其所未能。則是進亦有為。退亦有為也。近世士大夫。惟狃於進。退則悋然無所獣爲。甚而茹愧懐慙。蹙縮不敢一出戸。夫軒見古人以爲隣來之物也。其有也何所加。其無也何所損。不思良貴在我。惟假於物以爲重輕焉。則其人品之卑下。不待論而可知矣以義處處世俗以窮遂進退皆本天命。謂命之窮者。雖竭蹶求進而亦窮。命之達者。雖遠逝深藏而亦不能退。此星翁術士之常談。非君子所尚也。君子則以義處命。而不以命害義。可以進則進。可以退則退。吾不謂命也。樂則行之。憂則違之。吾豈謂命哉。彼論胥富貴利達之境。而不能出者。則往往往往託命以自誣。宜乎接武禍。而卒不能悟。悲夫求進於己士當求進於己。而不可求進於人也。所謂求進於己者。道業學術之精是巳。所謂求進於人者。富貴利達之榮是已。蓋富貴利達在天而不可求。道業學術在我而不可不求也。況古之人。不以富貴利達爲心也。其所以從仕者。宜假此此以行道也。道不行富貴利達者。古人以爲恥。而不以爲榮。嗚呼。非誠有致君澤民之心者。其執能與於此風節名節之於人。不金幣而富。不軒見而貴。士無名節。猶女不貞。則何暴不從。何美不附。雖有他美。亦不足贖也。故前輩謂爵祿易得。名節難保。爵祿或失。有時而再來。名節一虧。終身不復矣。嗚呼士而居閑者。能以此言銘其心。庶不易所守而趨勢要哉
〔軽去就〕士の仕ふるや、其の任有れば斯に其の責有り、其の責有れば斯に其の憂へ有り。一県の責に任ずる者は、則ち一県を憂へ、一州の責に任ずる者は、則ち一州を憂へ、一路天下の責に任ずる者は、則ち一路と天下とを憂へと為すなり。蓋し任重ければ則ち責重く、責重ければ則ち憂へ深し。古の人三揖して進み、一辞して退く所以の者は、以有るなり。堯舜禹湯文武の君為り、皐夔稷契伊傅周召の臣為ると雖も、固より未だ嘗て其の責を憂へずして、位を以て楽と為さざるなり。彼の位を以て楽と為す者は、苟めに其の位する者なり。嗚呼、大聖大賢は、宜しく其の任ずる所に難からざるべきに、猶ほ且つ自ら暇逸せざること此くの如し。吾が才遠く聖賢に逮ばず、顧りて其の位を楽しみて其の去るを重んず可けんや。
〔致政〕古人官を休め政を致すを以て、重負を釈きて羈囚を脱するが為と為す。竊かに嘗て之を思ふに、誠に是の理有り。其の仕ふるに方りてや、出入を厳にして起居を慎み、一嚬一笑も、亦た敢へて以て軽しく人に仮さず。蓋し一身にして衆の師表と為れば、少しく規矩を踰ゆれば、誚議四く聞ゆ。之を高屋の上に特り行くに譬ふれば、頂より踵に至るまで、下に在る者之を見ざる無きなり。一朝代至り、身を完うして去るは、詎ぞ止だ重負を釈き縲囚を脱するが如きのみならんや。嘗て仕へて休居する者を見るに、往往にして喜ばず、或は子姪に命じ、或は朋友に託して、奸を市り訟を構へ、政として及ばざる靡し。小しく違ふ所有れば、則ち曰く、官を去るも見任に同じ、と。新たに上る者をして法格り令弛み、拒納容れ難く、撓沮排觚して、状を為すこと百端ならしむ。細民無知にして、亦た従ひて靡く。設し己が政の初め、人是を以て薦りに擾さば、当に若何せん。心を推して之を体せば、必ず自ら其の悪む可きを知らん。
〔進退皆有爲〕進みては則ち安居して以て其の志を行ひ、退きては則ち安居して以て其の未だ能はざる所を脩む。則ち是れ進みても亦た為す有り、退きても亦た為す有るなり。近世の士大夫、惟だ進むに狃れ、退きては則ち悵然として為す所無し。甚だしきは愧を茹らひ慙を懐き、蹙縮して敢へて一たびも戸を出でず。夫れ軒冕は、古人以て儻来の物と為すなり。其の有るや何の加ふる所ぞ、其の無きや何の損ふ所ぞ。良貴の我に在るを思はず、惟だ物に仮りて以て軽重を為さば、則ち其の人品の卑下なる、論を待たずして知る可し。
〔以義處命〕世俗窮達進退を以て皆天命に本づくとし、謂へらく、命の窮まる者は、竭蹶して進むを求むと雖も亦た窮し、命の達する者は、遠く逝き深く蔵ると雖も亦た退く能はず、と。此れ星翁術士の常談にして、君子の尚ぶ所に非ざるなり。君子は則ち義を以て命に処して、命を以て義を害せず。以て進む可くば則ち進み、以て退く可くば則ち退く、吾命と謂はざるなり。楽しめば則ち之を行ひ、憂ふれば則ち之を違る、吾豈に命と謂はんや。彼の富貴利達の境に淪胥して、出づる能はざる者は、則ち往往にして命に託して以て自ら誣ふ。宜なるかな、武を禍機に接へて、卒に悟る能はざること。悲しいかな。
〔求進於己〕士は当に進むを己れに求むべくして、進むを人に求む可からざるなり。所謂進むを己れに求むる者は、道業学術の精是なり。所謂進むを人に求むる者は、富貴利達の栄是なり。蓋し富貴利達は天に在りて求む可からず、道業学術は我に在りて求めざる可からざるなり。况んや古の人は、富貴利達を以て心と為さざるなり。其の仕に従ふ所以の者は、宜しく此を仮りて以て道を行ふべければなり。道行はれずして富貴利達なる者は、古人以て恥と為して、以て栄と為さず。嗚呼、誠に君を致し民を沢すの心有る者に非ずんば、其れ孰か能く此に与らん。
〔風節〕名節の人に於けるや、金幣ならずして富み、軒冕ならずして貴し。士に名節無きは、猶ほ女の貞ならざるがごとし、則ち何の暴きか従はざらん、何の美か附かざらん。他の美有りと雖も、亦た贖ふに足らざるなり。故に前輩謂ふ、爵禄は得易く、名節は保ち難し、爵禄は或は失ふも、時有りて再び来り、名節は一たび虧くれば、終身復らず、と。嗚呼、士にして閑に居る者、能く此の言を以て其の心に銘ぜば、庶はくは守る所を易へて勢要に趨らざらんか。
この章は、退官・閑居のあり方を説き、三部書全体を締めくくる(全五条)。——軽々しく官に就くな。仕えれば任があり、任あれば責があり、責あれば憂がある。一県の責を負えば一県を憂え、天下の責を負えば天下を憂える。堯舜禹湯文武の君も、皋陶・夔・稷・契や伊尹・周公・召公の臣も、皆その責を憂えて、位を楽しみとはしなかった。位を楽しむ者は、その位に仮初めに居る者だ。「引退(致政)」——古人は退官を「重荷を下ろし、とらわれを脱するようだ」とした。在任中は一挙一動が万人の師表として、高い屋根の上を歩くように衆目にさらされる。だから引退はまさに重荷を下ろすことだ。「進むも退くも為すことがある」——進んでは志を行い、退いては未だ及ばぬところを修める。近世の士大夫は進むことにばかり慣れ、退くと為すところなく恥じ縮こまる。それは「内なる尊さは我に在る」ことを忘れ、位や馬車で人品を量るからだ。「義によって天命に処せ」——窮達進退を天命任せにするのは占い師の常談で、君子の尊ぶところではない。君子は義によって天命に処し、天命を口実に義を損なわない。そして「名節」——「爵禄は失っても再び得る時があるが、名節は一たび欠ければ生涯回復しない」。閑居する士がこの言葉を心に銘じ、守るべきものを変えて権勢に走らぬように、と全巻を結ぶ。