第01段
大學の道は、明德を明らかにするに在り。民に親しむに在り。至善に止まるに在り。
現代語訳
知徳を兼ね備えて世によい影響を及ぼすような立派な人物、即ち大人となる学問の道筋は、先ず生れながら与えられている明徳を発現(明らかに)するところにある。その明徳が発現されると、自ずから通ずる心一体感が生じ、誰とも親しむようになる。更に判断が正しくなり、常に道理に叶った行為が出来るようにもなる。
第02段
止まるを知りて后定まる有り。定まりて后能く靜かなり。靜かにして后能く安し。安くして后能く慮る。慮りて后能く得。
現代語訳
正しい道理を弁えると心は一つに定まって動揺しなくなる。従って心安らいで思いをめぐらし、物事を正しく会得して、自ら満足して行動するようになる。
第03段
物に本末有り。事に終始有り。先後する所を知れば、則ち道に近し。
現代語訳
物事には必ず本と末、終りと始めがあるものである。そこで常に何を先にし、何を後にすべきかを知って行動すれば人の道に大きくはずれることはない。
第04段
古の明德を天下に明らかにせんと欲する者は、先ず其の國を治む。其の國を治めんと欲する者は、先ず其の家を齊う。其の家を齊えんと欲する者は、先ず其の身を修む。其の身を修めんと欲する者は、先ず其の心を正しうす。其の心を正しうせんと欲する者は、先ず其の意を誠にす。其の意を誠にせんと欲する者は、先ず其の知を致す。知を致すは、物を格すに在り。
現代語訳
昔、明徳を天下に明らかにして平安を来たらそうと思う王者は、必ず自分の国をよく治めた。自分の国をよく治めようとして、先ず自分の家をよく調和させた。自分の家をよく調和させようとして、先ず自分の心を正しくした。自分の心を正そうとして自分の意識や感情を正常にしようとした。その意識や感情を正常にしようとして先ず生まれながら与えられている知恵を極めようとした。そして知恵を極めるというのは、即ち自己を正して本来にかえることである。
第05段
物格して后至る。知至りて后意誠なり。意誠にして后心正し。心正して后身修まる。身修まりて后家齊う。家齊いて后國治まる。國治まりて后天下平らかなり。
現代語訳
自分を正せば知恵は自ら澄んでくる。鏡のようにわが知恵が澄めば、意識や感情は正常になる。意識や感情が正常になると内なる心も正しくなる。心が正しくなることによって自ずから身が修まる。自分の身がよく修まると一家はよく和やかに調和する。一家がよく調和すれば、一国がよく治まる。一国がよく治まることによって天下は自ら平安となり、明徳も個々人に明らかになるのである。
第06段
天子自り以て庶人に至るまで、壹に是れ皆身を修むるを以て本と爲す。
現代語訳
八条目を本末という点から見ると、天子から庶人に至るまでおしなべて自分の身を修めるのが本であるという。
第07段
其の本亂れて末治まる者は否ず。
現代語訳
その本である自分の身が乱れて、家をはじめ国や天下が治まることはない。
第08段
其の厚くする所の者を薄くして、其の薄くする所の者を厚くするは、未だ之れ有らざるなり。
現代語訳
要するに、その厚くするべき本をおろそかにして、薄くすべき末の方に力を注ぎ過ぎると、所謂本末転倒して、長い目で見れば終わりを全うすることはできない。
第09段
康誥に曰わく、克く德を明らかにすと。
現代語訳
康誥(書経の一篇)に「克く徳を明らかにする」とあるのは「明徳を明らかにする」を言ったものである。
第10段
大甲に曰わく、諟の天の明命を顧みると。
現代語訳
大甲(書経の一篇)に「諟(是)の天の明命を顧みる」とあるのは「明徳を明らかにする」を言ったものである。
第11段
帝典に曰わく、克く峻德を明らかにすと。
現代語訳
帝典(書経の一篇)に「克く峻(大)徳を明らかにする」とあるのは「明徳を明らかにする」を言ったものである。
第12段
皆、自ら明らかにするなり。
現代語訳
昔のこれらの聖天子は、皆自ら努めて明徳を明らかにしたのである。
第13段
湯の盤の銘に曰わく、苟に日に新た、日日に新たに、又日に新たならんと。
現代語訳
殷の湯王の洗面器に刻みつけた自戒の銘に本当に毎日自己を新鮮にして停滞することがないようにとあるが、これは新たにすることの大切さを言ったものである。
第14段
康誥に曰わく、新たにする民を作すと。
現代語訳
康誥篇に民がそれぞれの立場に於て、自ら進んで創造性を発揮する。即ちやる気を起して自主的に活動するよう指導するのが政治の要道であるとある。これらは新たにすることの大切さを言ったものである。
第15段
詩に曰わく、周は舊邦なりと雖も、其の命維れ新たなりと。
現代語訳
詩経(大雅文王篇)に、周は旧い伝統ある国ではあるが、そのはたらきは日々に新たで止まるところがない。ここから革命に対して維新という言葉が出て来るのである。
第16段
是の故に、君子は其の極を用いざる所無し。
現代語訳
だからこそ、君子は、その能力や志を極限まで発揮しない場面はない(どんな小さなことでも全力を尽くす)。
第17段
詩に云わく、邦畿千里、惟れ民の止まる所と。
現代語訳
詩経(玄鳥篇)に王城の近く千里は文化も進み、生活も比較的豊かなので、民衆が集り、長く止まる所と思うのは当然である。
第18段
詩に云わく、緡蠻たる黄鳥、丘隅に止まると。子曰わく、止まるに於いて、其の止まる所を知る。人を以て鳥に如かざるべけんや。
現代語訳
詩経(綿蠻《めんばん》篇)に『ゆったりとしてのびやかに黄鳥が、丘のほとりに止まって鳴き続けている』とある。孔子は「鳥でさえ安んじて止まる所を知っているのに、人として止まるべき至善即ち正しい所を知らないでよかろうか」と言われた。
第19段
詩に云わく、穆穆たる文王、於緝煕にして敬止すと。人君と爲りては仁に止まり、人臣と爲りては敬に止まり、人子と爲りては孝に止まり、人父と爲りては慈に止まり、國人と交りては信に止まる。
現代語訳
詩経(文王篇)に「深遠な風格のある文王は、ああ常に変わらず明るくて、敬み深くゆったりしている」とある。そのように君子となって人生を施し、子となって只管孝行(只管=ひたすら)を励み、父となっては慈愛を旨とし、国人とは互いに信を以て交わるべきである。
第20段
詩に云わく、彼の淇の澳を瞻れば、菉竹猗猗たり。斐たる君子有り、切するが如く磋するが如く、琢するが如く磨するが如し。瑟たり僩たり、赫たり喧たり。斐たる君子有り、終に諠るべからずと。切するが如く磋するが如しとは、學を道うなり。琢するが如く磨するが如しとは、自ら修むるなり。瑟たり僩たりとは、恂慄なり。赫たり喧たりとは、威儀なり。斐たる君子有り、終に諠るべからずとは、盛德至善、民の忘るる能わざるを道うなり。
現代語訳
詩経(衛風淇澳篇)に「かの淇水のほとりを見ると緑の竹がみずみずしく茂っている。そのように教養豊かな君子がいる。それは丁寧にやすりをかけてなめらかにし、石や玉をちりばめて砂で磨き上げるようなものである。おうようで、ゆったりとし、明るく朗らかな、教養のある人物は一度会えば生涯忘れることができない。切するが如く磋するが如しというのは厭くことなく学び続けるということであり、琢するが如く磨するが如しというのは、自ら修養して徳を積むということである。瑟たり僴たりというのは、おうようでゆったりとしていながら、人はどことなくおそれを感ずる。赫たり喧たりというのはどことなくたちいふるまいに威厳があっていつまでも忘れられない。徳高く至善に止まる文王武王の風貌を民は長く忘れることが出来ないのを言ったのである。
第21段
詩に云わく、於戲前王忘れられずと。君子は其の賢を賢として、其の親を親とす、小人は其の樂しみを樂しみとして、其の利を利とす。此を以て世を沒りて忘れられざるなり。
現代語訳
詩経(周頌列文篇)に「ああ前王忘られず」とある。これは後の君主は、前王の尊敬した賢者を同じく賢者として尊敬し、又前王の親愛した人を変らず親愛した。又一般庶民は前王の遺した楽しみを同じく楽しみとして、其の利としたところを利として恩沢を長く享けている。この故に亡くなられてもながく忘れられないのである。
第22段
子曰わく、訟を聽くこと吾猶人のごときなり。必ずや訟無から使めんかと。情無き者は、其の辭を盡すを得ず。大いに民の志を畏れしむ。此を本を知ると謂う。
現代語訳
孔子が、「訟を聴いて判決を下すのは自分も他の裁判官と変わることはない。然し私の窮極の願いは訟の無いような世の中にすることだ」と言われた。真実のない嘘の訟は、結局言葉を尽くして言い張ることが出来なくなるものだ。要するに民が自ら省みて、自ら畏れて訟が出来なくさせる。これを人の道の本を知るというのである。
第23段
此を本を知ると謂う。
現代語訳
これを人の道の本を知るというのである。
第24段
此を知の至りと謂うなり。
現代語訳
これをまた知の至りともいうのである。
第25段
所謂其の意を誠にすとは、自ら欺く毋きなり。惡臭を惡むが如く、好色を好むが如し。此を之れ自謙と謂う。故に君子は、必ず其の獨を慎むなり。
現代語訳
八条目に『其の意を誠にす』というのは、自分が自分を欺かないことである。それは丁度悪い臭をかいだら本能的に鼻をすくめ、好きなよい色を見れば、本能的に目を見開いて見ようとするようなものである。これを自らあきたる「自謙(謙は慊に通ず)」【「謙」は、へりくだる、態度を控えめにする、敬う、「慊」は、心に満ち足りる、満足する、または逆に満足しない、不満に思うという相反する二つの意味(あきたりる・あきたりない)】というのである。そこで君子は必ず自ら自分を独りを慎むのである。
第26段
小人閒居して不善を爲し、至らざる所無し。君子を見て后厭然として、其の不善を揜いて、其の善を著す。人の己を視ること、其の肺肝を見るが如く然り。則ち何の益かあらん。此を中に誠あれば外に形わると謂う。故に君子は必ず其の獨を慎むなり。
現代語訳
つまらない人間は暇があると善くないことを考えて、何をしでかすかわからない。それでも立派な人物に出会うと良心が目覚めて、自分が嫌になって自分の悪い所を隠して善い方を表そうとする。然し他人がそれを見すかすことは、現代の超音波によって、肺臓肝臓を見通すようなもので、何の役にも立たないだろう。これを中に誠があれば自然に外にあらわれでるものだという。偽もまた同じである。故に君子は必ず独りを慎むわけである。
第27段
曾子曰わく、十目の視る所、十手の指さす所、其れ嚴なるかな。
現代語訳
孔子の高弟曽子が「多くの人が注目するところ、多くの人が指摘するところは厳正だなあ」と言われた。
第28段
富は屋を潤し、德は身を潤す。心廣く體胖かなり。故に君子は必ず其の意を誠にす。
現代語訳
富は家をうるおし、徳は身をうるおす。従って心は廣く、体ものびのびとする。故に君子は必ず自分の意識や感情を正常にするように努める。
第29段
所謂身を修むるには、其の心を正しうするに在りとは、身忿懥する所有れば、則ち其の正しきを得ず。恐懼する所有れば、則ち其の正しきを得ず。好樂する所有れば、則ち其の正しきを得ず。憂患する所有れば、則ち其の正しきを得ず。心焉に在らざれば、視て見えず、聽きて聞えず、食いて其の味を知らず。此を身を修むるには、其の心を正しうするに在りと謂う。
現代語訳
八条目に、「身を修むるには、其の心を正しうするに在り」とは、例えば身(心の存する肉体)に怒を含んでいる時は正しく判断することはできない。恐れを懐いている時は正しく判断することはできない。片寄って好んだり楽しんだりする所があれば正しく判断することはできない。甚だ心配する所がなければ、視てもその真実が見えない・聴いてもその真実が聞こえない。又食べても本当の味がわからないということである。
第30段
所謂其の家を齊うるには、其の身を修むるに在りとは、人其の親愛する所に之いて辟す。其の賤惡する所に之いて辟す。其の畏敬する所に之いて辟す。其の哀矜する所に之いて辟す。其の敖惰する所に之いて辟す。故に好みて其の惡しきを知り、惡みて其の美を知る者は、天下に鮮なし。
現代語訳
八条目に、「其の家を斉うるには其の身を修むるに在り」とあるのは、例えば、人は特に親しみを愛すると片寄って正常を失う。特におそれうやまう所があれば片寄って正常を失う。特にかなしみあわれむ所があれば片寄って正常を失うことである。そこで好んでその者の悪い点を知り、逆に憎んでその者の美点を知る者は世の中に甚だ少ないものだ。
第31段
故に諺に之れ有り、曰わく、人は其の子の惡しきを知る莫く、其の苗の碩いなるを知る莫しと。
現代語訳
故に昔からの諺に親はわが子の悪いことを知らない。農夫は自分の作った苗が他に比べて大きく育っているのを知らないとある。
第32段
此を身修まらざれば、以って其の家を齊う可からずと謂う。
現代語訳
これを身が修まらなければ、其の家を斉えることはできないというのである。
第33段
所謂國を治むるには、必ず先ず其の家を齊うとは、其の家教う可からずして、能く人を教うる者は之れ無し。故に君子は家を出でずして、教を國に成す。孝は君に事うる所以なり。弟は長に事うる所以なり。慈は衆を使う所以なり。
現代語訳
八条目に「国を治むるには、必ず先ず其の家を斉う」とあるのは、自分の家の者を教えることができないで広く人を教えることの出来る者はいない。だから君子は家に在っても国人を教えることができるのである。例えば家に在ってわが親に孝行を尽す心が君主によく事える本になるのである。兄や姉に従順であることが、世に出て年上や上司によく事える本になるのである。又祭祀を慈しむ心は、民衆をよく使う本になるのである。
第34段
康誥に曰わく、赤子を保んずるが如しと。心誠に之を求めば、中らずと雖ども遠からず。未だ子を養うを學びて后嫁ぐ者有らざるなり。
現代語訳
康誥(書経の一篇)に「赤子を育てるようなものだ」とあるが、国を治めるに当り一心になって政治に携わるならば、真中に的中しなくとも大きく間違うことはない。それはまだわが子を育てることを充分経験してから嫁ぐ者が無いようなものだ。(三綱領の親民の例証とみるべきである)
第35段
一家仁なれば、一國仁に興り、一家讓なれば、一國讓に興り、一人貪戻なれば、一國亂を作す。其の機此の如し。此を一言事を僨り、一人國を定むと謂う。
現代語訳
一家の中が互いに仁の心以て和やかに睦み合えば、自ずから仁の気風が国中に満ちるようになる。一家の中で互いに譲り合えば自ら国中に我を捨てて互いに譲り合い、力を尽くす美風が興ってくる。然し君主が貪欲で道理を無視して我儘であると、国中挙って乱を起こすようになる。このように治乱興亡のはずみは甚だ微妙なものである。これを昔の人が、一言の使いようで事をやぶり一人のはたらきが国を安定させる原動力となると謂うのである。
第36段
堯舜天下を帥いるに仁を以てして、民之に從う。桀紂天下を帥いるに暴を以てして、民之に從う。其の令する所其の好む所に反すれば、民從わず。
現代語訳
聖天子の堯や舜は天下を率いるのに人徳を以てしたので、民は心から悦んで従った。無道の王桀や紂は天下を率いるのに暴力を以てしたので、民はこれに従って、暴力が国中にはびこるようになった。このようにその発するところの命令が、自分の好むところに反すれば民はこれに従わないものである。
第37段
是の故に君子は、諸を己に有して后、諸を人に求め、諸を己に無くして后、諸を人に非とす。身に藏する所恕ならずして、能く諸を人に喩す者は、未だ之れ有らざるなり。
現代語訳
そこで上位にある者は、自ら正しい道を行って人にもこれを求め又自ら誤った行いを無くして後に人の誤りを誤りとして改めさせる。従って自分に恕の心を持たないで、よく人を諭し導くことの出来る者はない。
第38段
故に國を治むるには、其の家を齊うるに在り。
現代語訳
故に国を治めるには、先ず自分の家をよく斉えるところにあるというのである。
第39段
詩に云わく、桃の夭夭たる、其の葉蓁蓁たり。之の子于に歸ぐ、其の家人に宜しと。其の家人に宜しくして后、以て國人を教うべし。
現代語訳
詩経(周南桃夭篇)に、桃の花が美しく咲き、その葉がみずみずしく茂っているように、教養豊かに成長した娘が嫁いで行き、其の家人とよく調和するとある。このように婚家の人々と和やかに調和して後に、その国の人を教えることができるわけである。
第40段
詩に云わく、兄に宜しく弟に宜しと。兄に宜しく弟に宜しくして后、以て國人を教う可し。
現代語訳
詩経(小雅蓼蕭篇)に、兄に宜しく弟に宜しとある。家の中の日常生活に於いて、君主がその地位に誇らず、兄弟の和やかに睦み合う姿が、兄弟の道を無言で国人に教えることになるわけである。
第41段
詩に云わく、其の儀忒わず、是の四國を正すと。其の父子兄弟と爲りて、法るに足りて后、民之に法るなり。
現代語訳
詩経(曹風鳲鳩篇)に,君子の行為が人の道に叶って、自ら四方の国を正すとある。これは君主が家の中でよい父子、兄弟となって後に民がこれを手本とするようになるのである。これを国を治むるには、其の家を斉うるに在りと謂うわけである。
第42段
此を國を治むるには、其の家を齊うるに在りと謂う。
現代語訳
国を治めようとするならば、まず自分の一族・家庭をしっかりと秩序立てる(斉うる)ことにある。
第43段
所謂天下を平らかにするには、其の國を治むるに在りとは、上老を老として民孝に興り、上長を長として民弟に興り、上孤を恤みて民倍かず。是を以て君子に絜矩の道有るなり。
現代語訳
八条目に「天下を平らかにするには、其の国を治むるに在り。」とあるのは、君主が、老人を老人として心から大切にすると、民は自ら自分の親に孝養を励むようになる。君主が年長者を年長者として大事にすると、民は自ら兄や姉に素直に従うようになる。君主がみなしごをあわれんでよく面倒を見ると、民は心から従うようになる。そこで君主には君主としてのよるべき尺度(基準)となる道があるわけである。
第44段
上に惡む所を以て下を使う毋れ。下に惡む所を以て上に事うる毋れ。前に惡む所を以て後に先んずる毋れ。後に惡む所を以て前に從う毋れ。右に惡む所を以て左に交わる毋れ。左に惡む所を以て右に交わる毋れ。此を之れ絜矩の道と謂う。
現代語訳
上位に対して嫌だと思うことを以て下位の者を使ってはならない。下位に対して嫌だと思うことを以て上位に事えてはならない。後に対して嫌だと思うことを以て前に移してはならない。右に対して嫌だと思うことを以て左に交ってはならない。左に対して嫌だと思うことを以て右に交わってはならない。これを人間交際の尺度(基準)と謂うわけである。
第45段
詩に云わく、樂只の君子は民の父母と。民の好む所之を好み、民の惡む所之を惡む。此を之れ民の父母と謂う。
現代語訳
詩経(南山有玄篇)に、「ゆったりして楽しげな君主は民の父母」とあるが、民の好むところを好み、民の悪むところを共に悪む。このように民と好悪を共にする君主を民の父母というのである。
第46段
詩に云わく、節たる彼の南山、維れ石巖巖たり。赫赫たる師尹、民具に爾を瞻ると。國を有つ者は以て慎まざる可からず。辟すれば則ち天下の僇となる。
現代語訳
詩経(大雅節南山篇)にそそり立つ高いあの南山は、石がいかめしく積み重なって、天下の総ての人が仰ぎ見るように、周の大師である尹氏という人は、地位が優れて高く、民は目を瞠って彼を仰ぎ見詰めている」とある。国を有つ君主は慎まねばならない。私利私欲に片寄ってわがままになると、身は弑せられ、国は亡ぼされて、大きなはずかしめを受けることになる。
第47段
詩に云わく、殷の未だ師を喪わず、克く上帝に配す。儀しく殷に監みるべし、峻命易からずと。衆を得れば則ち國を得、衆を失えば則ち國を失うを道う。
現代語訳
詩経(大雅文王篇)に「殷は善政を施してまた人望を失わず上帝(天)と並んで天子の位にいたが、紂に至り暴政を施して人望を失い、遂に天位を失ってしまった。そこで殷の変遷を見て、自らを顧みる鑑とせよ。天の大命はそうやすやすと降りるものではない」とある。これは衆望を得れば国を得、衆望を失えば国を失うことをいうのである。
第48段
是の故に君子は先ず德を慎む。德有れば此れ人有り、人有れば此れ土有り、土有れば此れ財有り、財有れば此れ用有り。
現代語訳
そこで君主は必ず徳を慎んで積む。そうしてその高徳の君主を慕って自ずから四方から集まってくる。人が集まって来れば、土地が拓ける。土地が拓けると財物が多く生産されるようになる。財物が多く生産されれば、そこからいろいろなはたらきが活発に起こってくるわけである。
第49段
德は本なり。財は末なり。
現代語訳
要するに徳が本で財は末である。
第50段
本を外にして末を內にすれば、民を爭わしめて奪うことを施す。
現代語訳
本である徳をおろそかにして、末である財を重んずれば、遂には民を争わせて奪い合うことを勧めることになるのである。
第51段
是の故に財聚れば則ち民散じ、財散ずれば則ち民聚まる。
現代語訳
そこで税をきびしく取り立てて、国に財が集まり過ぎると、民衆は生活が苦しくなって他国へ去って行くようになる。逆に財を活用して民衆の幸福をはかれば、その風を聞いて他国からもどんどん集まって来るようになる。
第52段
是の故に言悖りて出ずる者は、亦悖りて入る。貨悖りて入る者は、亦悖りて出ず。
現代語訳
これと同じく道理に反した無茶な言葉を吐くとそのしかえしとして暴言が無理をして入れたものは、やがて意に反して出ていくものだ。
第53段
康誥に曰わく、惟れ命常に于てせずと。善なれば則ち之を得、不善なれば則ち之を失うを道う。
現代語訳
康誥に「天命はいつもその人の上にあるとは限らない」とあるのは、善行を積み重ねて徳が高くなれば天命は自然に授けられるが、遂に悪行を積み重ねて徳が亡くなると意に反して天命を失うということを言ったものである。
第54段
楚書に曰わく、楚國は以て寶と爲す無く、惟善を以て寶と爲すと。
現代語訳
楚書(今の国語の中の楚語)に楚国には特に誇る程の宝はないが、唯一つ宝としているのは善行を積む優れた家臣である。
第55段
舅犯曰わく、亡人以て寶と爲す無く、仁親以て寶と爲すと。
現代語訳
舅犯(晋の文公の母方の叔父)が文公を戒めて「われわれ亡命中の者には、宝とすべき者は何もない。ただ親の死に仁の道を以て対することを宝とする」と言っている。▶ 図解:重耳 十九年の流浪と、驪姫の陰謀
▶ 図解:宮城谷昌光『重耳』『介子推』(時間軸・物語・人物・名言)
第56段
秦誓に曰わく、若し一个の臣有らんに、斷斷として他技無く、其の心休休として、其れ容るる有るが如し。人の技有る、己之れ有るが若く、人の彦聖なる其の心之を好みし、啻に其の口より出ずるが如きのみならず、寔に能く之を容る。以て能く我が子孫黎民を保んぜん。尚わくば亦利あらん哉。人の技有る、媢疾して以て之を惡み、人の彦聖なる、之に違いて通ぜざら俾む。寔に容るる能わず。以て我が子孫黎民を保んずる能わず。亦曰に殆い哉と。
現代語訳
秦誓(書経周書篇)に、ここに一人の重臣がある。生真面目ではあるが特に秀でた才能があるわけではないが、その心はおおらかで、すべてのものを包み込むようである。人の秀れた才能のあるのを見て、自分があるように喜び、人が大変立派だという評判があると、それを心からよいとして、単に口先でほめるだけでなく、本心からこれを受け容れる。こうしてわが子孫万民を保んずるであろう。まことに心から利があるように願うばかりである。それは逆に、人の才能のあるを悪み、人が秀れて評判がよいのを見て世に通じないようにする。このように本心から包み込むことができない。これでは子孫万民を保んずることはできない。なんと危ういことだなあとある。
第57段
唯仁人之を放流し、諸を四夷に逬けて、與に中國を同じうぜず。此を唯仁人能く人を愛し、能く人を惡むを爲すと謂う。
現代語訳
ただ仁人であってこういう人物を思い切って追放し、これを外国に退けて国内で共に居ないようにする。これを唯仁人のみが能く人を愛し、能く人を悪むを為すというのである。
第58段
賢を見て舉ぐる能わず、舉げて先んずる能わざるは命なり。不善を見て退くる能わず、退けて遠ざくる能わざるは過ちなり。
現代語訳
知徳兼備の優れた人物、賢人を見ながら挙げ用いることができず、挙げても上位に引き上げて、その能力を充分発揮させることの出来ないのは君主の怠慢である。不善の人を見ながら退けることができず、退けても遠ざけることのできないのが過である。
第59段
人の惡む所を好み、人の好む所を惡む、是を人の性に拂ると謂う。菑必ず夫の身に逮ぶ。
現代語訳
人の悪むところ即ち道義にはずれた行為を好み、道義に叶った正しい行為を悪む。これを人の本性にもとるという。そういう者にはわざわいが必ずその身に及んでくるものだ。
第60段
是の故に君子に大道有り。必ず忠信以て之を得、驕泰以て之を失う。財を生ずるに大道有り。之を生ずる者衆く、之を食する者寡なく、之を爲る者疾く、之を用うる者舒なれば、則ち財恒に足る。
現代語訳
そこで君子に歩むべき大道がある。必ず忠信心を以て実践することによって高い地位は得られるが、おごりたかぶり、そしてなまけることによって、折角得た地位を失うことになる。財を生ずるにも大道がある。生産する者が多く、これを消費する者が少なく、生産をはやくして消費をおもむろにすれば財は常に足るのである。
第61段
仁者は財を以て身を發し、不仁者は身を以て財を發す。
現代語訳
仁者は財を世に施してその身をおこすが、不仁者は身を犠牲にして財をつくる。
第62段
未だ上仁を好みて、下義を好まざる者は有らざるなり。未だ義を好みて、其の事終らざる者有らざるなり。未だ府庫の財、其の財に非ざる者は有らざるなり。
現代語訳
まだ上位にある者が仁を好んで、下位にある者が義を好まない者はない。まだ義を好んで、物事が首尾よく終わらない者はない。まだ国庫の財も当然の財として人手に渡ったことはない。
第63段
孟獻子曰わく、馬乘を畜えば、雞豚を察せず。伐冰の家には、牛羊を畜わず。百乘の家には、聚斂の臣を畜わず。其の聚斂の臣有らんよりは、寧ろ盜臣有れと。
現代語訳
魯の大夫の孟献子が、下級の大夫となって四頭立ての馬車に乗り、俸禄もそれなりに多くなれば、零細の農家の収入源である鶏や豚を飼うことを思わないようになる。更に夏氷を切って祖廟のお供物の腐敗を防ぐことのできる卿大夫の地位につけば、俸禄も一層多くなるので、牛や羊を飼って収入を大いにふやそうと考えなくなる。百乗を持つことの出来る家老の家では、きびしく税金を取り立てる有能な家臣を用いない。その取り立てのきびしい家臣より、むしろ家の財を横領する家臣のいる方がまだましである。これは国を目先の利を以て利とせず、義を以て真の利とするというのである。
第64段
國家に長として財用を務むる者は、必ず小人に自る。彼之を善くすと爲して、小人をして國家を爲め使むれば、菑害竝び至る。善者有りと雖も、亦之を如何ともする無し。此を國は利を以て利と爲さず、義を以て利と爲すと謂うなり。
現代語訳
国の責任者として財用を司る者は、必ず才能のすぐれたいわゆるやり手によって事務を処理する。然し彼がよく出来るからといって、これに高い地位を与えて国政に当たらせると、天災人害が共にやって来る。例え立派な人物が下位に在っても、どうすることもできない。これは国は目先の利を持って利とせず、義(道理に叶った人間の道)を以て真の利とするのである。