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大學

全64段 訓読・ふりがな・現代語訳・出典色分け付き

この読本について

四書の一つ『大学』(曾子の門流により編まれたとされる)の全文を、訓読文に全文ふりがな(ルビ)を付して収めています。本文中に引かれる『書経』『詩経』や孔子・曾子の言葉、故事逸話は色分けし、該当箇所にマウスを重ねる(スマートフォンではタップする)と出典の説明が吹き出しで表示されます。冒頭の三綱領(明徳を明らかにす・民に親しむ・至善に止まる)から始まり、格物致知・誠意正心・修身斉家・治国平天下という八条目の展開、そして終盤の絜矩の道・財用の論まで、全64段を通しで読めます。ふりがなは自動変換+手作業の確認によるため、読み誤りが残る場合はお知らせいただければ随時修正します。「縦書き表示」では各段がカードで縦組み表示されます。

色分けの凡例

『書経』からの引用『詩経』からの引用孔子・曾子の言葉故事・逸話(国語・春秋左氏伝等)

主要語彙集

明徳(めいとく)
人が生まれながらに天から与えられている、清らかで曇りのない徳性。修養によって曇りを払い、輝かせる(明らかにする)ことができるとされる。
親民(しんみん)
「民に親しむ」。朱子は「新民」(民を新たにする=民を教化し日々に新しくする)と読み替えたが、本テキストでは古注に従い「親しむ」で統一。
至善(しぜん)
この上ない善。到達すべき最高の境地。
格物致知(かくぶつちち)
物に至りて知を致す。目の前の物事の理を窮め尽くすことによって、自らの知を完成させること。
誠意(せいい)
意を誠にす。自分を欺かず、心の中の思いを偽りなく真実にすること。
正心(せいしん)
心を正しうす。怒り・恐れ・楽しみ・憂いなど感情に心を乱されず、心を平静・公正に保つこと。
修身(しゅうしん)
身を修む。自らの行いを正し人格を磨くこと。
齊家(せいか)
家を斉う(ととのう)。一家をよく治め整えること。
治國(ちこく)
国を治む。国家をよく治めること。
平天下(へいてんか)
天下を平らかにす。天下全体を安んじ治めること。
八条目(はちじょうもく)
格物・致知・誠意・正心・修身・斉家・治国・平天下の八段階。修己治人の実践プロセスとして『大学』全体の骨格をなす。
絜矩の道(けっくのみち)
自分の心を物差し(矩)として人の心を推し量り、我が身に置き換えて人を思いやる道。上下左右すべての人間関係に及ぼすべき忠恕の道とされる。
自謙(じけん)
自ら心を満ち足らしめること。自分自身に対して少しも偽りやごまかしのない状態。
愼獨(しんどく)
独りを慎む。誰も見ていない一人の時こそ、自分の言動を慎むこと。
忠信(ちゅうしん)
真心を尽くし、偽りのないこと。
驕泰(きょうたい)
驕り高ぶり、贅沢気ままにふるまうこと。

登場人物紹介

堯(ぎょう)伝説上の聖王
五帝の一人とされる伝説上の理想的な聖王。舜に位を譲った禅譲の故事で知られる。第11段「帝典(=堯典)」に「克く峻徳を明らかにす」と引かれ、第36段では舜とともに「仁を以て天下を帥いる」統治者の模範として名を挙げられる。
舜(しゅん)伝説上の聖王
堯から位を譲られた聖王。堯と並び称される理想の君主で、第36段に「堯舜、天下を帥いるに仁を以てして、民之に従う」と、仁による統治の模範として堯とともに名が挙がる。
桀(けつ)夏王朝最後の王
夏王朝最後の王で、暴虐の限りを尽くした暴君の代名詞。第36段で紂とともに「暴を以て天下を帥い、民之に従う」と、堯・舜とは対照的な悪しき統治の例として挙げられる。
紂(ちゅう)殷王朝最後の王
殷(商)王朝最後の王で、桀と並ぶ暴君の代名詞。第36段で桀とともに、上に立つ者の悪しき行いが民に及ぼす影響の実例として名が挙がる。
湯(とう)殷王朝の始祖・成湯
夏の桀王を討ち、殷(商)王朝を開いた聖王。第13段に引かれる、自らの洗面器(盤)に刻んだ銘「苟に日に新たに、日々に新たに、又日に新たならん」の逸話で知られ、日々自らを新たにする修養の姿勢の証とされる。
文王(ぶんおう)周王朝の基礎を築いた聖王
殷末の西方諸侯の長(西伯)で、周王朝の基礎を築いた聖王(子の武王が殷を滅ぼし周を建てた)。『詩経』大雅「文王」篇で繰り返し讃えられ、本篇でも計3回引用される(第15・19段等)。「日に新たなる徳」や「至善に止まる」深遠な人格の模範として描かれる。
孔子(こうし)儒家の祖・春秋時代の思想家
儒教の始祖。第18段では緜蛮の詩(人ですら止まる所を知るべきだという教え)を評した言葉が引かれ、第36段の「一言事を僨り、一人国を定む」等、随所にその言葉が引用される。伝統的には、『大学』の経一章は孔子の言葉を曾子が記したものとされる。
曾子(そうし)孔子の高弟
孔子の弟子で、篤実な人柄と孝行で知られる。第27段に「十目の視る所、十手の指ざす所、其れ厳なるかな」(誰も見ていないようでも、実は多くの目や手に見られ指し示されているのだ、という戒め)という言葉が引かれ、独りを慎む(慎独)ことの大切さを説く。『大学』は伝統的に曾子の門流によって編まれたとされる。
孟獻子(もうけんし)魯の賢大夫
春秋時代・魯の国の賢明な大夫(重臣)。第63段に「馬乗を畜えば、鶏豚を察せず」(大夫以上の身分の者は、目先の小さな利益を貪ってはならない)という言葉が引かれ、上に立つ者は利ではなく義を第一とすべきだという「聚斂の臣を有せんよりは、寧ろ盗臣を有せよ」の教えの中で語られる。
舅犯(きゅうはん)晋の公子重耳の伯父
春秋時代・晋の公子重耳(のちの覇者・晋の文公)の伯父にあたる人物。重耳が国を追われ亡命していた際、父(晋の献公)の訃報に接した重耳に語った言葉が『礼記』檀弓下に見え、第55段に「亡人は以て宝と為す無く、仁親を以て宝と為す」(国を失った亡命者にとっての宝は財貨ではなく、親に対する仁愛の情である)として引かれる。 → 図解:時間軸・物語・人物・名言(宮城谷昌光)
重耳(ちょうじ)晋の公子、のちの晋の文公
春秋時代・晋の公子。父・献公の後継争いに巻き込まれ国外に十九年もの長きにわたり亡命し、後に帰国して即位、覇者(晋の文公)となった。第55段で舅犯が語りかけた「亡人」とは、まさにこの亡命中の重耳のことであり、父の訃報を聞いて帰国し家督を争おうとした重耳に対し、舅犯は「今、亡命の身にとっての宝は財貨ではなく、親を思う仁愛の情である」と諫めた。重耳自身の言葉が本文に引かれるわけではないが、この教えの当事者として物語の中心にいる人物である。 → 図解:流浪ルートと驪姫の陰謀  → 図解:時間軸・物語・人物・名言(宮城谷昌光)

第01段
大學だいがくみちは、明德めいとくあきらかにするにり。たみしたしむにり。至善しぜんとどまるにり。
現代語訳
知徳を兼ね備えて世によい影響を及ぼすような立派な人物、即ち大人となる学問の道筋は、先ず生れながら与えられている明徳めいとくを発現(明らかに)するところにある。その明徳めいとくが発現されると、自ずから通ずる心一体感が生じ、誰とも親しむようになる。更に判断が正しくなり、常に道理に叶った行為が出来るようにもなる。

第02段
とどまるをりてのちさだまるり。さだまりてのちしずかなり。しずかにしてのちやすし。やすくしてのちおもんぱかる。おもんぱかりてのち
現代語訳
正しい道理を弁えると心は一つに定まって動揺しなくなる。従って心安らいで思いをめぐらし、物事を正しく会得して、自ら満足して行動するようになる。

第03段
もの本末ほんまつり。こと終始しゅうしり。先後せんごするところれば、すなわみちちかし。
現代語訳
物事には必ず本と末、終りと始めがあるものである。そこで常に何を先にし、何を後にすべきかを知って行動すれば人の道に大きくはずれることはない。

第04段
いにしえ明德めいとく天下てんかあきらかにせんとほっするものは、くにおさむ。くにおさめんとほっするものは、いえととのう。いえととのえんとほっするものは、おさむ。おさめんとほっするものは、こころただしうす。こころただしうせんとほっするものは、こころばせまことにす。こころばせまことにせんとほっするものは、いたす。いたすは、ものただすにり。
現代語訳
昔、明徳めいとくを天下に明らかにして平安を来たらそうと思う王者は、必ず自分の国をよく治めた。自分の国をよく治めようとして、先ず自分の家をよく調和ちょうわさせた。自分の家をよく調和ちょうわさせようとして、先ず自分の心を正しくした。自分の心を正そうとして自分の意識や感情を正常にしようとした。その意識や感情を正常にしようとして先ず生まれながら与えられている知恵を極めようとした。そして知恵を極めるというのは、即ち自己を正して本来にかえることである。

第05段
ものただしてのちいたる。いたりてのちこころばせまことなり。こころばせまことにしてのちこころただし。こころただしてのちおさまる。おさまりてのちいえととのう。いえととのいてのちくにおさまる。くにおさまりてのち天下てんかたいららかなり。
現代語訳
自分を正せば知恵は自ら澄んでくる。鏡のようにわが知恵が澄めば、意識や感情は正常になる。意識や感情が正常になると内なる心も正しくなる。心が正しくなることによって自ずから身が修まる。自分の身がよく修まると一家はよく和やかに調和ちょうわする。一家がよく調和ちょうわすれば、一国がよく治まる。一国がよく治まることによって天下は自ら平安となり、明徳めいとくも個々人に明らかになるのである。

第06段
天子てんしもっ庶人しょじんいたるまで、いつみなおさむるをもっもとす。
現代語訳
八条目を本末ほんまつという点から見ると、天子から庶人しょじんに至るまでおしなべて自分の身を修めるのが本であるという。

第07段
もとみだれてすえおさまるものあらず。
現代語訳
その本である自分の身が乱れて、家をはじめ国や天下が治まることはない。

第08段
あつくするところものうすくして、うすくするところものあつくするは、いまらざるなり。
現代語訳
要するに、その厚くするべき本をおろそかにして、薄くすべき末の方に力を注ぎ過ぎると、所謂本末ほんまつ転倒てんとうして、長い目で見れば終わりを全うすることはできない。

第09段
康誥こうこうわく、とくあきらかにすと
現代語訳
康誥(書経の一篇)に「克く徳を明らかにする」とあるのは「明徳めいとくを明らかにする」を言ったものである。

第10段
大甲たいこうわく、てん明命めいめいかえりみみると
現代語訳
大甲(書経の一篇)に「諟(是)の天の明命めいめいを顧みる」とあるのは「明徳めいとくを明らかにする」を言ったものである。

第11段
帝典ていてんわく、峻德しゅんとくあきらかにすと
現代語訳
帝典(書経の一篇)に「克く峻(大)徳を明らかにする」とあるのは「明徳めいとくを明らかにする」を言ったものである。

第12段
みなみずかあきらかにするなり。
現代語訳
昔のこれらの聖天子せいてんしは、皆自ら努めて明徳めいとくを明らかにしたのである。

第13段
とうばんめいわく、まことあらた、あらたに、またあらたならんと
現代語訳
いん湯王とうおうの洗面器に刻みつけた自戒じかいめいに本当に毎日自己を新鮮にして停滞することがないようにとあるが、これは新たにすることの大切さを言ったものである。

第14段
康誥こうこうわく、あらたにするたみおこすと
現代語訳
康誥こうこう篇に民がそれぞれの立場に於て、自ら進んで創造性を発揮する。即ちやる気を起して自主的に活動するよう指導するのが政治の要道であるとある。これらは新たにすることの大切さを言ったものである。

第15段
わく、しゅう舊邦きゅうほうなりといえどもも、めいあらたなりと
現代語訳
詩経(大雅たいが文王ぶんおう篇)に、周は旧い伝統ある国ではあるが、そのはたらきは日々に新たで止まるところがない。ここから革命に対して維新いしんという言葉が出て来るのである。

第16段
これゆえに、君子くんしきょくもちいざるところし。
現代語訳
だからこそ、君子は、その能力や志を極限まで発揮しない場面はない(どんな小さなことでも全力を尽くす)。

第17段
わく、邦畿ほうき千里せんりたみとどまるところ
現代語訳
詩経(玄鳥げんちょう篇)に王城の近く千里は文化も進み、生活も比較的豊かなので、民衆が集り、長く止まる所と思うのは当然である。

第18段
わく、緡蠻めんばんたる黄鳥こうちょう丘隅きゅうぐうとどまるとわく、とどまるにいて、とどまるところる。ひともっとりかざるべけんや
現代語訳
詩経(綿蠻《めんばん》篇)に『ゆったりとしてのびやかに黄鳥こうちょうが、丘のほとりに止まって鳴き続けている』とある。孔子は「鳥でさえ安んじて止まる所を知っているのに、人として止まるべき至善しぜん即ち正しい所を知らないでよかろうか」と言われた。

第19段
わく、穆穆ぼくぼくたる文王ぶんおう於緝煕ああしゅうきにして敬止けいしすと人君じんくんりてはじんとどまり、人臣じんしんりてはけいとどまり、人子じんしりてはこうとどまり、人父じんぷりてはとどまり、國人こくじんまじりてはしんとどまる。
現代語訳
詩経(文王ぶんおう篇)に「深遠な風格のある文王ぶんおうは、ああ常に変わらず明るくて、敬み深くゆったりしている」とある。そのように君子となって人生をほどこし、子となって只管孝行しかんこうこう(只管=ひたすら)を励み、父となっては慈愛じあいを旨とし、国人とは互いにまことを以て交わるべきである。

第20段
わく、いくれば、菉竹りょくちく猗猗いいたり。たる君子くんしり、せっするがごとするがごとく、たくするがごとするがごとし。しつたりかんたり、かくたりけんたり。たる君子くんしり、ついわするべからずとせっするがごとするがごとしとは、がくうなり。たくするがごとするがごとしとは、みずかおさむるなり。しつたりかんたりとは、恂慄じゅんりつなり。かくたりけんたりとは、威儀いぎなり。たる君子くんしり、ついわするべからずとは、盛德せいとく至善しぜんたみわするるあたわざるをうなり。
現代語訳
詩経(衛風淇澳えいふうきいく篇)に「かの淇水きすいのほとりを見ると緑の竹がみずみずしく茂っている。そのように教養豊かな君子がいる。それは丁寧にやすりをかけてなめらかにし、石や玉をちりばめて砂で磨き上げるようなものである。おうようで、ゆったりとし、明るくほがらかな、教養のある人物は一度会えば生涯忘れることができない。切するが如く磋するが如しというのは厭くことなく学び続けるということであり、琢するが如く磨するが如しというのは、自ら修養しゅうようして徳を積むということである。しつたりかんたりというのは、おうようでゆったりとしていながら、人はどことなくおそれを感ずる。かくたりけんたりというのはどことなくたちいふるまいに威厳があっていつまでも忘れられない。徳高く至善しぜんに止まる文王ぶんおう武王ぶおう風貌ふうぼうを民は長く忘れることが出来ないのを言ったのである。

第21段
わく、於戲ああ前王ぜんおうわすれられずと君子くんしけんけんとして、しんしんとす、小人しょうじんたのしみをたのしみとして、とす。ここもっおわりてわすれられざるなり。
現代語訳
詩経(周頌列文しゅうしょうれつぶん篇)に「ああ前王ぜんおう忘られず」とある。これは後の君主は、前王ぜんおうの尊敬した賢者けんじゃを同じく賢者けんじゃとして尊敬し、又前王ぜんおう親愛しんあいした人を変らず親愛しんあいした。又一般庶民は前王ぜんおうの遺した楽しみを同じく楽しみとして、其の利としたところを利として恩沢おんたくを長く享けている。この故に亡くなられてもながく忘れられないのである。

第22段
わく、うったえくことわれなおひとのごときなり。かならずやうったえから使めんかと。まことものは、すをず。おおいにたみこころざしおそれしむ。これもとるとう。
現代語訳
孔子が、「うったえを聴いて判決を下すのは自分も他の裁判官さいばんかんと変わることはない。然し私の窮極きゅうきょくの願いはうったえの無いような世の中にすることだ」と言われた。真実まことのない嘘のうったえは、結局言葉を尽くして言い張ることが出来なくなるものだ。要するに民が自ら省みて、自ら畏れてうったえが出来なくさせる。これを人の道の本を知るというのである。

第23段
これもとるとう。
現代語訳
これを人の道の本を知るというのである。

第24段
これいたりとうなり。
現代語訳
これをまた知の至りともいうのである。

第25段
所謂いわゆるこころばせまことにすとは、みずかあざむきなり。惡臭あくしゅうにくむがごとく、好色こうしょくこのむがごとし。これ自謙じけんう。ゆえ君子くんしは、ひつひとりつつしむなり。
現代語訳
八条目に『其の意を誠にす』というのは、自分が自分を欺かないことである。それは丁度悪い臭をかいだら本能的に鼻をすくめ、好きなよい色を見れば、本能的に目を見開いて見ようとするようなものである。これを自らあきたる「自謙(謙は慊に通ず)」【「謙」は、へりくだる、態度を控えめにする、敬う、「慊」は、心に満ち足りる、満足する、または逆に満足しない、不満に思うという相反する二つの意味(あきたりる・あきたりない)】というのである。そこで君子は必ず自ら自分を独りを慎むのである。

第26段
小人しょうじん閒居かんきょして不善ふぜんし、いたらざるところし。君子くんしのちえんぜんとして、不善ふぜんおおいて、ぜんあらわす。ひとおのれること、肺肝はいかんるがごとしかり。すなわなんえきかあらん。これうちまことあればそとあらわわるとう。ゆえ君子くんしかならひとりつつしむなり。
現代語訳
つまらない人間は暇があると善くないことを考えて、何をしでかすかわからない。それでも立派な人物に出会うと良心が目覚めて、自分が嫌になって自分の悪い所を隠して善い方を表そうとする。然し他人がそれを見すかすことは、現代の超音波ちょうおんぱによって、肺臓はいぞう肝臓かんぞうを見通すようなもので、何の役にも立たないだろう。これを中に誠があれば自然に外にあらわれでるものだという。偽もまた同じである。故に君子は必ず独りを慎むわけである。

第27段
曾子そうしわく、十目じゅうもくところ十手じゅっしゅゆびささすところげんなるかな
現代語訳
孔子の高弟曽子そうしが「多くの人が注目するところ、多くの人が指摘するところは厳正だなあ」と言われた。

第28段
とみおくうるおし、とくうるおす。こころひろからだゆたかなり。ゆえ君子くんしかならこころばせまことにす。
現代語訳
富は家をうるおし、徳は身をうるおす。従って心は廣く、体ものびのびとする。故に君子は必ず自分の意識や感情を正常にするように努める。

第29段
所謂いわゆるおさむるには、こころただしうするにりとは、忿懥ふんちするところれば、すなわただしきをず。恐懼きょうくするところれば、すなわただしきをず。好樂こうらくするところれば、すなわただしきをず。憂患ゆうかんするところれば、すなわただしきをず。こころいずくらざれば、えず、きてえず、くらいてあじらず。これおさむるには、こころただしうするにりとう。
現代語訳
八条目に、「身を修むるには、其の心を正しうするに在り」とは、例えば身(心の存する肉体)に怒を含んでいる時は正しく判断することはできない。恐れを懐いている時は正しく判断することはできない。片寄って好んだり楽しんだりする所があれば正しく判断することはできない。甚だ心配する所がなければ、視てもその真実が見えない・聴いてもその真実が聞こえない。又食べても本当の味がわからないということである。

第30段
所謂いわゆるいえととのうるには、おさむるにりとは、ひと親愛しんあいするところいてへきす。賤惡せんおするところいてへきす。畏敬いけいするところいてへきす。哀矜あいきょうするところいてへきす。敖惰ごうだするところいてへきす。ゆえこのみてにくしきをり、にくみてものは、天下てんかすくなし。
現代語訳
八条目に、「其の家を斉うるには其の身を修むるに在り」とあるのは、例えば、人は特に親しみを愛すると片寄って正常を失う。特におそれうやまう所があれば片寄って正常を失う。特にかなしみあわれむ所があれば片寄って正常を失うことである。そこで好んでその者の悪い点を知り、逆に憎んでその者の美点を知る者は世の中に甚だ少ないものだ。

第31段
ゆえことわざり、わく、ひとしきをく、なえおおいなるをしと
現代語訳
故に昔からのことわざに親はわが子の悪いことを知らない。農夫は自分の作ったなえが他に比べて大きく育っているのを知らないとある。

第32段
これおさまらざれば、っていえととのからずとう。
現代語訳
これを身が修まらなければ、其の家を斉えることはできないというのである。

第33段
所謂いわゆるくにおさむるには、ひついえととのうとは、いえおしからずして、にんおしうるものし。ゆえ君子くんしいえでずして、おしくにす。こうきみつかうる所以ゆえんなり。ていちょうつかうる所以ゆえんなり。しゅう使つか所以ゆえんなり。
現代語訳
八条目に「国を治むるには、必ず先ず其の家を斉う」とあるのは、自分の家の者を教えることができないで広く人を教えることの出来る者はいない。だから君子は家に在っても国人を教えることができるのである。例えば家に在ってわが親に孝行を尽す心が君主によく事える本になるのである。兄や姉に従順じゅうじゅんであることが、世に出て年上や上司によく事える本になるのである。又祭祀さいしを慈しむ心は、民衆をよく使う本になるのである。

第34段
康誥こうこうわく、赤子せきしやすんずるがしとこころまことこれもとめば、あたらずといえどもどもとおからず。いまやしなうをまなびてのちとつものらざるなり。
現代語訳
康誥(書経の一篇)に「赤子せきしを育てるようなものだ」とあるが、国を治めるに当り一心になって政治に携わるならば、真中に的中しなくとも大きく間違うことはない。それはまだわが子を育てることを充分経験してから嫁ぐ者が無いようなものだ。(三綱領さんこうりょう親民しんみん例証れいしょうとみるべきである)

第35段
一家いっかじんなれば、いちくにじんおこり、一家いっかじょうなれば、いちくにじょうおこり、一人いちじん貪戻たんれいなれば、いちくにらんおこす。かくごとし。これいちげんことやぶり、一人いちにんくにさだむとう。
現代語訳
一家の中が互いに仁の心以てなごやかにむつみ合えば、自ずから仁の気風が国中に満ちるようになる。一家の中で互いに譲り合えば自ら国中に我を捨てて互いに譲り合い、力を尽くす美風が興ってくる。然し君主が貪欲どんよくで道理を無視して我儘であると、国中こぞって乱を起こすようになる。このように治乱興亡ちらんこうぼうのはずみは甚だ微妙なものである。これを昔の人が、一言の使いようで事をやぶり一人のはたらきが国を安定させる原動力げんどうりょくとなると謂うのである。

第36段
堯舜ぎょうしゅん天下てんかひきいるにじんもってして、たみこれしたがう。桀紂けっちゅう天下てんかひきいるにぼうもってして、たみこれしたがう。れいするところこのところはんすれば、たみしたがわず。
現代語訳
聖天子せいてんしぎょうしゅんは天下を率いるのに人徳を以てしたので、民は心から悦んで従った。無道むどうの王けつちゅうは天下を率いるのに暴力を以てしたので、民はこれに従って、暴力が国中にはびこるようになった。このようにその発するところの命令が、自分の好むところに反すれば民はこれに従わないものである。

第37段
これゆえ君子くんしは、これおのれゆうしてのちこれひともとめ、これおのれくしてのちこれひととす。ぞうするところじょならずして、これひとさとものは、いまらざるなり。
現代語訳
そこで上位にある者は、自ら正しい道を行って人にもこれを求め又自ら誤った行いを無くして後に人の誤りを誤りとして改めさせる。従って自分にじょの心を持たないで、よく人を諭し導くことの出来る者はない。

第38段
ゆえくにおさむるには、いえととのうるにり。
現代語訳
故に国を治めるには、先ず自分の家をよく斉えるところにあるというのである。

第39段
わく、もも夭夭ようようたる、蓁蓁しんしんたり。これこことつぐ、家人かじんよろしと家人かじんよろしくしてのちもっ國人こくじんおしうべし。
現代語訳
詩経(周南しゅうなん桃夭とうよう篇)に、桃の花が美しく咲き、その葉がみずみずしく茂っているように、教養豊かに成長した娘が嫁いで行き、其の家人とよく調和ちょうわするとある。このように婚家こんかの人々と和やかに調和ちょうわして後に、その国の人を教えることができるわけである。

第40段
わく、あによろしくおとうとよろしとあによろしくおとうとよろしくしてのち國人こくじんおしし。
現代語訳
詩経(小雅しょうが蓼蕭りくしょう篇)に、兄に宜しく弟に宜しとある。家の中の日常生活に於いて、君主がその地位に誇らず、兄弟の和やかに睦み合う姿が、兄弟の道を無言で国人に教えることになるわけである。

第41段
わく、たがわず、これ四國しこくただすと父子ふし兄弟けいていりて、のっとるにりてのちたみこれのっとるなり。
現代語訳
詩経(曹風そうふう鳲鳩しきゅう篇)に,君子の行為が人の道に叶って、自ら四方の国を正すとある。これは君主が家の中でよい父子、兄弟となって後に民がこれを手本てほんとするようになるのである。これを国を治むるには、其の家を斉うるに在りと謂うわけである。

第42段
これくにおさむるには、いえととのうるにりとう。
現代語訳
国を治めようとするならば、まず自分の一族・家庭をしっかりと秩序立てる(斉うる)ことにある。

第43段
所謂いわゆる天下てんかたいららかにするには、くにおさむるにりとは、かみろうろうとしてたみこうおこり、かみちょうちょうとしてたみていおこり、かみあわれみてたみそむかず。ここもっ君子くんし絜矩けっくみちるなり。
現代語訳
八条目に「天下を平らかにするには、其の国を治むるに在り。」とあるのは、君主が、老人を老人として心から大切にすると、民は自ら自分の親に孝養こうようを励むようになる。君主が年長者ねんちょうしゃ年長者ねんちょうしゃとして大事にすると、民は自ら兄や姉に素直に従うようになる。君主がみなしごをあわれんでよく面倒を見ると、民は心から従うようになる。そこで君主には君主としてのよるべき尺度(基準きじゅん)となる道があるわけである。

第44段
かみにくところもっしも使つかなかれ。しもにくところもっかみつかうるなかれ。まえにくところもっのちさきんずるなかれ。のちにくところもっまえしたがなかれ。みぎにくところもっひだりまじわるなかれ。ひだりにくところもっみぎまじわるなかれ。これ絜矩けっくみちう。
現代語訳
上位に対して嫌だと思うことを以て下位の者を使ってはならない。下位に対して嫌だと思うことを以て上位につかえてはならない。後に対して嫌だと思うことを以て前に移してはならない。右に対して嫌だと思うことを以て左に交ってはならない。左に対して嫌だと思うことを以て右に交わってはならない。これを人間交際にんげんこうさいの尺度(基準きじゅん)と謂うわけである。

第45段
わく、樂只らくし君子くんしたみ父母ふぼたみこのところこれこのみ、たみにくところこれにくむ。これたみ父母ふぼう。
現代語訳
詩経(南山有玄篇)に、「ゆったりして楽しげな君主は民の父母」とあるが、民の好むところを好み、民の悪むところを共に悪む。このように民と好悪を共にする君主を民の父母というのである。

第46段
わく、せつたる南山なんざんいし巖巖がんがんたり。赫赫かくかくたる師尹しいんたみともなんじるとくにたもものもっつつしまざるからず。へきすればすなわ天下てんかりくとなる。
現代語訳
詩経(大雅たいが節南山せつなんざん篇)にそそり立つ高いあの南山は、石がいかめしく積み重なって、天下の総ての人が仰ぎ見るように、周の大師たいしである尹氏いんしという人は、地位が優れて高く、民は目をみはって彼を仰ぎ見詰めている」とある。国をたもつ君主は慎まねばならない。私利私欲しりしよくに片寄ってわがままになると、身はしいせられ、国は亡ぼされて、大きなはずかしめを受けることになる。

第47段
わく、いんいまうしなわず、上帝じょうていはいす。よろしくいんかんがみるべし、峻命しゅんめいやすからずとしゅうればすなわくにしゅううしなえばすなわくにうしなうをう。
現代語訳
詩経(大雅たいが文王ぶんおう篇)に「いんは善政を施してまた人望じんぼうを失わず上帝(天)と並んで天子の位にいたが、ちゅうに至り暴政ぼうせいを施して人望じんぼうを失い、遂に天位てんいを失ってしまった。そこでいん変遷へんせんを見て、自らを顧みるかがみとせよ。天の大命はそうやすやすと降りるものではない」とある。これは衆望しゅうぼうを得れば国を得、衆望しゅうぼうを失えば国を失うことをいうのである。

第48段
これゆえ君子くんしとくつつしむ。とくればこれひとり、ひとればこれり、ればこれざいり、ざいればこれようり。
現代語訳
そこで君主は必ず徳を慎んで積む。そうしてその高徳こうとくの君主を慕って自ずから四方から集まってくる。人が集まって来れば、土地が拓ける。土地が拓けると財物が多く生産されるようになる。財物が多く生産されれば、そこからいろいろなはたらきが活発に起こってくるわけである。

第49段
とくもとなり。ざいすえなり。
現代語訳
要するに徳が本で財は末である。

第50段
もとそとにしてすえうちにすれば、たみあらそわしめてうばうことをほどこす。
現代語訳
本である徳をおろそかにして、末である財を重んずれば、遂には民を争わせて奪い合うことを勧めることになるのである。

第51段
これゆえざいあつればすなわたみさんじ、ざいさんずればすなわたみあつまる。
現代語訳
そこで税をきびしく取り立てて、国に財が集まり過ぎると、民衆は生活が苦しくなって他国へ去って行くようになる。逆に財を活用して民衆の幸福をはかれば、その風を聞いて他国からもどんどん集まって来るようになる。

第52段
これゆえげんもとりてずるものは、またもとりてる。もとりてものは、またもとりてず。
現代語訳
これと同じく道理に反した無茶な言葉を吐くとそのしかえしとして暴言が無理をして入れたものは、やがて意に反して出ていくものだ。

第53段
康誥こうこうわく、めいつねおいてせずとぜんなればすなわこれ不善ふぜんなればすなわこれうしなうをう。
現代語訳
康誥こうこうに「天命はいつもその人の上にあるとは限らない」とあるのは、善行を積み重ねて徳が高くなれば天命は自然に授けられるが、遂に悪行を積み重ねて徳が亡くなると意に反して天命を失うということを言ったものである。

第54段
楚書そしょわく、こくもったからく、ただぜんもったからすと
現代語訳
楚書(今の国語の中の楚語そご)に楚国そこくには特に誇る程の宝はないが、唯一つ宝としているのは善行を積む優れた家臣である。

第55段
舅犯きゅうはんわく、亡人ぼうじんもったからく、仁親じんしんもったからすと
現代語訳
舅犯きゅうはん(晋の文公の母方の叔父)が文公を戒めて「われわれ亡命ぼうめい中の者には、宝とすべき者は何もない。ただ親の死に仁の道を以て対することを宝とする」と言っている。
▶ 図解:重耳 十九年の流浪と、驪姫の陰謀 ▶ 図解:宮城谷昌光『重耳』『介子推』(時間軸・物語・人物・名言)

第56段
秦誓しんせいわく、いっしんらんに、斷斷だんだんとして他技たぎく、こころ休休きゅうきゅうとして、るるるがごとし。ひとる、おのれるがごとく、ひと彦聖げんせいなるこころこれこのみし、ただくちよりずるがごときのみならず、まことこれる。もっわれ子孫しそん黎民れいみんやすんぜん。ねがわくばまたあらんかなひとる、媢疾ぼうしつしてもっこれにくみ、ひと彦聖げんせいなる、これたがいてつうぜざらむ。まことるるあたわず。もっわれ子孫しそん黎民れいみんやすんずるあたわず。またここあやうかな
現代語訳
秦誓しんせい(書経周書篇)に、ここに一人の重臣じゅうしんがある。生真面目きまじめではあるが特に秀でた才能があるわけではないが、その心はおおらかで、すべてのものを包み込むようである。人の秀れた才能のあるのを見て、自分があるように喜び、人が大変立派だという評判があると、それを心からよいとして、単に口先でほめるだけでなく、本心からこれを受け容れる。こうしてわが子孫万民しそんばんみんを保んずるであろう。まことに心から利があるように願うばかりである。それは逆に、人の才能のあるを悪み、人が秀れて評判がよいのを見て世に通じないようにする。このように本心から包み込むことができない。これでは子孫万民しそんばんみんを保んずることはできない。なんと危ういことだなあとある。

第57段
ただ仁人じんじんこれ放流ほうるし、これ四夷しいしりぞけて、とも中國ちゅうごくおなじうぜず。これただ仁人じんじんひとあいし、ひとにくむをすとう。
現代語訳
ただ仁人じんじんであってこういう人物を思い切って追放ついほうし、これを外国に退けて国内で共に居ないようにする。これを唯仁人じんじんのみが能く人を愛し、能く人を悪むを為すというのである。

第58段
けんぐるあたわず、げてさきんずるあたわざるはめいなり。不善ふぜん退しりぞくるあたわず、退しりぞけてとおざくるあたわざるはあやまちなり。
現代語訳
知徳兼備ちとくけんびの優れた人物、賢人けんじんを見ながら挙げ用いることができず、挙げても上位に引き上げて、その能力を充分発揮させることの出来ないのは君主の怠慢たいまんである。不善の人を見ながら退けることができず、退けても遠ざけることのできないのが過である。

第59段
ひとにくところこのみ、ひとこのところにくむ、これひとせいもとるとう。わざわいかならおよぶ。
現代語訳
人の悪むところ即ち道義どうぎにはずれた行為を好み、道義どうぎに叶った正しい行為を悪む。これを人の本性ほんせいにもとるという。そういう者にはわざわいが必ずその身に及んでくるものだ。

第60段
これゆえ君子くんし大道たいどうり。かなら忠信ちゅうしんもっこれ驕泰きょうたいもっこれうしなう。ざいしょうずるに大道たいどうり。これしょうずるものおおく、これしょくするものすくなく、これつくものはやく、これもちうるものおもむろなれば、すなわざいつねる。
現代語訳
そこで君子に歩むべき大道がある。必ず忠信まこと心を以て実践することによって高い地位は得られるが、おごりたかぶり、そしてなまけることによって、折角得た地位を失うことになる。財を生ずるにも大道がある。生産する者が多く、これを消費する者が少なく、生産をはやくして消費をおもむろにすれば財は常に足るのである。

第61段
仁者じんしゃざいもっはっし、不仁者ふじんしゃもっざいはっす。
現代語訳
仁者は財を世に施してその身をおこすが、不仁者は身を犠牲にして財をつくる。

第62段
いまかみじんこのみて、しもこのまざるものらざるなり。いまこのみて、ことおわらざるものらざるなり。いま府庫ふこざいざいあらざるものらざるなり。
現代語訳
まだ上位にある者が仁を好んで、下位にある者が義を好まない者はない。まだ義を好んで、物事が首尾よく終わらない者はない。まだ国庫の財も当然の財として人手に渡ったことはない。

第63段
孟獻子もうけんしわく、馬乘ばじょうえば、雞豚けいとんさっせず。伐冰ばっぴょういえには、牛羊ぎゅうようやしなわず。百乘ひゃくじょういえには、聚斂しゅうれんしんやしなわず。聚斂しゅうれんしんらんよりは、むし盜臣とうしんれと
現代語訳
魯の大夫たいふ孟献子もうけんしが、下級の大夫たいふとなって四頭立ての馬車に乗り、俸禄ほうろくもそれなりに多くなれば、零細の農家の収入源である鶏や豚を飼うことを思わないようになる。更に夏氷を切って祖廟そびょうのお供物の腐敗を防ぐことのできる卿大夫けいたいふの地位につけば、俸禄ほうろくも一層多くなるので、牛や羊を飼って収入を大いにふやそうと考えなくなる。百乗ひゃくじょうを持つことの出来る家老かろうの家では、きびしく税金を取り立てる有能な家臣を用いない。その取り立てのきびしい家臣より、むしろ家の財を横領おうりょうする家臣のいる方がまだましである。これは国を目先の利を以て利とせず、義を以て真の利とするというのである。

第64段
國家こっかちょうとしてざいようつとむるものは、かなら小人しょうじんる。これくすとして、小人しょうじんをして國家こっかおさ使むれば、菑害さいがいならいたる。ぜんしゃりといえどもも、またこれ如何いかんともするし。これくにもっさず、もっすとうなり。
現代語訳
国の責任者として財用ざいようを司る者は、必ず才能のすぐれたいわゆるやり手によって事務を処理する。然し彼がよく出来るからといって、これに高い地位を与えて国政に当たらせると、天災人害てんさいじんがいが共にやって来る。例え立派な人物が下位に在っても、どうすることもできない。これは国は目先の利を持って利とせず、義(道理に叶った人間の道)を以て真の利とするのである。