文侯之命・費誓・秦誓
平王が晋の文侯を労った命(文侯之命)、魯侯伯禽が淮夷・徐戎討伐にあたり軍を戒めた誓い(費誓)、そして秦の穆公が敗戦を悔い自らを省みた誓い(秦誓・『大学』が「若有一个臣」として引用する篇)――書経周書、そして書経全58篇の最後を飾る3篇です。
王若曰わく、父義和よ、丕顕なる文武、克く明徳を慎み、上に昭升し、下に敷聞す、惟れ時上帝、厥の命を文王に集む。亦惟れ先正克く左右して厥の辟に昭事し、小大の謀猷に越よびて率従せざる罔く、肆に先祖位に在るを懐けり。嗚呼、予が小子嗣ぐを閔れむに、天の丕愆を造う。資沢を下民に殄ち、我が国家を侵戎すること純なり。我が御事に即くに、耆寿俊の厥の服に在る或ること罔く、予則ち克わず。曰わく惟れ祖惟れ父、其れ伊れ朕が躬を恤えよ。嗚呼、績有らば予一人永く位に綏んぜん。
王(平王)はこう仰せられた。「父・義和(晋の文侯)よ、大いに輝かしい文王・武王は、よく明らかな徳を慎み修め、その徳は天に明らかに昇り、下々にまで広く聞こえた、それゆえこの上帝は、その天命を文王にお集めになった。また先の代の重臣たちがよく左右で君主にお仕えし、大小あらゆる計略にわたって従わぬ者はなく、それゆえ先祖はその位を心安らかに保たれた。ああ、この私・小子が後を継いだことを憐れむに、天の大いなる災いに遭ってしまった。恵みを下々の民から絶やし、我が国家は侵略を受けることが甚だしい。私の政務担当者たちに就いても、年老いて経験豊かで優れた人物がその職に就いている者はなく、私はどうすることもできない。祖父や父にあたる同姓の諸侯たちよ、どうかこの私自身のことを憂えてほしい。ああ、功績があれば、この私一人が永くその位に安んじることができよう。」
父義和よ、汝克く乃の顕祖に紹ぎ、汝肇めて文武に刑り、用て会して乃の辟に紹ぎ、孝を前文人に追う。汝多く修め、我を艱に扞ぎたり、汝の若きは、予嘉す。王曰わく、父義和よ、其れ帰りて爾の師を視、爾の邦を寧んぜよ。用て爾に秬鬯一卣、彤弓一、彤矢百、盧弓一、盧矢百、馬四匹を賚る。父往けや、遠きを柔らげ邇きを能んじ、小民を恵康にし、荒寧すること無かれ。爾の都を簡恤し、用て爾の顕徳を成せ。
「父・義和よ、そなたはよくそなたの輝かしい祖先の跡を継ぎ、そなたは初めて文王・武王の道に則り、それによって集い合してそなたの君主に仕え、忠孝を先代の徳ある方々にまで及ぼした。そなたは多くの功を修め、私をこの困難から守ってくれた、そなたのようなことを、私は嘉みするのである。」王は言われた。「父・義和よ、どうか帰ってそなたの軍勢を検分し、そなたの国を安んじてほしい。それによってそなたに黒黍の香酒一樽、朱塗りの弓一張、朱塗りの矢百本、黒塗りの弓一張、黒塗りの矢百本、馬四頭を賜ろう。父よ、赴かれよ、遠方を懐柔し身近な者を安んじ、小民を恵み安んじ、怠り安逸に流れることのないように。そなたの都をよく見極め憂え治め、それによってそなたの輝かしい徳を成し遂げてほしい。」
公(こう、伯禽)曰わく、嗟、人譁しくすること無かれ、命を聴け。茲の淮夷徐戎並びに興るに徂かん。善く乃の甲冑を敹い、乃の干を敿ぎ、敢えて弔せずんばあらず。乃の弓矢を備え、乃の戈矛を鍛(きた)え、乃の鋒刃を礪ぎ、敢えて善からずんばあらず。今惟れ淫りに牿牛馬を舎き、乃の擭を杜ぎ、乃の阱を敜ぎ、敢えて牿を傷くること無かれ。牿の傷つかば、汝則ち常刑有らん。
魯公(伯禽)は言った。「ああ、人々よ騒がしくすることなく、命令を聴け。この淮夷と徐戎とが共に反乱を起こしたので、これを討ちに赴く。よくそなたらの甲冑を修繕し、そなたらの盾を紐で結び、あえて丁寧でないということのないように。そなたらの弓矢を備え、そなたらの戈と矛を鍛え、そなたらの刃の切っ先を研ぎ、あえて良くしないということのないように。今、みだりに囲いの中に牛馬を放置し、罠を塞がず、落とし穴を埋めなければ、あえて家畜を傷つけることになる。家畜が傷つけば、そなたらには定まった刑罰がある。」
馬牛其れ風し、臣妾逋逃せば、敢えて越えて逐うこと勿かれ、祗んで之を復せば、我汝に商賚せん。乃ち越えて逐いて復さずんば、汝則ち常刑有らん。敢えて寇攘し、垣牆を踰え、馬牛を竊み、臣妾を誘すること無かれ、汝則ち常刑有らん。甲戌、我惟れ徐戎を征す、乃の糗糧を峙え、敢えて逮ばずんばあらず、汝則ち大刑有らん。魯人三郊三遂、乃の楨榦を峙えよ。甲戌、我惟れ築かん、敢えて供せずんばあらず、汝則ち無余刑有らん、殺に非ず。魯人三郊三遂、乃の芻茭を峙えよ、敢えて多からずんばあらず、汝則ち大刑有らん。
「馬や牛が発情して逃げ出したり、下僕や婢女が逃亡したりしても、あえて陣列を越えて追いかけることのないように、慎んでこれを持ち主に返せば、私はそなたに褒美を与えよう。もし陣列を越えて追いかけて返さなければ、そなたには定まった刑罰がある。あえて略奪をなし、垣根や塀を越え、馬牛を盗み、下僕や婢女を誘い出すことのないように、そなたには定まった刑罰がある。甲戌の日に、我らは徐戎を征伐する、そなたらの携帯食糧を備えよ、あえて足りぬということのないように、そなたらには重い刑罰がある。魯の人々よ、三つの郊と三つの遂の地の者は、そなたらの築城用の柱木を備えよ。甲戌の日に、我らは城を築くであろう、あえて供出せぬということのないように、そなたらには余すところなき刑罰があろう、ただし死刑ではない。魯の人々よ、三つの郊と三つの遂の地の者は、そなたらの飼葉を備えよ、あえて多く用意せぬということのないように、そなたらには重い刑罰がある。」
公(こう、穆公)曰わく、嗟、我が士よ、聴きて譁しくすること無かれ。予誓いて汝に群言の首を告げん。古人言有りて曰わく、民訖に自若たれば、是れ多く盤しむ、と。人を責むるは斯れ難き無く、惟責めを受くること流の如くならしむるは、是れ惟れ艱きかな。我が心の憂い、日月逾邁み、云に来たらずが若し。惟れ古の謀人は、則ち予忌むに未だ就かずと曰い、惟れ今の謀人は、姑く将て親と為す。則ち然ると云うと雖も、尚お猷りて茲の黄髪に詢わば、則ち愆つ所罔けん。
穆公は言った。「ああ、我が兵士たちよ、聴いて騒がしくすることのないように。私は誓ってそなたらに、あらゆる言葉の中でも最も大切なことを告げよう。昔の人はこう言った、『民が最後まで自分勝手に振る舞えば、それは多くの安逸を貪ることになる』と。人を責めることはそれほど難しくない、ただ責めを受けて水が流れるように素直に受け入れさせることこそ、実に難しいことだ。私の心の憂いは、日月がますます過ぎ去っていくにつれ、まるで良い日が来ないかのようだ。昔の思慮深い人物には、私は『まだこの人を用いる段階に至っていない』と言い、今の思慮深い人物とは、しばらくして親しい者としてしまう。そうだとしても、なおよく考えてこの白髪の年老いた賢者たちに尋ねれば、過つところはなかったであろうに。」
番番たる良士、旅力既に愆うるも、我尚お之を有てり。仡仡たる勇夫、射御違わざるも、我尚お之を欲せず。惟れ截截として善く諞言し、君子をして辞を易えしむる者、我皇いに之を有てり。
「白髪の勇ましい善良な士人たちは、体力はすでに衰えてしまったが、私はなお彼らを重んじている。勇ましい若い勇者たちは、弓術や馬術に長けているが、私はもはやそれだけを求めようとは思わない。ただ口達者で言葉巧みに人を惑わし、立派な人物にさえその言葉を変えさせてしまうような者、私は大いに彼らを重用してしまっていた。」
昧昧として我之を思うに、如し一介の臣有りて、断断猗として他技無く、其の心休休焉として、其れ容るる有るが如し。人の技有る、己之有るが若くす。人の彦聖なる、其の心之を好み、啻に其の口より出ずるがごときのみならず。是れ能く之を容る、以て我が子孫黎民を保んずる、亦職に利有るかな。人の技有る、冒疾して以て之を悪み、人の彦聖なる、之に違いて達せざら俾む、是れ容るる能わず、以て我が子孫黎民を保んずる能わず、亦曰に殆い哉。
「ひそかに私が思うに、もし一人の実直な臣下がいて、他に格別な才能はなくとも、その心が寛大でよく人を受け入れるならば――人に才能があれば自分のことのように喜び、人が優れ賢明であれば、口先だけでなく心の底から慕う、そのような人物であれば、まさに我が子孫と民とを守るに足る、益ある者であろう。ところが、人に才能があるとそれを妬んで憎み、人が優れ賢明であるとこれを退けて世に出さぬような者であれば、そのような者は我が子孫と民とを守ることはできず、まことに危ういことだ。」