書経 周書(十一・完)

文侯之命・費誓・秦誓

この読本について

平王が晋の文侯を労った命(文侯之命)、魯侯伯禽が淮夷・徐戎討伐にあたり軍を戒めた誓い(費誓)、そして秦の穆公が敗戦を悔い自らを省みた誓い(秦誓・『大学』が「若有一个臣」として引用する篇)――書経周書、そして書経全58篇の最後を飾る3篇です。

① 文侯之命(ぶんこうのめい)

周が犬戎の侵攻により東遷を余儀なくされたのち、平王が自らを助けた晋の文侯を労い、その功績を称えた命。

王若曰、父義和、丕顯文武、克愼明德、昭升于上、敷聞在下、惟時上帝、集厥命于文王。亦惟先正克左右昭事厥辟、越小大謀猷罔不率從、肆先祖懷在位。嗚呼、閔予小子嗣、造天丕愆。殄資澤于下民、侵戎我國家純。即我御事、罔或耆壽俊在厥服、予則罔克。曰惟祖惟父、其伊恤朕躬。嗚呼、有績予一人永綏在位。

王若かく曰わく、父義和ふぎかよ、丕顕ひけんなる文武ぶんぶ明徳めいとくを慎み、かみ昭升しょうしょうし、しも敷聞ふぶんす、この上帝じょうていめい文王ぶんおうあつむ。亦惟れ先正せんせい克く左右さゆうして厥のきみ昭事しょうじし、小大しょうだい謀猷ぼうゆうよびて率従そつじゅうせざるく、つい先祖せんそくらいに在るをなつけり。嗚呼ああ小子しょうしぐをあわれむに、てん丕愆ひけんう。資沢したく下民かみんち、我が国家こっか侵戎しんじゅうすることじゅんなり。我が御事ぎょじくに、耆寿俊きじゅしゅんふくることく、予則すなわあたわず。曰わく惟れ惟れ、其れちんうれえよ。嗚呼、せき有らば予一人いちにん永くくらいやすんぜん。

王(平王)はこう仰せられた。「父・義和(晋の文侯)よ、大いに輝かしい文王・武王は、よく明らかな徳を慎み修め、その徳は天に明らかに昇り、下々にまで広く聞こえた、それゆえこの上帝は、その天命を文王にお集めになった。また先の代の重臣たちがよく左右で君主にお仕えし、大小あらゆる計略にわたって従わぬ者はなく、それゆえ先祖はその位を心安らかに保たれた。ああ、この私・小子が後を継いだことを憐れむに、天の大いなる災いに遭ってしまった。恵みを下々の民から絶やし、我が国家は侵略を受けることが甚だしい。私の政務担当者たちに就いても、年老いて経験豊かで優れた人物がその職に就いている者はなく、私はどうすることもできない。祖父や父にあたる同姓の諸侯たちよ、どうかこの私自身のことを憂えてほしい。ああ、功績があれば、この私一人が永くその位に安んじることができよう。」

父義和、汝克紹乃顯祖、汝肇刑文武、用會紹乃辟、追孝于前文人。汝多修、扞我于艱、若汝、予嘉。王曰、父義和、其歸視爾師、寧爾邦。用賚爾秬鬯一卣、彤弓一、彤矢百、盧弓一、盧矢百、馬四匹。父往哉、柔遠能邇、惠康小民、無荒寧。簡恤爾都、用成爾顯德。

父義和ふぎかよ、なんじなんじ顕祖けんそぎ、汝肇はじめて文武ぶんぶのっとり、もっかいして乃のきみに紹ぎ、こう前文人ぜんぶんじんう。汝多く修め、我をかんふせぎたり、なんじごときは、われよみす。王曰わく、父義和よ、其れ帰りてなんじ、爾のくにやすんぜよ。用て爾に秬鬯一卣きょちょういちゆう彤弓一とうきゅういち彤矢百とうしひゃく盧弓一ろきゅういち盧矢百ろしひゃく馬四匹うまよんぴきたまわる。父往けや、とおきをやわらげちかきをやすんじ、小民しょうみん恵康けいこうにし、荒寧こうねいすること無かれ。爾のみやこ簡恤かんじゅつし、用て爾の顕徳けんとくを成せ。

「父・義和よ、そなたはよくそなたの輝かしい祖先の跡を継ぎ、そなたは初めて文王・武王の道に則り、それによって集い合してそなたの君主に仕え、忠孝を先代の徳ある方々にまで及ぼした。そなたは多くの功を修め、私をこの困難から守ってくれた、そなたのようなことを、私は嘉みするのである。」王は言われた。「父・義和よ、どうか帰ってそなたの軍勢を検分し、そなたの国を安んじてほしい。それによってそなたに黒黍の香酒一樽、朱塗りの弓一張、朱塗りの矢百本、黒塗りの弓一張、黒塗りの矢百本、馬四頭を賜ろう。父よ、赴かれよ、遠方を懐柔し身近な者を安んじ、小民を恵み安んじ、怠り安逸に流れることのないように。そなたの都をよく見極め憂え治め、それによってそなたの輝かしい徳を成し遂げてほしい。」

② 費誓(ひせい)

魯の始祖・伯禽が、淮夷と徐戎の反乱を討つにあたり、費の地で軍勢を戒めた誓い。実務的な軍規の細則を伝える。

公曰、嗟、人無譁、聽命。徂茲淮夷徐戎並興。善敹乃甲冑、敿乃干、無敢不弔。備乃弓矢、鍛乃戈矛、礪乃鋒刃、無敢不善。今惟淫舍牿牛馬、杜乃擭、敜乃阱、無敢傷牿。牿之傷、汝則有常刑。

公(こう、伯禽)曰わく、ああひとかまびすしくすること無かれ、めいけ。淮夷徐戎わいいじょじゅうならびにおこるにかん。なんじ甲冑かっちゅうつくろい、乃のたてつなぎ、えてちょうせずんばあらず。乃の弓矢きゅうしを備え、乃の戈矛かぼうを鍛(きた)え、乃の鋒刃ほうじんぎ、敢えて善からずんばあらず。今惟れみだりに牿牛馬こくぎゅうばき、乃のかくふさぎ、乃のせいふさぎ、敢えてこくきずつくること無かれ。牿の傷つかば、汝則ち常刑じょうけい有らん。

魯公(伯禽)は言った。「ああ、人々よ騒がしくすることなく、命令を聴け。この淮夷と徐戎とが共に反乱を起こしたので、これを討ちに赴く。よくそなたらの甲冑を修繕し、そなたらの盾を紐で結び、あえて丁寧でないということのないように。そなたらの弓矢を備え、そなたらの戈と矛を鍛え、そなたらの刃の切っ先を研ぎ、あえて良くしないということのないように。今、みだりに囲いの中に牛馬を放置し、罠を塞がず、落とし穴を埋めなければ、あえて家畜を傷つけることになる。家畜が傷つけば、そなたらには定まった刑罰がある。」

馬牛其風、臣妾逋逃、勿敢越逐、祗復之、我商賚汝。乃越逐不復、汝則有常刑。無敢寇攘、踰垣牆、竊馬牛、誘臣妾、汝則有常刑。甲戌、我惟征徐戎、峙乃糗糧、無敢不逮、汝則有大刑。魯人三郊三遂、峙乃楨榦。甲戌、我惟築、無敢不供、汝則有無餘刑、非殺。魯人三郊三遂、峙乃芻茭、無敢不多、汝則有大刑。

馬牛ばぎゅう其れほうし、臣妾しんしょう逋逃ほとうせば、敢えてえてうことかれ、つつしんでこれかえせば、われなんじ商賚しょうらいせん。すなわち越えて逐いて復さずんば、汝則ち常刑じょうけい有らん。敢えて寇攘こうじょうし、垣牆えんしょうえ、馬牛ばぎゅうぬすみ、臣妾しんしょうゆうすること無かれ、汝則ち常刑有らん。甲戌こうじゅつ、我惟れ徐戎じょじゅうせいす、乃の糗糧きゅうろうそなえ、敢えておよばずんばあらず、汝則ち大刑たいけい有らん。魯人ろじん三郊三遂さんこうさんすい、乃の楨榦ていかんそなえよ。甲戌、我惟れきずかん、敢えてきょうせずんばあらず、汝則ち無余刑むよけい有らん、さつあらず。魯人三郊三遂、乃の芻茭すうこうを峙えよ、敢えて多からずんばあらず、汝則ち大刑有らん。

「馬や牛が発情して逃げ出したり、下僕や婢女が逃亡したりしても、あえて陣列を越えて追いかけることのないように、慎んでこれを持ち主に返せば、私はそなたに褒美を与えよう。もし陣列を越えて追いかけて返さなければ、そなたには定まった刑罰がある。あえて略奪をなし、垣根や塀を越え、馬牛を盗み、下僕や婢女を誘い出すことのないように、そなたには定まった刑罰がある。甲戌の日に、我らは徐戎を征伐する、そなたらの携帯食糧を備えよ、あえて足りぬということのないように、そなたらには重い刑罰がある。魯の人々よ、三つの郊と三つの遂の地の者は、そなたらの築城用の柱木を備えよ。甲戌の日に、我らは城を築くであろう、あえて供出せぬということのないように、そなたらには余すところなき刑罰があろう、ただし死刑ではない。魯の人々よ、三つの郊と三つの遂の地の者は、そなたらの飼葉を備えよ、あえて多く用意せぬということのないように、そなたらには重い刑罰がある。」

③ 秦誓(しんせい)

秦の穆公が、鄭への遠征失敗を悔い、老臣の諫言を退けた自らの過ちを反省した誓い。『大学』が「若有一个臣」として引用する篇。書経全58篇の掉尾を飾る。

公曰、嗟、我士、聽無譁。予誓告汝群言之首。古人有言曰、民訖自若、是多盤。責人斯無難、惟受責俾如流、是惟艱哉。我心之憂、日月逾邁、若弗云來。惟古之謀人、則曰未就予忌。惟今之謀人、姑將以為親。雖則云然、尚猷詢茲黃髮、則罔所愆。

公(こう、穆公)曰わく、ああ、我がよ、きてかまびすしくすること無かれ。われちかいてなんじ群言ぐんげんしゅを告げん。古人こじんげん有りて曰わく、たみつい自若じじゃくたれば、れ多くたのしむ、と。人を責むるはかたき無く、ただめを受くることりゅうの如くならしむるは、是れ惟れかたきかな。我が心のうれい、日月じつげつますますすすみ、ここに来たらずがごとし。惟れいにしえ謀人ぼうじんは、則ちわれむにいまかずと曰い、惟れ今の謀人は、しばらもっしんと為す。則ちしかると云うといえども、はかりて黄髪こうはつわば、則ちあやま所罔けん。

穆公は言った。「ああ、我が兵士たちよ、聴いて騒がしくすることのないように。私は誓ってそなたらに、あらゆる言葉の中でも最も大切なことを告げよう。昔の人はこう言った、『民が最後まで自分勝手に振る舞えば、それは多くの安逸を貪ることになる』と。人を責めることはそれほど難しくない、ただ責めを受けて水が流れるように素直に受け入れさせることこそ、実に難しいことだ。私の心の憂いは、日月がますます過ぎ去っていくにつれ、まるで良い日が来ないかのようだ。昔の思慮深い人物には、私は『まだこの人を用いる段階に至っていない』と言い、今の思慮深い人物とは、しばらくして親しい者としてしまう。そうだとしても、なおよく考えてこの白髪の年老いた賢者たちに尋ねれば、過つところはなかったであろうに。」

番番良士、旅力既愆、我尚有之。仡仡勇夫、射御不違、我尚不欲。惟截截善諞言、俾君子易辭、我皇多有之。

番番ははたる良士りょうし旅力りょりょくすでおとろうるも、我尚これたもてり。仡仡ぎつぎつたる勇夫ゆうふ射御しゃぎょたがわざるも、我尚お之を欲せず。截截せつせつとして諞言へんげんし、君子くんしをしてえしむるもの我皇おおいに之をたもてり。

「白髪の勇ましい善良な士人たちは、体力はすでに衰えてしまったが、私はなお彼らを重んじている。勇ましい若い勇者たちは、弓術や馬術に長けているが、私はもはやそれだけを求めようとは思わない。ただ口達者で言葉巧みに人を惑わし、立派な人物にさえその言葉を変えさせてしまうような者、私は大いに彼らを重用してしまっていた。」

昧昧我思之、如有一介臣、斷斷猗無他技、其心休休焉、其如有容。人之有技、若己有之。人之彦聖、其心好之、不啻若自其口出。是能容之、以保我子孫黎民、亦職有利哉。人之有技、冒疾以惡之、人之彦聖而違之、俾不達、是不能容、以不能保我子孫黎民、亦曰殆哉。

昧昧まいまいとしてわれこれを思うに、一介いっかいしん有りて、断断猗だんだんいとして他技たぎ無く、其のこころ休休焉きゅうきゅうえんとして、其れるる有るが如し。ひと有る、おのれこれ有るがごとくす。人の彦聖げんせいなる、其の心之を好み、ただに其のくちよりずるがごときのみならず。く之を容る、以て我が子孫黎民ししんれいみんを保んずる、亦職まさ有るかな。人の技有る、冒疾ぼうしつして以て之をにくみ、人の彦聖なる、之にたがいてたっせざらむ、是れ容るるあたわず、以て我が子孫黎民を保んずる能わず、亦曰またいあやうかな

「ひそかに私が思うに、もし一人の実直な臣下がいて、他に格別な才能はなくとも、その心が寛大でよく人を受け入れるならば――人に才能があれば自分のことのように喜び、人が優れ賢明であれば、口先だけでなく心の底から慕う、そのような人物であれば、まさに我が子孫と民とを守るに足る、益ある者であろう。ところが、人に才能があるとそれを妬んで憎み、人が優れ賢明であるとこれを退けて世に出さぬような者であれば、そのような者は我が子孫と民とを守ることはできず、まことに危ういことだ。」