冏命・呂刑
穆王が側近の伯冏を戒めた命(冏命)と、呂侯が穆王の命を受けて説いた刑法の大原則(呂刑)――周代の司法思想を伝える2篇です。呂刑は書経の中でも刑罰論として特に重要な篇で、蚩尤・苗民の故事から説き起こし、慎重な裁判のあり方を説きます。
王若曰わく、伯冏よ、惟れ予徳に克わずして、先人の宅せる丕后を嗣ぐ。怵惕惟れ厲しく、中夜以て興き、厥の愆ちを免れんことを思う。昔文武に在りて、聡明斉聖にして、小大の臣、咸忠良を懐けり。其の侍御僕従、正人に匪ざる罔く、旦夕を以て厥の辟を承弼し、出入起居、欽まざる有ること罔く、号を発し令を施すに、臧からざる有ること罔し。下民祗若し、万邦咸休なり。
王(穆王)はこう仰せられた。「伯冏よ、私は徳に至らぬ身でありながら、先人の座られた大いなる王位を継いでいる。恐れ慎み、夜半に起き出しては、自らの過ちを免れることを思っている。昔、文王・武王の御代には、聡明で厳粛で聖明であられ、大小の臣下は皆忠実で善良な心を懐いていた。その側近の侍従たちは、正しい人物でない者はなく、朝夕にその君主を助け支え、出入りや日々の暮らしにおいて、慎まぬことはなく、号令を発するにも、良からぬことはなかった。それゆえ下々の民は敬い従い、天下万国は皆安らかであった。」
惟れ予一人良ならず、実に左右前後位に有る士に頼りて、其の及ばざるを匡す。愆ちを縄し謬りを糾し、其の非心を格し、克く先烈を紹がしむ。今予汝に命じて大正と作し、群僕侍御の臣を正さしめ、乃の后の徳を懋め、交逮ばざるを修めしむ。慎みて乃の僚を簡び、巧言令色・便辟側媚を以てすること無く、其れ惟れ吉士とせよ。僕臣正しければ、厥の后克く正し。僕臣諛えば、厥の后自ら聖とす。后の徳は惟れ臣にあり、不徳も惟れ臣にあり。爾憸人に昵れて、耳目の官に充て、上を迪くに先王の典に非ざるを以てすること無かれ。人に非ずして其れ吉とし、貨を惟れ吉とせば、時の若くならば厥の官を瘝たん、惟れ爾大いに厥の辟を祗む克わず、惟れ予汝を辜せん。王曰わく、嗚呼、欽めや、永く乃の后を彝憲に弼けよ。
「この私一人は不徳の身であり、実に左右前後の位にある士人たちに頼って、その及ばぬところを正している。過ちを正し誤りを糾し、その正しからぬ心を正し、よく先人の輝かしい功業を継がせてくれ。今、私はそなたに命じて大正(側近の長官)となし、多くの側近の臣下たちを正させ、そなたの君主(私)の徳を励まし、共に及ばぬところを修めさせよう。慎んでそなたの部下を選び、巧みな言葉や愛想の良い顔つき、へつらいなびく者を用いることなく、ただ善良な人物を用いよ。側近の臣が正しければ、その君主もよく正しくなる。側近の臣がへつらえば、その君主は自ら聖明であると思い込んでしまう。君主の徳は臣下によって支えられ、不徳もまた臣下によってもたらされる。そなたは邪な人物に馴れ親しんで、私の耳目となる官職に就かせ、上に立つ者を先王の法典によらぬ道へ導くことのないように。人物本位ではなく吉とし、財貨によって吉とするようなことがあれば、そのようなことをすればその官職を汚すことになり、そなたは大いに君主を敬うことができなくなり、私はそなたを罪に問うことになろう。」王は言われた。「ああ、慎めや、永くそなたの君主を常なる法度によって助けよ。」
惟れ呂命ぜられ、王国を享くること百年、耄にして、荒く度りて刑を作り、以て四方を詰さしむ。王曰わく、古の若き訓え有り、蚩尤惟れ始めて乱を作し、延びて平民に及び、寇賊せざる罔く、鴟義姦宄し、奪攘矯虔す。苗民霊を用いず、制するに刑を以てし、惟れ五虐の刑を作りて法と曰い、殺戮辜無し。爰に始めて淫りに劓刵椓黥を為し、茲を越えて麗刑並制し、辞有るに差無し。
呂侯が命ぜられ、王が国を治めること百年、老齢となり、大いに考えて刑法を定め、それによって四方の混乱を正させた。王は言われた。「いにしえよりこのような教えがある。蚩尤が初めて乱を起こし、それが平民にまで及び、盗賊とならぬ者はなく、道理に外れた悪事や姦邪、略奪や暴虐が横行した。苗の民は善き道を用いず、刑罰によって統治し、五種の残虐な刑罰を作ってこれを法と称し、罪なき者を殺戮した。ここに初めてみだりに鼻そぎ・耳そぎ・去勢・入れ墨の刑を行い、これに加えて様々な刑罰を並び定め、その言い分の是非を問わなかった。」
民興りて胥漸し、泯泯棼棼として、信に中ること罔く、以て詛盟を覆す。虐威庶戮せられ、方に無辜を上に告ぐ。上帝民を監るに、馨香の徳有ること罔く、刑発聞するは惟れ腥なり。皇帝庶戮の辜無きを哀矜し、虐に報ゆるに威を以てし、苗民を遏絶し、世を下に在らしむること無からしむ。乃ち重黎に命じて、地天の通を絶ち、降格有ること罔からしむ。群后の下に在るに逮ぶも、明明常に棐い、鰥寡蓋無し。皇帝清く下民に問うに、鰥寡苗に辞有り。徳威惟れ畏れ、徳明惟れ明らかなり。
「民は立ち上がって互いに悪に染まり、混乱が甚だしくなり、誠実な信義に適うことなく、それによって誓約さえも覆すようになった。暴虐な威力によって多くの者が殺され、無実の訴えが天に届いた。上帝が民の様子をご覧になると、馨しい徳の香りはなく、刑罰から立ち上るのはただ生臭い血の匂いばかりであった。皇帝(帝顓頊)は罪なくして殺された多くの者を哀れみ、その暴虐に威をもって報い、苗の民を絶ち滅ぼし、その後継を地上に残されなかった。そこで重・黎の二神に命じて、天地の通路を絶ち、神々が地上に降りることのないようにされた。諸侯たちの治政が下々にまで及ぶと、明らかに常道に従い、身寄りのない者たちも見捨てられることがなかった。皇帝(帝堯)は下々の民に清らかに尋ねられると、身寄りのない者たちも苗の暴政について訴えを述べた。徳の威光は畏れられ、徳の明察は明らかであった。」
乃ち三后に命じて、功を民に恤えしむ。伯夷典を降し、民を折するに刑を以てす。禹水土を平らかにし、山川を主名す。稷播種を降し、農嘉穀を殖やす。三后功を成し、惟れ民に殷んなり。士百姓を刑の中に制し、以て祗徳を教う。穆穆として上に在り、明明として下に在り、四方に灼らかにして、徳に勤めざる罔し。故に乃ち刑の中に明らかにして、民を率いて彝に棐わしめて乂む。獄を典るは威に訖まるに非ず、惟れ富に訖まる。敬忌して、択言の身に在ること罔からしめよ。惟れ克く天徳ある者は、自ら元命を作し、下に配享す。
「そこで三人の重臣に命じて、民のために功を憂え尽くさせられた。伯夷は礼の法典を下し、民を治めるのに刑罰を用いた。禹は水土を平定し、山川に名を定めた。稷は播種の法を下し、農民に良い穀物を殖やさせた。三人の重臣は功を成し、それは民のうちに大いに行き渡った。役人たちは百姓を刑の中庸をもって治め、それによって徳を敬うことを教えた。上に立つ者は穏やかで、下にある者は明らかに、あらゆる四方に光り輝き、徳に努めぬ者はいなかった。それゆえ刑罰の中庸を明らかにし、民を率いて常なる道理に従わせて治めた。訴訟を司るのは威圧によって極めるのではなく、豊かな徳によって極めるべきである。敬い慎み、身に軽々しい言葉を持たぬようにせよ。よく天の徳を備えた者は、自ら大いなる天命を成し、下々の者たちの信頼を配当されるのである。」
王曰わく、嗚呼、之を敬めや、官伯族姓よ、朕が言多く懼る。朕刑を敬み、徳有るは惟れ刑なり。今天民を相け、配を作して下に在らしむ、単辞に明清にせよ。民の乱は、獄の両辞を中聴せざる罔く、獄の両辞に私家すること或ること無かれ。獄貨は宝に非ず、惟れ辜功を府む、報ゆるに庶尤を以てし、永く畏れて惟れ罰とせよ。天中ならざるに非ず、惟れ人命に在り。天罰極まらざれば、庶民令政の天下に在る有ること罔けん。
王は言われた。「ああ、これを敬い慎め、多くの高官諸侯たちよ、私の言葉は多くの畏れを含んでいる。私は刑罰を敬い、徳ある者こそが刑罰を司るべきだと思う。今、天は民を助け、天子を配し下々を治めさせている、一方だけの訴えにも明らかに公正にせよ。民の乱れは、訴訟の両者の言い分を中庸に聴かなければ生じる、訴訟の両者の言い分に私情を挟むことのないように。訴訟における賄賂は宝ではない、それはむしろ罪の証を積み重ねるだけである、多くの咎めをもって報い、永く畏れて刑罰とせよ。天が公正でないのではない、ただ人がその天命の中にあるのだ。天罰が極まらなければ、万民の間に善き政治が天下に行われることはないであろう。」
王曰わく、嗚呼、之を念えや、伯父伯兄・仲叔季弟・幼子童孫よ、皆朕が言を聴け、庶わくば格命有らんことを。今爾ら慰に日に勤むるに由らざる罔く、爾ら戒めて勤めざること或る罔かれ。天民に斉い、我をして一日ならしむ。終わらざると終わるとは、人にあり。爾ら尚お敬んで天命を逆え、以て我一人を奉ぜよ。畏るると雖も畏るる勿かれ、休なりと雖も休なる勿かれ、惟れ五刑を敬み、以て三徳を成せ。一人慶有らば、兆民之に頼り、其れ寧んずること惟れ永からん。
王は言われた。「ああ、これを心に留めよ、伯父・伯兄・仲叔・季弟・幼子・童孫たちよ、皆この私の言葉を聴け、どうか善き天命が下ることを願う。今そなたらは日々努め励むことによらぬことはなく、そなたらは戒めて努めぬことのないようにせよ。天は民のために公平に治め、私に一日一日を全うさせてくださる。物事が終わらぬか終わるかは、人の行い次第である。そなたらはどうか敬んで天命をお迎えし、この私一人にお仕えせよ。畏れるべきことでも畏れることなく、慶ぶべきことでも慶ぶことなく、ただ五つの刑罰を敬い慎み、それによって三つの徳を成し遂げよ。私一人に慶びがあれば、万民はこれに頼り、その安らぎは永く続くであろう。」
王曰わく、嗚呼、嗣孫よ。今より往きて何をか監とせん、民の中に徳あるに非ずんば、尚お明らかに之を聴けや。哲人惟れ刑にす、無疆の辞、五極に属し、咸中にして慶有り。王の嘉師を受け、茲の祥刑を監みよ。
王は言われた。「ああ、我が子孫たちよ。今より後、何を鑑とすればよいだろうか、民の中に行き渡る徳によらなければならぬ、どうか明らかにこの教えを聴くように。賢明な人物こそが刑罰を司るべきである、限りない訴えの言葉も、五つの極みに帰着し、皆中庸を得てこそ慶びがある。王の善き民を受け継ぎ、この吉祥なる刑罰のあり方を鑑とせよ。」