書経 周書(十)

冏命・呂刑

この読本について

穆王が側近の伯冏を戒めた命(冏命)と、呂侯が穆王の命を受けて説いた刑法の大原則(呂刑)――周代の司法思想を伝える2篇です。呂刑は書経の中でも刑罰論として特に重要な篇で、蚩尤・苗民の故事から説き起こし、慎重な裁判のあり方を説きます。

① 冏命(けいめい)

穆王が伯冏を側近の長官に任じ、正しい人材を側に置くことの大切さを説いた篇。

王若曰、伯冏、惟予弗克于德、嗣先人宅丕后。怵惕惟厲、中夜以興、思免厥愆。昔在文武、聰明齊聖、小大之臣、咸懷忠良。其侍御僕從、罔匪正人、以旦夕承弼厥辟、出入起居、罔有不欽、發號施令、罔有不臧。下民祗若、萬邦咸休。

王若かく曰わく、伯冏はくけいよ、われとくあたわずして、先人せんじんたくせる丕后ひこうぐ。怵惕じゅつてき惟れはげしく、中夜ちゅうや以てき、あやまちをまぬかれんことを思う。むかし文武ぶんぶに在りて、聡明斉聖そうめいせいせいにして、小大しょうだいしんみな忠良ちゅうりょういだけり。其の侍御僕従じぎょぼくじゅう正人せいじんあらざるく、旦夕たんせきを以て厥のきみ承弼しょうひつし、出入起居しゅつにゅうきこつつしまざる有ること罔く、ごうを発しれいを施すに、からざる有ること罔し。下民かみん祗若しじゃくし、万邦ばんぽうみなきゅうなり。

王(穆王)はこう仰せられた。「伯冏よ、私は徳に至らぬ身でありながら、先人の座られた大いなる王位を継いでいる。恐れ慎み、夜半に起き出しては、自らの過ちを免れることを思っている。昔、文王・武王の御代には、聡明で厳粛で聖明であられ、大小の臣下は皆忠実で善良な心を懐いていた。その側近の侍従たちは、正しい人物でない者はなく、朝夕にその君主を助け支え、出入りや日々の暮らしにおいて、慎まぬことはなく、号令を発するにも、良からぬことはなかった。それゆえ下々の民は敬い従い、天下万国は皆安らかであった。」

惟予一人無良、實賴左右前後有位之士、匡其不及。繩愆糾謬、格其非心、俾克紹先烈。今予命汝作大正、正于群僕侍御之臣、懋乃后德、交修不逮。愼簡乃僚、無以巧言令色、便辟側媚、其惟吉士。僕臣正、厥后克正。僕臣諛、厥后自聖。后德惟臣、不德惟臣。爾無昵于憸人、充耳目之官、迪上以非先王之典。非人其吉、惟貨其吉、若時瘝厥官、惟爾大弗克祗厥辟、惟予汝辜。王曰、嗚呼、欽哉、永弼乃后于彝憲。

われ一人いちにんりょうならず、じつ左右前後さゆうぜんごくらいりて、其の及ばざるをただす。あやまちをただあやまりをただし、其の非心ひしんただし、先烈せんれつがしむ。今予汝なんじに命じて大正たいせいし、群僕侍御ぐんぼくじぎょしんたださしめ、なんじきみとくつとめ、こもごもおよばざるをおさめしむ。慎みて乃のりょうえらび、巧言令色こうげんれいしょく便辟側媚べんぺきそくびもってすること無く、其れ惟れ吉士きっしとせよ。僕臣ぼくしんただしければ、后克く正し。僕臣諛へつらえば、厥の后自らせいとす。后のとくは惟れしんにあり、不徳ふとくも惟れ臣にあり。なんじ憸人せんじんれて、耳目じもくかんて、かみみちびくに先王のてんあらざるを以てすること無かれ。ひとあらずして其れきちとし、を惟れ吉とせば、かくごとくならば厥のかんあやまたん、惟れ爾大いに厥のきみつつしあたわず、惟れ予汝なんじつみせん。王曰わく、嗚呼ああつつしめや、永く乃の后を彝憲いけんたすけよ。

「この私一人は不徳の身であり、実に左右前後の位にある士人たちに頼って、その及ばぬところを正している。過ちを正し誤りを糾し、その正しからぬ心を正し、よく先人の輝かしい功業を継がせてくれ。今、私はそなたに命じて大正(側近の長官)となし、多くの側近の臣下たちを正させ、そなたの君主(私)の徳を励まし、共に及ばぬところを修めさせよう。慎んでそなたの部下を選び、巧みな言葉や愛想の良い顔つき、へつらいなびく者を用いることなく、ただ善良な人物を用いよ。側近の臣が正しければ、その君主もよく正しくなる。側近の臣がへつらえば、その君主は自ら聖明であると思い込んでしまう。君主の徳は臣下によって支えられ、不徳もまた臣下によってもたらされる。そなたは邪な人物に馴れ親しんで、私の耳目となる官職に就かせ、上に立つ者を先王の法典によらぬ道へ導くことのないように。人物本位ではなく吉とし、財貨によって吉とするようなことがあれば、そのようなことをすればその官職を汚すことになり、そなたは大いに君主を敬うことができなくなり、私はそなたを罪に問うことになろう。」王は言われた。「ああ、慎めや、永くそなたの君主を常なる法度によって助けよ。」

② 呂刑(りょけい)

穆王が呂侯に命じて刑法の大原則を説かせた篇。蚩尤・苗民の暴虐な刑罰から説き起こし、慎重な裁判と徳による統治を説く、書経随一の刑法論。

惟呂命、王享國百年、耄、荒度作刑、以詰四方。王曰、若古有訓、蚩尤惟始作亂、延及于平民、罔不寇賊、鴟義姦宄、奪攘矯虔。苗民弗用靈、制以刑、惟作五虐之刑曰法、殺戮無辜。爰始淫為劓刵椓黥、越茲麗刑並制、罔差有辭。

りょめいぜられ、おうくにくること百年ひゃくねんぼうにして、あらはかりてけいつくり、以て四方しほうたださしむ。王曰わく、いにしえごとおしえ有り、蚩尤しゆう惟れ始めてらんし、びて平民へいみんに及び、寇賊こうぞくせざるく、鴟義姦宄しぎかんきし、奪攘矯虔だつじょうきょうけんす。苗民びょうみんれいを用いず、せいするにけいを以てし、惟れ五虐ごぎゃくの刑を作りてほうと曰い、殺戮さつりくつみ無し。ここに始めてみだりに劓刵椓黥ぎにたくげいし、これえて麗刑並制れいけいへいせいし、有るに無し。

呂侯が命ぜられ、王が国を治めること百年、老齢となり、大いに考えて刑法を定め、それによって四方の混乱を正させた。王は言われた。「いにしえよりこのような教えがある。蚩尤が初めて乱を起こし、それが平民にまで及び、盗賊とならぬ者はなく、道理に外れた悪事や姦邪、略奪や暴虐が横行した。苗の民は善き道を用いず、刑罰によって統治し、五種の残虐な刑罰を作ってこれを法と称し、罪なき者を殺戮した。ここに初めてみだりに鼻そぎ・耳そぎ・去勢・入れ墨の刑を行い、これに加えて様々な刑罰を並び定め、その言い分の是非を問わなかった。」

民興胥漸、泯泯棼棼、罔中于信、以覆詛盟。虐威庶戮、方告無辜于上。上帝監民、罔有馨香德、刑發聞惟腥。皇帝哀矜庶戮之不辜、報虐以威、遏絕苗民、無世在下。乃命重黎、絕地天通、罔有降格。羣后之逮在下、明明棐常、鰥寡無蓋。皇帝清問下民、鰥寡有辭于苗。德威惟畏、德明惟明。

民興おこりて胥漸しょぜんし、泯泯棼棼びんびんふんぷんとして、しんあたることく、以て詛盟そめいくつがえす。虐威ぎゃくい庶戮しょりくせられ、まさ無辜むこかみに告ぐ。上帝民たみるに、馨香けいこうとく有ること罔く、けい発聞はつぶんするは惟れせいなり。皇帝こうてい庶戮しょりくつみ無きを哀矜あいきょうし、ぎゃくむくゆるにを以てし、苗民びょうみん遏絶あつぜつし、しもらしむること無からしむ。すなわ重黎ちゅうれいに命じて、地天ちてんつうち、降格こうかく有ること罔からしむ。群后ぐんこうしもに在るにおよぶも、明明めいめいつねしたがい、鰥寡かんかがい無し。皇帝こうていきよ下民かみんに問うに、鰥寡苗びょう有り。徳威とくい惟れおそれ、徳明とくめい惟れ明らかなり。

「民は立ち上がって互いに悪に染まり、混乱が甚だしくなり、誠実な信義に適うことなく、それによって誓約さえも覆すようになった。暴虐な威力によって多くの者が殺され、無実の訴えが天に届いた。上帝が民の様子をご覧になると、馨しい徳の香りはなく、刑罰から立ち上るのはただ生臭い血の匂いばかりであった。皇帝(帝顓頊)は罪なくして殺された多くの者を哀れみ、その暴虐に威をもって報い、苗の民を絶ち滅ぼし、その後継を地上に残されなかった。そこで重・黎の二神に命じて、天地の通路を絶ち、神々が地上に降りることのないようにされた。諸侯たちの治政が下々にまで及ぶと、明らかに常道に従い、身寄りのない者たちも見捨てられることがなかった。皇帝(帝堯)は下々の民に清らかに尋ねられると、身寄りのない者たちも苗の暴政について訴えを述べた。徳の威光は畏れられ、徳の明察は明らかであった。」

乃命三后、恤功于民。伯夷降典、折民惟刑。禹平水土、主名山川。稷降播種、農殖嘉穀。三后成功、惟殷于民。士制百姓于刑之中、以教祗德。穆穆在上、明明在下、灼于四方、罔不惟德之勤。故乃明于刑之中、率乂于民棐彝。典獄非訖于威、惟訖于富。敬忌、罔有擇言在身。惟克天德、自作元命、配享在下。

乃ち三后さんこうに命じて、こうを民にうれえしむ。伯夷はくいてんくだし、たみせいするにけいを以てす。水土すいどたいらかにし、山川さんせん主名しゅめいす。しょく播種はしゅくだし、のう嘉穀かこくやす。三后功こうを成し、惟れ民にさかんなり。百姓ひゃくせいけいちゅうに制し、以て祗徳しとくを教う。穆穆ぼくぼくとしてかみに在り、明明めいめいとしてしもに在り、四方しほうあきらかにして、徳につとめざるし。ゆえに乃ち刑のちゅうに明らかにして、民をひきいてつねしたがわしめておさむ。ごくつかさどるはきわまるにあらず、惟れふくに訖まる。敬忌けいきして、択言たくげんに在ること罔からしめよ。惟れ天徳てんとくある者は、自ら元命げんめいし、しも配享はいきょうす。

「そこで三人の重臣に命じて、民のために功を憂え尽くさせられた。伯夷は礼の法典を下し、民を治めるのに刑罰を用いた。禹は水土を平定し、山川に名を定めた。稷は播種の法を下し、農民に良い穀物を殖やさせた。三人の重臣は功を成し、それは民のうちに大いに行き渡った。役人たちは百姓を刑の中庸をもって治め、それによって徳を敬うことを教えた。上に立つ者は穏やかで、下にある者は明らかに、あらゆる四方に光り輝き、徳に努めぬ者はいなかった。それゆえ刑罰の中庸を明らかにし、民を率いて常なる道理に従わせて治めた。訴訟を司るのは威圧によって極めるのではなく、豊かな徳によって極めるべきである。敬い慎み、身に軽々しい言葉を持たぬようにせよ。よく天の徳を備えた者は、自ら大いなる天命を成し、下々の者たちの信頼を配当されるのである。」

王曰、嗚呼、敬之哉、官伯族姓、朕言多懼。朕敬于刑、有德惟刑。今天相民、作配在下、明清于單辭。民之亂、罔不中聽獄之兩辭、無或私家于獄之兩辭。獄貨非寶、惟府辜功、報以庶尤、永畏惟罰。非天不中、惟人在命。天罰不極、庶民罔有令政在于天下。

王曰わく、嗚呼ああこれつつしめや、官伯族姓かんはくぞくせいよ、ちんげん多くおそる。朕刑けいを敬み、とく有るは惟れ刑なり。今天てんたみたすけ、はいしてしもらしむ、単辞たんじ明清めいせいにせよ。民のらんは、ごく両辞りょうじ中聴ちゅうちょうせざるく、獄の両辞に私家しかすることること無かれ。獄貨ごくかたからあらず、惟れ辜功ここうあつむ、むくゆるに庶尤しょゆうを以てし、永くおそれて惟ればつとせよ。天中ちゅうならざるにあらず、惟れひとめいに在り。天罰てんばつきわまらざれば、庶民しょみん令政れいせい天下てんかに在る有ることけん。

王は言われた。「ああ、これを敬い慎め、多くの高官諸侯たちよ、私の言葉は多くの畏れを含んでいる。私は刑罰を敬い、徳ある者こそが刑罰を司るべきだと思う。今、天は民を助け、天子を配し下々を治めさせている、一方だけの訴えにも明らかに公正にせよ。民の乱れは、訴訟の両者の言い分を中庸に聴かなければ生じる、訴訟の両者の言い分に私情を挟むことのないように。訴訟における賄賂は宝ではない、それはむしろ罪の証を積み重ねるだけである、多くの咎めをもって報い、永く畏れて刑罰とせよ。天が公正でないのではない、ただ人がその天命の中にあるのだ。天罰が極まらなければ、万民の間に善き政治が天下に行われることはないであろう。」

王曰、嗚呼、念之哉、伯父伯兄仲叔季弟幼子童孫、皆聽朕言、庶有格命。今爾罔不由慰日勤、爾罔或戒不勤。天齊于民、俾我一日。非終惟終、在人。爾尚敬逆天命、以奉我一人。雖畏勿畏、雖休勿休、惟敬五刑、以成三德。一人有慶、兆民賴之、其寧惟永。

王曰わく、嗚呼ああこれおもえや、伯父伯兄はくふはくけい仲叔季弟ちゅうしゅくきてい幼子童孫ようしどうそんよ、皆朕ちんげんけ、こいねがわくば格命かくめい有らんことを。今爾なんじつとむるにらざるく、爾らいましめて勤めざることる罔かれ。てんたみととのい、我をして一日いちじつならしむ。終わらざると終わるとは、人にあり。爾らつつしんで天命てんめいむかえ、以て我一人いちにんほうぜよ。おそるるといえども畏るるかれ、きゅうなりと雖も休なる勿かれ、惟れ五刑ごけいを敬み、以て三徳さんとくを成せ。一人いちにんけい有らば、兆民ちょうみんこれり、其れやすんずること惟れ永からん。

王は言われた。「ああ、これを心に留めよ、伯父・伯兄・仲叔・季弟・幼子・童孫たちよ、皆この私の言葉を聴け、どうか善き天命が下ることを願う。今そなたらは日々努め励むことによらぬことはなく、そなたらは戒めて努めぬことのないようにせよ。天は民のために公平に治め、私に一日一日を全うさせてくださる。物事が終わらぬか終わるかは、人の行い次第である。そなたらはどうか敬んで天命をお迎えし、この私一人にお仕えせよ。畏れるべきことでも畏れることなく、慶ぶべきことでも慶ぶことなく、ただ五つの刑罰を敬い慎み、それによって三つの徳を成し遂げよ。私一人に慶びがあれば、万民はこれに頼り、その安らぎは永く続くであろう。」

王曰、嗚呼、嗣孫。今往何監、非德于民之中、尚明聽之哉。哲人惟刑、無疆之辭、屬于五極、咸中有慶。受王嘉師、監于茲祥刑。

王曰わく、嗚呼ああ嗣孫しそんよ。今よりきてなにをかかがみとせん、たみちゅうとくあるにあらずんば、お明らかにこれけや。哲人てつじん惟れけいにす、無疆むきょう五極ごきょくぞくし、みなちゅうにしてけい有り。おう嘉師かしを受け、祥刑しょうけいを監みよ。

王は言われた。「ああ、我が子孫たちよ。今より後、何を鑑とすればよいだろうか、民の中に行き渡る徳によらなければならぬ、どうか明らかにこの教えを聴くように。賢明な人物こそが刑罰を司るべきである、限りない訴えの言葉も、五つの極みに帰着し、皆中庸を得てこそ慶びがある。王の善き民を受け継ぎ、この吉祥なる刑罰のあり方を鑑とせよ。」