書経 商書(一)

湯誓・仲虺之誥・湯誥 ――夏を討ち商(殷)を建てる

この読本について

商書17篇のうち、湯王が夏の桀王を討って商(殷)を建てるまでの3篇(湯誓・仲虺之誥・湯誥)を収めます。残り14篇(伊訓・太甲上中下・咸有一德・盤庚上中下・説命上中下・高宗肜日・西伯戡黎・微子)は続編として作成します。

① 湯誓(とうせい)

湯王が夏の桀王を討つにあたり、鳴条の野で兵士に告げた誓いの言葉。

伊尹相湯伐桀、升自陑、遂與桀戰于鳴條之野、作《湯誓》。

伊尹いいんとうたすけてけつち、よりのぼり、ついに桀と鳴条めいじょうたたかう。湯誓とうせいつくる。

伊尹は湯王を補佐して夏の桀王を討ち、陑の地から進軍し、ついに桀と鳴条の野で戦った。この経緯を「湯誓」として記す。

王曰、格爾衆庶、悉聽朕言。非台小子、敢行稱亂。有夏多罪、天命殛之。今爾有衆、汝曰、我后不恤我衆、舍我穡事而割正夏。予惟聞汝衆言。夏氏有罪、予畏上帝、不敢不正。今汝其曰、夏罪其如台。夏王率遏衆力、率割夏邑、有衆率怠弗協。曰、時日曷喪、予及汝皆亡。夏德若茲、今朕必往。

王曰わく、なんじ衆庶しゅうしょいたる、ことごとちんげんけ。われ小子しょうしえてらんとなうるにあらず。多罪たざい有り、天命てんめいこれちょくす。いま爾らしゅうなんじ曰わく、きみ我が衆をうれえず、我が穡事しょくじてて割正かっせいす、と。われただなんじら衆のげんを聞けり。夏氏かしつみ有り、予は上帝じょうていおそれ、敢えてせいせずんばあらず。今汝其れ曰わく、つみは其れわれ如何いかん、と。夏王かおうおおむ衆力しゅうりょくとどめ、率ね夏邑かゆうき、しゅう率ねおこたりてきょうせず。曰わく、時日じじついつほろびん、われなんじおよびて皆亡みなほろびん、と。夏のとくかくごとし、今朕ちんかならかん、と。

王(湯)は仰せられた。「そなたら民衆よ、皆この私の言葉を聞け。私は決して勝手に乱を起こそうとしているのではない。夏の桀王には多くの罪があり、天命によってこれを罰するのだ。今そなたらの中には『我らの君主は我々を思いやらず、農作業を放り出させて夏を討たせようとしている』と言う者がいると聞く。私はそなたらのその言葉を確かに聞いた。しかし夏には罪があり、私は上帝を畏れ、正さないわけにはいかないのだ。今そなたらは『夏の罪が我らにどう関係するのか』と言うだろう。夏王はことごとく民の力を抑えつけ、ことごとく夏の邑々を損ない、民はみな怠けて協力しなくなった。民は言う、『この太陽(桀王)はいつ滅びるのか、我らはお前と共に滅んでもよい』と。夏の徳はこのように地に堕ちている。今、私は必ず討ちに行かねばならぬ。」

爾尚輔予一人、致天之罰、予其大賚汝。爾無不信、朕不食言。爾不從誓言、予則孥戮汝、罔有攸赦。

なんじねがわくばわれ一人いちにんたすけ、てんばついたせ、予其おおいになんじたまものせん。爾らしんぜざること無かれ、ちんげんまず。爾ら誓言せいげんしたがわずんば、予則すなわち汝を孥戮どりくし、ゆるところ有ることけん、と。

そなたらよ、どうか私一人を助け、天の罰を成し遂げてほしい。そうすれば私は大いにそなたらに褒美を与えよう。私を信じぬことのないように、私は決して約束を違えぬ。もしそなたらがこの誓いの言葉に従わなければ、私はそなたらを妻子ともども処罰し、決して赦しはしない。

② 仲虺之誥(ちゅうきのこう)

湯王が桀を追放したのち慚愧の念を漏らすと、賢臣・仲虺がこれを励まし、天命と徳治の道を説く。

成湯放桀于南巢、惟有慚德、曰、予恐來世以台爲口實。仲虺乃作誥。

成湯せいとうけつ南巣なんそうはなち、ただ慚徳ざんとく有りて曰わく、われ来世らいせいもっわれ口実こうじつさんことをおそる、と。仲虺ちゅうきすなわこうつくる。

成湯は桀を南巣の地に追放したが、心に恥じるところがあり、「後世の人々が私を非難の口実にするのではないかと恐れる」と仰せられた。そこで仲虺が戒めの言葉を作った。

曰、嗚呼、惟天生民有欲、無主乃亂。惟天生聰明時乂。有夏昏德、民墜塗炭。天乃錫王勇智、表正萬邦、纘禹舊服。茲率厥典、奉若天命。夏王有罪、矯誣上天、以布命于下。帝用不臧、式商受命、用爽厥師。

曰わく、嗚呼ああてんたみむによく有り、しゅ無ければすなわみだる。惟れ天聡明そうめいを生みてこれおさめしむ。とくくらく、たみ塗炭とたんつ。天乃すなわおう勇智ゆうちたまい、万邦ばんぽう表正ひょうせいし、旧服きゅうふくがしむ。ここてんしたがい、天命てんめい奉若ほうじゃくす。夏王かおうつみ有り、上天じょうてん矯誣きょうぶし、以てめいしもく。ていもっしとせず、しょうもちいてめいけしめ、用てあきらかにす。

仲虺は言った。「ああ、天が民を生む際、欲望をも与えられた。それゆえ主がいなければ世は乱れる。天はまた聡明な人物を生み、これに世を治めさせる。夏の桀王は徳に暗く、民は苦しみの底に落ちた。そこで天はあなた様(湯王)に勇気と知恵を賜り、万国の模範として正し、禹の旧業を継がせられた。あなた様はその古の法に従い、天命を謹んで承けられた。夏王には罪があり、天を欺き偽って、その命令を下々に布告した。天帝はこれを善しとせず、商をもって天命を受けさせ、その師(人材)を明らかにされたのである。」

簡賢附勢、實繁有徒。肇我邦于有夏、若苗之有莠、若粟之有秕。小大戰戰、罔不懼于非辜。矧予之德言足聽聞。惟王不邇聲色、不殖貨利。德懋懋官、功懋懋賞。用人惟已、改過不吝。克寬克仁、彰信兆民。

けんえらばずいきおいものじつしげ有り。くに有夏ゆうかはじむるに、なえゆう有るがごとく、あわ有るが若し。小大しょうだい戦戦せんせんとして、非辜ひこおそれざるはし。いわんやわれ徳言とくげん聴聞ちょうぶんするにるをや。おう声色せいしょくちかづかず、貨利かりやさず。とくつとむればかんつとめ、こうは懋むればしょうに懋む。ひともちうるはおのれごとくし、あやまちをあらたむるにやぶさかならず。かんに克くじんにして、しん兆民ちょうみんあきらかにす。

賢者を選ばず権勢にすり寄る者たちが、実に多くはびこっておりました。我らの国が夏の下に興った当初から、苗に混じる雑草のように、粟に混じるしいなのように(悪しき者が混じっておりました)。上下の人々は戦々恐々とし、無実の罪を恐れぬ者はありませんでした。ましてやあなた様の徳の言葉は、なおのこと人々の耳を傾けるに値するものです。あなた様は美声や美色に近づかず、財貨や利益を殖やそうとされませんでした。徳のある者には官職をもって励まし、功績のある者には褒賞をもって励まされました。人を用いるにあたっては自分のことのように親身になり、自らの過ちを改めることに惜しみがありませんでした。よく寛大で、よく仁愛深く、その信義を万民に明らかにされたのです。」

乃葛伯仇餉、初征自葛。東征西夷怨、南征北狄怨。曰、奚獨後予。攸徂之民、室家相慶。曰、徯予后、后來其蘇。民之戴商、厥惟舊哉。

すなわ葛伯かっぱくしょうあだとせしとき、初征しょせいかつりす。東征とうせいすれば西夷せいいうらみ、南征なんせいすれば北狄ほくてき怨む。曰わく、なんひとわれあとにする、と。ところたみ室家しっかあいよろこぶ。曰わく、きみつ、后来きたらばよみがえらん、と。たみしょういただくこと、ふるきかな、と。

かつて葛伯が食糧を運ぶ者を殺したことがきっかけとなり、最初の討伐は葛の国から始まりました。東に進軍すれば西の夷が『なぜ自分たちを後回しにするのか』と怨み、南に進軍すれば北の狄が同じように怨みました。討伐に赴いた先々の民は、家々でともに喜び合い、『我らの君主のご到来を待ちわびていた、君主が来られれば我らは生き返るであろう』と言いました。民が商をこれほど慕うのは、実に古くからのことなのです。」

佑賢輔德、顯忠遂良、兼弱攻昧、取亂侮亡。推亡固存、邦乃其昌。德日新、萬邦惟懷。志自滿、九族乃離。王懋昭大德、建中于民。以義制事、以禮制心、垂裕後昆。

けんたすとくたすけ、ちゅうあらわしりょうげしめ、よわきをくらきを攻め、らんぼうあなどる。ほろぶるをしてそんかたくすれば、くにすなわち其れさかんならん。とくあらたならば、万邦ばんぽう惟れなつく。こころざし自らつれば、九族きゅうぞく乃ちはなる。おうつとめて大徳たいとくあきらかにし、ちゅうたみてよ。を以てことせいし、れいを以てこころを制し、ゆたかさを後昆こうこんれよ。

賢者を助け徳ある者を支え、忠実な者を表彰し善良な者を成就させ、弱った国は併せ、道理に暗い国は討ち、乱れた国は取り、滅びゆく国はそのままにする。滅びゆく者を押し進め、存続する者を固めれば、国はいよいよ栄えるでしょう。徳が日々新たになれば、万国はあなた様に心を寄せます。志がおごり満ちれば、身近な一族さえ離れていくものです。どうか王よ、努めて大いなる徳を明らかにし、民のうちに中庸の道を打ち立ててください。義をもって物事を裁き、礼をもって心を制し、その恵みを後の世に垂れてくださいませ。」

予聞曰、能自得師者王、謂人莫已若者亡。好問則裕、自用則小。嗚呼、慎厥終、惟其始。殖有禮、覆昏暴。欽崇天道、永保天命。

われけり曰わく、みずかものおうたり、ひとおのれしとう者はほろぶ、と。うをこのめば則ちゆたかに、みずかもちうれば則ちしょうなり。嗚呼ああおわりつつしむは、はじめなり。れい有る者をやし、昏暴こんぼうなる者をくつがえせ。天道てんどう欽崇きんすうし、なが天命てんめいたもて、と。

私はこう聞いております。よく自ら師を得る者は王者となり、自分に及ぶ者はないと思い上がる者は滅びる、と。人に問うことを好めば度量が豊かになり、自分だけを頼れば器が小さくなります。ああ、物事の終わりを慎むには、その始めをこそ慎むべきなのです。礼を重んじる者を増やし、道理に暗く暴虐な者は覆してください。天の道を敬い崇め、永く天命をお保ちくださいませ。」

③ 湯誥(とうこう)

夏を平定した湯王が亳の都に帰り、天下の諸侯・民に向けて発した布告。

王歸自克夏、至于亳、誕告萬方。王曰、嗟、爾萬方有衆、明聽予一人誥。惟皇上帝、降衷于下民、若有恒性、克綏厥猷惟后。

おうつよりかえり、はくいたりて、おおいに万方ばんぽうぐ。王曰わく、ああなんじ万方ばんぽう有衆ゆうしゅうよ、あきらかにわれ一人いちにんこうけ。皇上帝こうじょうていちゅう下民かみんくだし、恒性こうせい有るがごとくならしむ、みちやすんずるはきみなり。

王(湯)は夏に勝利して帰還し、亳の都に至って、大いに天下万国に布告した。王は仰せられた。「ああ、そなたら天下万国の民衆よ、はっきりと私一人の布告を聴くがよい。かの偉大な上帝は、その正しい心を下々の民に降し、それぞれに変わらぬ善き本性を備えさせられた。この道をよく安んじ導くのが、君主というものである。」

夏王滅德作威、以敷虐于爾萬方百姓。爾萬方百姓罹其凶害、弗忍荼毒、並告無辜于上下神祇。天道福善禍淫、降災于夏、以彰厥罪。肆台小子、將天命明威、不敢赦。敢用玄牡、敢昭告于上天神后、請罪有夏。

夏王かおうとくほろぼし、以てぎゃくなんじ万方ばんぽう百姓ひゃくせいけり。爾ら万方の百姓其凶害きょうがいかかり、荼毒とどくしのびず、ならびに無辜むこ上下じょうげ神祇しんぎぐ。天道てんどうぜんふくいんわざわいし、わざわいくだして、以てつみあきらかにす。ついわれ小子しょうし天命てんめい明威めいいおこない、えてゆるさず。敢えて玄牡げんぼもちい、敢えて上天神后じょうてんしんこう昭告しょうこくして、つみ有夏ゆうかう。

夏王は徳を滅ぼし威を振るい、そなたら天下万国の民に虐政を敷いた。そなたら万国の民はその凶害に遭い、その苦しみに耐えかね、こぞって無実の訴えを天地の神々に告げた。天の道は善なる者に福を与え、みだらな者には禍を下す。天は夏に災いを降し、その罪を明らかにされた。それゆえ私は、天命の明らかな威光を執行し、あえて赦すことをしない。あえて黒い牡牛を供え、あえて天神・地祇に明らかに告げ、夏の罪を糺すことをお願い申し上げた。」

上天孚佑下民、罪人黜伏。天命弗僭、賁若草木、兆民允殖。俾予一人、輯寧爾邦家。兹朕未知獲戾于上下、慄慄危懼、若將隕于深淵。凡我造邦、無從匪彝、無即慆淫、各守爾典、以承天休。

上天じょうてん下民かみん孚佑ふゆうし、罪人ざいにん黜伏ちゅっぷくす。天命てんめいたがわず、かがやくこと草木そうもくごとく、兆民ちょうみんまことゆ。われ一人いちにんをして、なんじ邦家ほうか輯寧しゅうねいせしむ。ここちんいま上下じょうげもとるをるを知らず、慄慄りつりつとして危懼きくすること、まさ深淵しんえんちんとするが若し。およ造邦ぞうほう匪彝ひいしたがうこと無く、慆淫とういんくこと無く、おのおの爾のてんを守り、以ててんきゅうけよ。

天は下々の民を信じて助け、罪ある者は退けられ屈服した。天命は違うことなく、草木が咲き誇るように輝かしく、万民はまことに繁栄している。私一人にこの天下万国を安らかに治めさせてくださった。今なお私は、天地に対して何か過ちを犯してはいないかと分からず、深い淵に落ちるかのように、恐れ慎んでいる。すべての我が建てた国々よ、道理に外れた行いに従うことなく、みだらな快楽に近づくことなく、それぞれ自らの法度を守り、天の恵みを受け継ぐがよい。」

爾有善、朕弗敢蔽。罪當朕躬、弗敢自赦、惟簡在上帝之心。其爾萬方有罪、在予一人。予一人有罪、無以爾萬方。嗚呼、尚克時忱、乃亦有終。

なんじぜん有らば、ちんえておおわず。つみちんたらば、敢えて自らゆるさず、ただ上帝じょうていこころるのみ。れ爾ら万方ばんぽうつみ有らば、われ一人いちにんに在り。予一人罪有らば、爾ら万方をもってすること無かれ。嗚呼ああねがわくばこれまことにせば、すなわまたわり有らん。

そなたらに善行があれば、私は決してそれを覆い隠すことはしない。もし罪が私自身にあるならば、私はあえて自らを赦すことはしない。それはただ上帝のお心にお委ねするのみである。もしそなたら天下万国に罪があれば、その責めは私一人にある。もし私一人に罪があるならば、それをそなたら天下万国のせいにすることはしない。ああ、どうかよくこの心を誠実に保つならば、きっと善き終わりを迎えることができるであろう。」