禹貢・甘誓・五子之歌・胤征 全4篇
「夏書」4篇は、禹が九州の地理と貢物を定めた記録(禹貢)、夏の始祖・啓が有扈氏を討った際の誓い(甘誓)、啓の子・太康の失政を諫めた兄弟の歌(五子之歌)、義和の怠慢を胤侯が討った記録(胤征)から成ります。禹貢は九州の地誌・貢納を淡々と列挙する形式のため、訓読・現代語訳とも簡潔にまとめた部分があります。
禹九州を別かち、山に随いて川を濬い、土に任せて貢を作す。禹土を敷き、山に随いて木を刊り、高山大川を奠む。
禹は天下を九つの州に分け、山に沿って川を浚渫し、それぞれの土地の性質に応じて貢物の制度を定めた。禹は国土を整備し、山に沿って木を伐って目印とし、高い山や大きな川の位置を確定した。
冀州、既に壺口に載し、梁及び岐を治む。既に太原を修め、岳陽に至る。覃懐績を底し、衡漳に至る。厥の土は惟れ白壌、厥の賦は惟れ上上にして錯り、厥の田は惟れ中中なり。恒・衛既に従い、大陸既に作る。島夷皮服す。碣石を右に夾み、河に入る。
冀州――壺口山からとりかかり、梁山と岐山を治めた。太原を修め、太岳山の南に至った。覃懐で治水の功を上げ、衡漳の地に至った。この土地は白い土壌で、租税は上上等を基本にやや変動があり、田の等級は中の中である。恒水・衛水はすでに流れに従い、大陸沢もすでに整備された。東方の島の民は毛皮を貢納する。碣石山を右手に見ながら黄河に入る(これが貢納の道である)。
済・河は惟れ兗州。九河既に道かれ、雷夏既に沢となり、灉・沮会同す。桑土既に蚕し、是に丘を降りて土に宅る。厥の土は黒墳、厥の草は惟れ繇り、厥の木は惟れ条し。厥の田は惟れ中下、厥の賦は貞にして、作すこと十有三載にして乃ち同じ。厥の貢は漆糸、厥の篚は織文なり。済・漯に浮かびて、河に達す。
済水と黄河の間が兗州である。九本の河川が整い、雷夏沢も整い、灉水・沮水が合流するようになった。桑の育つ土地では養蚕が行われ、人々は丘を降りて平地に住むようになった。この土地は黒くよく肥え、草木は繁茂し高く育つ。田の等級は中の下、租税は最下等ながら十三年かけてようやく他州と同等になった。貢物は漆と生糸、竹籠には美しい織物を入れる。済水・漯水を舟で下り、黄河に至る。
海・岱は惟れ青州。嵎夷既に略せられ、濰・淄其の道を得。厥の土は白墳、海浜広斥す。厥の田は惟れ上下、厥の賦は中上なり。厥の貢は塩絺、海物は惟れ錯る。岱畎の糸枲鉛松怪石。莱夷牧を作す。厥の篚は檿糸なり。汶に浮かびて、済に達す。
海と泰山の間が青州である。嵎夷の地はすでに開拓され、濰水・淄水はその流路を得た。この土地は白く肥え、海辺には広大な塩地が広がる。田の等級は上の下、租税は中の上である。貢物は塩と細葛布、海産物もいろいろ交じる。泰山の谷からは糸・麻・鉛・松・珍しい石が出る。莱の夷は牧畜を営む。竹籠には山桑の糸を入れる。汶水を舟で下り、済水に至る。
海・岱及び淮は惟れ徐州。淮・沂其れ乂まり、蒙・羽其れ芸えられ、大野既に豬まり、東原底りて平らかなり。厥の土は赤埴にして墳、草木漸く包る。厥の田は惟れ上中、厥の賦は中中なり。厥の貢は惟れ土五色、羽畎の夏翟、嶧陽の孤桐、泗浜の浮磬、淮夷の蠙珠曁び魚、厥の篚は玄繊縞なり。淮・泗に浮かびて、河に達す。
海・泰山・淮水にはさまれた地が徐州である。淮水・沂水は治まり、蒙山・羽山には植林がなされ、大野沢には水が集まり、東原の地は平らかに治まった。この土地は赤く粘り気があってよく肥え、草木は次第に生い茂る。田は上の中、租税は中の中である。貢物は五色の土、羽山の谷の雉の羽、嶧山の南に育つ良質の桐、泗水のほとりの磬に適した石、淮水の夷から真珠と魚。竹籠には黒と薄絹を入れる。淮水・泗水を舟で下り、黄河に至る。
淮・海は惟れ揚州。彭蠡既に豬まり、陽鳥居る攸なり。三江既に入り、震沢底りて定まる。篠簜既に敷き、厥の草は惟れ夭く、厥の木は惟れ喬し。厥の土は惟れ塗泥なり。厥の田は惟れ下下、厥の賦は下上にして上と錯る。厥の貢は惟れ金三品、瑤琨・篠簜、歯革羽毛惟れ木なり。鳥夷卉服す、厥の篚は織貝、厥の包むは橘柚にして錫貢す。江海に沿いて、淮・泗に達す。
淮水と海にはさまれた地が揚州である。彭蠡沢に水が集まり、渡り鳥の宿るところとなった。三本の川はすでに海に注ぎ、震沢も治まった。細竹と大竹が茂り、草は若々しく、木は高くそびえる。この土地は湿った泥である。田は下の下、租税は下の上を基本にやや上と交じる。貢物は金・銀・銅の三種、美しい玉石と竹、象牙・皮革・鳥の羽・獣毛・木材。海辺の夷は草で織った服を着る。竹籠には貝殻織りの品、蜜柑と柚子は求めに応じて貢納する。長江・海沿いに進み、淮水・泗水に至る。
荊及び衡陽は惟れ荊州。江漢海に朝宗す。九江孔だ殷んに、沱・潜既に道かれ、雲土夢乂まりを作す。厥の土は惟れ塗泥、厥の田は惟れ下中、厥の賦は上下なり。厥の貢は羽毛歯革惟れ金三品、杶幹栝柏、礪砥砮丹、惟れ箘簵楛、三邦厥の名を貢するに底り、菁茅を包匭す、厥の篚は玄纁璣組、九江大亀を納錫す。江・沱・潜・漢に浮かびて、洛を逾え、南河に至る。
荊山から衡山の南までが荊州である。長江・漢水は海へと注ぐ。九江は水量豊かで、沱水・潜水も流れが整い、雲土・夢沢も治まった。この土地は湿った泥、田は下の中、租税は上の下である。貢物は鳥の羽・獣毛・象牙・皮革と金銀銅の三種、椿・柏の木材、砥石・矢じり用の石・朱、竹の一種箘簵と楛の木、三国はその特産物を貢納する。菁茅(祭祀用の茅)を梱包して納め、竹籠には黒と赤の絹糸、玉、九江からは大亀を献上する。長江・沱水・潜水・漢水を舟で下り、洛水を越えて、南河に至る。
荊・河は惟れ豫州。伊・洛・瀍・澗既に河に入り、滎波既に豬まり、菏沢を導き、孟豬に被ぶ。厥の土は惟れ壌、下土は墳壚なり。厥の田は惟れ中上、厥の賦は上中に錯る。厥の貢は漆枲絺紵、厥の篚は繊纊、磬錯を錫貢す。洛に浮かびて、河に達す。
荊山と黄河にはさまれた地が豫州である。伊水・洛水・瀍水・澗水はすでに黄河に注ぎ、滎波沢も水が集まり、菏沢へ水を導き、孟豬沢にも及んだ。この土地はよく肥え、低地は黒く硬く肥えている。田は中の上、租税は上の中に交じる。貢物は漆・麻・細葛布・苧麻布、竹籠には細い綿、磬を磨く砥石も求めに応じて貢納する。洛水を舟で下り、黄河に至る。
華陽・黒水は惟れ梁州。岷・嶓既に芸えられ、沱・潜既に道かれ、蔡・蒙旅せられて平らかなり、和夷績を底す。厥の土は青黎、厥の田は惟れ下上、厥の賦は下中にして三錯る。厥の貢は璆鉄銀鏤砮磬、熊羆狐狸織皮なり。西傾桓に因りて是に来り、潜に浮かびて、沔を逾え、渭に入り、河に乱る。
華山の南から黒水までが梁州である。岷山・嶓冢山にはすでに植林がなされ、沱水・潜水も流路が整い、蔡山・蒙山は祭祀の道が通じて平らかに治まり、和夷の地も治水の功をあげた。この土地は青黒く、田は下の上、租税は下の中を基本に三段階が交じる。貢物は美玉・鉄・銀・鏤(彫刻用の鋼)・矢じり用の石・磬の材、熊・羆・狐・狸の毛皮。西傾山からは桓水に沿ってここに至り、潜水を舟で下り、沔水を越え、渭水に入り、黄河を渡って運ばれる。
黒水・西河は惟れ雍州。弱水既に西し、涇渭汭に属し、漆・沮既に従い、灃水会同す。荊・岐既に旅せられ、終南・惇物、鳥鼠に至る。原隰績を底し、豬野に至る。三危既に宅らしめられ、三苗丕いに叙す。厥の土は惟れ黄壌、厥の田は惟れ上上、厥の賦は中下なり。厥の貢は惟れ球琳琅玕。積石に浮かびて、龍門西河に至り、渭汭に会す。
黒水と西河にはさまれた地が雍州である。弱水はすでに西に流れ、涇水は渭水の合流点に注ぎ、漆水・沮水もその流れに従い、灃水も合流する。荊山・岐山にはすでに祭祀の道が通じ、終南山・惇物山を経て鳥鼠山に至る。低地も高地も治水の功が上がり、豬野沢にまで及んだ。三危山にはすでに人が住まわされ、三苗もよく治まった。この土地は黄色く肥え、田は上の上、租税は中の下である。貢物は美しい球琳・琅玕の玉。積石山から舟に浮かび、龍門・西河に至り、渭水の合流点で落ち合う。
九州攸に同じく、四隩既に宅す。九山刊旅せられ、九川源を滌い、九沢既に陂す。四海会同し、六府孔だ修まる。庶土交正しく、財賦を慎むに底り、咸三壌に則りて賦を成す。中邦土姓を錫う。祗んで台徳を先にし、朕が行を距まず。東は海に漸り、西は流沙に被び、朔南声教に暨び、四海に訖る。禹玄圭を錫い、厥の成功を告ぐ。
こうして九州はすべて治まり、四方の奥地にも人が住まえるようになった。九つの山は木を伐って道が通じ、九つの川は源から水が清められ、九つの沢はすでに堤が築かれた。四海はよく統一され、水・火・金・木・土・穀の六つの資源はよく治まった。あらゆる土地は正しく評価され、租税は慎重に定められ、いずれも土質の三等級に基づいて租税が定まった。天子は中原の国々に土地と姓を授けた。「慎んで私(舜)は徳を第一とし、我が行いに背かせません」(禹の言葉)。その教化は東は海に至り、西は砂漠に及び、北と南にも及んで、天下のすみずみに行きわたった。禹は黒い玉の圭を賜り、その成功を天下に告げた。
大いに甘に戦わんとして、乃ち六卿を召す。王曰わく、嗟、六事の人よ、予誓いて汝に告ぐ。有扈氏威もて五行を侮り、三正を怠棄す、天用て其の命を剿絶す。今予惟恭んで天の罰を行う。左左を攻めずんば、汝命を恭まざるなり。右右を攻めずんば、汝命を恭まざるなり。御其の馬の正にあらずんば、汝命を恭まざるなり。命を用うれば、祖に賞せん。命を用いざれば、社に戮せん、予則ち汝を孥戮せん、と。
甘の地で大いに戦おうとして、六人の卿を召集した。王(啓)は仰せられた。「ああ、この戦を担う者たちよ、私は誓ってそなたらに告げる。有扈氏は五行の道を軽んじて侮り、天・地・人の三つの正しい道を怠り捨てた。それゆえ天はその命を絶とうとしている。今、私はただ恭しく天罰を執行するのみである。戦車の左に立つ者が左方の攻撃を務めなければ、そなたは私の命に従わぬことになる。右に立つ者が右方の攻撃を務めなければ、そなたは命に従わぬことになる。御者が馬を正しく御さなければ、そなたは命に従わぬことになる。命に従う者には祖廟の前で賞を与え、命に従わぬ者は社の前で処刑し、その妻子ともども罰する。」
其の一に曰わく、皇祖訓え有り、民は近づく可くして、下す可からず。民は惟れ邦の本、本固ければ邦寧し。予天下を視るに、愚夫愚婦も、一に能く予に勝る。一人三たび失てば、怨み豈に明らかなるに在らんや、見われざるに是を図る。予兆民に臨むに、懍乎として朽索の六馬を馭するが若し、人の上たる者、奈何ぞ敬まざらん、と。
その一に言う。「祖父(禹)に教えがあった。民は親しみ近づくべきであって、見下してはならない。民こそが国の根本であり、根本が固ければ国は安らかである。私が天下を見るに、どんなに愚かな男女も、時には私に勝る知恵を持つものだ。一人の君主が繰り返し過ちを犯せば、その怨みは表立たなくとも、目に見えぬところで積み重なっていく。私は万民に臨むにあたり、朽ちた縄で六頭の馬を御するかのように恐れ慎んでいる。人の上に立つ者が、どうして慎まずにいられようか。」
其の二に曰わく、訓え之有り、内に色荒を作し、外に禽荒を作す。酒を甘しとし音を嗜み、宇を峻くし牆を彫る。此に一有れば、未だ或は亡びざるは有らず、と。
その二に言う。「教えにこうある。内では女色にふけり、外では狩猟にふける。酒をうまいとし音楽に溺れ、御殿を高くし壁を彫刻で飾る。これらのうち一つでも当てはまれば、滅びぬ者はいない。」
其の三に曰わく、惟れ彼の陶唐、此の冀方を有てり。今厥の道を失い、其の紀綱を乱し、乃ち滅亡に底る、と。
その三に言う。「かの陶唐氏(堯)は、この冀州の地を保っておられた。今、その道を失い、秩序を乱してしまえば、ついには滅亡に至るであろう。」
其の四に曰わく、明明たる我が祖、万邦の君なり。典有り則有りて、厥の子孫に貽す。関石和鈞、王府則ち有り。厥の緒を荒墜せば、宗を覆し祀を絶(た)たん、と。
その四に言う。「輝かしい我らが祖先(禹)は、あらゆる国々の君であった。典章と法則を定め、子孫にお残しになった。度量衡を統一し、王府の蔵にはその基準が備わっていた。この事業を怠り失えば、宗廟を覆し祭祀を絶やすことになろう。」
其の五に曰わく、嗚呼曷くにか帰せん、予之を懐いて悲しむ。万姓予を仇とす、予将に疇にか依らんとす。鬱陶たり予が心、顔厚くして忸怩たる有り。厥の徳を慎まず、悔ゆと雖も追う可けんや、と。
その五に言う。「ああ、どこに帰ればよいのか。私はこれを思うと悲しくてならない。万民は私を仇と見なす、私は誰を頼ればよいのか。私の心は鬱々として晴れず、恥じ入って顔を上げられない。徳を慎まなかったこと、今悔いても取り返しがつくだろうか。」
羲和湎淫し、時を廃れしめ日を乱す、胤往きて之を征す。胤征を作る。
羲氏・和氏が酒に溺れて職務を怠り、暦の時節や日付を乱してしまったので、胤侯が出征してこれを討った。この経緯を「胤征」として記す。
衆に告げて曰わく、嗟予が有衆よ、聖に謨訓有り、明徴定保す。先王克く天戒を謹み、臣人克く常憲有り。百官修輔し、厥の后惟れ明明たり。歳毎に孟春、遒人木鐸を以て路に徇ず。官師相規し、工は芸事を執りて以て諫む。其れ或は恭しからざれば、邦常刑有り、と。
兵士たちに告げて言った。「ああ、我が兵士たちよ、聖人には教訓があり、それは明らかな証として国を定め保ってきた。先王はよく天の戒めを謹み、臣下たちもよく常なる法を守ってきた。多くの官吏が助け合い治め、それゆえ君主は明らかに徳を輝かせることができた。毎年初春には、教令を伝える役人が木鐸を鳴らして道を巡り、官吏どうしが互いを正し合い、職人は自らの技をもって諫言する。もしこれに恭しく従わなければ、国には定まった刑罰がある。」
惟れ時に羲和、厥の徳を顛覆し、酒に沈乱し、官に畔き次を離れ、俶めて天紀を擾し、遐く厥の司を棄つ。乃ち季秋の月朔、辰房に集まらず、瞽鼓を奏し、嗇夫馳せ、庶人走る。羲和厥の官に尸わりて、聞知すること罔く、天象に昏迷す、以て先王の誅を干す。
ところがこの羲氏・和氏は、その徳を覆し、酒に溺れて乱れ、職務に背いて持ち場を離れ、初めて天の秩序を乱し、その職責を遠く見捨ててしまった。秋九月の朔日、日食が起きたにもかかわらず(日月が房宿に集まらず)、盲目の楽師が太鼓を打ち鳴らし、下級役人は駆け回り、庶民も走り騒いだ。ところが羲氏・和氏はその官にありながら何も気づかず、天の異変に昏く惑い、先王の定めた誅罰を招くこととなった。
政典に曰わく、時に先んずる者は殺して赦す無く、時に及ばざる者は殺して赦す無し、と。今予爾ら有衆を以て、天罰を奉将す。爾ら衆士力を王室に同じくし、尚わくば予を弼け、欽んで天子の威命を承けよ、と。
古の法典にはこうある。「暦の時節に先んじる者は殺して赦さず、時節に遅れる者も殺して赦さない」と。今、私はそなたら兵士とともに、天罰を執り行おうとしている。そなたら兵士たちよ、力を王室のために一つにし、どうか私を助け、慎んで天子の威厳ある命を承けてほしい。