書経 夏書 全文

禹貢・甘誓・五子之歌・胤征 全4篇

この読本について

「夏書」4篇は、禹が九州の地理と貢物を定めた記録(禹貢)、夏の始祖・啓が有扈氏を討った際の誓い(甘誓)、啓の子・太康の失政を諫めた兄弟の歌(五子之歌)、義和の怠慢を胤侯が討った記録(胤征)から成ります。禹貢は九州の地誌・貢納を淡々と列挙する形式のため、訓読・現代語訳とも簡潔にまとめた部分があります。

① 禹貢(うこう)

禹が治水ののち、天下を九州に分けて山川・土質・貢物を定めた、中国最古の地理書。

禹別九州、隨山濬川、任土作貢。禹敷土、隨山刊木、奠高山大川。

九州きゅうしゅうかち、やましたがいてかわさらい、まかせてこうす。禹土き、山に随いてり、高山大川こうざんたいせんさだむ。

禹は天下を九つの州に分け、山に沿って川を浚渫し、それぞれの土地の性質に応じて貢物の制度を定めた。禹は国土を整備し、山に沿って木を伐って目印とし、高い山や大きな川の位置を確定した。

冀州・兖州・青州

冀州、既載壺口、治梁及岐。既修太原、至于岳陽。覃懷底績、至于衡漳。厥土惟白壤。厥賦惟上上錯、厥田惟中中。恒衛既從、大陸既作。島夷皮服。夾右碣石、入于河。

冀州きしゅうすで壺口ここうし、りょう及びおさむ。既に太原たいげんおさめ、岳陽がくよういたる。覃懐たんかいせきいたし、衡漳こうしょうに至る。つち白壌はくじょう、厥のは惟れ上上じょうじょうにしてまじり、厥のでんは惟れ中中ちゅうちゅうなり。こうえい既にしたがい、大陸たいりく既にる。島夷とうい皮服ひふくす。碣石けっせきみぎさしはさみ、に入る。

冀州――壺口山からとりかかり、梁山と岐山を治めた。太原を修め、太岳山の南に至った。覃懐で治水の功を上げ、衡漳の地に至った。この土地は白い土壌で、租税は上上等を基本にやや変動があり、田の等級は中の中である。恒水・衛水はすでに流れに従い、大陸沢もすでに整備された。東方の島の民は毛皮を貢納する。碣石山を右手に見ながら黄河に入る(これが貢納の道である)。

濟河惟兗州。九河既道、雷夏既澤、灉沮會同。桑土既蠶、是降丘宅土。厥土黑墳、厥草惟繇、厥木惟條。厥田惟中下、厥賦貞、作十有三載乃同。厥貢漆絲、厥篚織文。浮于濟漯、達于河。

さい兗州えんしゅう九河きゅうがすでみちびかれ、雷夏らいか既にたくとなり、よう会同かいどうす。桑土そうど既にさんし、ここおかくだりてつちる。の土は黒墳こくふん、厥のくさは惟れしげり、厥のは惟れながし。厥の田は惟れ中下ちゅうげ、厥のていにして、すこと十有三載じゅうゆうさんさいにしてすなわおなじ。厥のこう漆糸しっし、厥の織文しょくぶんなり。さいとうかびて、たっす。

済水と黄河の間が兗州である。九本の河川が整い、雷夏沢も整い、灉水・沮水が合流するようになった。桑の育つ土地では養蚕が行われ、人々は丘を降りて平地に住むようになった。この土地は黒くよく肥え、草木は繁茂し高く育つ。田の等級は中の下、租税は最下等ながら十三年かけてようやく他州と同等になった。貢物は漆と生糸、竹籠には美しい織物を入れる。済水・漯水を舟で下り、黄河に至る。

海岱惟青州。嵎夷既略、濰淄其道。厥土白墳、海濱廣斥。厥田惟上下、厥賦中上。厥貢鹽絺、海物惟錯。岱畎絲枲鉛松怪石。萊夷作牧。厥篚檿絲。浮于汶、達于濟。

うみたい青州せいしゅう嵎夷ぐういすでりゃくせられ、みちつち白墳はくふん海浜かいひん広斥こうせきす。厥のでんは惟れ上下じょうげ、厥の中上ちゅうじょうなり。厥のこう塩絺えんち海物かいぶつは惟れまじる。岱畎たいけん糸枲鉛松怪石ししぼうえんしょうかいせき莱夷らいいぼくす。厥の檿糸えんしなり。ぶんに浮かびて、さいに達す。

海と泰山の間が青州である。嵎夷の地はすでに開拓され、濰水・淄水はその流路を得た。この土地は白く肥え、海辺には広大な塩地が広がる。田の等級は上の下、租税は中の上である。貢物は塩と細葛布、海産物もいろいろ交じる。泰山の谷からは糸・麻・鉛・松・珍しい石が出る。莱の夷は牧畜を営む。竹籠には山桑の糸を入れる。汶水を舟で下り、済水に至る。

徐州・揚州・荊州

海岱及淮惟徐州。淮沂其乂、蒙羽其藝、大野既豬、東原厎平。厥土赤埴墳、草木漸包。厥田惟上中、厥賦中中。厥貢惟土五色、羽畎夏翟、嶧陽孤桐、泗濱浮磬、淮夷蠙珠曁魚、厥篚玄纖縞。浮于淮泗、達于河。

うみたいおよわい徐州じょしゅうわいおさまり、もう其れえられ、大野たいやすであつまり、東原とうげんいたりてたいらかなり。つち赤埴せきしょくにしてふん草木そうもくようやしげる。厥のでんは惟れ上中じょうちゅう、厥の中中ちゅうちゅうなり。厥のこうは惟れつち五色ごしき羽畎うけん夏翟かてき嶧陽えきよう孤桐ことう泗浜しひん浮磬ふけい淮夷わいい蠙珠ひんじゅおようお、厥の玄繊縞げんせんこうなり。わいに浮かびて、に達す。

海・泰山・淮水にはさまれた地が徐州である。淮水・沂水は治まり、蒙山・羽山には植林がなされ、大野沢には水が集まり、東原の地は平らかに治まった。この土地は赤く粘り気があってよく肥え、草木は次第に生い茂る。田は上の中、租税は中の中である。貢物は五色の土、羽山の谷の雉の羽、嶧山の南に育つ良質の桐、泗水のほとりの磬に適した石、淮水の夷から真珠と魚。竹籠には黒と薄絹を入れる。淮水・泗水を舟で下り、黄河に至る。

淮海惟揚州。彭蠡既豬、陽鳥攸居。三江既入、震澤厎定。篠簜既敷、厥草惟夭、厥木惟喬。厥土惟塗泥。厥田惟下下、厥賦下上上錯。厥貢惟金三品、瑤琨篠簜、齒革羽毛惟木。鳥夷卉服、厥篚織貝、厥包橘柚錫貢。沿于江海、達于淮泗。

わいうみ揚州ようしゅう彭蠡ほうれいすであつまり、陽鳥ようちょうところなり。三江さんこう既にり、震沢しんたくいたりてさだまる。篠簜しょうとう既にき、くさは惟れわかく、厥のは惟れたかし。厥のつちは惟れ塗泥とでいなり。厥のでんは惟れ下下げげ、厥の下上げじょうにしてじょうまじる。厥のこうは惟れきん三品さんぴん瑤琨ようこん篠簜しょうとう歯革羽毛しかくうもう惟れなり。鳥夷ちょうい卉服きふくす、厥の織貝しょくばい、厥のつつむは橘柚きつゆうにして錫貢せきこうす。江海こうかいに沿いて、わいに達す。

淮水と海にはさまれた地が揚州である。彭蠡沢に水が集まり、渡り鳥の宿るところとなった。三本の川はすでに海に注ぎ、震沢も治まった。細竹と大竹が茂り、草は若々しく、木は高くそびえる。この土地は湿った泥である。田は下の下、租税は下の上を基本にやや上と交じる。貢物は金・銀・銅の三種、美しい玉石と竹、象牙・皮革・鳥の羽・獣毛・木材。海辺の夷は草で織った服を着る。竹籠には貝殻織りの品、蜜柑と柚子は求めに応じて貢納する。長江・海沿いに進み、淮水・泗水に至る。

荊及衡陽惟荊州。江漢朝宗于海。九江孔殷、沱潛既道、雲土夢作乂。厥土惟塗泥、厥田惟下中、厥賦上下。厥貢羽毛齒革惟金三品、杶榦栝柏、礪砥砮丹、惟箘簵楛、三邦厎貢厥名、包匭菁茅、厥篚玄纁璣組、九江納錫大龜。浮于江沱潛漢、逾于洛、至于南河。

けい及び衡陽こうよう荊州けいしゅう江漢こうかんうみ朝宗ちょうそうす。九江きゅうこうはなはさかんに、せんすでみちびかれ、雲土うんどぼうおさまりをす。つちは惟れ塗泥とでい、厥のでんは惟れ下中げちゅう、厥の上下じょうげなり。厥のこう羽毛歯革うもうしかく惟れきん三品さんぴん杶幹栝柏ちゅんかんかつはく礪砥砮丹れいしどたん、惟れ箘簵楛きんろこ三邦さんぽうめいこうするにいたり、菁茅せいぼう包匭ほうきす、厥の玄纁璣組げんくんきそ九江きゅうこう大亀たいき納錫のうせきす。こう・沱・潜・かんに浮かびて、らくえ、南河なんかに至る。

荊山から衡山の南までが荊州である。長江・漢水は海へと注ぐ。九江は水量豊かで、沱水・潜水も流れが整い、雲土・夢沢も治まった。この土地は湿った泥、田は下の中、租税は上の下である。貢物は鳥の羽・獣毛・象牙・皮革と金銀銅の三種、椿・柏の木材、砥石・矢じり用の石・朱、竹の一種箘簵と楛の木、三国はその特産物を貢納する。菁茅(祭祀用の茅)を梱包して納め、竹籠には黒と赤の絹糸、玉、九江からは大亀を献上する。長江・沱水・潜水・漢水を舟で下り、洛水を越えて、南河に至る。

豫州・梁州・雍州

荊河惟豫州。伊洛瀍澗既入于河、滎波既豬、導菏澤、被孟豬。厥土惟壤、下土墳壚。厥田惟中上、厥賦錯上中。厥貢漆枲絺紵、厥篚纖纊、錫貢磬錯。浮于洛、達于河。

けい豫州よしゅうらくせんかんすでり、滎波けいは既にあつまり、菏沢かたくみちびき、孟豬もうしょおよぶ。つちは惟れじょう下土かど墳壚ふんろなり。厥のでんは惟れ中上ちゅうじょう、厥の上中じょうちゅうまじる。厥のこう漆枲絺紵しつぼうちちょ、厥の繊纊せんこう磬錯けいさく錫貢せきこうす。らくに浮かびて、に達す。

荊山と黄河にはさまれた地が豫州である。伊水・洛水・瀍水・澗水はすでに黄河に注ぎ、滎波沢も水が集まり、菏沢へ水を導き、孟豬沢にも及んだ。この土地はよく肥え、低地は黒く硬く肥えている。田は中の上、租税は上の中に交じる。貢物は漆・麻・細葛布・苧麻布、竹籠には細い綿、磬を磨く砥石も求めに応じて貢納する。洛水を舟で下り、黄河に至る。

華陽黑水惟梁州。岷嶓既藝、沱潛既道、蔡蒙旅平、和夷厎績。厥土青黎、厥田惟下上、厥賦下中三錯。厥貢璆鐵銀鏤砮磬、熊羆狐貍織皮。西傾因桓是來、浮于潛、逾于沔、入于渭、亂于河。

華陽かよう黒水こくすい梁州りょうしゅうびんすでえられ、せん既にみちびかれ、さいもうりょせられてたいらかなり、和夷かいせきいたす。つち青黎せいれい、厥のでんは惟れ下上げじょう、厥の下中げちゅうにしてさんまじる。厥のこう璆鉄銀鏤砮磬きゅうてつぎんろどけい熊羆狐狸織皮ゆうひこりしょくひなり。西傾せいけいかんりてここきたり、せんに浮かびて、べんえ、に入り、わたる。

華山の南から黒水までが梁州である。岷山・嶓冢山にはすでに植林がなされ、沱水・潜水も流路が整い、蔡山・蒙山は祭祀の道が通じて平らかに治まり、和夷の地も治水の功をあげた。この土地は青黒く、田は下の上、租税は下の中を基本に三段階が交じる。貢物は美玉・鉄・銀・鏤(彫刻用の鋼)・矢じり用の石・磬の材、熊・羆・狐・狸の毛皮。西傾山からは桓水に沿ってここに至り、潜水を舟で下り、沔水を越え、渭水に入り、黄河を渡って運ばれる。

黑水西河惟雍州。弱水既西、涇屬渭汭、漆沮既從、灃水攸同。荊岐既旅、終南惇物、至于鳥鼠。原隰厎績、至于豬野。三危既宅、三苗丕敘。厥土惟黃壤、厥田惟上上、厥賦中下。厥貢惟球琳琅玕。浮于積石、至于龍門西河、會于渭汭。

黒水こくすい西河せいか雍州ようしゅう弱水じゃくすいすで西にしし、けい渭汭いぜいしょくし、しつ既にしたがい、灃水ほうすい会同かいどうす。けい既にりょせられ、終南しゅうなん惇物とんぶつ鳥鼠ちょうそに至る。原隰げんしゅうせきいたし、豬野ちょやに至る。三危さんき既にらしめられ、三苗さんびょうおおいにじょす。つちは惟れ黄壌こうじょう、厥のでんは惟れ上上じょうじょう、厥の中下ちゅうげなり。厥のこうは惟れ球琳琅玕きゅうりんろうかん積石せきせきに浮かびて、龍門西河りゅうもんせいかに至り、渭汭いぜいかいす。

黒水と西河にはさまれた地が雍州である。弱水はすでに西に流れ、涇水は渭水の合流点に注ぎ、漆水・沮水もその流れに従い、灃水も合流する。荊山・岐山にはすでに祭祀の道が通じ、終南山・惇物山を経て鳥鼠山に至る。低地も高地も治水の功が上がり、豬野沢にまで及んだ。三危山にはすでに人が住まわされ、三苗もよく治まった。この土地は黄色く肥え、田は上の上、租税は中の下である。貢物は美しい球琳・琅玕の玉。積石山から舟に浮かび、龍門・西河に至り、渭水の合流点で落ち合う。

まとめ

九州攸同、四隩既宅。九山刊旅、九川滌源、九澤既陂。四海會同、六府孔修。庶土交正、厎慎財賦、咸則三壤成賦。中邦錫土姓。祗台德先、不距朕行。東漸于海、西被于流沙、朔南暨聲教、訖于四海。禹錫玄圭、告厥成功。

九州きゅうしゅうすでおなじく、四隩しおうすでたくす。九山きゅうざん刊旅かんりょせられ、九川きゅうせんみなもとあらい、九沢きゅうたく既につつみす。四海しかい会同かいどうし、六府りくふはなはおさまる。庶土しょどこもごもただしく、財賦ざいふつつしむにいたり、みな三壌さんじょうのっとりてす。中邦ちゅうほう土姓どせいたまう。つつしんでわれとくさきにし、ちんこうこばまず。ひがしうみいたり、西にし流沙りゅうさおよび、朔南さくなん声教せいきょうおよび、四海しかいいたる。玄圭げんけいたまい、成功せいこうぐ。

こうして九州はすべて治まり、四方の奥地にも人が住まえるようになった。九つの山は木を伐って道が通じ、九つの川は源から水が清められ、九つの沢はすでに堤が築かれた。四海はよく統一され、水・火・金・木・土・穀の六つの資源はよく治まった。あらゆる土地は正しく評価され、租税は慎重に定められ、いずれも土質の三等級に基づいて租税が定まった。天子は中原の国々に土地と姓を授けた。「慎んで私(舜)は徳を第一とし、我が行いに背かせません」(禹の言葉)。その教化は東は海に至り、西は砂漠に及び、北と南にも及んで、天下のすみずみに行きわたった。禹は黒い玉の圭を賜り、その成功を天下に告げた。

② 甘誓(かんせい)

夏の啓が有扈氏を討つにあたり、甘の地で軍を戒めた誓いの言葉。

大戰于甘、乃召六卿。王曰、嗟、六事之人、予誓告汝。有扈氏威侮五行、怠棄三正、天用剿絕其命。今予惟恭行天之罰。左不攻于左、汝不恭命。右不攻于右、汝不恭命。御非其馬之正、汝不恭命。用命、賞于祖。弗用命、戮于社、予則孥戮汝。

おおいにかんたたかわんとして、すなわ六卿りくけいす。おう曰わく、ああ六事りくじひとよ、われちかいてなんじぐ。有扈氏ゆうこしもて五行ごぎょうあなどり、三正さんせい怠棄たいきす、てんもっめい剿絶そうぜつす。いまわれただつつしんでてんばつおこなう。ひだりひだりめずんば、なんじめいつつしまざるなり。みぎ右を攻めずんば、汝命を恭まざるなり。ぎょ其のうませいにあらずんば、汝命を恭まざるなり。めいもちうれば、しょうせん。命を用いざれば、しゃりくせん、予則すなわち汝を孥戮どりくせん、と。

甘の地で大いに戦おうとして、六人の卿を召集した。王(啓)は仰せられた。「ああ、この戦を担う者たちよ、私は誓ってそなたらに告げる。有扈氏は五行の道を軽んじて侮り、天・地・人の三つの正しい道を怠り捨てた。それゆえ天はその命を絶とうとしている。今、私はただ恭しく天罰を執行するのみである。戦車の左に立つ者が左方の攻撃を務めなければ、そなたは私の命に従わぬことになる。右に立つ者が右方の攻撃を務めなければ、そなたは命に従わぬことになる。御者が馬を正しく御さなければ、そなたは命に従わぬことになる。命に従う者には祖廟の前で賞を与え、命に従わぬ者は社の前で処刑し、その妻子ともども罰する。」

③ 五子之歌(ごししか)

夏の太康が遊興にふけり国を失った際、その五人の弟たちが祖先の教えを歌にして嘆いた。

其一曰、皇祖有訓、民可近、不可下。民惟邦本、本固邦寧。予視天下、愚夫愚婦、一能勝予。一人三失、怨豈在明、不見是圖。予臨兆民、懍乎若朽索之馭六馬、爲人上者、奈何不敬。

いちに曰わく、皇祖こうそおしえ有り、たみちかづくくして、くだす可からず。民はくにもと本固かたければ邦寧やすし。われ天下てんかるに、愚夫愚婦ぐふぐふも、いつわれまさる。一人いちにん三たびあやまてば、うらあきらかなるにらんや、あらわれざるにこれはかる。われ兆民ちょうみんのぞむに、懍乎りんことして朽索きゅうさく六馬りくばぎょするがごとし、ひとかみたるもの奈何いかんつつしまざらん、と。

その一に言う。「祖父(禹)に教えがあった。民は親しみ近づくべきであって、見下してはならない。民こそが国の根本であり、根本が固ければ国は安らかである。私が天下を見るに、どんなに愚かな男女も、時には私に勝る知恵を持つものだ。一人の君主が繰り返し過ちを犯せば、その怨みは表立たなくとも、目に見えぬところで積み重なっていく。私は万民に臨むにあたり、朽ちた縄で六頭の馬を御するかのように恐れ慎んでいる。人の上に立つ者が、どうして慎まずにいられようか。」

其二曰、訓有之、內作色荒、外作禽荒。甘酒嗜音、峻宇彫牆。有一于此、未或不亡。

其の二に曰わく、おしこれ有り、うち色荒しきこうし、そと禽荒きんこうを作す。さけうましとしおんたしなみ、いえたかくしかきる。これいつ有れば、いまあるいほろびざるは有らず、と。

その二に言う。「教えにこうある。内では女色にふけり、外では狩猟にふける。酒をうまいとし音楽に溺れ、御殿を高くし壁を彫刻で飾る。これらのうち一つでも当てはまれば、滅びぬ者はいない。」

其三曰、惟彼陶唐、有此冀方。今失厥道、亂其紀綱、乃底滅亡。

其の三に曰わく、陶唐とうとう冀方きほうたもてり。いまみちを失い、紀綱きこうみだし、すなわ滅亡めつぼういたる、と。

その三に言う。「かの陶唐氏(堯)は、この冀州の地を保っておられた。今、その道を失い、秩序を乱してしまえば、ついには滅亡に至るであろう。」

其四曰、明明我祖、萬邦之君。有典有則、貽厥子孫。關石和鈞、王府則有。荒墜厥緒、覆宗絕祀。

其の四に曰わく、明明めいめいたる万邦ばんぽうきみなり。てん有りそく有りて、子孫しそんのこす。関石和鈞かんせきわきん王府おうふ則ち有り。厥のしょ荒墜こうついせば、そうくつがえまつりを絶(た)たん、と。

その四に言う。「輝かしい我らが祖先(禹)は、あらゆる国々の君であった。典章と法則を定め、子孫にお残しになった。度量衡を統一し、王府の蔵にはその基準が備わっていた。この事業を怠り失えば、宗廟を覆し祭祀を絶やすことになろう。」

其五曰、嗚呼曷歸、予懷之悲。萬姓仇予、予將疇依。鬱陶乎予心、顏厚有忸怩。弗慎厥德、雖悔可追。

其の五に曰わく、嗚呼ああいずくにかせん、われこれおもいてかなしむ。万姓ばんせいわれあだとす、予将まさたれにからんとす。鬱陶うっとうたりこころかおあつくして忸怩じくじたる有り。とくつつしまず、ゆといえどけんや、と。

その五に言う。「ああ、どこに帰ればよいのか。私はこれを思うと悲しくてならない。万民は私を仇と見なす、私は誰を頼ればよいのか。私の心は鬱々として晴れず、恥じ入って顔を上げられない。徳を慎まなかったこと、今悔いても取り返しがつくだろうか。」

④ 胤征(いんせい)

天文を司る羲氏・和氏が職務を怠り酒に溺れたため、胤侯が天子の命を受けてこれを討つ。

羲和湎淫、廢時亂日、胤往征之。作《胤征》。

羲和ぎか湎淫べんいんし、ときすたれしめみだす、いんきてこれせいす。胤征いんせいつくる。

羲氏・和氏が酒に溺れて職務を怠り、暦の時節や日付を乱してしまったので、胤侯が出征してこれを討った。この経緯を「胤征」として記す。

告于衆曰、嗟予有衆、聖有謨訓、明徵定保。先王克謹天戒、臣人克有常憲。百官修輔、厥后惟明明。每歳孟春、遒人以木鐸徇于路。官師相規、工執藝事以諫。其或不恭、邦有常刑。

しゅうげて曰わく、ああ有衆ゆうしゅうよ、せい謨訓ぼくん有り、明徴めいちょう定保ていほす。先王せんおう天戒てんかいつつしみ、臣人しんじん克く常憲じょうけん有り。百官ひゃっかん修輔しゅうほし、きみ明明めいめいたり。としごと孟春もうしゅん遒人しゅうじん木鐸ぼくたくもっみちじゅんず。官師かんしあいただし、こう芸事げいじりて以ていさむ。あるいうやうやしからざれば、くに常刑じょうけい有り、と。

兵士たちに告げて言った。「ああ、我が兵士たちよ、聖人には教訓があり、それは明らかな証として国を定め保ってきた。先王はよく天の戒めを謹み、臣下たちもよく常なる法を守ってきた。多くの官吏が助け合い治め、それゆえ君主は明らかに徳を輝かせることができた。毎年初春には、教令を伝える役人が木鐸を鳴らして道を巡り、官吏どうしが互いを正し合い、職人は自らの技をもって諫言する。もしこれに恭しく従わなければ、国には定まった刑罰がある。」

惟時羲和、顛覆厥德、沈亂于酒、畔官離次、俶擾天紀、遐棄厥司。乃季秋月朔、辰弗集于房、瞽奏鼓、嗇夫馳、庶人走。羲和尸厥官、罔聞知、昏迷于天象、以干先王之誅。

とき羲和ぎかとく顛覆てんぷくし、さけ沈乱ちんらんし、かんそむつぎはなれ、はじめて天紀てんきみだし、とおく厥のつかさつ。すなわ季秋きしゅう月朔げっさくしんぼうあつまらず、つづみそうし、嗇夫しょくふせ、庶人しょじんはしる。羲和厥のかんかかわりて、聞知ぶんちすることく、天象てんしょう昏迷こんめいす、もっ先王せんおうちゅうおかす。

ところがこの羲氏・和氏は、その徳を覆し、酒に溺れて乱れ、職務に背いて持ち場を離れ、初めて天の秩序を乱し、その職責を遠く見捨ててしまった。秋九月の朔日、日食が起きたにもかかわらず(日月が房宿に集まらず)、盲目の楽師が太鼓を打ち鳴らし、下級役人は駆け回り、庶民も走り騒いだ。ところが羲氏・和氏はその官にありながら何も気づかず、天の異変に昏く惑い、先王の定めた誅罰を招くこととなった。

政典曰、先時者殺無赦、不及時者殺無赦。今予以爾有衆、奉將天罰。爾衆士同力王室、尚弼予、欽承天子威命。

政典せいてんに曰わく、ときさきんずるものころしてゆるす無く、時におよばざる者は殺して赦す無し、と。いまわれなんじ有衆ゆうしゅうもって、天罰てんばつ奉将ほうしょうす。爾ら衆士しゅうしちから王室おうしつおなじくし、ねがわくばわれたすけ、つつしんで天子てんし威命いめいけよ、と。

古の法典にはこうある。「暦の時節に先んじる者は殺して赦さず、時節に遅れる者も殺して赦さない」と。今、私はそなたら兵士とともに、天罰を執り行おうとしている。そなたら兵士たちよ、力を王室のために一つにし、どうか私を助け、慎んで天子の威厳ある命を承けてほしい。