書経 商書(二)

伊訓・太甲上・太甲中・太甲下・咸有一德 ――伊尹と太甲の物語

この読本について

湯王の没後、孫の太甲が即位しますが、当初は徳の道に暗く、宰相・伊尹によって桐宮に置かれて反省を促されます。3年後、悔い改めた太甲は亳に迎え戻され、伊尹はさらに「純一の徳」を説いて戒めます。この一連の物語(伊訓・太甲上中下・咸有一德)5篇を収めます。残る商書(盤庚上中下・説命上中下・高宗肜日・西伯戡黎・微子)は次回以降に作成します。

① 伊訓(いくん)

湯王の喪が明け、太甲が即位した際、伊尹が先祖の成徳を説き、太甲を訓戒した言葉。

惟元祀、十有二月、乙丑、伊尹祠於先王。奉嗣王祗見厥祖。侯甸群後咸在。百官總己以聽冢宰。伊尹乃明言烈祖之成德、以訓於王。

元祀げんし十有二月じゅうゆうにがつ乙丑いっちゅう伊尹いいん先王せんおうまつる。嗣王しおうほうじてつつしんでまみえしむ。侯甸こうでん群後ぐんこうみなり。百官ひゃっかんおのれべて以て冢宰ちょうさいく。伊尹乃すなわ烈祖れっそ成徳せいとく明言めいげんし、以て王におしう。

元年正月、十二月の乙丑の日、伊尹は先王(湯)をお祀りした。新王(太甲)を奉じ、慎んでその祖廟に拝謁させた。諸侯たちも皆その場に列席した。百官はそれぞれの職を総べて冢宰(伊尹)の指示を仰いだ。そこで伊尹は、輝かしい先祖の完成された徳を明らかに述べ、王を訓戒した。

曰、嗚呼、古有夏先後、方懋厥德、罔有天災。山川鬼神、亦莫不寧。暨鳥獸魚鱉咸若。於其子孫弗率、皇天降災、假手於我有命。造攻自鳴條、朕哉自亳。惟我商王、布昭聖武、代虐以寬、兆民允懷。

曰わく、嗚呼ああいにしえ先后せんこう有り、まさとくつとめ、天災てんさい有ることかりき。山川鬼神さんせんきしんも、またやすからざるし。鳥獣魚鼈ちょうじゅうぎょべつおよぶまでみなしたがえり。子孫しそんしたがわざるにいて、皇天こうてんわざわいを降し、われに手を有命ゆうめいす。こうはじむるに鳴条めいじょうりし、ちんかなはく自りす。商王しょうおう聖武せいぶ布昭ふしょうし、ぎゃくうるにかんを以てし、兆民ちょうみんまことなつけり。

伊尹は言った。「ああ、いにしえの夏の先王たち(禹ら)は、その徳を努め修め、天災に見舞われることはなかった。山川の神々も、みな安らかであった。鳥獣や魚に至るまで、みなその道に従っていた。ところがその子孫(桀)が先祖の道に従わなかったので、皇天は災いを下し、我らに天命を執行する役目をお与えになった。討伐は鳴条から始まり、私(伊尹)の関わりは亳から始まった。我が商の王(湯)は、聖なる武徳を広く明らかにし、暴虐に代えて寛容をもって治められ、万民はまことに心から慕い懐いたのである。」

今王嗣厥德、罔不在初。立愛惟親、立敬惟長、始於家邦、終於四海。嗚呼、先王肇修人紀、從諫弗咈、先民時若。居上克明、爲下克忠。與人不求備、檢身若不及、以至於有萬邦、茲惟艱哉。敷求哲人、俾輔於爾後嗣。

今王いまおうとくぐは、はじめにらざるし。あいを立つるはしんけいを立つるは惟れちょう家邦かほうに始まり、四海しかいに終わる。嗚呼ああ先王せんおうはじめて人紀じんきを修め、かんに従いてもとらず、先民せんみんこれしたがえり。かみりてあきらかに、しもりて克くちゅうなり。ひとともにするにそなわるを求(もと)めず、けんすることおよばざるが若くし、以て万邦ばんぽうたもつに至れり、これ惟れかたきかな。哲人てつじん敷求ふきゅうして、なんじ後嗣こうしたすけしむ。

「今、王があの徳を受け継ぐには、すべて物事の初めを慎むことにかかっている。愛を示すには身近な肉親から、敬いを示すには年長者から、それを家や国から始めて、やがて天下四海にまで及ぼすのだ。ああ、先王(湯)は初めて人の道の綱紀を修められ、諫言に従って背くことなく、先の民もこれに従った。上に立ってはよく明察を保ち、臣下となってはよく忠義を尽くされた。人と交わるにあたって完璧を求めず、自らを省みることは及ばぬかのように謙虚にされ、それによって天下万国を保つに至ったのだ、これは実に困難なことであった。あまねく賢者を求め、そなたの後継者たちを助けさせるがよい。」

制官刑、儆於有位。曰、敢有恆舞於宮、酣歌於室、時謂巫風。敢有殉於貨色、恆於游畋、時謂淫風。敢有侮聖言、逆忠直、遠耆德、比頑童、時謂亂風。惟茲三風十愆、卿士有一於身、家必喪。邦君有一於身、國必亡。臣下不匡、其刑墨、具訓於蒙士。

官刑かんけいせいし、くらいる者をいましむ。曰わく、えてきゅう恒舞こうぶしつ酣歌かんかする有らば、これ巫風ふふうう。敢えて貨色かしょくしたが游畋ゆうでんつねなる有らば、時を淫風いんぷうと謂う。敢えて聖言せいげんあなど忠直ちゅうちょくさから耆徳きとくとおざかり頑童がんどうしたしむ有らば、時を乱風らんぷうと謂う。三風十愆さんぷうじゅっけん卿士けいしいつ有らば、いえ必ずうしなわん。邦君ほうくん身に一有らば、国必ずほろびん。臣下しんかたださずんば、けいぼくつぶさに蒙士もうしおしう。

「役人を戒める刑罰を定め、位ある者たちを戒めよ。あえて御殿で常に舞い、部屋で酒に浸り歌にふけるならば、これを巫風(神がかりの悪習)という。あえて財貨や女色にふけり、常に狩猟遊興にふけるならば、これを淫風という。あえて聖人の言葉を侮り、忠実で正直な者に逆らい、徳の高い年長者を遠ざけ、頑迷な若者に馴れ親しむならば、これを乱風という。この三つの悪風と十の過ちのうち、卿や大夫がひとつでも身に持てば、その家は必ず失われる。国君がひとつでも身に持てば、その国は必ず滅びる。臣下がこれを正さなければ、入れ墨の刑に処し、若い士人たちにもつぶさに教え諭すがよい。」

嗚呼、嗣王祗厥身、念哉。聖謨洋洋、嘉言孔彰。惟上帝不常、作善降之百祥、作不善降之百殃。爾惟德罔小、萬邦惟慶。爾惟不德罔大、墜厥宗。

嗚呼ああ嗣王しおうつつしみ、おもえや。聖謨せいぼ洋洋ようようとして、嘉言かげんはなはあきらかなり。上帝じょうていつねならず、ぜんせばこれ百祥ひゃくしょうを降し、不善ふぜんを作せば之に百殃ひゃくおうを降す。なんじ惟れとくしょうなるくば、万邦ばんぽう惟れけいせん。爾惟れ徳ならざることだいなる無くば、そうとさん。

「ああ、新王よ、我が身を慎み、心に留められよ。聖人の謀は広々と豊かで、その良き言葉は実に明らかである。かの上帝の意は定まったものではなく、善行をなす者には多くの吉祥を降し、不善をなす者には多くの災いを降される。あなたがどんな小さな徳もおろそかにしなければ、天下万国はあなたを慶び仰ぐであろう。しかしあなたが大きな不徳を犯すことがあれば、その宗廟を失うことになろう。」

② 太甲上(たいこうじょう)

太甲が即位したものの徳の道に暗く、伊尹が戒めの書を送るが聞き入れられず、ついに桐宮に置く。

惟嗣王不惠于阿衡、伊尹作書曰、先王顧諟天之明命、以承上下神祗。社稷宗廟、罔不祗肅。天監厥德、用集大命、撫綏萬方。惟尹躬克左右厥辟、宅師、肆嗣王丕承基緒。

嗣王しおう阿衡あこうめぐまれず、伊尹いいんしょつくりて曰わく、先王せんおうてん明命めいめいかえりみて、以て上下じょうげ神祗しんぎく。社稷宗廟しゃしょくそうびょう祗粛しゅくせずということし。天厥とくて、もっ大命たいめいあつめ、万方ばんぽう撫綏ぶすいす。惟れいんみずかく厥のきみ左右さゆうし、しゅうらしめ、ゆえ嗣王丕おおいに基緒きしょく。

新王(太甲)が阿衡(伊尹の官名)に心を寄せなかったので、伊尹は書を作って言った。「先王(湯)は天から授かった輝かしい使命をつねに顧み省み、それによって天地の神々をお承けになった。社稷や宗廟の祭祀に、敬虔でなかったことは一度もなかった。天はその徳をご覧になり、それゆえ大いなる天命をお集めになり、天下万国を安んじられた。この伊尹自らも、よく先王を助け、民をよく治めるようにし、それゆえ新王は大いにその基業をお継ぎになったのだ。」

惟尹躬先見于西邑夏、自周有終、相亦惟終。其後嗣王、罔克有終、相亦罔終。嗣王戒哉、祗爾厥辟、辟不辟、忝厥祖。

いんみずか西邑夏せいゆうかるに、あまねくするおわり有り、しょうまたれ終わり有り。後嗣王こうしおうく終わり有ることく、相も亦終わり罔し。嗣王戒いましめよや、なんじきみつつしめ、辟辟きみきみたらずんば、厥のはずかしめん。

「この伊尹自らかつて西の夏の都で見てきたことだが、(禹以来の歴代の王は)よく行き渡った政治を貫いて善き終わりを迎え、宰相もまた善き終わりを迎えていた。しかしその後の王たちは、善き終わりを迎えることができず、宰相もまた善き終わりを迎えられなかった。新王よ、どうかお戒めなさい。あなたの君主としての務めを慎み、君主が君主らしくなければ、その祖先の名を辱めることになりましょう。」

王惟庸罔念聞。伊尹乃言曰、先王昧爽丕顯、坐以待旦。旁求俊彦、啓迪後人、無越厥命以自覆。慎乃儉德、惟懷永圖。若虞機張、往省括于度則釋。欽厥止、率乃祖攸行、惟朕以懌、萬世有辭。

おうつね念聞ねんぶんすることし。伊尹乃すなわち言いて曰わく、先王せんおう昧爽まいそう丕顕ひけんにして、して以てあしたを待つ。あまね俊彦しゅんげんを求め、後人こうじん啓迪けいてきし、めいえて以て自らくつがえすこと無かれ。なんじ倹徳けんとくを慎み、ただ永図えいとおもえ。るが若く、きてかつかえりみて則ちはなつ。厥のまる所をつつしみ、乃のおこなところしたがわば、惟れちん以てよろこび、万世ばんせい有らん。

それでも王は常にこれを心に留めようとしなかった。そこで伊尹はさらに言った。「先王は夜明け前から大いなる徳を明らかにし、端座して朝を待たれた。あまねく優れた賢者を求め、後進の人々を導き、その天命を踏み越えて自らを覆すようなことはなさらなかった。あなたも倹約の徳を慎み、ただ長く遠い計画を心に懐いてください。狩人が弓を張るときのように、矢筈を的にしっかり合わせてから放つように、慎重になさいませ。とどまるべきところを敬い守り、あなたの祖先の行われた道に従うならば、この伊尹も喜び、後の世までも良き評判が語り継がれるでしょう。」

王未克變。伊尹曰、茲乃不義、習與性成。予弗狎于弗順、營于桐宮、密邇先王其訓、無俾世迷。王徂桐宮居憂、克終允德。

王未いまへんずることあたわず。伊尹曰わく、これすなわ不義ふぎならせいと成る。われ不順ふじゅんれず、桐宮とうきゅういとなみ、ひそかに先王のおしえにちかづけ、をしてまよわしむること無からしめん。王桐宮にきてうれいに居り、克く終わりに允徳いんとくあり。

それでも王は改まることができなかった。伊尹は言った。「これは不義であることが、習い性となってしまっている。私はこの不従順に慣れ親しむわけにはいかない。そこで桐宮に住まいを設け、密かに先王の教えに近づけ、世を迷わせることのないようにしよう。」王は桐宮に赴いて喪に服するように暮らし、ついには誠実な徳をもって善き終わりを迎えることとなった。

③ 太甲中(たいこうちゅう)

3年の内省を経て、太甲は改心する。伊尹は太甲を亳の都に迎え戻し、政権を返上する。

惟三祀十有二月朔、伊尹以冕服奉嗣王歸於亳。作書曰、民非後、罔克胥匡以生。後非民、罔以辟四方。皇天眷佑有商、俾嗣王克終厥德、實萬世無疆之休。

三祀さんし十有二月じゅうゆうにがつさく伊尹いいん冕服べんぷくもっ嗣王しおうほうじてはくかえる。しょを作りて曰わく、たみきみあらざれば、相匡あいただして以て生くるし。后民たみに非ざれば、以て四方しほうきみたること罔し。皇天こうてんしょう眷佑けんゆうし、嗣王をして克くとくえしめば、じつ万世ばんせい無疆むきょうきゅうならん。

即位三年目の十二月の朔日、伊尹は礼服をもって新王を奉じ、亳の都へお帰しした。そして書を作って言った。「民は君主がいなければ、互いを正し合って生きていくことができない。君主も民がいなければ、四方を治める君主たりえない。皇天は商をお見守りくださっている。新王がよくその徳を全うされるならば、まことに永遠に続く慶びとなるであろう。」

王拜手稽首曰、予小子不明於德、自厎不類。欲敗度、縱敗禮、以速戾於厥躬。天作孽、猶可違。自作孽、不可逭。既往背師保之訓、弗克於厥初、尚賴匡救之德、圖惟厥終。

おうはいこうべけいして曰わく、われ小子しょうしとくあきらかならず、自ら不類ふるいいたれり。よくやぶり、ほしいままれいを敗り、以てもとりをまねけり。てんわざわいは、くべし。自ら作す孽は、のがるべからず。既往きおう師保しほおしえにそむき、はじめにくせざりしも、ねがわくば匡救きょうきゅうとくり、厥の終わりをはかおもわん。

王は両手を合わせ頭を下げて言った。「私は徳に暗く、自ら不肖の身に陥ってしまった。欲望は節度を破り、放縦は礼を破り、それによって自らに災いを招いてしまった。天の下す禍は、まだ避けることもできよう。しかし自ら招いた禍は、逃れることができない。すでに師保(伊尹)の教えに背き、その初めをうまく全うできなかったが、どうかあなたの正し助ける徳に頼り、この終わりをよく図り考えたいと思う。」

伊尹拜手稽首曰、修厥身、允德協於下、惟明後。先王子惠困窮、民服厥命、罔有不悅。並其有邦厥鄰、乃曰、徯我後、後來無罰。王懋乃德、視乃厥祖、無時豫怠。奉先思孝、接下思恭。視遠惟明、聽德惟聰。朕承王之休無斁。

伊尹手はいこうべけいして曰わく、おさめ、まこととくしもかなうは、明後めいこうなり。先王せんおう困窮こんきゅう子恵じけいし、たみめいふくし、よろこばざる有ることし。あわせてくに厥のとなり有るも、すなわち曰わく、きみつ、后来きたらばばつ無からん、と。王懋つとめてなんじの徳を、乃のならい、つね豫怠よたいすること無かれ。せんほうじてこうを思い、しもせっしてきょうを思え。遠きをるにはめいを、とくくには惟れそうを。ちんおうきゅうけてむこと無からん。

伊尹は両手を合わせ頭を下げて言った。「我が身を修め、まことの徳が下々にまで行き届くのが、明君というものです。先王(湯)は困窮する者を慈しみ、民はその命令に服し、喜ばぬ者はありませんでした。近隣の国々でさえも、『我らの君主のご到来を待ちわびている、いらしてくださればもう罰を受けることもなかろう』と言ったのです。王よ、努めてあなたの徳を、先祖に倣うようになさり、常に怠ることのないようにしてください。先祖を奉じては孝を思い、下の者に接しては恭しさを思われますように。遠くを見るには明察を、徳の声を聴くには聡明さを。この伊尹は王のこの善き心をお承けし、飽きることなく務めてまいります。」

④ 太甲下(たいこうげ)

政権を返された太甲に対し、伊尹がさらに徳を積み重ねることの大切さを説く。

伊尹申誥于王曰、嗚呼、惟天無親、克敬惟親。民罔常懷、懷于有仁。鬼神無常享、享于克誠。天位艱哉。德惟治、否德亂。與治同道罔不興、與亂同事罔不亡。終始慎厥與、惟明明後。

伊尹いいんおう申誥しんこうして曰わく、嗚呼ああてんしん無く、けいすれば惟れしたしむ。たみつねなつくことく、じん有るに懐く。鬼神きしん常にくること無く、克くまことなるに享く。天位てんいかたきかな。とくは惟れおさまり、とくならざればみだる。おさまるとみちおなじくすればおこらざるく、乱れるとことを同じくすればほろびざる罔し。終始しゅうしともつつしむは、惟れ明明めいめいたるきみなり。

伊尹は重ねて王に申し上げて言った。「ああ、天には特に親しむ相手というものはなく、ただよく敬う者にこそ親しまれる。民も常に一定の者に懐くのではなく、仁ある者にこそ懐くのだ。鬼神も常に一定の供物を享けるのではなく、まことに誠実な祭祀をこそ享けられる。天子の位というものは、実に困難なものだ。徳があれば世は治まり、徳がなければ世は乱れる。治世と道を同じくすれば興らぬことはなく、乱世と事を同じくすれば滅びぬことはない。始めから終わりまで、共に歩む者を慎んで選ぶこと――これこそが明らかな明君というものです。」

先王惟時懋敬厥德、克配上帝。今王嗣有令緒、尚監茲哉。若升高必自下、若陟遐必自邇。無輕民事、惟艱。無安厥位、惟危。愼終于始。有言逆于汝心、必求諸道。有言遜于汝志、必求諸非道。

先王せんおうつねとく懋敬ぼけいし、上帝じょうていはいす。今王いまおう令緒れいしょぐ有り、ねがわくばこれかんがみよ。たかきにのぼるがごときは必ずひくきより、とおきにのぼるが若きは必ずちかきよりす。民事みんじを軽んずること無かれ、惟れかたしとせよ。くらいに安んずること無かれ、惟れあやうしとせよ。終わりを始めに慎め。げんなんじこころさからう有らば、必ずこれみちに求めよ。言の汝のこころざししたがう有らば、必ず諸を非道ひどうに求めよ。

「先王(湯)はつねにその徳を努め敬い、よく上帝の意にかなっておられた。今、王よあなたはその麗しい事業を継承なさった、どうかこのことをよくご覧なさい。高い所に登るには必ず低い所から、遠い所に至るには必ず近い所から始まる。民の仕事を軽んじることなく、それを困難なものとして扱いなさい。その位に安住することなく、それを危ういものとして扱いなさい。終わりを始めのときと同じように慎みなさい。あなたの心に逆らうような言葉があれば、必ずそれが正しい道に適うものか求めなさい。あなたの志に従いやすい言葉があれば、必ずそれが道に外れたものではないか求めなさい。」

嗚呼、弗慮胡獲、弗爲胡成。一人元良、萬邦以貞。君罔以辯言亂舊政、臣罔以寵利居成功。邦其永孚于休。

嗚呼ああおもんぱからずんばなんん、さずんば胡ぞ成らん。一人いちにん元良げんりょうなれば、万邦ばんぽう以てていならん。きみ弁言べんげんを以て旧政きゅうせいを乱すことく、しん寵利ちょうりを以て成功せいこうることかれ。くにながきゅうまことならん。

「ああ、深く考えなければどうして得られよう、実行しなければどうして成し遂げられよう。君主一人が善良であれば、天下万国はそれによって正しく治まる。君主は巧みな弁舌によって古来の善政を乱すことなく、臣下は寵愛や利益に頼って成功の座に安住することのないように。そうすれば国は永くまことの幸いに満たされるであろう。」

⑤ 咸有一德(かんゆういっとく)

政権を太甲に返し隠退するにあたり、伊尹が最後に「純一の徳」を守ることの大切さを説く。

伊尹既復政厥辟、將告歸、乃陳戒于德。曰、嗚呼、天難諶、命靡常。常厥德、保厥位。厥德匪常、九有以亡。夏王弗克庸德、慢神虐民。皇天弗保、監于萬方、啓迪有命、眷求一德、俾作神主。

伊尹いいんすでまつりごときみかえし、まさ告歸こくきせんとして、すなわとく陳戒ちんかいす。曰わく、嗚呼ああてんしんがたく、めいつねし。厥の徳を常にすれば、厥のくらいを保つ。厥の徳常ならざれば、九有きゅうゆう以てほろぶ。夏王かおう徳をもちうるあたわず、しんあなどたみしいたぐ。皇天こうてんやすんぜず、万方ばんぽうて、めい有るを啓迪けいてきし、一徳いっとく眷求けんきゅうして、神主しんしゅさしむ。

伊尹はすでに政権を君主(太甲)にお返しし、まさに隠退を告げようとして、徳について陳べ戒めた。「ああ、天は信じ難く、天命は一定ではない。その徳を常に保てば、その位を保つことができる。その徳が常でなければ、天下は滅びてしまう。夏王は徳を用いることができず、神々を侮り民を虐げた。皇天はこれを見捨て、天下万国をご覧になり、天命ある者を導き開き、純一の徳を持つ者を眷み求めて、神々を祀る主とされたのだ。」

惟尹躬曁湯、咸有一德、克享天心、受天明命、以有九有之師、爰革夏正。非天私我有商、惟天佑于一德。非商求于下民、惟民歸于一德。德惟一、動罔不吉。德二三、動罔不凶。惟吉凶不僭在人、惟天降災祥在德。

いんみずかとうともに、みな一徳いっとく有り、天心てんしんかない、てん明命めいめいけて、以て九有きゅうゆうを有し、ここ夏正かせいあらたむ。てんしょうわたくしするにあらず、天一徳いっとくたすく。しょう下民かみんもとむるに非ず、惟れ民一徳にす。とく惟れいつなれば、うごきてきちならざるし。徳二三にさんなれば、動きてきょうならざる罔し。惟れ吉凶きっきょうたがわざるはひとに在り、惟れ天災祥さいしょうを降すは徳に在り。

「私自らと湯王とはともに、純一の徳をもち、よく天の心にかない、天の明らかな命を受けて、天下九州の民を治めるに至り、ここに夏の政治を改めたのだ。天は我が商をひいきしたわけではなく、天はただ純一の徳ある者を助けたのである。商が下々の民に求めたのではなく、民の方が純一の徳に帰服したのだ。徳が一つに定まっていれば、行動して吉とならないことはない。徳が二つ三つに分かれていれば、行動して凶とならないことはない。吉凶が違わぬのは人の行いによるが、天が災いと吉祥を降されるのは、その徳次第なのだ。」

今嗣王新服厥命、惟新厥德。終始惟一、時乃日新。任官惟賢材、左右惟其人。臣爲上爲德、爲下爲民。其難其愼、惟和惟一。德無常師、主善爲師。善無常主、協于克一。

今嗣王いましおうあらたにめいふくす、れ厥のとくを新たにせよ。終始しゅうし惟れいつにすれば、ときすなわに新たなり。かんに任ずるには惟れ賢材けんざいを、左右さゆうには惟れ其のひとを。しんかみためにはとくを為し、しもの為にはたみを為す。其れかたしとし其れ慎(つつし)めば、惟れし惟れ一なり。徳に常師じょうし無く、ぜんを主とするを師とす。善に常主じょうしゅ無く、克一こくいつかなうを主とす。

「今、新王よ、あなたは新たにその天命をお受けになった、どうかその徳を新たになさいませ。始めから終わりまで純一を貫けば、その徳は日々新たになる。官に任ずるには賢い人材を、側近には適した人を選びなさい。臣下は君主のためには徳を尽くし、民のためには彼らの益を尽くすものです。物事を困難と捉え慎重にすれば、和やかに一つにまとまるものです。徳を学ぶのに決まった師はなく、ただ善を主とする者を師とすればよい。善にも決まった主はなく、ただ純一を成し遂げることにかなうものを主とすればよいのです。」

俾萬姓咸曰、大哉王言。又曰、一哉王心。克綏先王之祿、永厎烝民之生。嗚呼、七世之廟、可以觀德。萬夫之長、可以觀政。後非民罔使、民非後罔事。無自廣以狹人、匹夫匹婦、不獲自盡、民主罔與成厥功。

万姓ばんせいをしてみな曰わしめん、だいなるかなおうげん、と。又曰わしめん、いつなるかな王のこころ、と。先王せんおうろくやすんじ、なが烝民じょうみんせいいたす。嗚呼ああ七世しちせいびょう、以てとくるべし。万夫ばんぷちょう、以てまつりごとを観るべし。きみたみに非ざれば使つかく、民は后に非ざればつかうる罔し。自らひろくして以てひとせばむること無かれ、匹夫匹婦ひっぷひっぷ、自ら尽くすをずんば、民主みんしゅこうすにあずかることけん、と。

「万民みなに『何と偉大な王の言葉であろうか』と言わしめ、また『何と純一な王の御心であろうか』と言わしめるようになさいませ。そうすればよく先王の禄をお守りになり、永く万民の暮らしを成り立たせることができましょう。ああ、七代にわたって祀られる祖廟があってこそ、その徳を見て取ることができます。万人の長たる者があってこそ、その政治を見て取ることができます。君主は民がいなければ人を使うことができず、民は君主がいなければ仕える相手がありません。自らを大きく見せて人を小さく扱うことのないように。どんな身分の低い男女であっても、自らの力を出し尽くせなければ、民の主が事業を成し遂げることに与ることはできないのです。」