伊訓・太甲上・太甲中・太甲下・咸有一德 ――伊尹と太甲の物語
湯王の没後、孫の太甲が即位しますが、当初は徳の道に暗く、宰相・伊尹によって桐宮に置かれて反省を促されます。3年後、悔い改めた太甲は亳に迎え戻され、伊尹はさらに「純一の徳」を説いて戒めます。この一連の物語(伊訓・太甲上中下・咸有一德)5篇を収めます。残る商書(盤庚上中下・説命上中下・高宗肜日・西伯戡黎・微子)は次回以降に作成します。
惟れ元祀、十有二月、乙丑、伊尹先王を祠る。嗣王を奉じて祗んで厥の祖に見えしむ。侯甸群後咸在り。百官己を総べて以て冢宰に聴く。伊尹乃ち烈祖の成徳を明言し、以て王に訓う。
元年正月、十二月の乙丑の日、伊尹は先王(湯)をお祀りした。新王(太甲)を奉じ、慎んでその祖廟に拝謁させた。諸侯たちも皆その場に列席した。百官はそれぞれの職を総べて冢宰(伊尹)の指示を仰いだ。そこで伊尹は、輝かしい先祖の完成された徳を明らかに述べ、王を訓戒した。
曰わく、嗚呼、古夏の先后有り、方に厥の徳を懋め、天災有ること罔かりき。山川鬼神も、亦寧からざる莫し。鳥獣魚鼈に暨ぶまで咸若えり。其の子孫率わざるに於いて、皇天災を降し、我に手を仮す有命す。攻を造むるに鳴条自りし、朕哉亳自りす。惟れ我が商王、聖武を布昭し、虐に代うるに寛を以てし、兆民允に懐けり。
伊尹は言った。「ああ、いにしえの夏の先王たち(禹ら)は、その徳を努め修め、天災に見舞われることはなかった。山川の神々も、みな安らかであった。鳥獣や魚に至るまで、みなその道に従っていた。ところがその子孫(桀)が先祖の道に従わなかったので、皇天は災いを下し、我らに天命を執行する役目をお与えになった。討伐は鳴条から始まり、私(伊尹)の関わりは亳から始まった。我が商の王(湯)は、聖なる武徳を広く明らかにし、暴虐に代えて寛容をもって治められ、万民はまことに心から慕い懐いたのである。」
今王厥の徳を嗣ぐは、初めに在らざる罔し。愛を立つるは惟れ親、敬を立つるは惟れ長、家邦に始まり、四海に終わる。嗚呼、先王肇めて人紀を修め、諫に従いて咈らず、先民時に若えり。上に居りて克く明らかに、下と為りて克く忠なり。人と与にするに備わるを求(もと)めず、身を検すること及ばざるが若くし、以て万邦を有つに至れり、茲惟れ艱きかな。哲人を敷求して、爾の後嗣を輔けしむ。
「今、王があの徳を受け継ぐには、すべて物事の初めを慎むことにかかっている。愛を示すには身近な肉親から、敬いを示すには年長者から、それを家や国から始めて、やがて天下四海にまで及ぼすのだ。ああ、先王(湯)は初めて人の道の綱紀を修められ、諫言に従って背くことなく、先の民もこれに従った。上に立ってはよく明察を保ち、臣下となってはよく忠義を尽くされた。人と交わるにあたって完璧を求めず、自らを省みることは及ばぬかのように謙虚にされ、それによって天下万国を保つに至ったのだ、これは実に困難なことであった。あまねく賢者を求め、そなたの後継者たちを助けさせるがよい。」
官刑を制し、位に有る者を儆む。曰わく、敢えて宮に恒舞し室に酣歌する有らば、時を巫風と謂う。敢えて貨色に殉い游畋に恒なる有らば、時を淫風と謂う。敢えて聖言を侮り忠直に逆い耆徳に遠ざかり頑童に比しむ有らば、時を乱風と謂う。惟れ茲の三風十愆、卿士身に一有らば、家必ず喪わん。邦君身に一有らば、国必ず亡びん。臣下匡さずんば、其の刑は墨、具さに蒙士に訓う。
「役人を戒める刑罰を定め、位ある者たちを戒めよ。あえて御殿で常に舞い、部屋で酒に浸り歌にふけるならば、これを巫風(神がかりの悪習)という。あえて財貨や女色にふけり、常に狩猟遊興にふけるならば、これを淫風という。あえて聖人の言葉を侮り、忠実で正直な者に逆らい、徳の高い年長者を遠ざけ、頑迷な若者に馴れ親しむならば、これを乱風という。この三つの悪風と十の過ちのうち、卿や大夫がひとつでも身に持てば、その家は必ず失われる。国君がひとつでも身に持てば、その国は必ず滅びる。臣下がこれを正さなければ、入れ墨の刑に処し、若い士人たちにもつぶさに教え諭すがよい。」
嗚呼、嗣王厥の身を祗み、念えや。聖謨洋洋として、嘉言孔だ彰らかなり。惟れ上帝常ならず、善を作せば之に百祥を降し、不善を作せば之に百殃を降す。爾惟れ徳小なる罔くば、万邦惟れ慶せん。爾惟れ徳ならざること大なる無くば、厥の宗を墜とさん。
「ああ、新王よ、我が身を慎み、心に留められよ。聖人の謀は広々と豊かで、その良き言葉は実に明らかである。かの上帝の意は定まったものではなく、善行をなす者には多くの吉祥を降し、不善をなす者には多くの災いを降される。あなたがどんな小さな徳もおろそかにしなければ、天下万国はあなたを慶び仰ぐであろう。しかしあなたが大きな不徳を犯すことがあれば、その宗廟を失うことになろう。」
惟れ嗣王阿衡に恵まれず、伊尹書を作りて曰わく、先王諟れ天の明命を顧みて、以て上下の神祗を承く。社稷宗廟、祗粛せずということ罔し。天厥の徳を監て、用て大命を集め、万方を撫綏す。惟れ尹躬ら克く厥の辟を左右し、師に宅らしめ、肆に嗣王丕いに基緒を承く。
新王(太甲)が阿衡(伊尹の官名)に心を寄せなかったので、伊尹は書を作って言った。「先王(湯)は天から授かった輝かしい使命をつねに顧み省み、それによって天地の神々をお承けになった。社稷や宗廟の祭祀に、敬虔でなかったことは一度もなかった。天はその徳をご覧になり、それゆえ大いなる天命をお集めになり、天下万国を安んじられた。この伊尹自らも、よく先王を助け、民をよく治めるようにし、それゆえ新王は大いにその基業をお継ぎになったのだ。」
惟れ尹躬ら先ず西邑夏に見るに、周くする自り終有り、相も亦惟れ終わり有り。其の後嗣王、克く終わり有ること罔く、相も亦終わり罔し。嗣王戒めよや、爾の厥の辟を祗め、辟辟たらずんば、厥の祖を忝めん。
「この伊尹自らかつて西の夏の都で見てきたことだが、(禹以来の歴代の王は)よく行き渡った政治を貫いて善き終わりを迎え、宰相もまた善き終わりを迎えていた。しかしその後の王たちは、善き終わりを迎えることができず、宰相もまた善き終わりを迎えられなかった。新王よ、どうかお戒めなさい。あなたの君主としての務めを慎み、君主が君主らしくなければ、その祖先の名を辱めることになりましょう。」
王惟れ庸に念聞すること罔し。伊尹乃ち言いて曰わく、先王昧爽丕顕にして、坐して以て旦を待つ。旁く俊彦を求め、後人を啓迪し、厥の命を越えて以て自ら覆すこと無かれ。乃の倹徳を慎み、惟永図を懐え。虞の機張るが若く、往きて括を度に省みて則ち釈つ。厥の止まる所を欽み、乃の祖の行う攸に率わば、惟れ朕以て懌び、万世辞有らん。
それでも王は常にこれを心に留めようとしなかった。そこで伊尹はさらに言った。「先王は夜明け前から大いなる徳を明らかにし、端座して朝を待たれた。あまねく優れた賢者を求め、後進の人々を導き、その天命を踏み越えて自らを覆すようなことはなさらなかった。あなたも倹約の徳を慎み、ただ長く遠い計画を心に懐いてください。狩人が弓を張るときのように、矢筈を的にしっかり合わせてから放つように、慎重になさいませ。とどまるべきところを敬い守り、あなたの祖先の行われた道に従うならば、この伊尹も喜び、後の世までも良き評判が語り継がれるでしょう。」
王未だ変ずること克わず。伊尹曰わく、茲乃ち不義、習い性と成る。予不順に狎れず、桐宮に営み、密かに先王の其の訓えに邇づけ、世をして迷わしむること無からしめん。王桐宮に徂きて憂いに居り、克く終わりに允徳あり。
それでも王は改まることができなかった。伊尹は言った。「これは不義であることが、習い性となってしまっている。私はこの不従順に慣れ親しむわけにはいかない。そこで桐宮に住まいを設け、密かに先王の教えに近づけ、世を迷わせることのないようにしよう。」王は桐宮に赴いて喪に服するように暮らし、ついには誠実な徳をもって善き終わりを迎えることとなった。
惟れ三祀十有二月朔、伊尹冕服を以て嗣王を奉じて亳に帰る。書を作りて曰わく、民后に非ざれば、克く相匡して以て生くる罔し。后民に非ざれば、以て四方に辟たること罔し。皇天商を眷佑し、嗣王をして克く厥の徳を終えしめば、実に万世無疆の休ならん。
即位三年目の十二月の朔日、伊尹は礼服をもって新王を奉じ、亳の都へお帰しした。そして書を作って言った。「民は君主がいなければ、互いを正し合って生きていくことができない。君主も民がいなければ、四方を治める君主たりえない。皇天は商をお見守りくださっている。新王がよくその徳を全うされるならば、まことに永遠に続く慶びとなるであろう。」
王手を拝し首を稽して曰わく、予小子徳に明らかならず、自ら不類に厎れり。欲は度を敗り、縦は礼を敗り、以て戻りを厥の躬に速けり。天の作す孽は、猶お違くべし。自ら作す孽は、逭るべからず。既往師保の訓えに背き、厥の初めに克くせざりしも、尚わくば匡救の徳に頼り、厥の終わりを図り惟わん。
王は両手を合わせ頭を下げて言った。「私は徳に暗く、自ら不肖の身に陥ってしまった。欲望は節度を破り、放縦は礼を破り、それによって自らに災いを招いてしまった。天の下す禍は、まだ避けることもできよう。しかし自ら招いた禍は、逃れることができない。すでに師保(伊尹)の教えに背き、その初めをうまく全うできなかったが、どうかあなたの正し助ける徳に頼り、この終わりをよく図り考えたいと思う。」
伊尹手を拝し首を稽して曰わく、厥の身を修め、允に徳下に協うは、惟れ明後なり。先王困窮を子恵し、民厥の命に服し、悦ばざる有ること罔し。並せて其の邦厥の隣有るも、乃ち曰わく、我が后を徯つ、后来らば罰無からん、と。王懋めて乃の徳を、乃の祖に視い、時に豫怠すること無かれ。先を奉じて孝を思い、下に接して恭を思え。遠きを視るには惟れ明を、徳を聴くには惟れ聡を。朕王の休を承けて斁むこと無からん。
伊尹は両手を合わせ頭を下げて言った。「我が身を修め、まことの徳が下々にまで行き届くのが、明君というものです。先王(湯)は困窮する者を慈しみ、民はその命令に服し、喜ばぬ者はありませんでした。近隣の国々でさえも、『我らの君主のご到来を待ちわびている、いらしてくださればもう罰を受けることもなかろう』と言ったのです。王よ、努めてあなたの徳を、先祖に倣うようになさり、常に怠ることのないようにしてください。先祖を奉じては孝を思い、下の者に接しては恭しさを思われますように。遠くを見るには明察を、徳の声を聴くには聡明さを。この伊尹は王のこの善き心をお承けし、飽きることなく務めてまいります。」
伊尹王に申誥して曰わく、嗚呼、惟れ天親無く、克く敬すれば惟れ親しむ。民常に懐くこと罔く、仁有るに懐く。鬼神常に享くること無く、克く誠なるに享く。天位艱きかな。徳は惟れ治まり、徳ならざれば乱る。治まると道を同じくすれば興らざる罔く、乱れると事を同じくすれば亡びざる罔し。終始厥の与を慎むは、惟れ明明たる後なり。
伊尹は重ねて王に申し上げて言った。「ああ、天には特に親しむ相手というものはなく、ただよく敬う者にこそ親しまれる。民も常に一定の者に懐くのではなく、仁ある者にこそ懐くのだ。鬼神も常に一定の供物を享けるのではなく、まことに誠実な祭祀をこそ享けられる。天子の位というものは、実に困難なものだ。徳があれば世は治まり、徳がなければ世は乱れる。治世と道を同じくすれば興らぬことはなく、乱世と事を同じくすれば滅びぬことはない。始めから終わりまで、共に歩む者を慎んで選ぶこと――これこそが明らかな明君というものです。」
先王惟れ時に厥の徳を懋敬し、克く上帝に配す。今王令緒を嗣ぐ有り、尚わくば茲を監みよ。高きに升るが若きは必ず下きより、遐きに陟るが若きは必ず邇きよりす。民事を軽んずること無かれ、惟れ艱しとせよ。厥の位に安んずること無かれ、惟れ危しとせよ。終わりを始めに慎め。言の汝の心に逆う有らば、必ず諸を道に求めよ。言の汝の志に遜う有らば、必ず諸を非道に求めよ。
「先王(湯)はつねにその徳を努め敬い、よく上帝の意にかなっておられた。今、王よあなたはその麗しい事業を継承なさった、どうかこのことをよくご覧なさい。高い所に登るには必ず低い所から、遠い所に至るには必ず近い所から始まる。民の仕事を軽んじることなく、それを困難なものとして扱いなさい。その位に安住することなく、それを危ういものとして扱いなさい。終わりを始めのときと同じように慎みなさい。あなたの心に逆らうような言葉があれば、必ずそれが正しい道に適うものか求めなさい。あなたの志に従いやすい言葉があれば、必ずそれが道に外れたものではないか求めなさい。」
嗚呼、慮らずんば胡ぞ獲ん、為さずんば胡ぞ成らん。一人元良なれば、万邦以て貞ならん。君は弁言を以て旧政を乱すこと罔く、臣は寵利を以て成功に居ること罔かれ。邦其れ永く休に孚ならん。
「ああ、深く考えなければどうして得られよう、実行しなければどうして成し遂げられよう。君主一人が善良であれば、天下万国はそれによって正しく治まる。君主は巧みな弁舌によって古来の善政を乱すことなく、臣下は寵愛や利益に頼って成功の座に安住することのないように。そうすれば国は永くまことの幸いに満たされるであろう。」
伊尹既に政を厥の辟に復し、将に告歸せんとして、乃ち徳を陳戒す。曰わく、嗚呼、天諶じ難く、命常靡し。厥の徳を常にすれば、厥の位を保つ。厥の徳常ならざれば、九有以て亡ぶ。夏王徳を庸うる克わず、神を慢り民を虐ぐ。皇天保んぜず、万方を監て、命有るを啓迪し、一徳を眷求して、神主と作さしむ。
伊尹はすでに政権を君主(太甲)にお返しし、まさに隠退を告げようとして、徳について陳べ戒めた。「ああ、天は信じ難く、天命は一定ではない。その徳を常に保てば、その位を保つことができる。その徳が常でなければ、天下は滅びてしまう。夏王は徳を用いることができず、神々を侮り民を虐げた。皇天はこれを見捨て、天下万国をご覧になり、天命ある者を導き開き、純一の徳を持つ者を眷み求めて、神々を祀る主とされたのだ。」
惟れ尹躬ら湯と曁に、咸一徳有り、克く天心に享い、天の明命を受けて、以て九有の師を有し、爰に夏正を革む。天我が商を私するに非ず、惟れ天一徳を佑く。商下民に求むるに非ず、惟れ民一徳に帰す。徳惟れ一なれば、動きて吉ならざる罔し。徳二三なれば、動きて凶ならざる罔し。惟れ吉凶僭わざるは人に在り、惟れ天災祥を降すは徳に在り。
「私自らと湯王とはともに、純一の徳をもち、よく天の心にかない、天の明らかな命を受けて、天下九州の民を治めるに至り、ここに夏の政治を改めたのだ。天は我が商をひいきしたわけではなく、天はただ純一の徳ある者を助けたのである。商が下々の民に求めたのではなく、民の方が純一の徳に帰服したのだ。徳が一つに定まっていれば、行動して吉とならないことはない。徳が二つ三つに分かれていれば、行動して凶とならないことはない。吉凶が違わぬのは人の行いによるが、天が災いと吉祥を降されるのは、その徳次第なのだ。」
今嗣王新たに厥の命に服す、惟れ厥の徳を新たにせよ。終始惟れ一にすれば、時乃ち日に新たなり。官に任ずるには惟れ賢材を、左右には惟れ其の人を。臣は上の為には徳を為し、下の為には民を為す。其れ難しとし其れ慎(つつし)めば、惟れ和し惟れ一なり。徳に常師無く、善を主とするを師とす。善に常主無く、克一に協うを主とす。
「今、新王よ、あなたは新たにその天命をお受けになった、どうかその徳を新たになさいませ。始めから終わりまで純一を貫けば、その徳は日々新たになる。官に任ずるには賢い人材を、側近には適した人を選びなさい。臣下は君主のためには徳を尽くし、民のためには彼らの益を尽くすものです。物事を困難と捉え慎重にすれば、和やかに一つにまとまるものです。徳を学ぶのに決まった師はなく、ただ善を主とする者を師とすればよい。善にも決まった主はなく、ただ純一を成し遂げることにかなうものを主とすればよいのです。」
万姓をして咸曰わしめん、大なるかな王の言、と。又曰わしめん、一なるかな王の心、と。克く先王の禄を綏んじ、永く烝民の生を厎す。嗚呼、七世の廟、以て徳を観るべし。万夫の長、以て政を観るべし。后は民に非ざれば使う罔く、民は后に非ざれば事うる罔し。自ら広くして以て人を狭むること無かれ、匹夫匹婦、自ら尽くすを獲ずんば、民主厥の功を成すに与ること罔けん、と。
「万民みなに『何と偉大な王の言葉であろうか』と言わしめ、また『何と純一な王の御心であろうか』と言わしめるようになさいませ。そうすればよく先王の禄をお守りになり、永く万民の暮らしを成り立たせることができましょう。ああ、七代にわたって祀られる祖廟があってこそ、その徳を見て取ることができます。万人の長たる者があってこそ、その政治を見て取ることができます。君主は民がいなければ人を使うことができず、民は君主がいなければ仕える相手がありません。自らを大きく見せて人を小さく扱うことのないように。どんな身分の低い男女であっても、自らの力を出し尽くせなければ、民の主が事業を成し遂げることに与ることはできないのです。」