書経 商書(四)

説命上・説命中・説命下・高宗肜日・微子

この読本について

殷の高宗(武丁)が名宰相・傅説を得た経緯とその教え(説命上中下)、雉の異変に事寄せて高宗を諫めた祖己の言葉(高宗肜日)、そして紂王の無道を見た庶兄・微子が出処進退を思い悩む場面(微子)――商末の政治思想を伝える5篇です。残る盤庚上中下は、書経随一の難解篇として最後にじっくり取り組みます。

① 説命上(えつめいじょう)

高宗が喪に服して三年沈黙したのち、夢に見た賢者の姿を絵にして探させ、傅巌で土木工事をしていた説(傅説)を見出して宰相とする。

王宅憂、亮陰三祀。既免喪、其惟弗言。群臣咸諫於王曰、嗚呼、知之曰明哲、明哲實作則。天子惟君萬邦、百官承式。王言惟作命、不言臣下罔攸稟令。

おううれいにり、亮陰りょうあん三祀さんしすでまぬかれて、ただ言わず。群臣ぐんしんみな王にかんじて曰わく、嗚呼ああこれを知るを明哲めいてつと曰い、明哲実じつそくす。天子てんし惟れ万邦ばんぽうきみたり、百官ひゃっかんしきく。王のげんは惟れめいを作す、言わずんば臣下しんかれいを稟(う)くるところし、と。

王(高宗)は喪に服し、三年間、廬に籠って沈黙を守られた。喪が明けてからも、なお言葉を発しようとされなかった。群臣は皆、王を諫めて言った。「ああ、物事をわきまえることを明哲と申します、明哲な人こそが法則を打ち立てるものです。天子は万国の君主であり、百官はその式に従います。王の言葉こそが命令となるのです、王が言葉を発せられなければ、臣下は命令を受けるすべがございません。」

王庸作書以誥曰、以台正于四方、惟恐德弗類。茲故弗言。恭默思道、夢帝賚予良弼、其代予言。乃審厥象、俾以形旁求於天下。說築傅巖之野、惟肖。爰立作相。王置諸其左右。

王庸もって書を作りてもっげて曰わく、われを以て四方しほうただすに、ただとくるいせざらんことを恐る。これ故に言わず。恭黙きょうもくしてみちを思うに、ゆめていわれ良弼りょうひつたまわり、其れ予に代わりて言わしむ、と。すなわしょうつまびらかにし、かたちを以てあまね天下てんかに求めしむ。えつ傅巌ふがんきずくこと、惟れたり。ここに立ててしょうす。王諸これ左右さゆうに置く。

王はそこで書を作って告げられた。「私が四方を正すにあたり、ただ自らの徳が先王方に及ばぬことを恐れている。それゆえ言葉を発さずにいたのだ。恭しく沈黙して道を思ううちに、夢に上帝が私に良き補佐役を賜り、私に代わって語らせようとされた。」そこでその夢に見た姿を詳しく描かせ、その姿絵をもとに天下あまねく探させた。説という者が傅巌の野で土木工事をしており、その姿がまさに夢の姿に似ていた。そこでこれを立てて宰相とし、王は彼を側近に置かれた。

命之曰、朝夕納誨、以輔台德。若金、用汝作礪。若濟巨川、用汝作舟楫。若歲大旱、用汝作霖雨。啟乃心、沃朕心。若藥弗瞑眩、厥疾弗瘳。若跣弗視地、厥足用傷。惟曁乃僚、罔不同心、以匡乃辟。俾率先王、迪我高后、以康兆民。嗚呼、欽予時命、其惟有終。

これに命じて曰わく、朝夕ちょうせきおしえをれ、以てわれとくたすけよ。きんごとくならば、なんじもっいしさん。巨川きょせんわたるが若くならば、汝を用いて舟楫しゅうしゅうと作さん。とし大旱たいかんの若くならば、汝を用いて霖雨りんうと作さん。なんじこころひらき、ちんが心をうるおせ。くすり瞑眩めいげんせずんば、やまいえず。せんにしてずんば、厥のあしもっきずつかん。れ乃のりょうともに、こころおなじくせざるく、以て乃のきみただせ。先王せんおうしたがい、高后こうこうしたがいて、以て兆民ちょうみんやすんぜしめよ。嗚呼ああ時命じめいつつしまば、其れ惟れ終わり有らん。

王は説に命じて言われた。「朝な夕なに教えを差し出し、私の徳を助けよ。私が金属であるならば、そなたを砥石としよう。私が大河を渡ろうとするならば、そなたを舟や櫂としよう。日照りの年であるならば、そなたを恵みの長雨としよう。そなたの心を開いて、私の心を潤してほしい。薬がめまいを起こすほど強く効かなければ、その病は癒えない。裸足で足元を見なければ、その足は傷つくものだ。そなたの同僚たちと共に、心を一つにして、この君主(私)を正してほしい。先王方に従い、我が高祖の教えに倣って、万民を安んじよ。ああ、私のこの命をよく謹んで受けてくれれば、きっと善き終わりを迎えられるであろう。」

說復于王曰、惟木從繩則正、后從諫則聖。后克聖、臣不命其承、疇敢不祗若王之休命。

えつ王にこたえて曰わく、なわしたがえば則ちただしく、きみかんに従えば則ちせいなり。后克く聖なれば、しんめいぜざるも其れく、たれか敢えて王の休命きゅうめい祗若しじゃくせざらん、と。

説は王にお答えして言った。「木は墨縄に従えばまっすぐになり、君主は諫言に従えば聖明になります。君主がよく聖明であれば、臣下は命じられずともその意を汲んで従うものです、誰があえて王のこの善き仰せに敬い従わずにいられましょうか。」

② 説命中(えつめいちゅう)

説が宰相として百官を総べる立場から、王への戒めと為政の要諦を説く。

惟說命總百官、乃進於王、曰、嗚呼、明王奉若天道、建邦設都、樹后王君公、承以大夫師長。不惟逸豫、惟以乂民。惟天聰明、惟聖時憲、惟臣欽若、惟民從乂。惟口起羞、惟甲冑起戎。惟衣裳在笥、惟干戈省厥躬。王惟戒茲、允茲克明、乃罔不休。

えつ百官ひゃっかんべ、すなわち王にすすみて曰わく、嗚呼ああ明王めいおう天道てんどう奉若ほうじゃくし、くにを建てみやこを設け、后王君公こうおうくんこうて、くるに大夫師長たいふしちょうを以てす。惟れ逸豫いつよせず、惟れ以て民をおさむ。惟れてん聡明そうめいにして、惟れせいこれのっとり、惟れしん欽若きんじゃくし、惟れたみしたがいておさまる。惟れくちはじを起こし、惟れ甲冑かっちゅうじゅうを起こす。惟れ衣裳いしょうに在り、惟れ干戈かんかかえりみよ。王惟れこれいましめ、まことに茲をく明らかにせば、すなわきゅうならざるし。

説は百官を統括する立場から、王に進み出て申し上げた。「ああ、明君は天の道を謹んで奉じ、国を建て都を設け、諸侯や君公を立て、大夫や長官にその補佐をさせます。ただ安逸を貪ることなく、ひたすら民を治めることに努めます。天は聡明であり、聖人はその天の道に則り、臣下は謹んでこれに従い、民もまたそれに従って治まるのです。うかつな言葉は恥を招き、無用な甲冑は戦を招きます。官服は箱に納めて軽々しく与えず、武器の使用は自らの行いを省みてからになさいませ。王がこれらのことを戒め、誠実に明らかになさるならば、善からぬことはございません。」

惟治亂在庶官。官不及私昵、惟其能。爵罔及惡德、惟其賢。慮善以動、動惟厥時。有其善、喪厥善。矜其能、喪厥功。惟事事乃其有備、有備無患。無啟寵納侮、無恥過作非。惟厥攸居、政事惟醇。黷于祭祀、時謂弗欽、禮煩則亂、事神則難。

治乱ちらん庶官しょかんに在り。かん私昵しじつに及ばさず、惟れ其ののうにす。しゃく悪徳あくとくに及ばさず、惟れ其のけんにす。ぜんおもんぱかりて以てうごき、動くは惟れときなり。其の善有るも、厥の善をうしなう。其ののうほこれば、厥のこうを喪う。惟れことこととすればすなわち其れそなえ有り、備え有ればうれい無し。ちょうひらきてあなどりをるる無かれ、あやまちを恥じてすこと無かれ。惟れ厥のところ政事せいじ惟れじゅんなり。祭祀さいしけがせば、これつつしまずとう、れいはんなれば則ち乱れ、かみつかうれば則ちかたし。

「政治の治乱は多くの官吏たちのあり方にかかっております。官職は私的に親しい者に与えず、ただその能力に応じてお与えください。爵位は不徳の者に与えず、ただその賢さに応じてお与えください。善いことをよく考えてから行動し、行動は時宜にかなうようになさいませ。善行があっても、それを誇ればその善さを失います。能力を誇れば、その功績を失います。物事を事として真剣に取り組めば備えができ、備えがあれば憂いはありません。寵愛を安易に開いて侮りを招くことなく、過ちを恥じて誤魔化しをすることのないように。そうすればその居られるところ、政治はすべて純粋なものとなりましょう。祭祀を軽々しく行えば、これを敬わないと申します。礼が煩雑になれば乱れ、神にお仕えするのも難しくなります。」

王曰、旨哉、說、乃言惟服。乃不良於言、予罔聞於行。說拜稽首、曰、非知之艱、行之惟艱。王忱不艱、允協于先王成德。惟說不言、有厥咎。

王曰わく、むねなるかな、えつよ、なんじげんふくすべし。乃言げんからずんば、われおこないにくことけん、と。説拝はい稽首けいしゅして曰わく、これを知るのかたきにあらず、之を行うは惟れ艱し。王忱まことに艱しとせずんば、まことに先王(せんおう)の成徳せいとくかなわん。惟れ説言わずんば、とが有り、と。

王は言われた。「まことに良き言葉だ、説よ、そなたの言葉には従うべきである。そなたの言葉が良くなければ、私はそれを実行することを聞き入れなかったであろう。」説は拝礼し頭を下げて言った。「知ることが難しいのではなく、それを実行することこそが難しいのです。王がまことにこれを難しいこととして受け止められるならば、まことに先王方の完成された徳にかなうことでしょう。もし私がこれを申し上げなければ、その咎は私にございます。」

③ 説命下(えつめいげ)

王が説を師として学問の大切さを語り、説はさらに人材登用と学問の道を説く。

王曰、來、汝說。台小子舊學于甘盤、既乃遯于荒野、入宅于河、自河徂亳、暨厥終罔顯。爾惟訓于朕志、若作酒醴、爾惟麴糵。若作和羹、爾惟塩梅。爾交修予、罔予棄、予惟克邁乃訓。

王曰わく、きたれ、なんじえつよ。われ小子しょうしもと甘盤かんばんに学び、すですなわ荒野こうやのがれ、に入りてり、河自はくき、の終わりにおよびてあきらかなることかりき。なんじちんこころざしおしえ、酒醴しゅれいを作るがごとくならば、爾惟れ麴糵きくげつたれ。和羹わこうを作るが若くならば、爾惟れ塩梅えんばいたれ。なんじこもごもわれおさめ、予をつることかれ、予惟れなんじおしえにすすまん。

王は言われた。「参れ、そなた説よ。私は幼き頃、甘盤という師に学んだが、その後、荒野に身を隠し、黄河のほとりに住まい、そこから亳に赴いたものの、ついに学問を明らかにすることができなかった。そなたはどうか私の志を導いてくれ。酒を醸すのであれば、そなたは麹となってくれ。吸い物を作るのであれば、そなたは塩や梅酢となってくれ。そなたは私を絶えず正し、見捨てることのないように、私はよくそなたの教えに従って進もう。」

說曰、王、人求多聞、時惟建事。學于古訓乃有獲、事不師古、以克永世、匪說攸聞。惟學遜志、務時敏、厥修乃來。允懷于茲、道積于厥躬。惟斅學半、念終始典于學、厥德修罔覺。

説曰わく、王よ、ひと多聞たぶんを求むるは、これことつるなり。古訓こくんに学びてすなわる有り、こといにしえとせずして、以てながくすることあたうるは、えつの聞くところあらず。惟れがくこころざししたがえ、時敏じびんつとむれば、おさすなわきたらん。まことこれおもえば、みち厥のむ。惟れおしうるはがくなかばなり、終始しゅうしおもいて学につねにすれば、厥のとくおさまりてさとらず。

説は申し上げた。「王よ、人が広く物事を聞き知ろうとするのは、それによって事業を打ち立てるためです。古の教えに学んでこそ得るものがあります。物事を古の道に則らずに、それで長く世を保てるということは、私の聞いたことがございません。学問というものは、自分の意固地な思いを抑えて謙虚になり、絶えず励むことに努めれば、その修養はおのずと身についてまいります。まことにこのことを心に留めるならば、道はその身のうちに積み重なっていきます。人に教えることは学びの半ばに過ぎません、終始これを思い、常に学問に努められれば、その徳は知らず知らずのうちに修まっていくでしょう。」

監于先王成憲、其永無愆。惟說式克欽承、旁招俊乂、列于庶位。王曰、嗚呼、說、四海之內、咸仰朕德、時乃風。股肱惟人、良臣惟聖。昔先正保衡、作我先王、乃曰、予弗克俾厥后惟堯舜、其心愧恥、若撻于市。一夫不獲、則曰時予之辜。佑我烈祖、格于皇天。爾尚明保予、罔俾阿衡專美有商。

先王(せんおう)の成憲せいけんかんがみれば、其れながあやまつこと無からん。惟れえつもっ欽承きんしょうし、あまね俊乂しゅんがいまねき、庶位しょいつらねよ。王曰わく、嗚呼ああ、説よ、四海しかいうちみなちんとくあおぐは、これなんじふうなり。股肱ここうひと良臣りょうしんは惟れせいなり。むかし先正保衡せんせいほこう先王せんおうし、すなわち曰わく、われきみをして惟れ堯舜ぎょうしゅんたらしむることあたわずんば、其のこころ愧恥きちすること、いちむちうたるるがごとし、と。一夫いっぷざれば、則ち曰わく、これわれつみなり、と。烈祖れっそたすけ、皇天こうてんいたる。なんじねがわくば明らかにわれたもち、阿衡あこうをして有商ゆうしょうもっぱらにせしむることからしめよ。

「先王方の成し遂げられた法をよくご覧になれば、末永く過ちを犯すことはございません。この説がよくこれを謹んで受け継ぎ、あまねく優れた人材を招いて、多くの官職に列してまいります。」王は言われた。「ああ、説よ、天下の人々が皆、私の徳を仰ぎ慕うのは、これはそなたの感化によるものだ。手足となる者はただの人材だが、良き臣下は聖人に等しいものだ。昔、先の宰相・保衡(伊尹)は我が先王(湯)をお助けし、こう言ったという。『もし私が我が君を堯や舜のような聖王にできなければ、その恥ずかしさは市場で鞭打たれるかのようだ』と。たった一人の民でさえその居場所を得られなければ、『これは私の罪である』と言ったという。こうして我が偉大な先祖を助け、その徳は皇天にまで届いたのだ。そなたもどうか、明らかに私を支え、阿衡(伊尹)だけが商において美名を独占するようなことがないようにしてくれ。」

④ 高宗肜日(こうそうゆうじつ)

高宗の祭祀の日、雉が鳴くという異変が起き、賢臣・祖己がこれに事寄せて王を諫める。

高宗肜日、越有雊雉。祖己曰、惟先格王、正厥事。乃訓于王曰、惟天監下民、典厥義。降年有永有不永、非天夭民、民中絕命。民有不若德、不聽罪。天既孚命、正厥德、乃曰、其如台。嗚呼、王司敬民、罔非天胤、典祀無豐于昵。

高宗こうそう肜日ゆうじつここ雊雉こうち有り。祖己そき曰わく、おうただし、ことたださん、と。すなわち王におしえて曰わく、惟れてん下民かみんて、厥のつねとす。としくだすにながき有り永からざる有るは、てんたみようするにあらず、民中なかごろにいのちつなり。たみとくしたがわざる有れば、つみかず。天既すでめいまことにして、厥の徳を正すに、乃ち曰わく、其れわれ如何いかんせん、と。嗚呼ああおうたみつつしむをつかさどる、天胤てんいんに非ざるし、まつりつかさどるにちかきにゆたかなること無かれ、と。

高宗(武丁)の祭祀の日、そこに雉が鳴くという異変が起きた。祖己は言った。「まず王のお心を正し、この事を正さねばならぬ。」そこで王に教えて申し上げた。「天は下々の民をご覧になり、その道義を常としておられます。天が与える寿命に長い短いがあるのは、天が民を早死にさせるのではなく、民が自ら中途でその命を絶ってしまうからです。民の中に徳に従わぬ者がいれば、天はその罪を裁こうとされます。天がすでに天命を確かなものとし、王の徳を正そうとされ、『これを私(王)はどうしたものか』と仰せになっているのです。ああ、王は民を敬うことをお司りになる方、みな天の子孫でないものはございません。祭祀を司るにあたり、身近な者ばかりに手厚くすることのないようになさいませ。」

⑤ 微子(びし)

紂王の異母兄・微子が、商の滅亡を目前にして出処進退を父師(箕子)・少師(比干)に相談する。

微子若曰、父師、少師、殷其弗或亂正四方。我祖厎遂陳于上、我用沈酗于酒、用亂敗厥德于下。殷罔不小大、好草竊姦宄。卿士師師非度、凡有辜罪、乃罔恒獲。小民方興、相為敵讎。今殷其淪喪、若涉大水、其無津涯。殷遂喪、越至于今。

微子びしかく曰わく、父師ふし少師しょうしよ、いん其れ四方しほう乱正らんせいすることからんとす。厎遂ていすいしてかみつらなるも、われもっさけ沈酗ちんくし、用てとくしも乱敗らんぱいす。殷小大しょうだいと無く、草竊姦宄そうせつかんきを好む。卿士けいし師師ししあらず、およ辜罪こざい有るも、すなわつねらるることし。小民しょうみんまさおこり、あい敵讎てきしゅうす。今殷其れ淪喪りんそうせんとす、大水たいすいわたるがごとく、其れ津涯しんがい無し。殷遂ついほろびて、ここいまに至る、と。

微子はこう言った。「父師(箕子)よ、少師(比干)よ、殷はもはや四方を治め正すことができなくなりました。我が祖先はその功業を成し遂げ上代に名を連ねましたが、私ども(今の商)は酒に溺れ乱れ、その徳を下々にまで乱し損なってしまいました。殷は身分の上下を問わず、盗みや悪事を好むようになりました。卿や大夫たちもまた法度を乱し、およそ罪ある者があっても、常に捕らえられることがありません。下々の民までもが立ち上がり、互いに敵対し合うようになりました。今、殷はまさに沈み滅びようとしております、大水を渡るかのように、岸辺も見えません。殷はついに滅ぶのでしょう、今この時に至るまで。」

曰、父師、少師、我其發出狂、吾家耄遜于荒。今爾無指告、予顛隮、若之何其。父師若曰、王子、天毒降災荒殷邦、方興沈酗于酒、乃罔畏畏、咈其耇長舊有位人。今殷民乃攘竊神祇之犧牷牲用、以容將食、無災。降監殷民、用乂讎斂、召敵讎不怠。罪合于一、多瘠罔詔。商今其有災、我興受其敗。商其淪喪、我罔為臣僕。詔王子出、迪我舊云刻子。王子弗出、我乃顛隮。自靖、人自獻于先王、我不顧行遯。

曰わく、父師ふし少師しょうしよ、われ其れはつしてきょうでんか、いえぼうしてこうのがれんか。今爾なんじ指告しこくすること無くんば、われ顛隮てんせいせん、これこれいかにせん、と。父師若かく曰わく、王子おうしよ、てんあつわざわい殷邦いんぽうくだあらさんとするに、まさおこりてさけ沈酗ちんくし、すなわおそるべきを畏れず、其の耇長こうちょうもとくらい有るひともとる。今殷いんたみ乃ち神祗しんぎ犧牷牲用ぎせんせいよう攘竊じょうせつして、以てれてまさくらわんとするも、わざわい無し。くだりて殷の民をるに、もっ乂讎斂がいしゅうれんし、敵讎てきしゅうまねきておこたらず。つみいつがっするも、多くせてぐるし。しょう今其れわざわい有らば、われおこりて其のはいけん。商其れ淪喪りんそうせば、我臣僕しんぼくることけん。王子(おうし)にげてでしめ、われみちびくこともときざむとう。王子出でずんば、我乃すなわ顛隮てんせいせん。自らやすんじ、ひとみずか先王せんおうけんぜよ、我行遯こうとんかえりみず、と。

微子は続けて言った。「父師よ、少師よ、私は思い切って気が狂れたふりをして出奔すべきでしょうか、それともこの一族もろとも老いさらばえて荒野に隠遁すべきでしょうか。今、あなた方が私に指し示し告げてくださらなければ、私はこのまま転落してしまいます、これをどうすればよいのでしょうか。」父師(箕子)はこう言った。「王子よ、天はひどく殷の国に災いを降し荒れ果てさせようとしていますのに、王はまさに立ち上がって酒に溺れ乱れ、畏れるべきことを畏れず、年老いた元からの重臣たちにも背いております。今、殷の民は神々への供物を盗み取り、それを平然と食していながら、何の咎めもございません。降ってきて殷の民を見れば、互いに争い奪い合い、敵対心をあおり続けて怠ることがありません。罪は一つに帰しますのに、多くの民は痩せ衰え、これを訴える術さえございません。もし商が今、災いに遭うのであれば、私はそれに立ち向かい、その禍を受けましょう。しかし商がこのまま滅び去るのであれば、私はその臣下として仕えるつもりはございません。王子には、殷から出て行かれるようお勧めいたします、それが昔から言われる『子を刻む』(先祖の血脈を後世に残す)ということかと存じます。王子がここから出て行かれなければ、私どももろとも転落してしまいましょう。それぞれが自らの心を安んじ、おのおの先王の御霊に己の身を捧げるまでのこと、私はもはや出奔することの是非を顧みるつもりはございません。」