第一節化民成俗は学に由る
原文
發慮憲、求善良、足以謏聞、不足以動衆。就賢體遠、足以動衆、未足以化民。君子如欲化民成俗、其必由學乎。慮を発して憲あり、善良を求むるは、以て謏聞するに足るも、以て衆を動かすに足らず。賢に就き遠きを体するは、以て衆を動かすに足れども、未だ以て民を化するに足らず。君子如し民を化し俗を成さんと欲せば、其れ必ず、学に由るか。
現代語訳
思慮をめぐらせて法度にかない、善良の士を求めることは、ちょっとした評判を得るには足りるが、人々を動かすには足りない。賢者に近づき、遠方の事情にまで通じるようになれば、人々を動かすことはできても、まだ民を教化するには至らない。君子がもし民を感化し、風俗をつくりあげようとするなら、どうしても学によるほかない。
解説
冒頭で本篇全体の主題を提示する。「知名度」「影響力」「教化」を段階として区別し、最上位の教化は学問によってのみ達せられると説く。
第二節玉琢かざれば器と成らず
原文
玉不琢、不成器。人不學、不知道。是故古之王者、建國君民、教學為先。兌命曰、念終始典于學。其此之謂乎。玉琢かざれば器と成らず。人学ばざれば道を知らず。是の故に古の王者、国を建て民に君たるには、教学を先と為す。兌命に曰く、終始学に典とせんことを念ふ、と。其れ此れの謂か。
現代語訳
玉も磨かなければ器物にならない。人も学ばなければ道を知ることはない。だから昔の王者は、国を建てて民の君主となるにあたり、教育と学問を第一とした。『書経』兌命篇に「終始一貫、学問を常のこととすることを心にかける」とあるのは、まさにこのことであろう。
解説
兌命は『書経』商書の説命(えつめい)篇。殷の高宗が賢臣傅説(ふえつ)に下した詔命とされる。現行本は亡佚し、いま伝わる説命三篇は後代の偽作とされる。
第三節教学相長ず
原文
雖有嘉肴、弗食不知其旨也。雖有至道、弗學不知其善也。是故學然後知不足、教然後知困。知不足然後能自反也。知困然後能自強也。故曰、教學相長也。兌命曰、斅學半。其此之謂乎。嘉肴有りと雖も、食はざれば其の旨きを知らざるなり。至道有りと雖も、学ばざれば其の善きを知らざるなり。是の故に学びて然る後に足らざるを知り、教へて然る後に困しむを知る。足らざるを知りて然る後に能く自ら反みるなり。困しむを知りて然る後に能く自ら強むるなり。故に曰く、教学相長ずるなり、と。兌命に曰く、斅ふるは学ぶの半なり、と。其れ此れの謂か。
現代語訳
どんなに立派なご馳走があっても、食べてみなければその味はわからない。どんなに至れる道があっても、学んでみなければその善さはわからない。だから学んではじめて自分の足りなさを知り、教えてはじめて行き詰まりを知る。足りなさを知ってはじめて自ら省みることができ、行き詰まりを知ってはじめて自ら励むことができる。だから「教えることと学ぶことは、互いに伸ばし合う」というのである。兌命に「教えることは学ぶことの半分である」とあるのは、このことであろう。
解説
「教学相長」の出典。教える側もまた学ぶ者であるという、本篇の中核をなす一句。「斅」は「教」の古形。
第四節古の学制と小成・大成
原文
古之教者、家有塾、黨有庠、術有序、國有學。比年入學、中年考校。一年視離經辨志、三年視敬業樂群、五年視博習親師、七年視論學取友、謂之小成。九年知類通達、強立而不反、謂之大成。夫然後足以化民易俗、近者說服而遠者懷之、此大學之道也。記曰、蛾子時術之。其此之謂乎。古の教ふる者は、家に塾有り、党に庠有り、術に序有り、国に学有り。比年に学に入り、中年に考校す。一年に経を離ち志を弁ずるを視る、三年に業を敬し群を楽しむを視る、五年に博く習ひ師に親しむを視る、七年に学を論じ友を取るを視る、之を小成と謂ふ。九年に類を知りて通達し、強立して反かず、之を大成と謂ふ。夫れ然る後に以て民を化し俗を易ふるに足る。近き者は説服し、遠き者は之に懐く。此れ大学の道なり。記に曰く、蛾子時に之を術ふ、と。其れ此れの謂か。
現代語訳
昔の教育制度では、二十五家の「家(閭)」ごとに塾があり、五百家の「党」に庠があり、一万二千五百家の「術(遂)」に序があり、国都には大学があった。学生は毎年入学し、一年おきに成績を考査する。入学一年目には、経文を句切って読み解き、自分の志を見きわめているかを見る。三年目には、学業をおろそかにせず仲間と和して学べているかを見る。五年目には、広く学び師に親しんでいるかを見る。七年目には、学問を論じ合い、よき友を選べているかを見る。ここまでを「小成」という。九年目には、類推によって未知の事にも通じ、しっかりと自立して道に背かなくなる。これを「大成」という。ここまで鍛えられてはじめて、民を教化し風俗を改めるに足る。近くの者は心服し、遠くの者も慕い寄ってくる。これが大学の道である。古書に「蟻の子も、時に応じて土を運ぶことを習う」とあるのは、このことであろう。
解説
塾・庠・序・学は行政単位ごとの学校。九年をかけて「小成」から「大成」へ至る段階的課程を示す。『大学』の八条目が「修身→治国平天下」と外へ展開するのに対し、こちらは年限による具体的な学制として語られる。
第五節大学始教の七事
原文
大學始教、皮弁祭菜、示敬道也。宵雅肄三、官其始也。入學鼓篋、孫其業也。夏楚二物、收其威也。未卜禘不視學、遊其志也。時觀而弗語、存其心也。幼者聽而弗問、學不躐等也。此七者、教之大倫也。記曰、凡學、官先事、士先志。其此之謂乎。大学に始めて教ふるに、皮弁して菜を祭るは、道を敬するを示すなり。宵雅の三を肄ふは、其の始めを官にするなり。学に入りて篋を鼓するは、其の業に孫ふなり。夏楚二物は、其の威を収むるなり。未だ禘を卜せざれば学を視ざるは、其の志を遊ばしむるなり。時に観て語らざるは、其の心を存するなり。幼き者は聴きて問はざるは、学は等を躐えざればなり。此の七つの者は、教の大倫なり。記に曰く、凡そ学は、官は事を先にし、士は志を先にす、と。其れ此れの謂か。
現代語訳
大学ではじめて授業を行うにあたり、教官が皮弁の礼服を着け、菜(浮草の類)を供えて先師を祭るのは、道を敬うことを示すためである。『詩経』小雅の三篇(鹿鳴・四牡・皇皇者華)を歌わせるのは、官に仕えることが学びの出発点だと知らせるためである。入学に際して太鼓を鳴らして書箱を開かせるのは、学業に素直に従う心を持たせるためである。夏(榎)と楚(茨)の二種の鞭を備えるのは、怠りを戒めて威儀を保たせるためである。天子が夏の禘祭の日取りを占い定めるまで大学を視察しないのは、学生に心のゆとりを与え、じっくり学ばせるためである。教官が普段は様子を見ていながら細かく口を出さないのは、学生自身に考えさせるためである。年少者が聴くだけで質問しないのは、学問には順序があり、段階を飛び越えてはならないからである。この七つが教育の大綱である。古書に「およそ学ぶにあたって、すでに官職にある者は職務を第一とし、いまだ仕えぬ士は志を立てることを第一とする」とあるのは、このことであろう。
解説
「学不躐等」(学は等を躐えず)は、飛び級的な促成をいましめる語として後世よく引かれる。儀礼の一つ一つが教育理念の表現になっている点に注意。
第六節蔵・修・息・遊
原文
大學之教也、時教必有正業、退息必有居學。不學操縵、不能安弦。不學博依、不能安詩。不學雜服、不能安禮。不興其藝、不能樂學。故君子之於學也、藏焉、修焉、息焉、遊焉。夫然、故安其學而親其師、樂其友而信其道。是以雖離師輔而不反也。兌命曰、敬孫務時敏、厥修乃來。其此之謂乎。大学の教や、時教には必ず正業有り、退息には必ず居学有り。操縵を学ばざれば、弦に安んずる能はず。博依を学ばざれば、詩に安んずる能はず。雑服を学ばざれば、礼に安んずる能はず。其の芸を興さざれば、学を楽しむ能はず。故に君子の学に於けるや、焉を蔵め、焉を修め、焉に息ひ、焉に遊ぶ。夫れ然り、故に其の学に安んじて其の師に親しみ、其の友を楽しみて其の道を信ず。是を以て師輔を離ると雖も反かざるなり。兌命に曰く、敬み孫ひて務めて時に敏くすれば、厥の修まること乃ち来る、と。其れ此れの謂か。
現代語訳
大学の教育では、四季それぞれの授業に必ず定まった正課があり、学校を退いて休息する時にも必ず自宅での課題がある。琴瑟の弦を自在に操る手習いをしなければ、弦楽に安んじることはできない。物事を広くたとえに取る修練をしなければ、詩に安んじることはできない。細々とした礼装や作法を習わなければ、礼に安んじることはできない。その技芸に興味を抱かなければ、学問を楽しむことはできない。だから君子は学問に対して、心に蔵め、身に修め、休息の時にも学び、遊びの中でも学ぶ。そうであるからこそ、その学問に安んじて師に親しみ、学友との交わりを楽しんで、その道を信じる。だから師や学友のもとを離れても、教えに背くことがないのである。兌命に「敬い、へりくだり、努めて時を逃さず勉めれば、その修養はおのずと成る」とあるのは、このことであろう。
解説
「蔵焉修焉息焉遊焉」は、学びが正課の時間だけに閉じないことをいう。安岡正篤のいう「素読・体認・実践」の順序にも通じる、生活全体を学びの場とする発想。
第七節今の教うる者
原文
今之教者、呻其佔畢、多其訊、言及于數、進而不顧其安、使人不由其誠、教人不盡其材。其施之也悖、其求之也佛。夫然、故隱其學而疾其師、苦其難而不知其益也。雖終其業、其去之必速。教之不刑、其此之由乎。今の教ふる者は、其の佔畢を呻し、其の訊ひを多くし、言、数に及び、進みて其の安きを顧みず、人をして其の誠を由ひざらしめ、人を教ふること其の材を尽くさず。其の之を施すや悖り、其の之を求むるや佛る。夫れ然り、故に其の学を隠ひて其の師を疾み、其の難きを苦しみて其の益を知らざるなり。其の業を終ふと雖も、其の之を去ること必ず速やかなり。教の刑らざる、其れ此に之れ由るか。
現代語訳
今の教育者は、ただ手元の教科書を読み上げ、やたらと質問を浴びせ、話は散漫にあちこちへ飛ぶ。先へ先へと進むばかりで学生が理解できているかを顧みず、学生の真心から学ばせようとせず、教えるにあたってその素質を引き出しきらない。教え方は道理に逆らい、求め方も理に背いている。そうであるから、学生は学ぶこと自体を疎んじて師を憎み、学問の難しさに苦しむばかりでその効用を知らない。形の上では学業を終えても、学んだものを捨て去るのはきわめて早い。教育が実を結ばないのは、こういうところに原因があるのではないか。
解説
「佔畢」は手元の書冊・竹簡。教科書の棒読みへの批判は、二千年前の文章とは思えぬ生々しさを持つ。前節までの理想像との対比として置かれている。
第八節教の興る所以——豫・時・孫・摩
原文
大學之法、禁於未發之謂豫、當其可之謂時、不陵節而施之謂孫、相觀而善之謂摩。此四者、教之所由興也。大学の法、未発に禁ずる、之を豫と謂ふ。其の可に当たる、之を時と謂ふ。節を陵えずして施す、之を孫と謂ふ。相観て善する、之を摩と謂ふ。此の四つの者は、教の由りて興る所なり。
現代語訳
大学の教育法には四つの要諦がある。過ちが起こる前に防ぐ、これを「豫(あらかじめ)」という。ちょうどよい時機に教える、これを「時」という。学ぶ者の段階を飛び越えずに授ける、これを「孫(順)」という。学生が互いに見習って善くなるようにする、これを「摩(切磋)」という。この四つが、教育の成果が生まれるもとである。
解説
豫・時・孫・摩の四原則。次節の「六つの廃れる原因」と対をなす。予防・時機・順序・相互研鑽という組み立ては、そのまま人材育成の設計原理として読める。
第九節教の廃るる所以——六失
原文
發然後禁、則扞格而不勝。時過然後學、則勤苦而難成。雜施而不孫、則壞亂而不修。獨學而無友、則孤陋而寡聞。燕朋逆其師、燕辟廢其學。此六者、教之所由廢也。発して然る後に禁ずれば、則ち扞格して勝へず。時過ぎて然る後に学べば、則ち勤苦して成り難し。雑へ施して孫はざれば、則ち壊乱して修まらず。独り学びて友無ければ、則ち孤陋にして聞寡なし。燕朋は其の師に逆ひ、燕辟は其の学を廃つ。此の六つの者は、教の由りて廃るる所なり。
現代語訳
過ちが起きてしまってから禁じても、相手は反発してこれを抑えきれない。時機を逸してから学んでも、苦労のわりに成果は上がりにくい。雑然と教えて順序を踏まなければ、学びは崩れて身につかない。独りで学んで学友がなければ、視野は狭く見聞も乏しくなる。遊び仲間とばかり付き合えば師の教えに背くようになり、遊びの癖がつけば学業そのものを捨ててしまう。この六つが、教育の廃れる原因である。
解説
「独学而無友、則孤陋而寡聞」は独学の限界を突いた名句。共に学ぶ場——すなわち勉強会の存在意義を、二千年前にすでに明言している。
第十節道びきて牽かず
原文
君子既知教之所由興、又知教之所由廢、然後可以為人師也。故君子之教喻也。道而弗牽、強而弗抑、開而弗達。道而弗牽則和、強而弗抑則易、開而弗達則思。和易以思、可謂善喻矣。君子既に教の由りて興る所を知り、又教の由りて廃るる所を知りて、然る後に以て人の師と為る可し。故に君子の教へ喩すや、道びきて牽かず、強めて抑へず、開きて達せず。道びきて牽かざれば則ち和らぎ、強めて抑へざれば則ち易く、開きて達せざれば則ち思ふ。和らぎ易くして以て思ふ、善く喩すと謂ふ可し。
現代語訳
君子は、教育が成り立つ理由も、教育が廃れる理由も心得て、はじめて人の師となることができる。だから君子の導き方はこうである。導きはするが引きずらない。励ましはするが抑えつけない。糸口は開いてやるが、答えまでは与えない。導いて引きずらなければ、学ぶ者の心は穏やかである。励まして抑えつけなければ、学びは無理なく進む。糸口を開いて答えを与えなければ、自分の頭で考える。心穏やかに、無理なく、自ら考える——ここまでできてはじめて「善く諭す」といえる。
解説
本篇の白眉。「道而弗牽・強而弗抑・開而弗達」は、指導者が守るべき距離感を三句で言い切ったもの。『論語』述而篇の「憤せずんば啓せず、悱せずんば発せず」と併せ読みたい。
第十一節学者の四失
原文
學者有四失、教者必知之。人之學也、或失則多、或失則寡、或失則易、或失則止。此四者、心之莫同也。知其心、然後能救其失也。教也者、長善而救其失者也。学ぶ者に四失有り、教ふる者は必ず之を知る。人の学ぶや、或いは失、則ち多きに、或いは失、則ち寡なきに、或いは失、則ち易きに、或いは失、則ち止まるに。此の四つの者は、心の同じきこと莫きなり。其の心を知りて、然る後に能く其の失を救ふなり。教ふるとは、善を長じて其の失を救ふ者なり。
現代語訳
学ぶ者には四つの陥りやすい過ちがあり、教える者は必ずこれを知っておかねばならない。ある者は手を広げすぎて散漫になり、ある者は範囲を狭めすぎて乏しくなり、ある者は物事を安易に見て軽んじ、ある者は途中で立ち止まってしまう。この四つは、それぞれ異なる心の傾きから生じる。その心を知ってこそ、過ちを救うことができる。教えるとは、その人の善いところを伸ばし、その過ちを救うことなのである。
解説
「長善而救其失」——欠点を潰すのではなく、長所を伸ばすことで欠点を救う。教育観の根本を一句で示す。四失はそれぞれ性格の傾きであって、能力の高低ではない点が重要。
第十二節善く教うる者は人をして其の志を継がしむ
原文
善歌者使人繼其聲、善教者使人繼其志。其言也、約而達、微而臧、罕譬而喻、可謂繼志矣。善く歌ふ者は、人をして其の声を継がしむ。善く教ふる者は、人をして其の志を継がしむ。其の言や、約にして達し、微にして臧く、譬へ罕にして喩す。志を継ぐと謂ふ可し。
現代語訳
歌の上手な人は、聴く者が思わずその声を口ずさんで受け継ぐ。教えの上手な人は、学ぶ者がその志を受け継ぐ。その言葉は、簡潔でありながら意が通じ、控えめでありながら要点を突き、たとえ話は少なくとも相手を納得させる。これでこそ「志を継がせる」といえる。
解説
教育の成果を「知識の伝達」ではなく「志の継承」と定義する。約・微・罕という三つの「少なさ」で語られている点に、語りの美学がある。
第十三節師は君と為るを学ぶ所以なり
原文
君子知至學之難易、而知其美惡、然後能博喻。能博喻、然後能為師。能為師、然後能為長。能為長、然後能為君。故師也者、所以學為君也。是故擇師不可不慎也。記曰、三王四代唯其師。其此之謂乎。君子、学に至るの難易を知り、而して其の美悪を知りて、然る後に能く博く喩す。能く博く喩して、然る後に能く師と為る。能く師と為りて、然る後に能く長と為る。能く長と為りて、然る後に能く君と為る。故に師とは、君と為るを学ぶ所以なり。是の故に師を択ぶは慎まざる可からざるなり。記に曰く、三王四代唯だ其れ師なり、と。其れ此れの謂か。
現代語訳
君子は、学問に到達するまでの難しさ易しさを知り、学ぶ者の素質の善し悪しを見分けて、はじめて広く自在に諭すことができる。広く諭すことができて、はじめて師となれる。師となれて、はじめて人の長となれる。長となれて、はじめて君主となれる。だから師とは、君主となる道を学ばせる存在なのである。それゆえ、師を選ぶには慎重でなければならない。古書に「三王・四代が重んじたのは、ただ師であった」とあるのは、このことであろう。
解説
師→長→君という昇順が本節の骨格。指導者の育成は、まず「教えられる人」になることから始まるという構造は、そのまま組織の階層論にも読み替えられる。三王は夏の禹・殷の湯・周の文武、四代は虞夏殷周。
第十四節厳師にして然る後に道尊し
原文
凡學之道、嚴師為難。師嚴然後道尊、道尊然後民知敬學。是故君之所不臣於其臣者二。當其為尸則弗臣也、當其為師則弗臣也。大學之禮、雖詔於天子無北面、所以尊師也。凡そ学の道、師を厳にするを難しと為す。師厳にして然る後に道尊し。道尊くして然る後に民、学を敬するを知る。是の故に君の其の臣に臣とせざる所の者二つあり。其の尸と為るに当たりては則ち臣とせざるなり、其の師と為るに当たりては則ち臣とせざるなり。大学の礼、天子に詔ぐと雖も北面すること無きは、師を尊ぶ所以なり。
現代語訳
およそ学の道においては、師を厳かなものとして尊ぶことが最も難しい。師が尊厳を保ってはじめて道が尊ばれ、道が尊ばれてはじめて民は学問を敬うことを知る。だから君主が臣下として扱わない相手が二つある。祖先の祭りで尸(かたしろ)を務める者と、自分の師である者とは、臣下として扱わない。大学の儀礼では、師が天子に申し上げる場合でも北面(臣下の位置)に立たないのは、師を尊ぶためである。
解説
「尸」は祭祀で祖霊の依り代となる者。天子ですら師の前では君臣の礼を用いない、という一点に、道を人格の上位に置く儒家の姿勢が凝縮している。
第十五節善く問う者は堅木を攻むるが如し
原文
善學者、師逸而功倍、又從而庸之。不善學者、師勤而功半、又從而怨之。善問者、如攻堅木、先其易者、後其節目、及其久也、相說以解。不善問者反此。善待問者、如撞鐘、叩之以小者則小鳴、叩之以大者則大鳴、待其從容、然後盡其聲。不善答問者反此。此皆進學之道也。善く学ぶ者は、師逸して功倍す、又従ひて之を庸とす。善く学ばざる者は、師勤めて功半ばす、又従ひて之を怨む。善く問ふ者は、堅木を攻むるが如し、其の易き者を先にし、其の節目を後にす。其の久しきに及びてや、相説いて以て解く。善く問はざる者は此れに反す。善く問を待つ者は、鐘を撞くが如し、之を叩くに小なる者を以てすれば則ち小さく鳴り、之を叩くに大なる者を以てすれば則ち大きく鳴る。其の従容を待ちて、然る後に其の声を尽くす。善く問に答へざる者は此れに反す。此れ皆学に進むの道なり。
現代語訳
学ぶのが上手な者にかかると、師は楽をしていながら成果は倍になり、しかも学生はその成果を師の恩と感じる。学ぶのが下手な者にかかると、師は骨を折っても成果は半減し、しかも学生は師を恨む。問うのが上手な者は、堅い木を伐るようなもので、まず伐りやすいところから手をつけ、節や目の込み入ったところは後回しにする。時をかけているうちに、難所もおのずと解けてゆく。問うのが下手な者はこの逆をする。問いを受けるのが上手な者は、鐘のようである。小さく叩けば小さく鳴り、大きく叩けば大きく鳴る。相手が落ち着いてじっくり叩くのを待って、はじめて音を鳴らしきる。答えるのが下手な者はこの逆をする。これらはみな、学問を進めるための道である。
解説
「撞鐘」の比喩は、答える側が主導しないことをいう。問いの大きさに応じて答えの大きさが決まる——研修や面談の場での応答のあり方を考える上でも示唆が深い。
第十六節記問の学
原文
記問之學、不足以為人師。必也其聽語乎。力不能問、然後語之、語之而不知、雖舍之可也。記問の学は、以て人の師と為るに足らず。必ずや其れ語を聴かんか。力、問ふこと能はず、然る後に之に語ぐ。之に語げて知らざれば、之を舎くと雖も可なり。
現代語訳
ただ暗記して問いに答えるだけの学問では、人の師となるには足りない。師たる者は、まず学ぶ者の言うところをよく聴くべきである。相手の力が及ばず、自分では問えなくなって、はじめてこちらから説いてやる。説いてやってもなお理解しないなら、そこで一旦措いておいてよい。
解説
「記問の学」は博覧強記だけの学問。前節の「撞鐘」と併せて、師の側が先回りしないことを説く。措いておく(舎之)という判断も教育の一部だとする点が興味深い。
第十七節良冶の子・良弓の子
原文
良冶之子、必學為裘。良弓之子、必學為箕。始駕馬者反之、車在馬前。君子察於此三者、可以有志於學矣。良冶の子は、必ず裘を為るを学ぶ。良弓の子は、必ず箕を為るを学ぶ。始めて馬を駕する者は之を反にし、車は馬の前に在り。君子此の三つの者を察らかにせば、以て学に志有る可し。
現代語訳
腕のよい鍛冶屋の子は、まず皮を継ぎ合わせて裘(かわごろも)を作ることを覚える。腕のよい弓職人の子は、まず柳の枝をたわめて箕を編むことを覚える。馬を初めて車につけて調教するときは、子馬を親馬のうしろにつなぎ、車を馬の前に置いて慣れさせる。君子がこの三つの例をよく見きわめるなら、おのずと学問に志を立てることができる。
解説
金属を溶かす前に皮を継ぐ、弓をたわめる前に柳を編む——本業と同じ「型」を持つやさしい仕事から入る。修業の順序論であり、第八節の「孫(順)」の具体例でもある。
第十八節物を比べて類を醜ぶ
原文
古之學者、比物醜類。鼓無當於五聲、五聲弗得不和。水無當於五色、五色弗得不章。學無當於五官、五官弗得不治。師無當於五服、五服弗得不親。古の学ぶ者は、物を比べて類を醜ぶ。鼓は五声に当たること無けれども、五声得ざれば和せず。水は五色に当たること無けれども、五色得ざれば章らかならず。学は五官に当たること無けれども、五官得ざれば治まらず。師は五服に当たること無けれども、五服得ざれば親しまず。
現代語訳
昔の学ぶ者は、物事を比べ合わせて同類と異類を見分け、知識を整理した。太鼓は宮・商・角・徴・羽の五音のどれにも当たらないが、太鼓がなければ五音は調和しない。水は五色のどれにも当たらないが、水がなければ五色は鮮やかに映えない。学問は五つの官職のどれにも直結しないが、学問がなければ五官の職は治まらない。師は五等の喪服が定める親族関係のどこにも入らないが、師がなければ五服の親愛も育たない。
解説
いわゆる「無用の用」。数え上げられる要素の外にあって、全体を成立させるもの。教育投資や間接部門の意義を語るときにも使える比喩である。
第十九節本を務む
原文
君子曰、大德不官、大道不器、大信不約、大時不齊。察於此四者、可以有志於本矣。三王之祭川也、皆先河而後海。或源也、或委也。此之謂務本。君子曰く、大徳は官ならず、大道は器ならず、大信は約ならず、大時は斉しからず、と。此の四つの者を察らかにせば、以て本に志有る可し。三王の川を祭るや、皆河を先にして海を後にす。或いは源なり、或いは委なり。此れを之れ本を務むと謂ふ。
現代語訳
君子はいう。「大いなる徳は、一つの官職には収まらない。大いなる道は、一つの器には納まらない。大いなる信は、約束事には頼らない。大いなる時は、一様に揃うものではない」と。この四つをよく見きわめるなら、根本に志を置くことができる。三代の王が川を祭るときは、いずれもまず黄河を祭り、海を後にした。一方は水の源であり、他方は水の集まる末だからである。これを「本を務める」というのである。
解説
本篇の結び。『大学』の「物に本末あり、事に終始あり。先後する所を知れば、則ち道に近し」と正面から響き合う。学記は学制論に始まり、務本の一語で閉じられる。