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學記 第十八

礼記 全19節 原文・訓読・ふりがな・現代語訳・解説付き

この読本について

『礼記』学記篇(全19節)の全文を、原文・訓読文(全文ふりがな付き)・現代語訳・解説の四層で収めています。本文中に引かれる『書経』兌命篇や古書「記」の言葉は色分けし、該当箇所にマウスを重ねる(スマートフォンではタップする)と出典の説明が吹き出しで表示されます。

学記は、学問の目的・教育の方法・師たる者の責務を論じた一篇で、儒教の教育論を体系的に述べたものとしては現存最古のものです。前半(第一節〜第六節)は学ぶ理由と古の学制を説き、「教学相長ず」「玉琢かざれば器と成らず」といった名句を含みます。中盤(第七節〜第十二節)は教育論の中核で、教育が興る四原則(豫・時・孫・摩)と廃れる六因を対にして示し、「道びきて牽かず、強めて抑へず、開きて達せず」という指導者の心得に至ります。後半(第十三節〜第十九節)は師のあり方と学び方・問い方を論じ、最後に「本を務む」の一語で全篇を結びます。

『大学』が修己治人の全体構造を三綱領・八条目として示すのに対し、学記はそれを実現するための教育の技術と作法を語ります。両篇を体(原理)と用(実践)の関係として併読してください。訓読文(歴史的仮名遣い)・現代語訳・解説は本読本のために新たに作成したもので、校正の余地があります。お気づきの点はお知らせください。「縦書き表示」では各節がカードで縦組み表示されます。

色分けの凡例

『書経』兌命篇からの引用古書「記」からの引用

主要語彙集

謏聞(せうぶん)
小さな評判。謏は小の意。
塾・庠・序・学
順に閭(二十五家)・党(五百家)・術=遂(一万二千五百家)・国都に置かれた学校。
小成・大成
入学七年目までの到達を小成、九年目の到達を大成とする。
皮弁(ひべん)
鹿皮製の白い冠。天子の朝廷における百官の礼服に用いる。
宵雅の三
『詩経』小雅の鹿鳴・四牡・皇皇者華の三篇。
夏楚(かそ)
夏は榎(えのき)、楚は茨(いばら)。ともに戒めのための笞(むち)。
操縵(さうまん)
琴瑟の弦を自在に操るための手習い。
博依(はくい)
物事を広くたとえに取ること。詩を学ぶ土台となる。
躐等(れふとう)
学びの段階を飛び越えること。学記はこれを強く戒める。
燕朋・燕辟
燕は安逸・遊楽。遊び仲間、および遊びの癖をいう。
佔畢(せんひつ)
手元の書冊・竹簡。ここでは教科書の棒読みを指す。
記問の学
ただ暗記して問いに答えるだけの学問。
五声
宮・商・角・徴(ち)・羽の五音階。
五服
斬衰・斉衰・大功・小功・緦麻の五等の喪服。親族関係の遠近を示す。
(し)
祖先の祭祀において、祖霊の依り代となって座る者。

名句集

教学相長ず(けうがくあひちやうず)第三節
教えることと学ぶことは互いに伸ばし合う。教える側もまた学ぶ者であるという、本篇の中核をなす一句。
玉琢かざれば器と成らず(たまみがかざればきとならず)第二節
素質があっても磨かなければ用をなさない。人が学ぶべき理由を、玉の比喩で説く。
学は等を躐えず(がくはとうをこえず)第五節
学問には順序があり、段階を飛び越えてはならない。促成の教育を戒める語。
独り学びて友無ければ、則ち孤陋にして聞寡し(ひとりまなびてともなければ、すなはちころうにしてきくすくなし)第九節
独学の限界を突いた一句。共に学ぶ場の意義を、二千年前にすでに明言している。
道びきて牽かず、強めて抑へず、開きて達せず(みちびきてひかず、つとめておさへず、ひらきてたつせず)第十節
指導者が守るべき距離感を三句で言い切ったもの。学記の白眉とされる。
善を長じて其の失を救ふ(ぜんをちやうじてそのしつをすくふ)第十一節
欠点を潰すのではなく、長所を伸ばすことで欠点を救う。教育観の根本を示す。
善く問を待つ者は、鐘を撞くが如し(よくとひをまつものは、かねをつくがごとし)第十五節
問いの大きさに応じて答えの大きさが決まる。答える側が主導しないことをいう。
本を務む(もとをつとむ)第十九節
本篇の結語。『大学』の「物に本末あり、事に終始あり」と正面から響き合う。

第一節化民成俗は学に由る
原文
發慮憲、求善良、足以謏聞、不足以動衆。就賢體遠、足以動衆、未足以化民。君子如欲化民成俗、其必由學乎。
おもんぱかりはつしてのりあり、善良ぜんりやうもとむるは、もつ謏聞せうぶんするにるも、もつしゆううごかすにらず。けんとほきをたいするは、もつしゆううごかすにれども、いまもつたみくわするにらず。君子くんしたみくわぞくさんとほつせば、かならず、がくるか。
現代語訳
思慮をめぐらせて法度にかない、善良の士を求めることは、ちょっとした評判を得るには足りるが、人々を動かすには足りない。賢者に近づき、遠方の事情にまで通じるようになれば、人々を動かすことはできても、まだ民を教化するには至らない。君子がもし民を感化し、風俗をつくりあげようとするなら、どうしても学によるほかない。

解説
冒頭で本篇全体の主題を提示する。「知名度」「影響力」「教化」を段階として区別し、最上位の教化は学問によってのみ達せられると説く。

第二節玉琢かざれば器と成らず
原文
玉不琢、不成器。人不學、不知道。是故古之王者、建國君民、教學為先。兌命曰、念終始典于學。其此之謂乎。
たまみがかざればうつはらず。ひとまなばざればみちらず。ゆゑいにしへ王者わうじやくにたみきみたるには、教学けうがくさきす。兌命えつめいいはく、終始しゆうしがくつねとせんことをおもふ、とれのいひか。
現代語訳
玉も磨かなければ器物にならない。人も学ばなければ道を知ることはない。だから昔の王者は、国を建てて民の君主となるにあたり、教育と学問を第一とした。『書経』兌命篇に「終始一貫、学問を常のこととすることを心にかける」とあるのは、まさにこのことであろう。

解説
兌命は『書経』商書の説命(えつめい)篇。殷の高宗が賢臣傅説(ふえつ)に下した詔命とされる。現行本は亡佚し、いま伝わる説命三篇は後代の偽作とされる。

第三節教学相長ず
原文
雖有嘉肴、弗食不知其旨也。雖有至道、弗學不知其善也。是故學然後知不足、教然後知困。知不足然後能自反也。知困然後能自強也。故曰、教學相長也。兌命曰、斅學半。其此之謂乎。
嘉肴かかうりといへども、くらはざればうまきをらざるなり。至道しだうりといへども、まなばざればきをらざるなり。ゆゑまなびてしかのちらざるをり、をしへてしかのちくるしむをる。らざるをりてしかのちみづかかへりみるなり。くるしむをりてしかのちみづかつとむるなり。ゆゑいはく、教学けうがくあひちやうずるなり、と。兌命えつめいいはく、をしふるはまなぶのなかばなり、とれのいひか。
現代語訳
どんなに立派なご馳走があっても、食べてみなければその味はわからない。どんなに至れる道があっても、学んでみなければその善さはわからない。だから学んではじめて自分の足りなさを知り、教えてはじめて行き詰まりを知る。足りなさを知ってはじめて自ら省みることができ、行き詰まりを知ってはじめて自ら励むことができる。だから「教えることと学ぶことは、互いに伸ばし合う」というのである。兌命に「教えることは学ぶことの半分である」とあるのは、このことであろう。

解説
「教学相長」の出典。教える側もまた学ぶ者であるという、本篇の中核をなす一句。「斅」は「教」の古形。

第四節古の学制と小成・大成
原文
古之教者、家有塾、黨有庠、術有序、國有學。比年入學、中年考校。一年視離經辨志、三年視敬業樂群、五年視博習親師、七年視論學取友、謂之小成。九年知類通達、強立而不反、謂之大成。夫然後足以化民易俗、近者說服而遠者懷之、此大學之道也。記曰、蛾子時術之。其此之謂乎。
いにしへをしふるものは、じゆくり、たうしやうり、じゆつじより、くにがくり。比年ひねんがくり、中年ちゆうねん考校かうかうす。一年いちねんけいわかこころざしべんずるをる、三年さんねんげふけいぐんたのしむをる、五年ごねんひろならしたしむをる、七年しちねんがくろんともるをる、これ小成せうせいふ。九年くねんるゐりて通達つうたつし、強立きやうりつしてそむかず、これ大成たいせいふ。しかのちもつたみくわぞくふるにる。ちかもの説服えつぷくし、とほものこれなつく。大学たいがくみちなり。いはく、蛾子ぎしときこれならふ、とれのいひか。
現代語訳
昔の教育制度では、二十五家の「家(閭)」ごとに塾があり、五百家の「党」に庠があり、一万二千五百家の「術(遂)」に序があり、国都には大学があった。学生は毎年入学し、一年おきに成績を考査する。入学一年目には、経文を句切って読み解き、自分の志を見きわめているかを見る。三年目には、学業をおろそかにせず仲間と和して学べているかを見る。五年目には、広く学び師に親しんでいるかを見る。七年目には、学問を論じ合い、よき友を選べているかを見る。ここまでを「小成」という。九年目には、類推によって未知の事にも通じ、しっかりと自立して道に背かなくなる。これを「大成」という。ここまで鍛えられてはじめて、民を教化し風俗を改めるに足る。近くの者は心服し、遠くの者も慕い寄ってくる。これが大学の道である。古書に「蟻の子も、時に応じて土を運ぶことを習う」とあるのは、このことであろう。

解説
塾・庠・序・学は行政単位ごとの学校。九年をかけて「小成」から「大成」へ至る段階的課程を示す。『大学』の八条目が「修身→治国平天下」と外へ展開するのに対し、こちらは年限による具体的な学制として語られる。

第五節大学始教の七事
原文
大學始教、皮弁祭菜、示敬道也。宵雅肄三、官其始也。入學鼓篋、孫其業也。夏楚二物、收其威也。未卜禘不視學、遊其志也。時觀而弗語、存其心也。幼者聽而弗問、學不躐等也。此七者、教之大倫也。記曰、凡學、官先事、士先志。其此之謂乎。
大学たいがくはじめてをしふるに、皮弁ひべんしてさいまつるは、みちけいするをしめすなり。宵雅せうがさんならふは、はじめをくわんにするなり。がくりてけふするは、げふしたがふなり。夏楚かそ二物にぶつは、をさむるなり。いまていぼくせざればがくざるは、こころざしあそばしむるなり。ときかたらざるは、こころそんするなり。をさなものきてはざるは、がくとうえざればなり。ななつのものは、をしへ大倫たいりんなり。いはく、およがくは、くわんことさきにし、こころざしさきにす、とれのいひか。
現代語訳
大学ではじめて授業を行うにあたり、教官が皮弁の礼服を着け、菜(浮草の類)を供えて先師を祭るのは、道を敬うことを示すためである。『詩経』小雅の三篇(鹿鳴・四牡・皇皇者華)を歌わせるのは、官に仕えることが学びの出発点だと知らせるためである。入学に際して太鼓を鳴らして書箱を開かせるのは、学業に素直に従う心を持たせるためである。夏(榎)と楚(茨)の二種の鞭を備えるのは、怠りを戒めて威儀を保たせるためである。天子が夏の禘祭の日取りを占い定めるまで大学を視察しないのは、学生に心のゆとりを与え、じっくり学ばせるためである。教官が普段は様子を見ていながら細かく口を出さないのは、学生自身に考えさせるためである。年少者が聴くだけで質問しないのは、学問には順序があり、段階を飛び越えてはならないからである。この七つが教育の大綱である。古書に「およそ学ぶにあたって、すでに官職にある者は職務を第一とし、いまだ仕えぬ士は志を立てることを第一とする」とあるのは、このことであろう。

解説
「学不躐等」(学は等を躐えず)は、飛び級的な促成をいましめる語として後世よく引かれる。儀礼の一つ一つが教育理念の表現になっている点に注意。

第六節蔵・修・息・遊
原文
大學之教也、時教必有正業、退息必有居學。不學操縵、不能安弦。不學博依、不能安詩。不學雜服、不能安禮。不興其藝、不能樂學。故君子之於學也、藏焉、修焉、息焉、遊焉。夫然、故安其學而親其師、樂其友而信其道。是以雖離師輔而不反也。兌命曰、敬孫務時敏、厥修乃來。其此之謂乎。
大学たいがくをしへや、時教じけうにはかなら正業せいげふり、退息たいそくにはかなら居学きよがくり。操縵さうまんまなばざれば、げんやすんずるあたはず。博依はくいまなばざれば、やすんずるあたはず。雑服ざふふくまなばざれば、れいやすんずるあたはず。げいおこさざれば、がくたのしむあたはず。ゆゑ君子くんしがくけるや、これをさめ、これをさめ、これいこひ、これあそぶ。しかり、ゆゑがくやすんじてしたしみ、ともたのしみてみちしんず。ここもつ師輔しほはなるといへどそむかざるなり。兌命えつめいいはく、つつししたがひてつとめてときさとくすれば、をさまることすなはきたる、とれのいひか。
現代語訳
大学の教育では、四季それぞれの授業に必ず定まった正課があり、学校を退いて休息する時にも必ず自宅での課題がある。琴瑟の弦を自在に操る手習いをしなければ、弦楽に安んじることはできない。物事を広くたとえに取る修練をしなければ、詩に安んじることはできない。細々とした礼装や作法を習わなければ、礼に安んじることはできない。その技芸に興味を抱かなければ、学問を楽しむことはできない。だから君子は学問に対して、心に蔵め、身に修め、休息の時にも学び、遊びの中でも学ぶ。そうであるからこそ、その学問に安んじて師に親しみ、学友との交わりを楽しんで、その道を信じる。だから師や学友のもとを離れても、教えに背くことがないのである。兌命に「敬い、へりくだり、努めて時を逃さず勉めれば、その修養はおのずと成る」とあるのは、このことであろう。

解説
「蔵焉修焉息焉遊焉」は、学びが正課の時間だけに閉じないことをいう。安岡正篤のいう「素読・体認・実践」の順序にも通じる、生活全体を学びの場とする発想。

第七節今の教うる者
原文
今之教者、呻其佔畢、多其訊、言及于數、進而不顧其安、使人不由其誠、教人不盡其材。其施之也悖、其求之也佛。夫然、故隱其學而疾其師、苦其難而不知其益也。雖終其業、其去之必速。教之不刑、其此之由乎。
いまをしふるものは、佔畢せんひつしんし、ひをおほくし、げんすうおよび、すすみてやすきをかへりみず、ひとをしてまこともちひざらしめ、ひとをしふることざいくさず。これほどこすやもとり、これもとむるやもとる。しかり、ゆゑがくいとひてにくみ、かたきをくるしみてえきらざるなり。げふふといへども、これることかならすみやかなり。をしへらざる、ここるか。
現代語訳
今の教育者は、ただ手元の教科書を読み上げ、やたらと質問を浴びせ、話は散漫にあちこちへ飛ぶ。先へ先へと進むばかりで学生が理解できているかを顧みず、学生の真心から学ばせようとせず、教えるにあたってその素質を引き出しきらない。教え方は道理に逆らい、求め方も理に背いている。そうであるから、学生は学ぶこと自体を疎んじて師を憎み、学問の難しさに苦しむばかりでその効用を知らない。形の上では学業を終えても、学んだものを捨て去るのはきわめて早い。教育が実を結ばないのは、こういうところに原因があるのではないか。

解説
「佔畢」は手元の書冊・竹簡。教科書の棒読みへの批判は、二千年前の文章とは思えぬ生々しさを持つ。前節までの理想像との対比として置かれている。

第八節教の興る所以——豫・時・孫・摩
原文
大學之法、禁於未發之謂豫、當其可之謂時、不陵節而施之謂孫、相觀而善之謂摩。此四者、教之所由興也。
大学たいがくはふ未発みはつきんずる、これふ。たる、これふ。せつえずしてほどこす、これそんふ。あひぜんする、これふ。つのものは、をしへりておこところなり。
現代語訳
大学の教育法には四つの要諦がある。過ちが起こる前に防ぐ、これを「豫(あらかじめ)」という。ちょうどよい時機に教える、これを「時」という。学ぶ者の段階を飛び越えずに授ける、これを「孫(順)」という。学生が互いに見習って善くなるようにする、これを「摩(切磋)」という。この四つが、教育の成果が生まれるもとである。

解説
豫・時・孫・摩の四原則。次節の「六つの廃れる原因」と対をなす。予防・時機・順序・相互研鑽という組み立ては、そのまま人材育成の設計原理として読める。

第九節教の廃るる所以——六失
原文
發然後禁、則扞格而不勝。時過然後學、則勤苦而難成。雜施而不孫、則壞亂而不修。獨學而無友、則孤陋而寡聞。燕朋逆其師、燕辟廢其學。此六者、教之所由廢也。
はつしてしかのちきんずれば、すなは扞格かんかくしてへず。ときぎてしかのちまなべば、すなは勤苦きんくしてがたし。まじほどこしてしたがはざれば、すなは壊乱くわいらんしてをさまらず。ひとまなびてともければ、すなは孤陋ころうにしてきくすくなし。燕朋えんぽうさからひ、燕辟えんぺきがくつ。つのものは、をしへりてすたるるところなり。
現代語訳
過ちが起きてしまってから禁じても、相手は反発してこれを抑えきれない。時機を逸してから学んでも、苦労のわりに成果は上がりにくい。雑然と教えて順序を踏まなければ、学びは崩れて身につかない。独りで学んで学友がなければ、視野は狭く見聞も乏しくなる。遊び仲間とばかり付き合えば師の教えに背くようになり、遊びの癖がつけば学業そのものを捨ててしまう。この六つが、教育の廃れる原因である。

解説
「独学而無友、則孤陋而寡聞」は独学の限界を突いた名句。共に学ぶ場——すなわち勉強会の存在意義を、二千年前にすでに明言している。

第十節道びきて牽かず
原文
君子既知教之所由興、又知教之所由廢、然後可以為人師也。故君子之教喻也。道而弗牽、強而弗抑、開而弗達。道而弗牽則和、強而弗抑則易、開而弗達則思。和易以思、可謂善喻矣。
君子くんしすでをしへりておこところり、またをしへりてすたるるところりて、しかのちもつひとし。ゆゑ君子くんしをしさとすや、みちびきてかず、つとめておさへず、ひらきてたつせず。みちびきてかざればすなはやわらぎ、つとめておさへざればすなはやすく、ひらきてたつせざればすなはおもふ。やわらぎやすくしてもつおもふ、さとすとし。
現代語訳
君子は、教育が成り立つ理由も、教育が廃れる理由も心得て、はじめて人の師となることができる。だから君子の導き方はこうである。導きはするが引きずらない。励ましはするが抑えつけない。糸口は開いてやるが、答えまでは与えない。導いて引きずらなければ、学ぶ者の心は穏やかである。励まして抑えつけなければ、学びは無理なく進む。糸口を開いて答えを与えなければ、自分の頭で考える。心穏やかに、無理なく、自ら考える——ここまでできてはじめて「善く諭す」といえる。

解説
本篇の白眉。「道而弗牽・強而弗抑・開而弗達」は、指導者が守るべき距離感を三句で言い切ったもの。『論語』述而篇の「憤せずんば啓せず、悱せずんば発せず」と併せ読みたい。

第十一節学者の四失
原文
學者有四失、教者必知之。人之學也、或失則多、或失則寡、或失則易、或失則止。此四者、心之莫同也。知其心、然後能救其失也。教也者、長善而救其失者也。
まなもの四失しつしつり、をしふるものかならこれる。ひとまなぶや、あるいはしつすなはおほきに、あるいはしつすなはすくなきに、あるいはしつすなはやすきに、あるいはしつすなはとどまるに。つのものは、こころおなじきこときなり。こころりて、しかのちしつすくふなり。をしふるとは、ぜんちやうじてしつすくものなり。
現代語訳
学ぶ者には四つの陥りやすい過ちがあり、教える者は必ずこれを知っておかねばならない。ある者は手を広げすぎて散漫になり、ある者は範囲を狭めすぎて乏しくなり、ある者は物事を安易に見て軽んじ、ある者は途中で立ち止まってしまう。この四つは、それぞれ異なる心の傾きから生じる。その心を知ってこそ、過ちを救うことができる。教えるとは、その人の善いところを伸ばし、その過ちを救うことなのである。

解説
「長善而救其失」——欠点を潰すのではなく、長所を伸ばすことで欠点を救う。教育観の根本を一句で示す。四失はそれぞれ性格の傾きであって、能力の高低ではない点が重要。

第十二節善く教うる者は人をして其の志を継がしむ
原文
善歌者使人繼其聲、善教者使人繼其志。其言也、約而達、微而臧、罕譬而喻、可謂繼志矣。
うたものは、ひとをしてこゑがしむ。をしふるものは、ひとをしてこころざしがしむ。げんや、やくにしてたつし、にしてく、たとまれにしてさとす。こころざしぐとし。
現代語訳
歌の上手な人は、聴く者が思わずその声を口ずさんで受け継ぐ。教えの上手な人は、学ぶ者がその志を受け継ぐ。その言葉は、簡潔でありながら意が通じ、控えめでありながら要点を突き、たとえ話は少なくとも相手を納得させる。これでこそ「志を継がせる」といえる。

解説
教育の成果を「知識の伝達」ではなく「志の継承」と定義する。約・微・罕という三つの「少なさ」で語られている点に、語りの美学がある。

第十三節師は君と為るを学ぶ所以なり
原文
君子知至學之難易、而知其美惡、然後能博喻。能博喻、然後能為師。能為師、然後能為長。能為長、然後能為君。故師也者、所以學為君也。是故擇師不可不慎也。記曰、三王四代唯其師。其此之謂乎。
君子くんしがくいたるの難易なんいり、しかして美悪びあくりて、しかのちひろさとす。ひろさとして、しかのちる。りて、しかのちちやうる。ちやうりて、しかのちきみる。ゆゑとは、きみるをまな所以ゆゑんなり。ゆゑえらぶはつつしまざるからざるなり。いはく、三王さんわう四代しだいなり、とれのいひか。
現代語訳
君子は、学問に到達するまでの難しさ易しさを知り、学ぶ者の素質の善し悪しを見分けて、はじめて広く自在に諭すことができる。広く諭すことができて、はじめて師となれる。師となれて、はじめて人の長となれる。長となれて、はじめて君主となれる。だから師とは、君主となる道を学ばせる存在なのである。それゆえ、師を選ぶには慎重でなければならない。古書に「三王・四代が重んじたのは、ただ師であった」とあるのは、このことであろう。

解説
師→長→君という昇順が本節の骨格。指導者の育成は、まず「教えられる人」になることから始まるという構造は、そのまま組織の階層論にも読み替えられる。三王は夏の禹・殷の湯・周の文武、四代は虞夏殷周。

第十四節厳師にして然る後に道尊し
原文
凡學之道、嚴師為難。師嚴然後道尊、道尊然後民知敬學。是故君之所不臣於其臣者二。當其為尸則弗臣也、當其為師則弗臣也。大學之禮、雖詔於天子無北面、所以尊師也。
およがくみちげんにするをかたしとす。げんにしてしかのちみちたふとし。みちたふとくしてしかのちたみがくけいするをる。ゆゑきみしんしんとせざるところものふたつあり。るにたりてはすなはしんとせざるなり、るにたりてはすなはしんとせざるなり。大学たいがくれい天子てんしぐといへど北面ほくめんすることきは、たふと所以ゆゑんなり。
現代語訳
およそ学の道においては、師を厳かなものとして尊ぶことが最も難しい。師が尊厳を保ってはじめて道が尊ばれ、道が尊ばれてはじめて民は学問を敬うことを知る。だから君主が臣下として扱わない相手が二つある。祖先の祭りで尸(かたしろ)を務める者と、自分の師である者とは、臣下として扱わない。大学の儀礼では、師が天子に申し上げる場合でも北面(臣下の位置)に立たないのは、師を尊ぶためである。

解説
「尸」は祭祀で祖霊の依り代となる者。天子ですら師の前では君臣の礼を用いない、という一点に、道を人格の上位に置く儒家の姿勢が凝縮している。

第十五節善く問う者は堅木を攻むるが如し
原文
善學者、師逸而功倍、又從而庸之。不善學者、師勤而功半、又從而怨之。善問者、如攻堅木、先其易者、後其節目、及其久也、相說以解。不善問者反此。善待問者、如撞鐘、叩之以小者則小鳴、叩之以大者則大鳴、待其從容、然後盡其聲。不善答問者反此。此皆進學之道也。
まなものは、いつしてこうばいす、またしたがひてこれようとす。まなばざるものは、つとめてこうなかばす、またしたがひてこれうらむ。ものは、堅木けんぼくをさむるがごとし、やすものさきにし、節目せつもくのちにす。ひさしきにおよびてや、あひいてもつく。はざるものれにはんす。とひものは、かねくがごとし、これたたくにせうなるものもつてすればすなはちひさくり、これたたくにだいなるものもつてすればすなはおほきくる。従容しようようちて、しかのちこゑくす。とひこたへざるものれにはんす。みながくすすむのみちなり。
現代語訳
学ぶのが上手な者にかかると、師は楽をしていながら成果は倍になり、しかも学生はその成果を師の恩と感じる。学ぶのが下手な者にかかると、師は骨を折っても成果は半減し、しかも学生は師を恨む。問うのが上手な者は、堅い木を伐るようなもので、まず伐りやすいところから手をつけ、節や目の込み入ったところは後回しにする。時をかけているうちに、難所もおのずと解けてゆく。問うのが下手な者はこの逆をする。問いを受けるのが上手な者は、鐘のようである。小さく叩けば小さく鳴り、大きく叩けば大きく鳴る。相手が落ち着いてじっくり叩くのを待って、はじめて音を鳴らしきる。答えるのが下手な者はこの逆をする。これらはみな、学問を進めるための道である。

解説
「撞鐘」の比喩は、答える側が主導しないことをいう。問いの大きさに応じて答えの大きさが決まる——研修や面談の場での応答のあり方を考える上でも示唆が深い。

第十六節記問の学
原文
記問之學、不足以為人師。必也其聽語乎。力不能問、然後語之、語之而不知、雖舍之可也。
記問きぶんがくは、もつひとるにらず。かならずやかんか。ちからふことあたはず、しかのちこれぐ。これげてらざれば、これくといへどなり。
現代語訳
ただ暗記して問いに答えるだけの学問では、人の師となるには足りない。師たる者は、まず学ぶ者の言うところをよく聴くべきである。相手の力が及ばず、自分では問えなくなって、はじめてこちらから説いてやる。説いてやってもなお理解しないなら、そこで一旦措いておいてよい。

解説
「記問の学」は博覧強記だけの学問。前節の「撞鐘」と併せて、師の側が先回りしないことを説く。措いておく(舎之)という判断も教育の一部だとする点が興味深い。

第十七節良冶の子・良弓の子
原文
良冶之子、必學為裘。良弓之子、必學為箕。始駕馬者反之、車在馬前。君子察於此三者、可以有志於學矣。
良冶りやうやは、かならかはごろもつくるをまなぶ。良弓りやうきゆうは、かならつくるをまなぶ。はじめてうまするものこれはんにし、くるまうままへり。君子くんしつのものつまびらかにせば、もつがくこころざしし。
現代語訳
腕のよい鍛冶屋の子は、まず皮を継ぎ合わせて裘(かわごろも)を作ることを覚える。腕のよい弓職人の子は、まず柳の枝をたわめて箕を編むことを覚える。馬を初めて車につけて調教するときは、子馬を親馬のうしろにつなぎ、車を馬の前に置いて慣れさせる。君子がこの三つの例をよく見きわめるなら、おのずと学問に志を立てることができる。

解説
金属を溶かす前に皮を継ぐ、弓をたわめる前に柳を編む——本業と同じ「型」を持つやさしい仕事から入る。修業の順序論であり、第八節の「孫(順)」の具体例でもある。

第十八節物を比べて類を醜ぶ
原文
古之學者、比物醜類。鼓無當於五聲、五聲弗得不和。水無當於五色、五色弗得不章。學無當於五官、五官弗得不治。師無當於五服、五服弗得不親。
いにしへまなものは、ものくらべてるゐくらぶ。つづみ五声ごせいたることけれども、五声ごせいざればせず。みづ五色ごしよくたることけれども、五色ごしよくざればあきらかならず。がく五官ごくわんたることけれども、五官ごくわんざればをさまらず。五服ごふくたることけれども、五服ごふくざればしたしまず。
現代語訳
昔の学ぶ者は、物事を比べ合わせて同類と異類を見分け、知識を整理した。太鼓は宮・商・角・徴・羽の五音のどれにも当たらないが、太鼓がなければ五音は調和しない。水は五色のどれにも当たらないが、水がなければ五色は鮮やかに映えない。学問は五つの官職のどれにも直結しないが、学問がなければ五官の職は治まらない。師は五等の喪服が定める親族関係のどこにも入らないが、師がなければ五服の親愛も育たない。

解説
いわゆる「無用の用」。数え上げられる要素の外にあって、全体を成立させるもの。教育投資や間接部門の意義を語るときにも使える比喩である。

第十九節本を務む
原文
君子曰、大德不官、大道不器、大信不約、大時不齊。察於此四者、可以有志於本矣。三王之祭川也、皆先河而後海。或源也、或委也。此之謂務本。
君子くんしいはく、大徳たいとくくわんならず、大道たいだうならず、大信たいしんやくならず、大時たいじひとしからず、と。つのものつまびらかにせば、もつもとこころざしし。三王さんわうかはまつるや、みなさきにしてうみのちにす。あるいはみなもとなり、あるいはすゑなり。れをもとつとむとふ。
現代語訳
君子はいう。「大いなる徳は、一つの官職には収まらない。大いなる道は、一つの器には納まらない。大いなる信は、約束事には頼らない。大いなる時は、一様に揃うものではない」と。この四つをよく見きわめるなら、根本に志を置くことができる。三代の王が川を祭るときは、いずれもまず黄河を祭り、海を後にした。一方は水の源であり、他方は水の集まる末だからである。これを「本を務める」というのである。

解説
本篇の結び。『大学』の「物に本末あり、事に終始あり。先後する所を知れば、則ち道に近し」と正面から響き合う。学記は学制論に始まり、務本の一語で閉じられる。