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明德めいとく玄德げんとく

全12節 原文・訓読くんどく・現代語訳・解説 ── 顕るる德と潜む德 ──

▸ 事例編『項羽こうう劉邦りゅうほう 図解』── 印綬いんじゅを渡せるか

この読本について

『大学』は「明德めいとくを明らかにする」の一句から始まります。一方、『老子ろうし』が繰り返し説き、また『書経しょきょう』がしゅんという聖天子を評するのに用いたのが「玄德げんとく」です。同じ「德」の字を戴きながら、一方は、一方は。この一字の違いに、東洋の人間学の二つの極が宿っております。本読本は、字義じぎに立ち返り、『大学』『書経』『老子』『中庸ちゅうよう』の原典を並べ、最後に「では我々はどう生きるか」へ降ろす構成としました。全12節、各節に原文・訓読くんどく文・現代語訳・解説の四層を収めています。本文中の色つきの文字は出典引用で、マウスを重ねる(スマートフォンではタップする)と説明が吹き出しで表示されます。「縦書き表示」では各節が頁カードとして縦組み表示されます。

色分けの凡例はんれい

『大学』・朱子章句しょうく『書経』『老子』『中庸』ほか

考え方の進め方 ── 三部構成

「あなたの玄德げんとくは何ですか」と直に問うても、答えは出ません。自覚した途端に玄德でなくなるからで、答えられぬのは受講者の未熟ではなく、問いの立て方の無理であります。そこで三部構成とし、他者を鏡にして入り、具体に降ろし、答えの出ぬことを結論にして閉じる順といたしました。

第一部項羽こうう劉邦りゅうほう ── 印綬いんじゅを渡せるか
まず図解一の年表で、十年に満たぬ短さを掴んでいただきます。次に劉邦自身の「吾は如かず」(『史記しき高祖本紀こうそほんぎ)で、平易なところから入る。そのうえで「では項羽はなぜそれができなかったのか」と、淮陰侯列伝わいいんこうれつでんの印綬の一句へ落とします。情の厚さと玄德とは別物である——この一点が要であります。図解ファイル『項羽と劉邦』の第一節から第三節と、図解一〜四を用います。事前の読み物として司馬遼太郎しばりょうたろう『項羽と劉邦』を、同ファイルの読書案内に掲げております。
  • あなたが今、手の中で撫でていて渡せずにいる「印綬」は何でしょうか。権限か、情報か、顧客か、肩書か、あるいは仕事そのものか
  • それを渡せないのは、相手が信じられないからでしょうか。それとも、渡した後の自分が怖いからでしょうか
  • 項羽は最期まで「天が我を亡ぼすのであって、戦の罪ではない」と言い続けて死にました。あなたが直近、うまくいかない理由を自分の外に置いたのはいつでしょうか
第二部自分への二つの問い、他者への一つの問い
玄德の三句を、そのまま問いに置き換えます。自分自身に二つ、他者に一つ。自分への二問は、その場で書き出していただきます。他者への一問は、後継者や部下の方にお尋ねいただき、答えをその場では聞かず、後日、自分の答えと突き合わせる。そのズレそのものが教材となります。図解五を用います。
  • 【自分への問い 一】あなたが掲げているものは何でしょうか。志、理念、社是——自分の言葉で言えるものを三つまで挙げてください。これが明德めいとくであります
  • 【自分への問い 二】玄德の三句に照らしてご覧ください。生じて有せず=育てた人材を手放せているか。為してたのまず=過去の成功体験を、今の判断の根拠にしていないか。長じてさいせず=渡した権限に、後から口を出していないか
  • 【他者への問い】この方が居なくなったら、何が失われますか——後継者・部下の方に、この一問だけをお尋ねください。答えは後日まで開きません
第三部しゅんの三年 ── 答えが出ないことを結論にする
『史記』五帝本紀ごていほんぎの舜を引き、玄德は自覚できぬという構造そのものを明かして閉じます。舜は号令していない。ただ、そこに居ただけであります。第四節と図解六を用います。締めは『中庸ちゅうよう』第三十三章「闇然あんぜんとして而も日々に章らかに」。
  • 誰にも言っていないのに、三年以上続けていることは何でしょうか
  • あなたが二週間職場を空けたとき、何が変わり、何が変わらなかったでしょうか
  • あなたが去ったあと、制度ではなく「空気」として残るものは何でしょうか

玄德は、自分の帳簿ではなく、他人の記憶に記帳される。

明德めいとく玄德げんとく 対比表

観る軸明德(『大学』)玄德(『老子ろうし』『書経しょきょう舜典しゅんてん
字義じぎ日月の光。あきらか。照らし出す。かすかに奥深い。測り知れぬ。
思想の系統儒家。修己治人しゅうこちじんの学。道家(老子)。および『書経』の潜行せんこうの德。
自覚のあり方自覚し、明らかにすべき対象。自覚されぬところに働く。誇れば失われる。
工夫の方向覆いを除いて本来の光にかえる。格物致知かくぶつちちと積み上げる。「損してた損す」(第四十八章)。作為を減らしていく。
人への及び方顕れて人を化す。親民しんみん・治国・平天下へ展開する。隠れて人を化す。「物と反す」て、結果として大順たいじゅんに至る。
功への態度德を明らかにし、天下に及ぼす責を負う。生じて有せず、為してたのまず、長じてさいせず。
危うさ自己顕示・立身出世主義に堕する危うさ。放任・無責任・世捨てに堕する危うさ。

明は陽、玄は陰。いずれか一方に偏るとき、それぞれの「危うさ」の欄が現実となります。

主要語彙集

明德めいとく(めいとく)
人が生まれながらに天から与えられている、清らかで曇りのない德性。修養によって曇りを払い、輝かせる(明らかにする)ことができるとされる。『大学』三綱領さんこうりょうの第一。
玄德げんとく(げんとく)
「玄」は幽かに奥深いさま。人知れず行われ、当人にも意識されぬ德。『老子ろうし』第十・五十一・六十五章、および『書経しょきょう舜典しゅんてんに見える。
虚霊不昧きょれいふまい(きょれいふまい)
朱子が明德を説くのに用いた語。むなしく澄んで霊妙であり、暗くない、の意。本来の心の状態をいう。
慎独しんどく(しんどく)
人目のないところで己を慎むこと。『大学』伝六章でんろくしょう・『中庸ちゅうよう』首章に説かれる、誠意の工夫の急所。
幽潜ゆうせん(ゆうせん)
ひそかに潜むこと。孔安国こうあんこくしゅん典の「玄」を釈した語。人に知られぬところで道德を行うさまをいう。
稽式けいしき(けいしき)
『老子』第六十五章の語。よりどころとすべき法則・規範。これを常に知ることが玄德とされる。
大順たいじゅん(たいじゅん)
作為を用いずして万物がおのずと順(したが)う境地。『老子』第六十五章、玄德の到達点。
闇然あんぜん(あんぜん)
暗くて目立たぬさま。『中庸』第三十三章「君子の道は闇然として而も日々に章らかに」。玄德と通ずる。
的然てきぜん(てきぜん)
鮮やかに際立つさま。『中庸』第三十三章で、闇然の対として小人の道を評した語。

第一節なぜこの二字を並べるのか
解説
『大学』の巻頭は「明德めいとくを明らかにするに在り」であり、『書経しょきょう』がしゅんを評した一句は「玄德げんとくのぼりて聞こゆ」でありました。同じ「德」を戴きながら、一方は、一方は。これは単なる字の違いではありません。德というものの、顕れる面と潜む面——二つの相を指し分けた言葉です。以下、字義じぎに立ち返り、原典を一つずつ並べてまいります。急いで優劣を決めず、両方が要るのだ、という見方で読んでいただければと思います。

第二節まず字を観る ── 明と玄
解説
「明」は日と月を並べた字であります。あきらか、光、あられ。暗がりを照らし出す力であり、同時に「自ら明らかにする」という能動の働きを含みます。学問・自覚・工夫の方向であります。
「玄」は、糸を染めて奥深い黒みを帯びた色を指します。転じて、幽かで奥深く、測り知れぬさま。老子ろうし』第一章に「玄の又た玄、衆妙の門」とある通り、姿を見せぬところに働く不可視の方向であります。
すなわち明は、玄は。対立ではなく、車の両輪と観るのが東洋の見方でありましょう。德には、掲げて人を照らす面と、隠れて人を育てる面と、二つがあるということです。

第三節明德めいとく ──『大学』三綱領さんこうりょうの第一『大学』経一章けいいっしょう
原文
大學之道、在明明德、在親民、在止於至善。
大學だいがくみちは、明德めいとくあきらかにするにり、たみしたしむに在り、至善しぜんとどまるに在り。
現代語訳
大人(たいじん)の学の道は、天から授かった明らかな德を明らかにすることにあり、民に親しむことにあり、最上の善に安んじ止まることにある。

解説
上の「明」は動詞、下の「明德」が名詞であります。朱子は『大学章句しょうく』に、明德とは人が天から得たものであって、虚霊不昧きょれいふまい、あらゆる理を具えて万事に応ずるものである、という趣旨を述べております。もともと曇りなく澄んでいる。ただ生まれつきの気質に縛られ、私欲に覆われて、時にくらくなる。しかし本体の明るさそのものは、いまだかつて消えたことがない。だから学ぶ者は、その光のきざしたところに拠って磨き、其の初めに復るのだ、と。
ここが肝要であります。明德を明らかにするとは、外から新しい何かを付け加えることではありません。曇りを拭って、もともとある光を出すこと。回復であって、獲得ではない。この一点を外すと、『大学』はたちまち立身出世の術に堕してしまいます。

第四節明德めいとくの源流 ──『書経しょきょう尭典ぎょうてん『書経』ぎょう典(『大学』伝首章でんしゅしょうが引く)
原文
克明俊德、以親九族。
俊德しゆんとくあきらかにし、もつ九族きうぞくしたしましむ。
現代語訳
ぎょう帝はよくその大いなる德を明らかにし、それによって一族九代を親しみ和ませた。

解説
明德の語は『大学』の発明ではありません。伝首章はみずから典拠てんきょとして『帝典』を挙げております。
注目すべきは、尭帝が「克く俊德を明らかにし」た結果が、そのまま九族の和に及んでいることです。己の德を明らかにする工夫が、そのまま人倫の和に及ぶ——修己治人しゅうこちじんの原型がここにあります。明德とは、はじめから「明らかにして、人に及ぼす」ための德でありました。

第五節明德めいとくと政治 ──『書経しょきょう康誥こうこう『書経』康誥
原文
惟乃丕顯考文王、克明德愼罰。
なんぢおほいにあきらかなるちち文王ぶんわうとくあきらかにしばつつつしめり。
現代語訳
かの偉大なる汝の亡父文王ぶんおうは、よく德を明らかにし、刑罰を慎重に用いられた。

解説
「明德」と「慎罰」が対になっている点に、どうぞご注目ください。德を明らかにすることと、刑罰を慎重に用いることは、切り離せぬ一対だという。
德は心の中の話に留まりません。必ず制度と運用の話になる。ここに『書経』の政治思想があり、また『大学』が明德の次に親民しんみんを置き、家・国・天下へとべていく必然があります。明德は、掲げられ、及ぼされてはじめて明德なのであります。

第六節玄德げんとく ──『書経しょきょう舜典しゅんてん『書経』しゅん
原文
濬哲文明、温恭允塞、玄德升聞、乃命以位。
濬哲しゆんてつ文明ぶんめい温恭をんきよう允塞ゐんそく玄德げんとくのぼりてこえ、すなはめいずるにくらゐもつてす。
現代語訳
しゅんは深く聡明であやがあり、温和恭謙にしてまことが内に充ちちていた。その人知れぬ德がおのずと上に聞こえ、そこでぎょう帝は位をもって命じられた。

解説
舜は歴山れきざんに耕し、雷沢らいたくに漁り、河浜かひんすえものを作った、無名の一青年でありました。かたくなな父、おごった弟に苦しめられながら、なお孝を尽くした。誰に見せるためでもない。
孔安国こうあんこくの伝は「玄とは幽潜ゆうせんを謂ふ」とし、ひそかに道德を行った結果、その名がおのずと朝廷に達したのだと解しております。売り込んでもいない德が、隠れていたにもかかわらず、いや隠れていたからこそ、おのずと上に升り聞こえた。これが玄德であります。

第七節玄德げんとく ──『老子ろうし』第十章『老子』第十章(第五十一章にも同文)
原文
生之畜之、生而不有、爲而不恃、長而不宰、是謂玄德。
これしやうじ之をやしなひ、生じていうせず、してたのまず、ちやうじてさいせず、れを玄德げんとくふ。
現代語訳
これを生み、これを養い、生み出しても我が物とせず、成し遂げても手柄を誇らず、育て上げても支配しない。これを玄德という。

解説
いう」は所有する、「たのむ」は自分の功として頼りにする、「さい」は意のままに支配する、の意であります。
老子の玄德は、働きが当人にも意識されぬ德であります。德を積んだという自覚が残っている間は、まだ玄德ではない。生み育てながら「己が育てた」と言わぬ。ここまで来て、はじめて德と呼べるのだ、というのです。同じ三句は第五十一章にも見えます。
なお、蜀の劉備りゅうびあざなが「玄德」であるのも、この語脈からでありましょう。名の「備」(そなわる)に対し、そなわった德を人に誇らぬ、という含みが読み取れます。

第八節玄德げんとくの深さ ──『老子ろうし』第六十五章『老子』第六十五章
原文
常知稽式、是謂玄德。玄德深矣遠矣、與物反矣、然後乃至大順。
つね稽式けいしきる、れを玄德げんとくふ。玄德はふかとほし、ものはんす、しかのちすなは大順たいじゆんいたる。
現代語訳
常によりどころとすべき法則を知る、これを玄德という。玄德は深く遠い。世間の価値とは逆の方向を行く。そうしてはじめて大順たいじゅん——万物と調和した在り方に至る。

解説
「物と反す」とは、世間の物差し——ほこる・所有する・支配する——と逆の方向を行くことであります。逆を行くから深く、遠い。そうしてはじめて「大順たいじゅん」、すなわち作為を用いずして万事がおのずとしたがう境地に至る。
老子の工夫は「損して又た損す」(第四十八章)であって、加えるのではなく減らしていく方向にあります。『大学』の格物致知かくぶつちちが積み上げの工夫であるのと、ちょうど裏返しでありましょう。

第九節明德めいとく玄德げんとく ── 対比のまとめ
解説
ここまでを整理いたします。
字義じぎにおいて、明は日月の光、玄は幽かな奥深さ。系統において、明德は儒家・修己治人しゅうこちじんの学、玄德は道家および『書経しょきょう』の潜行の德。自覚において、明德は明らかにすべき対象、玄德は誇れば失われるもの。工夫において、明德は覆いを除いて本来の光に復る積み上げ、玄德は損して又た損す減算げんさん。人への及び方において、明德は顕れて人を化し、玄德は隠れて人を化す。
そして、それぞれに危うさがあります。明德は自己顕示・立身出世主義に堕する危うさを、玄德は放任・無責任・世捨てに堕する危うさを、それぞれ抱えている。どちらか一方に偏った者を、我々は幾人も見てきたのではないでしょうか。節ごとの詳しい対照は、前付まえづけの「明德と玄德 対比表」をご覧ください。

第十節明德めいとくの工夫は玄なり ──『大学』伝六章でんろくしょう『大学』伝六章(誠意)
原文
誠於中、形於外。故君子必愼其獨也。
うちまことあれば、そとあらはる。ゆゑ君子くんしかならひとりをつつしむなり。
現代語訳
内に誠があれば、必ず外に現れ出る。だから君子は、独りでいるときの己を慎むのである。

解説
ここで急いで「儒と道は相容れぬ」と結論してはなりません。『大学』が明德の工夫の急所として挙げるのは、実は誰も見ていないところでありました。人目のない一室で己を慎む——慎独しんどく。すなわち玄なる工夫があってはじめて、明なる德が現れる。順序が逆ではないのです。
第六節の舜典しゅんてんを今一度ご覧ください。しゅんは「濬哲文明」との側で讃えられ、同時に「玄德升聞げんとくしょうぶん」との側でも讃えられている。同じ一人の人格の、外に現れた相と、内に潜んだ相なのであります。

第十一節闇然あんぜんとして日々に章らかに ──『中庸ちゅうよう』第三十三章『中庸』第三十三章
原文
君子之道、闇然而日章。小人之道、的然而日亡。
君子くんしみちは、闇然あんぜんとしてしか日々ひびあきらかに、小人せうじんの道は、的然てきぜんとして而も日々にほろぶ。
現代語訳
君子の道は、暗くて目立たぬようでいて日ごとに明らかになり、小人の道は、はじめ鮮やかに際立っていて日ごとに消えていく。

解説
「闇然」は玄であり、「日章」は明であります。玄より入って、明に至る。
同じ章の直前に「錦を衣て絅を尚ふ」——錦の上に薄物を羽織って、そのあやが露わになるのを嫌う——とあるのも、同じ趣旨でありましょう。德を積む者ほど、それを覆おうとする。しかし覆っても、なお日ごとに明らかになっていく。これが本物の德の姿ではないでしょうか。

第十二節活学 ── 人の上に立つ者にとって
解説
では、我々は日々の経営と生活において、この二字をどう使い分ければよいか。三点に絞って申し上げます。
一、掲げる德と、隠す德を、両方持つ。 理念・方針・志は明らかに掲げねばなりません(明德めいとく)。社員は旗の見えぬ組織では動けない。しかし同時に、誰も見ていない場面での振舞い——約束の守り方、弱い立場の者への接し方——こそが、実は組織に伝わっている(玄德げんとく)。掲げるだけで隠れた面が伴わなければ、旗は日ごとに色褪せます。「的然てきぜんとして而も日々に亡ぶ」とは、このことでありましょう。
二、「生じて有せず、為してたのまず、長じてさいせず」を、人材育成の原則とする。 老子ろうしのこの三句は、そのまま権限委譲と後継者育成の要諦であります。育てた人材を自分の所有物とせず、成功を自分の手柄と言わず、成長した部下を意のままに動かそうとしない。育てた者を手放せるか——ここに経営者の器量ではなく度量どりょうが問われます。事業承継の場面で最も試されるのが、この一句ではないでしょうか。
三、玄德なき明德はおごり、明德なき玄德は逃避。 自らの德を語りたがるだけの人は、やがて信を失います。逆に「わかる人にはわかる」と言って一歩も出ない人は、責を負うことから逃げているのかもしれません。しゅんのごとく、内に潜行の德を積みつつ、求められたときには位に就いて天下の責を担う。この両立が、東洋が理想としたリーダーの姿であります。
玄德は、狙って作れるものではありません。「玄德を積もう」と思った瞬間に、それは明德の側に転げ落ちる。ただ、人の見ぬところで為すべきを為していれば、いつしかかおるものが玄德なのでしょう。我々にできるのは、舜がそうであったように、目の前の田を耕し、器を焼くことだけなのかもしれません。
なお、この三点をそのまま問いにしても、答えはなかなか出てまいりません。玄德は自覚した途端に玄德でなくなるからであります。お扱いになる際は、前付まえづけの「考え方の進め方」に掲げた三部構成——項羽こうう劉邦りゅうほうを鏡として入り、自分と他者への問いで具体に降ろし、舜の三年で閉じる——をご覧ください。事例と図解は『項羽と劉邦 図解』に別途収めております。