第一節なぜこの二字を並べるのか
解説
『大学』の巻頭は「明德を明らかにするに在り」であり、『書経』が舜を評した一句は「玄德升りて聞こゆ」でありました。同じ「德」を戴きながら、一方は明、一方は玄。これは単なる字の違いではありません。德というものの、顕れる面と潜む面——二つの相を指し分けた言葉です。以下、字義に立ち返り、原典を一つずつ並べてまいります。急いで優劣を決めず、両方が要るのだ、という見方で読んでいただければと思います。
第二節まず字を観る ── 明と玄
解説
「明」は日と月を並べた字であります。あきらか、光、顕れ。暗がりを照らし出す力であり、同時に「自ら明らかにする」という能動の働きを含みます。学問・自覚・工夫の方向であります。
「玄」は、糸を染めて奥深い黒みを帯びた色を指します。転じて、幽かで奥深く、測り知れぬさま。『老子』第一章に「玄の又た玄、衆妙の門」とある通り、姿を見せぬところに働く不可視の方向であります。
すなわち明は陽、玄は陰。対立ではなく、車の両輪と観るのが東洋の見方でありましょう。德には、掲げて人を照らす面と、隠れて人を育てる面と、二つがあるということです。
第三節明德 ──『大学』三綱領の第一『大学』経一章
原文
大學之道、在明明德、在親民、在止於至善。大學の道は、明德を明らかにするに在り、民に親しむに在り、至善に止まるに在り。
現代語訳
大人(たいじん)の学の道は、天から授かった明らかな德を明らかにすることにあり、民に親しむことにあり、最上の善に安んじ止まることにある。
解説
上の「明」は動詞、下の「明德」が名詞であります。朱子は『大学章句』に、明德とは人が天から得たものであって、虚霊不昧、あらゆる理を具えて万事に応ずるものである、という趣旨を述べております。もともと曇りなく澄んでいる。ただ生まれつきの気質に縛られ、私欲に覆われて、時に昏くなる。しかし本体の明るさそのものは、いまだかつて消えたことがない。だから学ぶ者は、その光の兆したところに拠って磨き、其の初めに復るのだ、と。
ここが肝要であります。明德を明らかにするとは、外から新しい何かを付け加えることではありません。曇りを拭って、もともとある光を出すこと。回復であって、獲得ではない。この一点を外すと、『大学』はたちまち立身出世の術に堕してしまいます。
第四節明德の源流 ──『書経』尭典『書経』尭典(『大学』伝首章が引く)
原文
克明俊德、以親九族。克く俊德を明らかにし、以て九族を親しましむ。
現代語訳
尭帝はよくその大いなる德を明らかにし、それによって一族九代を親しみ和ませた。
解説
明德の語は『大学』の発明ではありません。伝首章はみずから典拠として『帝典』を挙げております。
注目すべきは、尭帝が「克く俊德を明らかにし」た結果が、そのまま九族の和に及んでいることです。己の德を明らかにする工夫が、そのまま人倫の和に及ぶ——修己治人の原型がここにあります。明德とは、はじめから「明らかにして、人に及ぼす」ための德でありました。
第五節明德と政治 ──『書経』康誥『書経』康誥
原文
惟乃丕顯考文王、克明德愼罰。惟れ乃の丕いに顯らかなる考文王、克く德を明らかにし罰を愼めり。
現代語訳
かの偉大なる汝の亡父文王は、よく德を明らかにし、刑罰を慎重に用いられた。
解説
「明德」と「慎罰」が対になっている点に、どうぞご注目ください。德を明らかにすることと、刑罰を慎重に用いることは、切り離せぬ一対だという。
德は心の中の話に留まりません。必ず制度と運用の話になる。ここに『書経』の政治思想があり、また『大学』が明德の次に親民を置き、家・国・天下へと展べていく必然があります。明德は、掲げられ、及ぼされてはじめて明德なのであります。
第六節玄德 ──『書経』舜典『書経』舜典
原文
濬哲文明、温恭允塞、玄德升聞、乃命以位。濬哲文明、温恭允塞、玄德升りて聞こえ、乃ち命ずるに位を以てす。
現代語訳
舜は深く聡明で文があり、温和恭謙にしてまことが内に充ち塞ちていた。その人知れぬ德がおのずと上に聞こえ、そこで尭帝は位をもって命じられた。
解説
舜は歴山に耕し、雷沢に漁り、河浜に陶を作った、無名の一青年でありました。頑なな父、驕った弟に苦しめられながら、なお孝を尽くした。誰に見せるためでもない。
孔安国の伝は「玄とは幽潜を謂ふ」とし、ひそかに道德を行った結果、その名がおのずと朝廷に達したのだと解しております。売り込んでもいない德が、隠れていたにもかかわらず、いや隠れていたからこそ、おのずと上に升り聞こえた。これが玄德であります。
第七節玄德 ──『老子』第十章『老子』第十章(第五十一章にも同文)
原文
生之畜之、生而不有、爲而不恃、長而不宰、是謂玄德。之を生じ之を畜ひ、生じて有せず、爲して恃まず、長じて宰せず、是れを玄德と謂ふ。
現代語訳
これを生み、これを養い、生み出しても我が物とせず、成し遂げても手柄を誇らず、育て上げても支配しない。これを玄德という。
解説
「有」は所有する、「恃む」は自分の功として頼りにする、「宰」は意のままに支配する、の意であります。
老子の玄德は、働きが当人にも意識されぬ德であります。德を積んだという自覚が残っている間は、まだ玄德ではない。生み育てながら「己が育てた」と言わぬ。ここまで来て、はじめて德と呼べるのだ、というのです。同じ三句は第五十一章にも見えます。
なお、蜀の劉備の字が「玄德」であるのも、この語脈からでありましょう。名の「備」(そなわる)に対し、そなわった德を人に誇らぬ、という含みが読み取れます。
第八節玄德の深さ ──『老子』第六十五章『老子』第六十五章
原文
常知稽式、是謂玄德。玄德深矣遠矣、與物反矣、然後乃至大順。常に稽式を知る、是れを玄德と謂ふ。玄德は深し遠し、物と反す、然る後に乃ち大順に至る。
現代語訳
常によりどころとすべき法則を知る、これを玄德という。玄德は深く遠い。世間の価値とは逆の方向を行く。そうしてはじめて大順——万物と調和した在り方に至る。
解説
「物と反す」とは、世間の物差し——誇る・所有する・支配する——と逆の方向を行くことであります。逆を行くから深く、遠い。そうしてはじめて「大順」、すなわち作為を用いずして万事がおのずと順う境地に至る。
老子の工夫は「損して又た損す」(第四十八章)であって、加えるのではなく減らしていく方向にあります。『大学』の格物致知が積み上げの工夫であるのと、ちょうど裏返しでありましょう。
第九節明德と玄德 ── 対比のまとめ
解説
ここまでを整理いたします。
字義において、明は日月の光、玄は幽かな奥深さ。系統において、明德は儒家・修己治人の学、玄德は道家および『書経』の潜行の德。自覚において、明德は明らかにすべき対象、玄德は誇れば失われるもの。工夫において、明德は覆いを除いて本来の光に復る積み上げ、玄德は損して又た損す減算。人への及び方において、明德は顕れて人を化し、玄德は隠れて人を化す。
そして、それぞれに危うさがあります。明德は自己顕示・立身出世主義に堕する危うさを、玄德は放任・無責任・世捨てに堕する危うさを、それぞれ抱えている。どちらか一方に偏った者を、我々は幾人も見てきたのではないでしょうか。節ごとの詳しい対照は、前付の「明德と玄德 対比表」をご覧ください。
第十節明德の工夫は玄なり ──『大学』伝六章『大学』伝六章(誠意)
原文
誠於中、形於外。故君子必愼其獨也。中に誠あれば、外に形はる。故に君子は必ず其の獨りを愼むなり。
現代語訳
内に誠があれば、必ず外に現れ出る。だから君子は、独りでいるときの己を慎むのである。
解説
ここで急いで「儒と道は相容れぬ」と結論してはなりません。『大学』が明德の工夫の急所として挙げるのは、実は誰も見ていないところでありました。人目のない一室で己を慎む——慎独。すなわち玄なる工夫があってはじめて、明なる德が現れる。順序が逆ではないのです。
第六節の舜典を今一度ご覧ください。舜は「濬哲文明」と明の側で讃えられ、同時に「玄德升聞」と玄の側でも讃えられている。同じ一人の人格の、外に現れた相と、内に潜んだ相なのであります。
第十一節闇然として日々に章らかに ──『中庸』第三十三章『中庸』第三十三章
原文
君子之道、闇然而日章。小人之道、的然而日亡。君子の道は、闇然として而も日々に章らかに、小人の道は、的然として而も日々に亡ぶ。
現代語訳
君子の道は、暗くて目立たぬようでいて日ごとに明らかになり、小人の道は、はじめ鮮やかに際立っていて日ごとに消えていく。
解説
「闇然」は玄であり、「日章」は明であります。玄より入って、明に至る。
同じ章の直前に「錦を衣て絅を尚ふ」——錦の上に薄物を羽織って、その文が露わになるのを嫌う——とあるのも、同じ趣旨でありましょう。德を積む者ほど、それを覆おうとする。しかし覆っても、なお日ごとに明らかになっていく。これが本物の德の姿ではないでしょうか。
第十二節活学 ── 人の上に立つ者にとって
解説
では、我々は日々の経営と生活において、この二字をどう使い分ければよいか。三点に絞って申し上げます。
一、掲げる德と、隠す德を、両方持つ。 理念・方針・志は明らかに掲げねばなりません(明德)。社員は旗の見えぬ組織では動けない。しかし同時に、誰も見ていない場面での振舞い——約束の守り方、弱い立場の者への接し方——こそが、実は組織に伝わっている(玄德)。掲げるだけで隠れた面が伴わなければ、旗は日ごとに色褪せます。「的然として而も日々に亡ぶ」とは、このことでありましょう。
二、「生じて有せず、為して恃まず、長じて宰せず」を、人材育成の原則とする。 老子のこの三句は、そのまま権限委譲と後継者育成の要諦であります。育てた人材を自分の所有物とせず、成功を自分の手柄と言わず、成長した部下を意のままに動かそうとしない。育てた者を手放せるか——ここに経営者の器量ではなく度量が問われます。事業承継の場面で最も試されるのが、この一句ではないでしょうか。
三、玄德なき明德は驕り、明德なき玄德は逃避。 自らの德を語りたがるだけの人は、やがて信を失います。逆に「わかる人にはわかる」と言って一歩も出ない人は、責を負うことから逃げているのかもしれません。舜のごとく、内に潜行の德を積みつつ、求められたときには位に就いて天下の責を担う。この両立が、東洋が理想としたリーダーの姿であります。
玄德は、狙って作れるものではありません。「玄德を積もう」と思った瞬間に、それは明德の側に転げ落ちる。ただ、人の見ぬところで為すべきを為していれば、いつしか薫るものが玄德なのでしょう。我々にできるのは、舜がそうであったように、目の前の田を耕し、器を焼くことだけなのかもしれません。
なお、この三点をそのまま問いにしても、答えはなかなか出てまいりません。玄德は自覚した途端に玄德でなくなるからであります。お扱いになる際は、前付の「考え方の進め方」に掲げた三部構成——項羽と劉邦を鏡として入り、自分と他者への問いで具体に降ろし、舜の三年で閉じる——をご覧ください。事例と図解は『項羽と劉邦 図解』に別途収めております。